ストレンジ・デイズ 2

 あの夜の神様を待っていた学校の屋上で奇妙なものを見た日に彼女が気になるものはそれに変わっていた。夜の神様を一度見たことで、それに対する興味が少しだけ薄れていたせいで発火する不思議な種のことが気になったのかもしれないし、夜の神様よりあの男子生徒の方が現実味があって気になったのかもしれない。彼女にはそれもよく分からなかったし、それについては意識もしていなかった。とにかく、重要なのは今気になることである。


 彼女の両親は優秀な科学者であったが、彼女が六歳の時イギリスに向かう途中で、事故に遭ってから行方不明になった。すでに戸籍上は死亡していて、両親の遺体がないまま葬儀をした。そんな状況の彼女を引き取ってくれたのは父の妹だった。要するに叔母である。叔母は既に結婚していて、子供も一人いる。その子は彼女より三つ年下で、弟のように思っている。

 そういう理由があって今は叔母の家に居候している彼女だが、その叔母も息子が大きくなってからは世界を旅して、デザイナーの勉強をしてくると言って家を出た。叔母の結婚相手は毎日家に帰ってくるが夜遅く、ほとんど会うことはないが、毎日リビングのテーブルにノートを置いている。交換日記のようなもので毎日書き記していて、冷えた家庭にはなっていない。もちろん、母からも手紙が届く。さすがに毎日は届かないが、それでもかなり頻繁に手紙が届くのである。

「姉ちゃん、俺は部活出てくるけど、今日もどっか行くの」

「そうね。出かけるけど、昼頃までは家にいるわ」

「じゃ、俺がいなかったら鍵かけといてね。行ってきます」

「ええ。行ってらっしゃい」

 そういって、弟を見送り、一応玄関の鍵を捻ってかけた。そのまま、彼女はリビングに入り、少しだけ汚れていたテーブルを拭いた。家の中はいつも綺麗にしようと心掛けている。この家に住む人は何か汚れているところを発見すると綺麗にしてしまうからである。その理由としては母がいつ帰ってきても気持ちがいいようにしておきたいからということであった。彼女は住まわせてもらっているということも理由の中にも入っている。

 それから彼女は自室から自分が気になることなどをメモしてあるノートをリビングへと持ってきて、最近書き込んだページを開く。そこには火の出る不思議な球体(?)と書き込まれていた。


 学校の屋上で目撃。男子生徒が何か、球体のようなものを投げ、しばらく待つとその場で煙が上がり、そのまま発火した。男子生徒に変化はなし。一度、屋上から出て行ったので、ついていこうと思ったが見つかると何されるかわからないのでそのまま隠れた。しばらくすると彼は戻ってきて、ぼんやりしているようだった。そして、彼を迎えに来たのか、他の男子生徒が彼を連れだした。


 そのまま彼女はノートと睨めっこを始めた。それから何かをぶつぶつと呟き始めた。

「学校の屋上なんだし、きっと深森高校の生徒よね。制服も確か、そうだったし。でも、あの球体はなんだったの」

 あの火を出していた球体のことを思い出す。彼女は思い出せる限りであの場面を思い出していた。

「やはり、彼が投げたものが何かはわからない。というか、火をだす球体って何かしら。あれほど小さいものであれだけの火を出せるもの。……私の知識じゃ足りない」

「とりあえず、彼のことを調べる必要があるわ。んー、休日に調べるのは難しそうね」

 彼女はノートを閉じると、それを自室に置きに行った。それから、キッチンへ行って、昼食を作り始めた。部活に行った弟の分も用意した。いつ帰ってくるかどうかはわからないが、作っておいても食べてくれるので作っておいた。


「ただいまー」

 玄関から声が聞こえた。

「おかえり、緋衣あかえ

 その声の主は、リビングの扉を開けて、リュックを置いた。

「姉ちゃん、ご飯って出来てる?」

「ええ、もちろん。すぐに出せるわ」

「じゃあ、すぐ食べたいかな。お腹すいちゃってさ」

「じゃ、お昼ご飯にしましょうか」

 薄雪はてきぱきと昼食の料理を出していく。冷めたままではおいしくない料理は温め直してテーブルに並べた。茶碗に白米を盛って、それを対面に並べる。緋衣はその皿一つ一つの料理を目で追って、まるで子供が親の行動を一つ一つ見つめるみたいにしていた。

