9話 待ってくれ。
帰宅すると、母がいた。
私の一人暮らしの部屋に。
私の実家は田舎でここからは遠く、盆と正月以外は親や親戚に会うことがあまりない。
しかし、母に会った。部屋で。
なんでいるのか、と聞くと。
「え、ラインしたよ。さっき。」
確かに今日はあまりスマホを見ていない。
というかさっき連絡したのは、したことにはならないだろう。
とりあえずスマホをチェックする。
『母、家ついた。無事ついた。』
留学生が母国に向けた手紙のようだ。
話を聞くと、知り合いに会うためにこっちに来たらしい。
数日泊まるそうだ。
私の母は割と気分屋だ。
私が一人暮らしを始めてからは、より自由にしているらしい。
海外へ行ってみたり。
山登りをしてみたり。
私とは違い、アウトドア派。
少し騒がしい数日になりそうだ。
数日後。
帰宅中。
私には今日楽しみがある。
仕事終わりのプロ野球観戦in自宅。
地元の球団の試合が地上波で見れる貴重な機会。
交流戦だ。
説明すると
私が今住んでいる地域の球団と
私の地元の球団は所属リーグが違うため普段は試合をしない。
地元の球団の結果をネットで見るか
あまり興味のないチーム同士の試合を見るかだ。
しかし、今日は違う。
地上波で見れるのだ。
最近はそれを糧に仕事をしていた。
ただ二つだけ問題がある。
一つは
私の仕事の時間だ。
試合開始は14時。仕事が終わるのは早くて17時。
どんなに試合が延長しても家に帰るころには試合は終わっている。
つまりリアルタイムでは見れない。
この問題は解決した。
録画をする。
リアルタイムで見れないのなら、録画してみればいい。
勝つか負けるかの緊張感。
それを味わうにはリアルタイムが一番だが、私にとってのリアルタイムであればいいのだ。
つまり
家に帰るまで試合の情報を見ない。聞かない。
とにかく新鮮な状態で見る。
それはおそらくスマホを開かなければ大丈夫だろう。
家に帰るまでなら。
ここからがもう一つ。
家に母がいることだ。
母は大の野球好き。
確実にリアルタイムで見るだろう。
帰った瞬間、母の口から私に情報が伝わってしまう。
あのお調子者の母だ。かなり不安。
これに対する策は
会社に行く前に
後で見るから今日の試合結果は言わないでくれと伝えること。
これは既に実行済みだ。
しかし
母がこの約束を忘れてしまった場合。
その時を考えて家に着く前に再度同じ内容をラインにて連絡。
母がスマホを見ないことを懸念していたが、返信が来たことを確認。
念押しは十分。
一応、人通りの少ない道を通って帰り、偶然聞こえてしまうハプニングも回避している。
観戦用に
家にはキンキンに冷えたビール。
つまみも常備。
完璧だ。
家の玄関前に到着。
私は意気揚々と玄関の扉を開けた。
「おかえりー!」
玄関を開けて最初に見えたのは
満面の笑みを浮かべた母の姿だった。
片手には私の冷やしておいたビール。
テーブルにはつまみ。
母は私を見て一言。
「ほら早く!録画見よ見よ!お母さんももっかい見たいから!」
負けた試合を見たいファンがいるだろうか。
うん。いない。
ミッション失敗。
この後。
母の実況&解説&ネタバレを聞きながらの野球観戦だった。
母の作った煮物を食べながら。
うん。
いつもよりしょっぱい。
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