第4話 炎に焼かれて

 この娘の記憶は灰色から始まる。

 灰色鼠、これが、もう一人の私が幼い頃呼ばれていた名前。


 灰色鼠同士、会話なんてない。

 昼間は飼い主の言う通りにしていれば食事が与えられ、夜は、大人達の交わりを聞きながら寝る。

 その繰り返し、それに何の疑問も無く生きる存在。


 飼い主が死ぬと母さまが私を拾ってくれた。

 何も命じてくれない母さまに、最初は戸惑っていたと思う。

 いつしか、それが当たり前になり、母さまが読み聞かせてくれた物語から知識を得、ついには、喜怒哀楽というかけがえのない感情を私は身につけていた。


 そう母さまは、感情を私にくれた。

 そして、想像力も……。


 それは、どんな高尚な知識よりも偉大で大切な、人生を豊かにしてくれる宝物……のはずだった。


 あの日、あの夜、あの時までは……。


 母さまが、寝ている私を起こし、戸棚に隠す。

「ここで、ジッとしているのよ」

 硬い笑顔、私が見た、母さまのそれが最後の笑顔。


「おまじないをしてあげる」

 母さまは、一冊の古書を私の胸に押し当てると、それは光輝き、私の中に消えた。

「真実の愛でしかあなたは殺せない、あなたは、きっと私が守る」

 母さまは私を抱きしめ、戸棚を閉めて姿を消した。


 男達と母さまが激しく言い争う声。

 怖い!


 灰色鼠だった頃、感じる事は無かった感情。

 想像力が生み出す痛みを感じない恐怖。


 怖い怖い怖い……。


 静寂、そして、男達の下卑た声、母さまの悲鳴。


 感情が生み出す助けたいという気持ち。

 ああ、鼠のままなら……。


 感情が、そして想像力が、隠れたままでいることを許さない。


 戸棚から出て、見てしまった光景。

 女の裸体。

 母さまの涙で濡れた顔。


 感情なんて無ければ、何も感じないのに!


 母さまが生き絶えた後、私も同様に汚された。


 男達が放った炎が私を焼く。


 熱いのは最初だけ、それに死は怖くは無い。

 ただ、私がいない後も、こいつらが生きている。


 それが許せない。


 許せない、許せない、許せない、許せない!


 ああ、母さま!


 私は、やっぱり汚れた灰色鼠。


 もし、悪魔がいるのら、この魂を捧げ、彼らを地獄に連れて行きたい。


 生きたまま皮を剥ぎ、恐怖と屈辱を味わせてやりたい。


 それが出来ない恐怖。


 死が恐ろしいのでは無い。


 彼らがのうのうと生きる、それが許せない。


 殺してやる……。


 それが最後。

 灰色鼠だった女の子の最後の願いだ。


 こうして、彼女は死んだ。

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