ライト・マイ・ファイア 2
朱羽は自分の手に違和感を覚えた。それは授業中にぼんやりと夕方まではまだ遠いと思いながら、窓の外を見ていた時のことだった。最初は掌に消ゴムをかけたあとの屑かと思って、制服で掌をふく動作をしたが、違和感は消えない。なんだ、とその違和感のある右の掌を見ると、消ゴムの屑なんかではなかった。それは、歪な形の球体、まるで植物の種のようだった。色も黒と言うか焦げ茶というか、といった色だ。偶然、くっついたと言うと納得かいかない。誰かのいたずらかと思ったが、彼にそんな関係の人はいない。
(どういうことだ。これはなんだ)
とりあえず、掌の違和感は気持ち悪かったが、無視できないほどではない。だから、彼は一旦、この事を無視することにした。
一日の授業が終わって、彼は屋上に来ていた。掌の違和感は消えないまま、授業を受けた。その間に気づいたことがあった。それは自分がその種を外そうと思えば外れること、また、種は自分の掌に生えているようで、手でとってやらないと取れないこと。それにそれが壁や机などに染み込むようにその中に入ること。しかし、その種の入った机は何も変化がなかった。種のようだし、すぐには変化しないのだろうか。その種が何なのか、考えながら屋上でまた空を見上げていた。しかし、それは長くは続かず、視線は掌に向いた。そこにはあの、歪な形の種がある。何度とっても意味がなく、無くなったと思っていても気づけばそこにくっついている。この種に慣れてきたのか、掌から違和感は消えていた。彼は何気なく、その種を摘まんで、地面に投げた。服に付いた埃とって捨てるように。その種は何事もなく、地面に転がった。あまり大きくないから音はしなかった。しばらく見ていると、その種から煙が上がった。その煙はその小さな種からは想像が出来ない程大きかった。外から見ればこの屋上で狼煙を上げていると思われても仕方がない。彼は焦ったが、しかし、その場から動かなくても誰も来なかった。その煙が見えていないのか、それともそもそも見つけた人がいなかったのか。それは彼にはわからなかったが、彼はその煙は誰にも見えないと理解した。その煙は量を変えずに上がり、やがて、その煙をだしていた種に火が付いた。その火は明らかに種から出ているように見える。しかし、きっとその火も誰にも見えてはいないのだろう。その火は周りのものに影響していなかった。種だけが、赤く燃えていて、それが転がっている地面は黒くなってはいない。やがて、その火は小さくなってなくなった。その場所には種もない。この光景を見て、彼はこの種が入った机を思い出した。もしかすると、今、誰も気づかずに燃えているのかもしれない。それが気になって、彼はその机の場所まで移動した。その机は自分の所属するクラスのものではなかった。教室を移動しなくてはいけない授業で、その教室のものであった。生徒が普段生活している教室は全校生徒が下校しなくてはいけない時間になるまで、鍵は閉められないが、それ以外の教室は部活などの何かの用事がないと鍵がかけられている。それはわかっているが、とにかく、教室内に入れなくても外から中の様子がわかるドアということはわかっているので、鍵は借りなかった。
その教室では煙が上がっていた。彼でなければ、きっと煙すら見えずに一般的な教室に見えるのだろう。その煙の中、燃え上がっている机があった。それは彼が種を埋めてしまった机である。中の種が燃えているのだろうが、それがその机にも映って机自体が燃えているように見える。その他のものには何も起こっていないようだ。
彼はその光景を見て、ある程度その種の力がわかった。つまり、何にも埋めなければ勝手に燃えるだけで、何かに埋めるとその埋めたものだけを燃やせる、ということだった。彼は来た道を引き返し、また屋上に戻った。
屋上にはやはり、あの種が燃えたという痕跡はない。この種を人に埋めるとどうなるのだろうか。彼は唐突にそんな考えを持った。もしこの種が単調な物質を燃やす、みたいな制限がある場合、人に埋めると人の一部の物質を燃やすのだろうか。それともそんな制限はなく、人そのものを燃やしてしまうのだろうか。
そんなことを考えていると、屋上の扉がきぃと鳴った。彼はその人物が誰かわかっていた。
「朱羽、部活終わったぜ」
いつもと同じような言葉で彼を迎えに来た。
「ああ。帰ろう」
朱羽は彼の方に振り返り、そういった。