「準備できたわ。食べましょう」

「うん。いただきます」

 緋衣は丁寧に料理を前にお辞儀し、箸を持って、料理に手を付けた。よほど空腹だったのか、全てを独り占めするように早食いをしている。

「ゆっくり食べなさいよ。足りなかったら作るから」

 彼女はそう言いながらも、ニコニコと笑って、嬉しそうであった。彼女がこんな表情をするのは彼に対してだけである。外に出るとほとんどの人に不愛想というか不躾というか、そんなような態度になってしまうのである。


 二人が昼食を済ませ、少しの休憩をすると、緋衣は料理に使った調理器具や皿を洗い始めた。薄雪は出かける準備をしていた。料理は薄雪が作るため、洗い物は緋衣がする分担になっていた。最初は薄雪が洗うと言っていたのだが、どうも緋衣にはそれが気に食わないらしい。作ってくれたのだから、後片付けは俺がやると言ってきかないのだ。

「姉ちゃん、そろそろ出かけるの?」

「ええ、ちゃんと夕食は作るから心配ないわ」

「わかってるよ。そういう約束は破ったことないもんね」

 薄雪は緋衣ににこりと微笑みかけると、準備していたリュックを持った。

「じゃあ、行ってくるわ」

「行ってらっしゃい!」

 元気な弟の声に見送られて彼女は家を出た。


 家を出た後、すぐに薄雪は公園に向かった。ここら辺で一番大きな公園で、川遊びもできるような設備もある。

 彼女は何としても、今日にもあの男子生徒の手がかりをつかみたかった。色々な人が集まる場所でこそ何か起きるのではないかと、何度も気になることを調査している彼女の勘がそういっていた。薄雪は自分の勘というのは案外外れないと考えている。実績と言われるとパッとは思いつかないが、勘に従って行動して状況が悪くなったことはない。


 公園についてベンチに座ると、薄雪は水稲を取り出して、一口だけ飲んだ。あまり気温は高くないが、水分補給は欠かさない。周りを眺めると、そこには遊具で遊ぶ子供がはしゃいでいたり、老人が集まって東屋で穏やかに談笑していたりしている。この公園は通路としても使われていて、人通りはそこそこ多い。川も流れているので、釣り道具を持っている人もたまに見かける。あまり魚はいないように思えるが、きっと暇つぶしのようなものなのだろう。立ち入り禁止ぎりぎりではあるが、川を上って行けばもしかすると魚が釣れるのかもしれない。ただ、近くには人がほとんど手を付けていない森林があるので、野生動物には気を付けなくてはいけないが。

 薄雪は自分の座るベンチから様々な所を見渡した。気になるところはなく、たまには自分の勘も外れるかとため息と共に眩しい空に目を向けた。空には森林から出てきたのか、あまり大きくはない鳥が何羽か飛んでいる。ぼうっとしながら、それを眺めているとあることに気づいた。一匹だけその飛ぶ速さが早いのである。まるで何かに張り切っているかのようであり、よくよく目を凝らしてみると、逆光のせいか、その鳥が遠くにいるからか、赤色に光っているのである。それは火達磨のようだが、その鳥は苦しそうにはしていない。彼女はそれを理解した時、すぐに森林の方に向かった。


 薄雪は川を上って、森林の方へと入っていく。立ち入り禁止の看板の前に釣りをしている男性がいた。男性は釣りをしているのにも関わらず、暢気に居眠りをしている。この状態だと、きっと何を訊いても知らないだろう。そう考えて、看板の奥を覗いた。しかし、そこには彼女が思ったような痕跡はなかった。例えば、足跡が残っているとか、草がかき分けられているとか、そういうことは一切なかった。そもそもこの立ち入り禁止の看板の横にはロープが何重にも張ってあり、わざわざこれを除ける手間を考えるとここから入ろうとは思わないだろう。

(ここじゃない場所だとすると、もう少し見てみよう)

