17話 祝宴。

私はそう簡単に奢らない。



そう決めたのは大学四年のことだった。









その日は大学の同期と後輩と居酒屋に来ていた。

私を含めて五人。男三女二。


学年は違うが、暇があれば集まって呑んでいるメンバーだ。



私はその前日にバイトの給料がたんまり入り、気が大きくなっていた。

それにいつもより酔っていた。


その結果。








今日は後輩もいるし、俺奢るわ。









なんて口走っていた。

その言葉を言った途端、ほかの四人は好き勝手に注文を始めた。





別に完璧に酔っぱらっていたわけではない。

記憶はある。




安い居酒屋。

コースは飲み放題。

しかも、二軒目。





それらを考慮した上でのさっきの発言だった。

少しは冷静だったのである。


しかも

全員一軒目で割と食べている。

男だけというわけでもない。


金は足りるだろう。


私はそう考えていた。









おおかた予想通りだった。



酒は呑んでいるが、飲み放題だから問題ない。


いつもよりは多く注文したとはいえ

フードメニューはそこまでない。


メンバーもだんだんと箸が止まり

くだらない馬鹿話を肴に酒を呑んでいる。


私もそれに交じって騒いでいた。










一人の女子を除いて。















他のメンバーが箸を止めている中

彼女はひたすらに箸と口を動かしていた。


そのスピードは決して早くはない。

むしろ遅いほうだ。


しかし、自分のペースで目の前の料理を口に運んでいく。

目の前の料理がなくなると、すぐさま新たな料理を注文している。





彼女に少しばかりの恐怖を覚えた私は

よく食べるね、と軽い探りを入れた。








「普段は忙しくて昼の時間だけじゃ食べきれないんですが、今日はゆっくり食べれるので。ご馳走になりますね。」











やばい。


この子のイメージはおとなしくて少食。

そういうイメージしかない。


昼に買った弁当を残しているのをよく見る。



少食。

実際は違った。








その子はそこからも食べ続けた。

一定のゆっくりとしたペースで。


周りがスマホをいじったり、眠そうにしている中。

彼女はたんたんと食べ続けた。








私は後輩に少しばかりいいとこを見せたかっただけなんだ。








そんな私の気も知れず

彼女は時間ギリギリまで食べ続けた。



情けないが

あからさまに何度も財布をチラチラと確認した。

そのサインにも彼女は気づかなかった。









そして飲み会は終わった。




顔を赤くしてにぎやかに店を出る仲間たち。

伝票を見て真っ白になりながら会計をする私。




店の外に出た私の酔いは完全に冷めていた。



これが現実か、と。















「ご馳走様でした。また奢ってくださいね。」














彼女は曇りのない笑顔で私にそう言った。






私の手には

長いレシートと

軽い財布だけが残った。

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