13話 ハードル。

出張先。昼。空腹。

知らない土地でおいしいお店を探すのが好きだ。


普段なら入らないような店でも

知らない土地なら入れる。不思議だ。



私はお店を探し始めた。


気分は『さっぱりしたもの』。

夜には仕事先の人とがっつり食べることが決まっている。

昼は軽めに済ませたい。





何のあてもなく歩き出す。




カフェを発見。

木造づくりで雰囲気がある外観。

窓から中の様子を覗くと、お洒落な店内にはカフェスペースと雑貨を売っているスペースがある。


いいかもしれない。


この雰囲気は男一人じゃ入りにくい。

しかし、出張先。

一回しか来ないだろうと考えると、なんとなく入れる。




この店に決め店内に入る。


心地のいいジャズ。コーヒーの香ばしい香り。

それだけでいい店だとわかる。気がする。


若い女性の店員に席へ案内され、メニューをもらう。

メニューの全体に目を通す。







フードメニューが見当たらない。







表も裏も隅から隅まで確認した。

ない。

あるのはドリンクとデザートメニューのみ。


店員にも確認。

ない。

ここにフードメニューはないそうだ。



仕方がない。

私は一度座った手前、すぐに出るのは恥ずかしいが店を後にした。



軽く済ませるといっても

ケーキとコーヒーじゃきつい。

軽すぎる。


あの店にはまたいつか。

コーヒーを飲みに行きたい。





そう思いまた歩き出した。






もう一軒カフェを発見。

今度は白を基調とした外観。

道路に面した一面はガラス張りで店内が見通すことができる。


これまたいい。



お店ののぼりには『カレーパン』と書いてある。


パン。今の気分にはぴったりだ。

カフェならコーヒーも飲めるだろう。


正直、さっきの店のせいでコーヒーの口になっている。



よし。入ろう。


その店の扉を開ける。





ガチャ。ガチャガチャ。






あかない。

なぜだ。営業中と看板には書いてある。


よく見ると店内は暗く、客もいない。


その暗い店内から一人の女性がやってくる。






「すみません。きょう定休日なんですよ。…あ。看板裏返すの忘れてました。すみません。紛らわしいことしちゃって。またの機会にお願いします。」







紛らわしい。

本当にその通りだ。


コーヒー&カレーパンの口になってしまった。

どうしてくれるんだ。

誰もどうもしてくれないことは分かっている。

うん。




また歩き出す。

正直、もう何でもいい。

純粋な空腹。




ラーメン屋を発見。


この際空腹を満たせれば何でもいい。





店先の看板には大きく定休日と書かれている。





偉い。

これだけ大きく書かれれば期待せずに済む。

理由は分からないが、この店にはグルメサイトで星をあげたい。




そんなバカなことを考えていると。

さっきまでいたメインストリートを離れ、路地にはいっていた。









とんかつ屋を発見。


外観はただの民家。

のぼりに『とんかつ』と書いていなければ見逃すところだった。

創業は何年なのか気になるほどの古さを感じさせる。



もう食べれれば何でもいい。


早速店内へ。


中もいたるところに古さを感じる。

カウンター数席。テーブル席二つ。

以上。


カウンターには何人か客が座っている。

営業はしていることに安心する。





「いらっしゃい。適当にどうぞ。」





厨房にいる老人がぶっきらぼうに言う。


私は空いているカウンターに座る。

目の前に貼ってあるメニューを確認。


部位ごとにセットがあるが、メニュー数は少ない。

一週間毎日通えばコンプリートできる。


そして、正直値段は高い。

想定していた予算の二倍越え。



店を出るか。

いや、もうこの店しかない。

この店を出てしまったら、他の店を探す間に空腹で倒れる自信がある。



それに。

私は一つの期待をしていた。






この店ものすごく旨いのでないか。







このぼろさ。

メニューの少なさ。

値段設定。

決していいとは言えない立地条件。


どれも旨い店でないと成立しない条件だ。



その期待を高ぶらせながら

一番のおすすめであろう、Aセットを注文。


おすすめとは書いてないが、

一番上のメニューという理由だけでおすすめと判断した。



待っている間、もう一度メニューを見る。


書いてある営業時間に驚く。





昼に二時間。

夕方に二時間。

計四時間。





短すぎる。

この営業時間で採算が合うはずがない。


期待はどんどんと膨らんでいく。




店内を軽く見まわしていると

Aセットが私のところに運ばれてきた。


ロースかつ。

キャベツ。

ごはん。

お味噌汁。

漬物。


ありふれたラインナップだが

私にはとんでもないご馳走に見えた。








いただきます。







運ばれてきてからすぐに私はロースかつにかぶりついた。




サクサクッ。




ご飯をかきこむ。

そして、またロースかつにかぶりつく。




サクサクッ。





味噌汁で少し口を整え、漬物で口直し。

すぐにまたカツへ。

そしてごはん。

キャベツも一気にほおばる。




脂っぽい端っこのカツは

キャベツとごはん、両方一緒に口へ流し込む。






サクサクっ。

シャキシャキッ。









いつの間にか

目の前には空の皿と茶碗が並んでいた。


温かいお茶で口をさっぱりさせる。


勘定を済ませ足早に店を出る。











うん。












それ相応。

一番の感想はこれだ。



まずくはない。そして普通に旨い。





しかし。







このトンカツをまずくさせてしまったのは








私から溢れてしまった、期待という名の調味料だ。

フラットな状態で来たかった。





その夜仕事先の人とこの店に又来ることになるとは

この時の私は知る由もなかった。

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