この時、章は嘘をついていた。彼は今日、部活は休みだった。それなのに、彼は何をしていたのかというと、朱羽の監視である。彼はあの時見た種がどうしても気になった。彼がその種を見たときは朱羽自身がその種のことを認識していなかったようであったが、すぐにでも彼が気づいて、その種を利用して何か始めてしまえば、きっとよくないことが起こるようなきがしていた。その予想はあっていた。種からは煙と火が出て、さらには物を燃やしてしまっていた。彼が去った後もその机の確認をしたが、その机はもともとそこに机があったかもわからないほどに、燃えて消えていた。もし、そこに机があったと知らないものであれば、そこに何かあったとすら気づかない程に燃えて消えていた。
(やっぱり、危ないものだった)
彼はそう思い、もし朱羽がそれを使って何かしようとするなら彼を止めるという決意をした。そのために、彼とはいつもどおりに接することにした。
屋上の扉を朱羽が通った時、一瞬朱羽の視界から、彼が見えなくなる。その時、彼は決意したような瞳になった。それでも、すぐにその表情は消え、朱羽の隣に並んで話を楽しんでいる表情になった。
その二人が去った後の屋上。その二人の方を見ていたものがいた。
「屋上なら夜の神様に会えそうだと思っていたら、面白そうなものが見れた」
その人は美しい顔をしていた。どこかのお嬢様のようだ。
「あれは何? 火の出る種?」
彼女はぶつぶつとその場で呟いていた。
(種の力、試してみようか)
休日。朱羽はそう思って、家を出た。いきなり人に使って、人間火達磨を見るのはあまり気分のいいものではないし、今この力で目立って、警察に捕まるのは本当に困る。今でなくとも警察のお世話になんてなりたくはない。彼は小さな動物なら目立たないと思い、一番近くの川に向かった。そこから人があまり立ち入らない場所まで、川べりを上る。その場所は釣り人もいなかった。なんの鳥なのか、鳥の鳴き声が聞こえる。
(この鳥たちには申し訳ないが、犠牲になってもらおう)
彼は掌から一度、種を摘まんで、手から外してからもう一度、掌に乗せた。それをぐっと握り、鳥たちの声のする方へと投げた。視覚では当たったかどうかは分からなかったが、その種の行方は感覚で理解できるようだ。その場所の方へと移動すると、その場所に鳥が一匹地面に横たわっていた。その鳥はすぐに起き上がって小さな翼を広げて羽ばたいた。その鳥から煙が出て、次の瞬間にはぶわっと炎が上がった。しかし、その鳥は苦しそうにもがくこともなく、平然と空を飛んでいる。そして、そこからその鳥はその飛ぶ速さを上げた。その速さは傍から見れば張り切って飛んでいるように見えるだろう。
(まさか、この種を植えると張り切ったようになるのか。なんというか、炎を出すというのは副作用のようなものと考えるべきか。もっと、うまく使えるようになれば、熱意以外にも火をつけることが出来るかもしれない)
確信したわけではないが、少なくとも生物にこの力を使うと、火達磨になっても殺すことはなさそうである。意識を現実に戻し、先ほどの鳥を見つけようとしたが、その鳥はすでにこの場所から離れたようだ。あれだけ張り切って飛べば、あの鳥はどこまでだって行ける気がするが、きっとあの鳥はそこまではしないだろう。人ならもっとすごいことが出来る。今まで彼の霞がかった瞳からはその霞が取れて、はっきりとしていた。その瞳は自分のやること、使命を理解している瞳だ。
他の生物で自身の能力を試した彼は次に自分にその種を植えようとした。しかし、その種は自分の服より先から進まない。服を貫通してはいるが明らかに肌の中には入っていなかった。
(俺自身には入らないのか。毒を持つ生物が自分の毒が効かないのと同じなのかもしれないな)
彼にはある考えがあった。この種を二つ以上、一人に入れたらどれほどの熱意になるのかということだった。
彼は誰もいないその場所から抜け出て、川べりを上り始めたその場所まで戻ってきた。彼にとって幸いだったのは、その場に一人しか人がいなかったことである。さらにその四十代ほどの男性がひなたぼっこでもしていたのか、ぐっすりと眠ってしまっていることだった。周りに人がいないか観察し、誰もいないことがわかると、彼はその眠っている男性に種を放って植えた。男性はそれで目を覚ましはしなかった。彼はそれを確認すると二つ目の種を放った。その種も一個目の種と同じように、男性に植わった。まだ、男性から、煙が出ていない。それは、まだ燃えようとしていないということだ。それから、しばらく待ったが、煙が出る気配すらなかった。
