第5話 黒髪の乙女

 朝、目を覚ますとアンジェラが優しく髪をすいてくれた。

「随分とうなされていたようだけど大丈夫?」

 彼女の言葉に涙が溢れる。


「お母さん」

 泣きながら必死に彼女に抱きついた。

「あらあら、困った泣き虫さんね」


 世界は残酷だと初めて知った。

 灰色鼠だった女の子は炎に身を焦がし確かに死んだ。


 それでも彼女の世界を憎む感情は、確かに私の奥で生きている。


 ただ、ひたすらに彼らを殺せと私に訴える。


「神父様、この娘、あの事件の関係者なんでしょ」

 扉の側に男性の気配、神父様には申し訳ないが、男を信用する気には、とてもなれない。


「このローブは誰のかな?」

 神父様の手には学院のローブが握られていた。

「国立魔法学院? これ、帝立魔法学院の偽物じゃない……、こんなの憲兵に見つかったらただじゃ済まないわ、体制批判よ!」

 アンジェラがローブを受け取ると騒ぎ出した。


 帝立?


 今は、貴族社会の帝国時代なの!

 えっ、何年前だっけ、帝国時代って!


 こんなことなら、魔法推薦に頼らず、歴史ぐらい勉強しとけば……。

「ねぇ、神父様、早く燃やしましょ!」

「ダメッ!」

 アンジェラからローブを奪い取るとしっかりと腕に包み隠した。

 それにしても我ながら凄い力だ。

 彼女もそれにびっくりしている様子。


「シスターアンジェラ、それが、そのローブ、簡単には燃えないんだよ」

 だから、燃やさないでよ!!


 神父様の行動力にはびっくりだ。

 そして、実は、夢のせいで彼のことも、しっかりと思い出ししいた。

 ウィリアムズ=エバット、皆から気さくに神父様と呼ばれ慕われているが、身分はかなり高い。

 記憶の中の彼が家に遊びに来た時は、立派な馬車に、数人の騎士を従えていた。

 それに、幼い女の子では気づかないかもしれないが、十六歳間近の私にはハッキリと断言できる。

 彼は恋心を抱いていたはずで、母さまもそれに満更では無い様子だった。


「ほら、返して」

 ローブへと伸びてきたアンジェラの手を振り払う。


「もうっ、困った子ね……。神父様、この子の髪、染めていいかしら?」

 えっ、染めちゃうの?

 せっかく綺麗な銀髪なのに……、いやよ!

 首を振り意思表示をするも、

「だめよ、あなた、暴漢が襲ったお屋敷の子でしょ、その容姿じゃ、名前を上手に偽っても、危ないわ、すぐに気づかれちゃう」

 えーーーーっ、もし、また襲ってきたら、

「あいつら、皆んな、皮を剥いで殺してやる」

 己の口から出たセリフに恐怖した。


 アンジェラは、慌てて私から離れ距離を置く。


「フォーチュン、君がする前に、犯人は僕が殺す。だから、そんな物騒な感情は忘れなさい」

 彼の目が怒りに染まる。


 フォーチュンとは、母さまが死んだ私にくれた大切な名前。


「神父様、殺すなんて言ったらダメです!」

 離れた場所からアンジェラの声、逆にウィリアムズ神父は私の方へと近づいてくる。

 目の前で立ち止まり、私の髪に触る、大人の男に触られるのは抵抗があるが、今は目を瞑って我慢した。


「フォーチュン、君は愛しいエマの大切な子だ。幸運が君に降り注ぎ、幸せになることを僕も願う。だから、髪は黒色に染めなさい。君が囮にならなくても、犯人は僕が殺す」

「神父様……」

 アンジェラの声が震えていた。


 エマ……、母さまの名前。

 母さまとウィリアムズ神父、そして死んだ私の幸せな日々が脳裏に駆け巡る。


 この人なら信用できる。


 私は小さく頷き、髪をすぐに黒色に染めた。


「うそ、魔力を全く感じないわ……」

「君って子は……」

 アンジェラとウィリアムズ神父が言葉を失う。


 魔法において、最も高等な技術は、魔力を完全に隠蔽し発動させることだ。

 私は魔法の才能には自信がある。

 物心ついた頃には魔導師クラスにしか召喚できない言葉を話せる使い魔だっていた。

 だからこそ、最高峰の国立魔法学院に試験無しの推薦入学出来たんだもの。


「でも、神父様ごめんなさい、母さまの仇は私にやらせて……」

 母さまを、そして魔法の扱いを知らない幼子をもてあそび殺した奴らを許すなんて、私には出来ない。


「フォーチュン、君の才能には感服するが、それは、僕にも譲れない」

 ウィリアムズ神父は、ニッコリと微笑み、私から手を離した。

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