第8話 地獄の業火
煉獄の炎は、この身と魂を喰らい尽くす。
そして、私は死んだ。
飼い主を失い、自らも命を落とした哀れな灰色鼠。
凌辱され涙で濡れた母さまの願いを思い出す。
飼い主の願いを叶える、それが一匹の灰色鼠の使命。
彼らがのうのうと生きる、この世界を決して許さない。
悪魔に、この身を捧げても、きっとそれは成し遂げてみせる。
「あいつら、みんな殺してやる……」
ガタガタと声が震える。
「あなたに、もう、怖い思いはさせないわ」
アンジェラの優しい温もりと香りに包まれながら、彼女の脈打つ鼓動に耳を傾けた。
ドクドクドク……、彼女の命の営みが、私の魂を落ち着かせる。
ドクドクドク……。
「さあ、ウェイン、なんでこの子を知っているのか教えて頂戴!」
アンジェラのキッとした口調。
大聖堂の庭の片隅、そこの小さな物置に、私たち三人は隠れるように逃げ込んだ。
私のせいだ。
「去年の夏、一度、エイプリル大魔導士のお屋敷に、神父様と行ったんだ、その時に……」
「リズに会ったのね」
「えっ、でも……」
「フォーチュンなんて名前は二度と口にしてはダメよ」
ウェインは、一度、死んだ私と会ってるの?
でも、ごめんなさい、フォーチュンの記憶にあなたはいないわ……。
エマ=エイプリル大魔導士……、歴史に疎い私でも知っている憧れの女性の名前。
約百年前に実在した、帝国最強の十二魔導士の一人。
当時世界に三人しか存在しなかった古代魔法を行使できる大魔導士の称号を持ち、魔法を志す女性なら、誰でも憧れる存在。
そんな女性が、あんな風に凌辱されるなんて……。
「母さま、ごめんなさい、ごめんなさい……」
理由は直ぐにわかった。
戸棚に私を隠した際、彼女が掛けたおまじない。
あれは母さまの
彼女は、死んだ私を守る為、おそらく自分の魔力全てを私に与えたのだ。
だから……。
涙が枯れることなく溢れ出る。
灰色鼠を守る為に、己を犠牲にするなんて……。
「汚い私なんて、見殺しにすれば良かったのに!」
「あなたは汚くなんてないわ」
アンジェラは、そんな私をずっと抱きしめてくれる。
彼女も母さまと一緒で、馬鹿で、優しすぎる……。
再び彼女の柔らかな胸の膨らみに包まれた私は、平静を取り戻しながら、殺すべき相手が、誰なのか見当がついた気がした。
死んだ私、フォーチュン、いいえ灰色鼠は、幼く魔力操作もつたなかったとはいえ、それを暴走させれば何人も手出しを出来なかった筈。
それを制し、さらには、幼い灰色鼠を凌辱し、己の欲望を満たすことが出来る人物。
死んだ私を、そう、灰色鼠を灰も残さず焼き尽くした炎。
あれは、最高位魔法【地獄の業火】。
それは、最低でも魔導士四人の同時詠唱が必要な高度な召喚魔法だ。
ことが露見しないよう、念入りに燃やす必要があったのだろう。
闇の者なら、そんな面倒は必要ないはず。
だったら犯人は、帝国十二魔導士の誰か……、もしくは全てだ。
みんな殺してやる……。
一匹の黒猫がどこから入って来たのか私の肩に飛び乗り頬を舐めた。
「あら、クロ……、いいえ、アルシエル、あなたもコッチに来てたのね」
「やっと思い出したのかい、ご主人様」
「ええ、私がここで為すべき事は、今、理解したわ」
アルシエル、いつも、私に不遜な態度をとる黒猫が、今は、甘えるようにしてその身を私に寄せる。
「あなた、まさか、この猫……」
「ええ、彼はアルシエル、闇を支配する悪魔の化身、そして、私の使い魔よ」
「ダメよ、あなたに復讐は似合わないわ」
アンジェラは、決意した私ですら、諦めず優しく包む。
彼女は良い人、大好きなお母さんの香りがする。
泣き疲れた私は、そのまま彼女の胸の中で眠ってしまった。
その日を境にウェインは私に優しく接するようになった。
それがとても気持ち悪く、煩わしいと思っていると、帝都に雪がチラつく十一月、ウィリアムズ神父の計らいで、辺境の孤児院で暮らす事になった。
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