(燃えないものもいるのか)
彼はそう思ったとき、男性が起きそうになってその場から少し離れたところに移動した。男性がゆっくりと起き上がり、辺りを見回す。自分が何をしていたのかを確認しているようだった。やがて、それを理解できたのか、立ち上がる。後頭部を掻くような動作をして、その場から立ち去ろうとしたとき、男性の体から煙が上がった。やがて、その体を火が包んだが、男性は苦しそうにはしていない。
(やはり、燃えるだけで人には効果がでないのか)
ぐ、ぐぐぐ
その音は異常だった。彼は聞いたことがなかったが、筋肉に限界以上の力をかけたら、そんな音がしそうだなとどこか冷静に思った。その異音は男性から出ているように思える。その男性は体の動きがおかしかった。歩くのにそこまで力が必要ではないはずなのに、一歩一歩を力強く、地面のコンクリートが割れるのではないかと言うほどに踏みつける。
(もしや、張り切って歩いている、ということか)
純粋に歩くことに、熱意を注いだとして、そういう結果になったと言われれば納得できないでもない。頭に引っ掛かっているのは、きっと、二つの種をいれてしまったからだろう。一つなら、人が制御できる意思なのだろうが、二つになるとそのやる気のようなものが制御できなくなり、純粋にその行為に対して力を入れてしまう、ということなのだろう。しばらく、男性を観察しているとそのまま、どこかへと向かって歩いていく。また、男性自身の意思に干渉した結果なのか、男性は自分の歩き方を変だとは思っていない様子である。彼は自分の能力がどれくらいの時間続くのかも気になっていたため、そのまま男性を観察することにした。
「はぁ、はぁ」
男性は少しも歩かない内に息切れを起こしていた。彼には男性に着いている火は着火した時よりも大きくなっているように見えた。
「歩いてる、だけだぞ?」
男性は息を切らせながら、そう呟いた。さすがに自分の体の異変に気づいたのかもしれない、と思っていると、急に男性は倒れた。そして、太ももや足首の辺りを押さえている。
(なるほど。ずっと、力を入れていたから、筋肉に限界が来たのか)
男性は倒れていると言うのに、彼はじっくりとその様子を冷静に観察していた。そして、男性を包んでいた火は徐々に小さくなっていた。
(どうやら、意思があっても体がついてこないと、火は消えるらしい。まぁ、火種だけでは簡単に火が消える、と言うことか)
つまり、体を動かすことがそのまま、火種のエネルギーになると言うことだろう。そして、その時間は十分と持たなかった。歳がもっと若ければ長い時間、行動できるのかもしれない。彼は自分と同じくらいの歳、高校生ならもっと動けるだろうと考えた。
(やみくもにやっても意味がない。そもそも今の男性のように、明確に意思がないと行っている行動そのものにやる気を注いでしまっている。少し考えないと)
彼は今は地べたに座っている男性を一瞥して、男性に気づかれないようにその場を後にした。
「次は彼かもしれないわね。このまま、静かに消えてくれれば、私は必要ないのにね」
何処かで誰かがそう呟いた。
「朱羽、今日は部活休みだ。どっか寄ってこうぜ」
全ての授業が終わったあと、章は彼にそう声をかけた。そして、すぐに彼に違和感を覚えた。章は人の目をみて話す癖があったし、きっとそんな癖がなくても気がついただろう。その瞳には霞がかったような様子がなくなっていたのである。ぴったりな言葉があるとすれば、やる気に満ち溢れた目だった。スポーツをしている人ならわかるかもしれないが、試合前に相手に勝つ気で、しかし、油断をしていないと言うような目であった。彼は直感し、理解した。朱羽は自身の力を使って何かするつもりだ、と。
そう思いながらも、彼は態度を変えずに、彼に接する。
深森高校の近くにはいくつか高校生が利用しやすい施設がある。それは喫茶店だったり、ファーストフード店だったり、ファミレスだったりと他にもいくつかある。それらは商店街のように並んでいて、今、この学校が終わった時間では、深森高校の生徒がたくさんいる。
「何処にする?」
「ああ、俺はなんでもいい」
朱羽はぶっきらぼうにそう言ったが、章はいつものことだと、大して気にしていないようである。
「じゃ、喫茶店にしよう。コーヒーの気分だ」
