第20話 稲荷葉竹は体育祭でも紅葉限のことが好きか分からない(下)

 午後の一発目はレクリエーション系の競技だ。

 玉入れもここに入っている。

 紅葉たちの高校の玉入れは体育祭の一大イベントで玉入れの籠をレギュレーションに従ってクラスごとに手作りする。

 テスト前に何をやらされているのだろう、と思いながら体育委員を始めとする数名が黙々と作り上げた玉入れの籠は美術選択クラスの作だけあって、なかなかのできばえだった。

 紅葉はバイトとテスト勉強に集中していて籠製作には参加できなかったが、参加していた稲荷と百原それぞれから愚痴と進捗を聞かされていたので、なんとなく小さな思い入れはある。

「なあ紅葉、籠を作ってるときから思ってたんだけどさ、玉入れって陸上系なのかな? どっちかというと球技じゃね?」

「まあ、ボール運びもスプーンレースも言ってしまえば球運びだしな……」

 わりとどうでも良いことを百原と語らいながら紅葉は観戦に徹する。

「がんばれー俺たちの籠ー!」

「籠かよ」

 玉入れは籠作りに3年目のノウハウのある3年生が圧勝した。


 稲荷葉竹は以前にも言っていたように消化があまりよくない体質のため、気むずかしい顔でスプーンレースの集合場所にスタンバイしていた。

 来年の体育祭も同じ時間割ならレクリエーション系を選ぶのはやめるだろう。紅葉はなんとなくそう思った。他ならぬ稲荷の手によって自分から奪われようとしてる来年についてそう思った。

 

 稲荷葉竹は足は早くないがスプーンの扱いは器用だったので同時に走った集団の中では2位につけた。

「おお稲荷さんやったじゃん!」

「うん、やったな」

 スプーンレースが殺人に応用されることはあるのだろうか。紅葉限は少し考えてしまった。

 

 いっしょに観戦していた百原が二人三脚の準備に赴き、ひとりになったので紅葉は稲荷に声をかけに行った。

「お疲れ」

「消化が……きつい……」

 稲荷葉竹は顔をしかめていた。

「来年から出る競技考えた方が良いかもな」

「来年はむしろ体育委員になるという手を思いついたわ」

「なるほど」

 体育委員はほとんどが競技には参加せず運営として方々を走り回っている。

「そして不手際に見せかけあなたの命を狙う……」

「紫の鏡の時も思ったけど稲荷の殺害計画って何年見てんの?」

 気が長すぎない?

「内緒。ほら、百原くんが走るわ。応援してあげなさいよ」

「はいはい。百原と走る女子って陸上部だっけ」

「ええ、萩原さんよ。短距離走の県内記録とか持っている子ね」

「へーすごいな」

 陸上部は午前中の短距離走と長距離走、そしてリレーへの出場を制限されて運営側の手伝いに回っている。玉入れなどに参加する陸上部員もいるが萩原は二人三脚で走ることを選んでいた。

 ふたりは雑談を交わしながら二人三脚を応援するクラスメイトの輪に加わった。

 

 号砲が鳴る。百原と萩原が走り出した。

「はやっ……」

「いっけー! がんばれー! 萩原さーん! 百原くーん!」

 稲荷が大声を上げる。外行きの猫かぶりモードだ。

 紅葉は百原と萩原の速さに圧倒される。

 二人三脚で足が繋がれているとは思えないくらい息の合った走りで、ふたりは他の参加者をぶっちぎった。

「いっえーい! 百原いえーい!」

「お疲れ萩原ちゃーん!」

「すげーなあ」

「おめでとう。萩原さん、百原くん」

「速かったなあ……」

 わいわいとクラスメイトに囲まれる萩原と百原。稲荷と紅葉も当たり前のようにその輪に加わる。

「へへっ」

 百原は褒められて照れ笑いを見せた。

「いいなあ百原この後にリレーでしょ? あたしも出たかったなあ」

 萩原はまだまだ走り足りなそうだった。

「萩原ー測定ー」

「はいはーい!」

 陸上部の他の部員に運営のために呼ばれた萩原は瞬く間に走り去っていった。

 砲丸投げなど、本格的な陸上の時間が終わり、最終戦リレーの時間が来た。


 百原たちは惜敗したが、楽しそうだった。


「……百足競走とかそういえばなかったわね」

「さては百原からの連想だな?」

 紅葉から紅茶の葉っぱを連想したり、稲荷はそういう思考がすっ飛んでいるところがたまにある。

「なんかねえ。何年か前に将棋倒しでボロボロになる人が続出したらしいよ」

 運営から解放されてクラスの輪に戻ってきた萩原が稲荷と紅葉の雑談に混じった。

「ああ、まあ、危険度は二人三脚の比じゃないよな」

「だから今はやってないって……紅葉くんも稲荷さんもお疲れ様」

「ええ、お疲れ様、萩原さん」

「お疲れ、萩原」

 萩原は自分の名前を認識していたらしい。

 相手の名前を認識していなかった紅葉は少し申し訳なく思った。


 閉会式が終わり、三々五々に生徒たちは散らばっていく。

 紅葉と稲荷は喧噪の中をともに帰り道を進んだ。

「改めてお疲れ様、紅葉」

「うん、稲荷もお疲れ様……今日は結局何も仕掛けなかったんだな」

「……楽しんでいる皆に水を差すのもはばかれてね。あとあんまり効率の良い殺し方が思いつかなかったわ。秋の球技大会は最終的に焚き火をするらしいから焼死という手を考えられなくはないんだけど……」

「楽しんでいる皆に水を差すのをはばかれ」

「火にくべて水を差すって面白くない?」

「面白くはない」

 そのような小粋なジョークを言ってやったみたいなノリで殺されるのは簡便である。

 もちろんどのような形でも殺されるのは簡便なのだが。

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