――第107話――

「我らは魂となっても主様ぬしさまの元に……」


いや、だから死なないってば。

こっちは殺すつもり無いし。

……何 考えてるんだ?


そう言う人間の瞳はまだ死んでおらず、何か嫌な予感がした。


人間は最後の力を振り絞り、起き上がれない身体で杖を強く握ると小さな光の珠が飛び出し、倒れている他の人間の中へと入り込む。


光の珠が入った人間は悲痛の声を上げ 目や口、耳や鼻から血を流し始め、皮膚が劣化れっかしわが増えたかと思うと次の瞬間には指先、足先、頭という身体の外側から砂となって消えていった。


俺はその光景を前に目の前の床に倒れながらも杖を握りしめている人間の胸ぐらを掴み、顔を近付けた。


「てめぇ!何しやがった!」


 殺すつもりは無かった。

 捕らえるだけのつもりだった。

 それなのに、こいつは……―――


 俺の動揺をあざ笑うかの様に人間は俺の瞳を覗き込むと にやり と嫌味たっぷりにわらう。


「我らの魂は主様ぬしさまのもの。肉体が朽ち果てようと、魂を魔力として主様ぬしさまの元へ行き、主様ぬしさまと最後まで共に出来るのだ!」


それって……。

ライアが里で生命力を使って魔法を使おうとしてやり方か……?

生命力を使うとなるのか……?


 肉体も骨も残らず……跡形も無くなる。


 人間がいた筈の場所は、砂が風に舞い、人間がそこにいたと言う事実までも無くなっていた。


俺は目の前に広がる光景を見回し、呆然と立ち尽くした。


そんな俺を見て人間は大きな笑い声を上げると、他の人間と同じ様に目や口から血を流し始める。


「お前らでは、主様には勝てぬ! はハ……ハはは、ハははハハハッっ!!」


笑いながら ごふっ と口から血を吐き出し、薄気味悪い笑顔のまま他の人間と同様に砂となって消えて行った。


「……胸くそわりぃヤツだな」


ネロがボソッと言葉を吐き出すと、ゴゴゴゴゴゴッと地面が揺れる。


「ねぇ! 揺れるよー! 燃えてるよー!」


ラルフが火が出ている場所を示して声に出す。

 ここまで来ていた通路の扉と言う扉から炎が燃え広がり、大きな揺れにより天井が崩れそうに パラパラ と小さな石が落ちてくる。


ネロはラルフの言葉に舌打ちして答えた。


「ちっ。証拠隠滅しょうこいんめつかよ。用意周到よういしゅうとうだな……おい、ここから出るぞ!」


俺はすぐにショーンの元へ駆け寄り、まだ気を失っているショーンを抱き上げた。

そんな俺にネロは怒鳴り声が聞こえる。


「おい! そいつは置いてけ……」


 俺はネロの言葉に、そっと視線を向けると、ネロは少し嫌そうな顔をする。


「あー! くそ! 分ぁったよ!! 好きにしやがれ!」


「……そうする。」


 俺は今どんな表情をしているのだろうか。


 ショーンがなぜここにいるのか、という疑問。

 生命力を使う魔法を見て……もしライアがあれを使っていたら、と考えた時の不安。

 人間を……生き物を素材としてしか見ない集団への嫌悪けんお

 目的は何であれ、こんな奴らに里を壊されようとしていた、という怒り。


 様々な感情が身体をめぐる。

 抱き上げたショーンの顔を ちらり と見る。

 まだ あどけなさの残る顔は血の気が失せているが呼吸はしている。


 こんな子まで巻き込むなんて……。


「ねぇ! ルディ! 早くしないと崩れちゃうよ~ッ!」


「……今行く」


 少し先に行ったネロとラルフが振り返り、俺が来るのを待っていた。


 俺は瞳を一度閉じてから、ネロとラルフの元へ駆け寄る。


 廊下の天井も、もう少しで崩れそうだった。

 俺たち三人は落ちてくる瓦礫がれきを避け、後ろから崩れていく音を聞きながら燃え広がる炎の中をひたすら走った。



 外に出ると俺の気持ちとは正反対の朝焼けの清々しい風と赤い光が射していた。


 俺たちがさっきまでいた場所はクレーターの様な円形の大きなくぼみと楕円状だえんじょうの浅いくぼみが広がり、民家の一部の床までも浸食していた。


「行くぞ」


 ネロの言葉に俺とラルフは頷き、宿へと向かった。



「んで? ショーンはどぉすんだよ」


 宿に到着し、部屋に戻った俺たちは余っていたベットの上にショーンを寝かせ、それぞれのベットの上に腰を落ち着かせていた。


 ショーンの事について聞いてきたのはネロだ。

 ネロの問いに俺は思ったままを口にする。


「どぉって言われてもな……あのまま、あそこに放置する訳にもいかないだろ?」


「……―――はぁ~……」


 ネロに盛大に溜息をつかれてしまった。


 いや、普通にそうしない?

 俺が間違っているのか?


「馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたが、ルディの脳ミソは花畑か?」


「あははははは! でも、それがルディのいい所だよね!」


「……まぁ、な……はぁ……」


 えっと?

 俺は今責められているのか?

 それともめられているのか?

 うん、下手に口は出さない方が良さそうだな。

 ……黙ってよう。


 ネロは数秒間の沈黙を作り、ラルフはにこにこと笑顔で成り行きを見守っていた。


 そして俺は黙っている。

 黙っているともさ。

 何か言ったらネロに怒られそうなんだから。


「ルディ、分かっているのか?」


「え、なにが?」


 突然、沈黙ちんもくを破ったネロからの質問に俺は疑問符ぎもんふしか浮かばなかった。

 そんな俺をあきれた様にネロは言葉を紡ぐ。


「ショーンは親玉の身内だ。ここに置いておく事は出来ない。こっちの情報がれる危険もある。ショーン自体が危険物だって可能性もある。そのショーンをどぉするつもりで連れて帰って来たんだ」


「……」


 ネロの言葉に俺は無言になるしかなかった。















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る