 薄雪はロープの張っている場所に沿って歩いてみた。すると、看板から離れるにつれて、ロープの張りが緩くなって、しまいにはロープが足りなくなったのか、ロープが張られなくなっていた。そこまで来ると、草がかき分けられていたり、足跡があったりしたが、どれが彼のものなのかわからないし、全てが彼の痕跡なのかもしれない。彼女はその草の奥に入ってみたが、誰かいるような気配はない。薄雪が歩いている間に時間は結構経っていた。日も沈み始めている。彼女はこのまま森林にいたら、さすがに危ないと考え、森林から出ることにした。来た道を帰るだけなのであまり苦労もなかった。そのまま川を下り、人の多い場所まで戻ってきた。しかし、日が落ちてきたせいか、だいぶ人が減っている。彼女はあまり期待はせずに、彼がいないかあたりを見回した。彼らしい人は発見できなかったが、地面に座って苦しそうにしている男性を見つけた。その人に近づいてみると、その人は足を擦っていた。

「足、どうかしたんですか」

 彼女は怖がることなく、男性に話しかけた。

「ああ、よくわからないんだが、歩いていたら急に足がつったようになってねぇ。昔はこんなことなかったんだが」

「そう、ですか。立てそうですか」

「ああ。もうすぐ帰ろうと思うよ。結構休んだし、大丈夫」

「それにしても、急に足がつったなんて、今までもあったんですか」

「いや。しかし、俺も四十近いから。年取ったらこんなもんだろう」

 彼女は確かにそうかもしれないが、と思ったがその先に何も思い浮かばなかったため何も話さなかった。その後、男性はすぐに立ち上がって、彼女にお礼と去る挨拶をして帰っていった。彼女はそれに笑顔も見せずに視線だけで見送る。

「でも、今日ここに彼がいたっぽい、と言うのは間違いなさそうね」

 彼女の中には確信があった。四十歳近いと言っても、歩くだけでは足をつることはほとんどないだろう。あの鳥の様子を考えると、彼に何かをされると、された方は無理矢理に体を動かされるというものに見える。今の男性はきっと知らないうちに彼に何かされて、無理矢理に足を動かされたのかもしれない。しかし、男性と彼は関係ないかもしないということも頭に入れておくことにした。

(私も用心しないと)

 彼女はあたりを見回して、案外時間が経っていたので、家に帰ることにした。


「ただいま」

「おかえり、姉ちゃん」

 緋衣はリビングからわざわざ顔を出して、薄雪を迎えてくれた。彼女は荷物を自分の部屋に置いて、水稲だけを取り出した。それをキッチンへと持っていく。彼女はシンクに一口しか飲まなかったお茶を流し、水稲を洗った。勿体ないとは思ったが、今日は興味深いことが多くて、飲むことを忘れていたのだ。洗った水稲を逆さまにおいて、キッチンから出た。

「姉ちゃん、どこ行ってたの」

 リビングでテレビを見ていた緋衣は、薄雪が椅子に座ったのを見計らって声をかけた。

「公園よ。散歩ってところ」

「姉ちゃんって、そういうの好きだよね。いつも外に出てるよ」

「外に出た方がおもしろいものが見れるの。あなたも周りを気にしながら歩いてみるといいわ」

「ふーん」

 彼はあまり乗り気ではないように返事をして、テレビを眺めた。それでは夕方のニュースが流れている。いつものように殺人事件や政治家の失態や会社員の横領などのニュースが流れていた。

「面白い?」彼がじっと見てるので、彼女はそう訊いた。

「いや、なんというか、こういうことってさ、起こる前に防げたんじゃないかなって。何かを起こすときには必ずその兆候って出ると思うんだけど、それを誰かがちゃんと見て、わかってあげれば何も起きなかったんだよ、きっと」

 彼はテレビの方から目を離さずに言った。それは薄雪に言ったわけではないように聞こえる。

「緋衣」

「何、姉ちゃん」

 彼女が話しかけたときには緋衣は笑顔で振り返って返事をした。


 夕食を作り、それを食べ終えた彼らはそれぞれ自分の時間を過ごしている。緋衣はリビングでテレビをみて、薄雪は自室で今日あったことをノートにまとめていた。ノートには赤く光って見えたの鳥のことと倒れていた男性のことを書いた。それと公園の中で川の上流の森林の中に入れる場所をメモした。絵も添えていたが、あまり上手くなく彼女以外はこの場所がよくわからないだろう。

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