pierce me

ʟᴇᴍᴏɴᴀᴅᴇ sᴀɴᴅᴡɪᴄʜ

neko ga nigeta!!

 どうやら私が死んだのは雨の日であったらしい。雨、である。

 どうせ死ぬなら晴れがよかったなあ。でも、葬式は晴れてよかったなあ。もし雨が降っていたら、来てくれるひとが減っていたかもしれない。そういえば、冷蔵庫に入れてあったプリンは誰かが食べてくれただろうか。プリンだって、作られたからには食べてもらえないと悲しいはずだ。思考は発展のないまま止め処なく流れてゆく。

 死んだときの記憶は、ない。ついでに、生前の記憶も殆どない。思い出せるのは、家族と、数えられる程度の数の友人や恩師の顔と、冷蔵庫に入れてあったプリンの消費期限の日付と、幼馴染のお気に入りのピアスのモチーフと、彼女の猫、といったところである。

 彼女は元気だ。私が生前、唯一「守らなければならない」と感じた女の子。彼女も、葬式には来てくれた。彼女の猫と、私を連れて。

 私は彼女を守りたくて、そのためだけに過ごした数年間があったことを、どこかでカミサマに伝えたのだろうか、真相は分からないが、今の私は彼女の右耳に鈍く重く光るシルバーだ。死ぬ間際にカミダノミをしたのか、カミサマの粋な計らいで意識だけが生き残ってしまったのか、はたまた輪廻から解脱できずに転生してしまったのか。自分の出自と言えば気にならないこともないが、そんな悠長なことを言っていられる場合でないのが現状だ。

 私は恐らく数分後に、本当の意味で死ぬことになる。それはつまり、また何か思い残す物事があったとして、それ関する何かに憑いてしまったり転生したりする可能性はない、ということだ。

 今、彼女と私は結婚式場に向かっている。下見などではない。本番、ということになる。今日は、彼女の結婚式が執り行われるのだ。もうすぐ彼女はこの車を降りる。その前に私は、彼女の耳から落下しなければならない。車から降りる前に彼女が気付いて、ほんの数分、ピアスを探して車から降りないでいてくれれば大丈夫、ということらしい。

 正直なところ私は、どうして「そう」しなければならないのか、は分かっていない。ただ、どうしても「そう」しなければならないのである。それは彼女を守るためであり、それ以上それ以下の理由はない。もし私が「そう」しなかったら彼女はどうなるのか、私は彼女を「何」から守ろうとしているのか、それすらわからない、ただ、私は、何があっても彼女をスムースに車から降ろすわけにはいかないのだ。

 私は私の意志を以って彼女の耳から離れた瞬間に死ぬ。カミサマに言われたわけではないが、そうと分かっている。今の私は、私が本当に知っているべきことしか知らないが、本当に知っているべきことの全てを知っている。私は、私の意志を以って彼女の耳から離れた瞬間に、死ぬ。

 幼馴染の結婚式を丁度一週間後に控えて死んだ私はとんだ大馬鹿者であろうが、彼女は「あなたらしい」と笑ってくれたので、きっと大丈夫、全て上手くいく。さて、そろそろ式場が見えてきた。少しでも長くあなたと居たかったけれど、どうせ一週間ほどだとわかっていた。最期にあなたの為に何かができる、それが、うれしい。あなたの幸せ、それだけを願っている。

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