第9話 手紙
もう春が近いとはいえ北部の寒さは未だ厳しい。
標高の高い山ではなおさらだ。
木々の葉は落ち、雪で化粧している。
冷たい風は積もった雪を散らしながら吹き抜ける。
粉雪は舞い、輝きながらまた降り積もる。
私の体温は奪われ、すっぽり覆うフードから覗く顔に痛みを感じる。
思わず口元に毛糸の大きな手袋をはめた両手を持ってくる。
そこに息を吹きかけ、吐息で顔を温めた。
帝都を出て三年が経過した三月の初旬、町での買出しを二人で終えた私たちは、山道を重い大きな荷物を背負い歩いていた。
「着いたわ」
女性の無愛想な声。
サリバン先生は、スラッとした美人だけど表情が少なく面白味に欠ける人物だ。
「服についた雪は落としてからドアは開けなさい」
抑揚のない冷たい声で小言をいう。
私の苦手なタイプ、孤児院の子達は影で彼女のことを「氷の女」と呼んでいた。
ちなみに、あだ名を付けたのは私だ、エヘン!
教会と同じ敷地にある孤児院、暖房は整っており部屋の中は暖かい。
重い荷物を床にドスンと下ろし一息つく。
中央にある暖炉の炎は、オレンジの身をくねらせ、パチパチと薪を喰らう音と共に、辺りに熱を撒き散らす。
コートに残った僅かな雪がいつのまにか溶け、床を濡らし始める。
「コートはすぐに脱いでハンガーに掛けなさい」
サリバン先生は、すでに修道服姿になっていた。
気温差のせいだろう彼女の頬が赤い。
さらに、外から侵入した冷気が吐息を白く見せ大人の女性の匂いを感じさせた。
「ほら、あなたに手紙よ」
コートを脱ぎ、タオルで髪を拭いていると彼女は二通の手紙を私に差し出した。
冬の間、手紙を山へは届けてくれない。
なので買出しの時に郵便局に立ち寄るのが習慣になっていた。
「リズ姉さん、お帰りなさい」
年下の女の子達がパタパタと駆け寄ってくると、私にまとわりついてくる。
「おい、怪力女が帰ってきたぞ!」
男子達の揶揄う声は無視するに限るわ!
それにしても二通とは初めてで、首を傾げながらしげしげと手紙を眺める。
「ねぇ、リズ、いつもの人から?」
テーブルの席に着いた私の背から年長の女の子が悪戯な笑みを浮かべながら覗き込む。
年下の妹分達は目をキラキラさせて私を取り囲んだ。
彼女たちにとって手紙は珍しい。
なぜなら、文をやり取りするほど親しい知り合いが孤児院の外にはいないのだから……。
一通は皆の思惑通りシスターアンジェラからだ、差出人にそうあるし、なにより切手が可愛いっ!
いつも違う切手を貼ってくれるので、それが楽しみの一つになっていた。
妹分達が見せて見せてと手を伸ばしくる。
それを避けるようにして彼女からの手紙を胸で温めてからスカートのポッケに大切に入れた。
「ねぇ、リズお姉ちゃん、見せてっっ!」
妹分達の大合唱に、
「手紙を読んだら、切手は見せてあげるわ」
と返事するも収まらない。
「あら、あなた達、荷物の仕分け当番じゃない? 早く行かないと先生に叱られるわよ」
私より四つ年上、年長のキャシーが助け舟を出してくれた。
「そうよ、氷の女の指揮棒で身体中、叩かれるわよ」
ギョッとする顔を作りながら、妹分達をおどす。
「キャー、氷のサリバン先生に叱られちゃう!」
キャハハと声を張り上げ楽しそうに一目散に手伝いに走って行った。
残る一通は、この無愛想な封筒だ。
思わず眉間にシワが寄ってしまう。
「きゃっ、それラブレターじゃない?」
んな訳あるか!
そばかすが魅力的なキャシーは、楽しそうに私の隣に腰を下ろす。
そういうお年頃だから仕方ないわね。
肉体的には十歳の私だけど、精神は十九、経験だって……。
「ねぇ、どうしたの、早く早く!」
茶化すキャシーを他所に、手紙を握り潰す。
経験?
そんなものは……。
私の中の死んだ灰色鼠の女の子、その記憶との付き合いも三年も経つと鎮めるコツもわかってきた。
にゃー、
「あら、クロちゃん、起きたのね」
キャシーの膝の上には私の使い魔、黒猫姿のアルシエル、皆に本当の名前は教えていない。
だって、知識ある人が知れば大変な騒ぎになっちゃうからね。
彼が私を見つめる。
「あんた、本当、お気楽ね」
ポンポンと頭を叩くとゴロゴロ喉を鳴らし気持ちよさそうに目を細める。
「いよいよね」
本当、そういうの好きね、キャシー。
こんなダサい封筒で女の子に手紙を出す奴がいたら、そいつは絶対ハズレよっ!
どうせ何かの書類かと思い一気に開き中身を取り出す。
「なになに、野蛮人のブスへ、お前なんか大嫌いだって……、…………、何よコレ、最低!」
キーっ! 立ち上がり、手紙を丸めて壁に投げつけた。
男子どもがドッと笑う!
てかっ、お前らまだ、いたのかよっっ!
人の話を盗み聞いて、バカなの? 死にたいの?
「うっわー、お前、あっちでは野蛮人だっのか?」
「トム、あなた、一回死になさいっっっっ!」
どりゃっ、回し蹴り!
「おっと、かぼちゃパンツ丸見えだぜ」
くっそー、こいつっ!
「そんなに見たいなら、見せてあげるわよ、ほらほら」
スカートをまくりヒラヒラとさせる。
見えそうで見えないからだろう、近づいたところで、「隙あり!」と前蹴り!
「へっへんだ」
赤毛のトムは素早くかわし距離を取ると鼻をすすりながら指でこする。
この子、魔力は大したことないくせに目が良くてすばしっこい。
「なになに、野蛮人のブスへ、お前なんか大嫌いだ。顔も見たくない。返事が来ても読んでやら……、おっと」
手紙を拾った手を上げ、ヒラヒラと挑発するようにトムは動かした。
ちょっとだけ、本気出せば、こんな奴!
「それ、返してっ」
汗が頬を伝わったのを感じた。
「いい加減になさい!!」
サリバン先生の声!
ビクッと固まるトムの姿。
「女の子をいじめて、情けない。リズが泣いてるでしょ」
サリバン先生は、トムの頭を指揮棒で殴ると手紙を取り上げた。
泣いてる?
目をこすると確かに泣いているようだった。
「あなたも、反省なさい。手紙を乱暴に扱うなんて」
バシッと頭を叩かれた。
「それに、嫌いなら手紙なんて書かないでしょ」
「ごめんなさい……」
痛さに負けて大泣きしてしまった。
よしよしとキャシーに慰められながら部屋を出て寝室に入るとベットにうつ伏せた。
「お前のことは絶対に忘れない」
あいつの手紙は、そう締めくくられていた。
何よ、バカっ、名前ぐらい書きなさいよ。
ウェイン……、全部、あんたのせいよ。
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