第6話


「……ちくん、しゅ……くん、修一くん? 一人でも大丈夫ですか?」


「え、あ、はいっ」


 揺り起こされた修一は、慌てて返事をした。


「そろそろ、お別れの時間です」


 そう言って南川は、身なりを整える。


 パソコンには、『動画アップロード完了』の表示が出ている。

 今夜のトップニュースになることだろう。


 南川はテレビを付け、部屋の隅で電話をした。

 そしてスマホを置いて言葉を続ける。


「本当は、あなたに罰を与えることは間違いだと分かっていました、ごめんなさい。でも僕が田中課長を刺したことを修一くんなら分かってくれる気がしたんです。昔の僕に似ていたから……」


「……」修一は、言葉が出てこなかった。


 南川はカーテンを全開にして窓を開けながら、こちらに振り返る。

 もう日差しは、こちらに差し込んできていない。


 眩しさが軽減されたことで初めて気がついたが、修一の座る椅子からは景色があまり見えない。部屋は高い場所にあるようだった。


「僕はもうダメですが、修一くんは強く生きてください。協力してくださってありがとうございました――」


 そう言い終えると、南川はベランダから飛び降りた。


 生ぬるい風が、カーテンをはためかせて部屋に入ってくる。

 つけっぱなしのテレビには、『サラリーマン狩り逮捕』という見出しが出ていた。


「……南川……? 南川ぁっ!」


 覗き見ることのできない窓の外を見て修一は、叫び声をあげた。

 犯人が自ら飛び降りた、という出来事に悲しさを感じていた。


 ワンルームの自宅から、この部屋まで連れ去られ、両膝を砕かれた。

 手料理を一緒に食べて、食後のお茶を飲み、動画撮影もした。

 さっきまで一緒に話していた人が、いなくなってしまった。


 不思議と涙が溢れた。

 南川は、ただ分かってもらいたいだけの被害者だった。

 支えてほしいと思っただけの一人の人間だったからだ。

 修一は、動けないまま呆然としてしまう。



 十五分ほどすると、けたたましいチャイムの音と、ドアを叩く音が聞こえた。


「警察です! どなたかいらっしゃいますか?」


「――た、助けてくださいっ!」


 警察が大人数で押し入ってくる。

 泣きながら修一は、事情を説明して救急車を待った。


 動画のことも警察は把握していて、共犯者だと疑われていた部分もあったようだ。

 修一の両膝を見て、警察は納得したようだった。


 救急車で運ばれている最中、この長い一日を振り返っていた。


 何気ない言葉が誰かを深く傷つけて、恨みを買ってしまうかもしれない。

 傷つけないようにではなく、傷つけたときのために、他人を優しく気遣うことが優しい世界なのかもしれない。そう思った。


 *


 アップロードされた動画は連日ニュースに取り上げられて議論を巻き起こした。


 専門家を名乗る偉い人がテレビに出て、持論を展開していく。

 南川の死を卑怯だと言う識者もいた。


 本当に卑怯者だったのだろうか。

 彼は死ぬほど辛かったのだろうか。


 病院のテレビを眺めながら、修一は南川の人生に思いを巡らせた。

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自己責任の対価 秋村 @asarishigure

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