第10話 新学期

 暖かな陽光が生地の厚い修道着越しに私の身体を温める。

 澄んだそよ風は、髪を揺らし耳元でフードを外し素肌を晒すよう囁いた。


 冬の間、白くて単調な景色で人を拒んでいた山道は、春の訪れとともに下書きを終えたキャンパスに神様が色を与え様相を改めた。


 春の訪れとともに新学期が始まる。


 山道を横切る小川のせせらぎを聞きながら、丸太の橋を歩いて渡る。

 目覚めの良い蝶が花で羽を休めていた。


 蝶が飛び立つ、背中で弾けた雪が、私の意識を現実に連れ戻す。


 バシッ、バシッ、バシッ、

「…………」

 バシッ、バシッ、バシッ、バシッ、

「えーい、鬱陶しいっっ!!」


 ぐるんと振り返り怒鳴る!

 目に飛び込んだのは、素知らぬ顔で目をそらすトム。

 そして、今まさに、しゃがんで次弾の雪玉を作ってる最中のキャシーだった。


「あ、ん、た、らぁ!」

 手のひらにつむじ風を発生させる。

 修道着のフードが外れ、黒髪が流れに乗って広がった。


「きゃっ、ごめん、ごめん!」

 キャシーは、自分の後頭部を叩き、舌をペロッと出して謝罪した。


 なのに……、私の足元で雪が弾ける。

「けっ、俺は先に行くぜ! ブス!」

 トムは、私を飛び越し、勢いよく山道を駆け下りる。


「もうっ! バッカじゃないの!」

「あらあら、男の子は元気よね」

 そばに来たキャシーが背の低い私の頭を撫でる。


 帝国北部、第四教区の孤児院は他と違う。

 教会の魔法使いを育てるための施設、だから、ここの孤児院の子は、魔法を扱うのか上手だった。


「それにしても、リズちゃん、相変わらず魔法の扱いが上手ね。流石、第一教区、帝都の大司祭様のお気に入りね」

 孤児院を移動するのにうってつけの理由、それに恥じない才能が私にはあった。


 ウィリアムズ神父は、帝都は私にとって危険だと考えたのだろう。


「キャシーは、シスターになるの?」

「うん」

 私の問いに、彼女はハニカミながら頷いた。


 孤児の将来の選択肢は、元々、多くない。

 戦争が好きな帝国の兵士になるか、教会の仕事に従事するか……つまり、命を捧げる相手が、国か神かの二択。


 他の選択肢を知らない彼女は、それでも幸せそうだった。


「遅いぞ、ブス!」

 出来れば、早く消えて欲しい。


 校門で出会った、なにやら、ペチャクチャうるさいガキを無視しながら学校の廊下をスタスタと歩き、教室の扉を開く。


「遅いわよ、リズ!」

 上品な顔立ちの金髪の女の子が、フリフリのドレスを着てツンとした仁王立ちで私を出迎えた。


「おはようございます。ステラ様」

 軽く会釈をしてやり過ごす。


 ステラ=バグウェル、貴族のご令嬢で、やや扱いが難しい女の子。


「今年も私が一番よ」

 彼女は、赤毛のトムを「どきなさいっ!」と押しのけ、隣に腰を下ろした。

「鼻にチョークが付いてるわよ、ステラ様」

「なっ、なによ」頬を赤らめゴシゴシと鼻をこすり「教室の準備は私が全部したんだからね、感謝しなさい!」とドヤ顔になった。


 水拭きされたピカピカの黒板、教壇の花瓶には、みずみずしい綺麗な花が飾られていた。


「床も磨いたのよ」

 働き過ぎよ!


 こうして、四年生の新学期が始まった。

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