8話 チョキチョキ。
美容室。
二席ほどしかない小さな美容室。
今の家に引っ越してきてからはずっとここに通っている。
私が入った時には既に一席は埋まっていた。
「おかけになってお待ちください。」
入店してきた私に美容師は言った。
美容室。正直苦手だ。
正確に言うと、美容師との会話が苦手なのだ。
髪を切られることは好きなほうだ。
美容師さんには申し訳ないが、髪だけ切っていてほしい。
いつもそう願いながら美容室に入る。
美容師の準備が整い、席に案内された。
いつもの美容師じゃない。
指名しなかった予約した時の自分を恨む。
カットが始まる。
私はすぐさま目をつむる。
これが最善。
店員から何か言われたとき以外は絶対に開けない。
目をつむることによって、
私は会話しませんよ
という美容師への合図になると思っている。
だから私は目をつむる。
「中村さん、お疲れですかぁ。」
おい。
私が目をつむっているのが見えないのか。
見えているのだとしたら、嫌がらせだ。
仕方がないので、もう一手打つことにした。
私はそっけなく
ええ。
とだけ返す。
不愛想だなと思われるくらい。
それで伝わってくれ、美容師さん。
「やっぱり大変なんですね。サラリーマンって。僕、この仕事しかしたことないんでわからないですけど。大変なんですね。」
この野郎。
私の合図を二つも見逃しやがった。
というか話下手か。
トークするならもっと客に寄り添ったトークをしてくれ。
私のイライラメーターは上昇中。
しかし、その美容師は止まらなかった。
自分の仕事、趣味、知り合いの面白い話…。
ひたすらに話し続けた。
私はそっけない相槌しかしていないのに。
メンタルが強すぎる。
そんなことを思っている間に話は変わっていた。
「あ、こないだうちの前にでっかい蜘蛛が出たんすよ。もう手のひらサイズの。それ見てびっくりしちゃって。もう僕ビビっちゃって。それで初めて遅刻しちゃったんですよね。」
知るか。
てかそんな理由で遅刻するな。
「あ、知ってます。中村さん。蜘蛛ってコーヒー飲ませると酔っぱらって、巣がめちゃくちゃになっちゃうんですって。」
もっと知るか。
なんだその豆知識。
もうちょっといい話ないのか。
そう思っていたら。
「あ、それ知ってるよ。なんかカフェインが蜘蛛には毒らしいね。死ぬわけじゃないらしいけど。」
と、隣でカットしている、美容師が乗っかる。
「昔それ、トリ〇アの泉でやってたよね。懐かしいなあ。」
と、隣でカットされてる、客が乗っかる。
え。なんでこの人たち蜘蛛の弱点について詳しいんだ。
俺が変なのか。
そのうち
四人中三人が蜘蛛トークに花を咲かせている不思議な状況が出来上がった。
蜘蛛には薬物よりもカフェインの方が強力だとか。
外国には蜘蛛について研究しているチームがあるとか。
なんなんだ、この人たち。
私の蜘蛛についての知識はほぼゼロで、話に入ることはなかった。
しかし、私にとってはこの状況は好都合で
三人がスパイダートークしている間に目をつむっていられる。
会話をする必要がなくなった。
よし。いける。
と、息を殺すように目をつむった。
「中村さんもしゃべりましょうよ。」
まじか。
その後、小一時間。
カットされながらスパイダートークに相槌を打ち続ける時間が始まってしまった。
私も蜘蛛の巣に引っかかってしまったようだ。
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