第18話 稲荷葉竹はテスト期間にも紅葉限のことが好きか分からない
週をあけた月曜日。中間テストが近付き、クラスの雰囲気も全体的に浮き足立ち始めていた。
高校入学から2ヶ月近くが経ち、とうとう中学の頃からの成績の良さが中学の同窓生から知れ渡ったのか、稲荷葉竹が勉強を教えてくれとクラスメイトの女子に頼られる姿が目につくようになってきた。
稲荷葉竹は逐一それに応えてやっていた。
断れば良いものをよくやるものである。
紅葉限は稲荷の親切心と八方美人を皮肉交じりに感心する。
自分が稲荷筮に世話になっていることを棚に上げて、感心する。
「紅葉、こないだのあのシート見せてよ」
自習になった授業時間、百原がテスト勉強をしながらそう言ってきた。
「別に良いけどこれは俺用だから役に立つかは分かんないぞ」
稲荷筮謹製のテスト対策シートは紅葉が必ず点の取れる得意分野の詳細な解説と、少し努力すれば解ける分野の簡単な解説に終始していて、最初から紅葉が解けないと判断された分野は切り捨てられている。
紅葉限が中間テストで赤点さえ取らなければ良いという方針の下に作られている紅葉限専用のあんちょこだ。
「ほい」
「サンキュー」
百原はぱらぱらと「稲荷筮謹製。これさえ押さえておけば良い点取れるシート。高校1年1学期中間編」をめくった。
「なるほど偏っている」
「だろ?」
そこまで勤勉ではない百原が一読しただけでも分かる偏りっぷりである。
「まあいいや。めんどうくさいテストが終わったら体育祭だ。俺はそっちに標準を合わせる」
「いやいやテスト勉強はしろよ」
紅葉は苦笑いをしながら百原に突っ込む。
紅葉たちの高校の体育祭は春秋2回ある。
春は個人競技多めの陸上中心。秋は球技中心だ。
クラス全員ひとつの競技には必ず出場することになっていて、紅葉はあまりやる気もないので人気の少なかった長距離走にエントリーしておいた。
稲荷葉竹は運動はそこまで得意ではない人間なのでレクリエーション傾向の強いスプーンレースを選んでいた。
「百原はいくつかエントリーしてるんだっけ?」
「リレーと短距離と二人三脚!」
「欲張りセットかよ」
活発の権化のようなラインナップだった。
「体動かすの全般好きだからな!」
「元気があるねえ」
「お前そんなおじいちゃんみたいな言い方を……」
「まあ素直に感心してるよ、俺は」
「そりゃどうも」
結局その自習時間は百原との雑談にほとんど時間を費やしてしまった。
周りの生徒も似たようなものだった。与えられた自習時間というのはどうにも緩慢になるものである。
その時間を真面目にテスト勉強に充てていた優等生はそれこそ稲荷葉竹くらいのものだった。
「紅葉くんの彼女、稲荷筮の妹なんだって?」
テスト期間でもバイトは極力減らさないようにしている紅葉はその日の放課後もバイトに勤しんでいた。
赤倉小町がその質問をしてきたのはバイトの合間、紅葉の上がる直前だった。
「彼女ではないです……」
「まだ付き合ってないんだ?」
「まだというか……」
付き合う前に殺されそうです。
もちろんその返答はしない出来ない。
「稲荷筮のことご存じだったんですね」
紅葉限はどうにか話題をそらそうとした。
「うん。同じ学部だし。すごい頭良いのになんで地元の大学にきたんだろうねって噂になってて知ってた」
「ああ、俺もそれ謎なんですよね」
おおかた家族思いが優先されたとかな気もするが、直接聞いたことはない。
稲荷筮の考えていることは何なら稲荷葉竹以上に分からない。
「ところでどうして稲荷筮の妹だって分かったんですか?」
「こないだの土日にふたりで買い物してるの見かけて声をかけたんだ。いやあ驚いたよ」
「買い物……」
稲荷が筮と買い物をするのは珍しい。
土日は紅葉は両日ともバイトで潰れていたので何か重たい物でも買うために同行させたのかもしれない。
「何買ってました?」
「クーラーボックス」
「ひっ……!?」
「ん? 大丈夫? 寒い?」
「ひゃっくりです」
紅葉限はつい零した悲鳴をそうごまかした。
クーラーボックス。それは冷凍庫のない紅葉と稲荷のアパートに買うには合理的なようにも思える。しかし現状を思うと一つの可能性が浮上する。
紅葉限の死骸を何らかの形で保管するのにも使えるのではないか。
そう思った紅葉の背筋は一瞬で凍った。
そうでなくともクーラーボックスはいろいろと使い道がありそうであった。
「……わっ!」
「いやいや、さっきの今で驚けませんよ……お気持ちはありがとうございます」
赤倉小町はしゃっくりを止めるがために大声を出してきた。
紅葉は気持ちだけ受け取った。
クーラーボックスを買った稲荷葉竹の真意を問いただす勇気が紅葉限には出ないまま。高校の中間テストは始まった。
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