朱羽はそれに静かに頷いた。
喫茶店、ニルヴァーナ。入り口の前にある看板にはそうかいてあった。それには特におすすめが書かれているわけではなく、シンプルな文字で店の名前を書いてあるだけだ。少し古びたような木製のドアを開けると、ちりんとベルがなった。店の中も全体がアンティーク調で落ち着くような空間になっていた。
「いらっしゃい」
カウンターを拭いていたマスターが顔をこっちに向けて、海の底みたいな深く渋い声でそう言った。
「どこでも好きなところ座ってくださいね」
二人はそれに返事をすると、カウンターの席を陣取った。時間のせいなのか店の中には彼ら以外の客はいなかった。
「こちら、メニューです」
メニューにはジュース、コーヒー&紅茶、軽食、ケーキと分けられていて、それぞれにいくつかのメニューの名前が載っていいた。章は宣言通りコーヒーの欄を見ていったが、彼は特にコーヒーに詳しいというわけではなかったため、名前を見ていても、どれがどれだかよくわからなかった。どこかで見たことのあるような名前がいくつも見られるが、何が違うのかまではよく知らない。彼がメニューを見て、頭を捻っている間、朱羽もメニューを眺めていた。飲み物はアップルティーと決め、ほんの少し空腹を感じていたため、ケーキを頼もうと考え、その欄を見ていた。彼は案外、甘党だった。このことを知っているのは章くらいなものだろう。ケーキの欄にはケーキ以外の甘いものも並んでいて、それが余計に頼むものを迷わせていた。
「よし、決めた。朱羽は決めたか」
「いや、どれがいいと思う? どれも紅茶に合いそうだ」
「またか。今、どれか決めて、またくればいいだろ」
「そうか、しかし……」
そう言いながらも彼はメニューを見つめて、決めかねているようだった。
「これにしたら?」
甘いものになると途端に優柔不断になるのは日常茶飯事であり、そういう時は章が勝手に決めてしまっていた。今回は、メニューのある場所を指している。そこにはワッフルと書かれていた。
「ん。じゃ、それにするか」
二人とも決まったものをマスターに注文して、それが出てくるのを待った。
少しだけ待っていると、アップルティーが出てきた。
「カフェラテは少しだけ待っててくださいね。ワッフルももう少しでできますから」
二人は頷いて、朱羽はアップルティーに口をつけた。ちなみに、彼は暖かいものを頼んでいた。
「おいしいな」
朱羽は落ち着いた小さな声で、そう呟いた。章はそれを微笑んでみていた。
またしばらく待つと、ワッフル、カフェラテと来た。ワッフルにはバニラアイスも同じ皿に乗っていて、さらにその上からはちみつもかかっていた。見た目はかなり甘そうであるが、朱羽はそれを見て、頬を緩めた。普段の仏頂面は影も形もなかった。その様子を見ながら、章は暖かいカフェラテを一口ずつ飲んでいた。彼は缶コーヒーくらいでしかコーヒーを飲まなかったため、そのカフェオレはかなりおいしいと感じた。
緩やかな時間が過ぎていく。こんな時間を過ごせば、朱羽も何かしようと思わなくなるかもしれない。章はそんなことを思っていた。
そんな緩やかな時間も長くは続かなかった。出してもらったものがなくなれば、そこにいる意味はほとんどない。まして、長居することはできない。二人は食べ終わると代金を払ってから、店を出た。マスターにはまた来ますと言った。
「さて、まだどっか行くか」
「どこか飲食店以外であるか」
「ゲーセンぐらいじゃね」
二人はとりあえず歩きながら、店を見て回った。服を見る趣味もないため、彼が言ったようにゲームセンターくらいしか遊べるような場所がない。公園でのんびりするのもいいのかもしれないが、今はそういう気分でもなかった。
「帰るか」
朱羽がそう言ったのも無理はない。その場所は二人の帰路が分かれる場所だったからだ。
「そうだな。ここまで来ちゃったしな」
二人はいつもと同じような挨拶なのにも関わらず、章にはもう友達として会えないような挨拶に聞こえた。
章と別れた後、朱羽は夕方が来るのを待った。なぜかはわからないが、自分の火種を使って何かを成し遂げるには夕方という時間が相応しいと考えていた。そのため、空が橙に染まり始めるのを待っていた。自分の家の自分の部屋、その中にある椅子に座りながら空を眺め続けた。
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