ストレンジ・デイズ 1
深森高校にはもう一つ、噂があった。その噂に登場するものは夜の神様よりも明確な存在であるが、その噂のためにほとんどの人がその存在に近づこうとしない。その噂は別に、男をとっかえひっかえしているらしいとか、何人もの女性と関係を持っているというものではなかった。その存在がいじめられているわけでもなかった。その噂では、その存在は学校を何度も欠席し留年しているとか、噂の中には町の裏路地で不良たちと喧嘩しているとか、突拍子もないものだと、人知れず犯罪行為を止めているとかいうのもある。
さて、そんな噂の人物は今、喫茶店にいた。窓際の席に座って、目の前を通る人々を眺めたり、注文した紅茶を飲んだりしている。そのわきには、はがきほどの大きさの紙があった。はがきほどしっかりとした紙ではなく、人が息を吹きかければひらひらと飛んでような薄い紙。その紙の見出しには欠席届とあった。その下の欄の学年の欄には2と、氏名の欄には
そして、今の彼女が何をしているのかと言えば、あの夜の神様について調べている。噂ではあるが、なぜかほとんどの人が知っていることが不思議であった。例えば、いつも一人で本を読んでいるような、他の人との会話をあまりしない人でも知っていることや、それだけ広がっているのに、教師は一人も知らないことなど、彼女をもやもやさせるには十分な違和感があった。彼女はそれを調べるためにこの喫茶店の前を眺めていた。彼女も特にそれくらいで情報を得ることが出来るとは思っていない。今、ここにいるのはこれからどうするかを決めるためであった。彼女の通っている学校ではもう、ほとんど同じ情報しか手に入れられなかった。他の学校の生徒の調査もした。その中で、少し気になる情報があった。深森高校の噂では、夜の神様に気に入られると、希望を叶えてくれるというものだけだったが、他の高校の噂に違うものがあった。その高校は
彼女は色々なことを考え、それがひと段落すると、店を出ることに決めた。カウンターまで行って、紅茶の代金を払い、一言、ごちそうさまでしたと言って店を出た。
それから、彼女は行く場所を決めずに街の中を歩いた。目的としては、街中に何かおかしなところがないかを調べることである。彼女は前はこの行動を意識して行っていたが、今となっては癖のようなものになっていた。それをしていて、わかることは表通りにはあらゆるところに監視カメラがあるということである。どの店にも、入り口を監視するカメラが二台以上設置してあり、また、街そのものを監視するカメラも何台か目につくところにある。目に見えるカメラは犯罪の抑止力としてのものであり、本当の意味での監視カメラは目に付かないところに設置されている。しかし、監視されているのは人通りの多いところのみである。例えば、建物と建物の間のうす暗い路地に入ってしまえば、監視カメラの範囲から出てしまう。それを多くの人が知っている。だから、法律に違反することなどの人には言えないような後ろめたい行動は路地裏で行われている。それもほとんどの人が意識せずとも理解している。
彼女はふと、ある路地裏が気になった。その路地を進んでいっても、何かあるわけではないことを知っていたが、気になったことは確かめないと落ち着かない性分である彼女は、その路地に入った。そして、恐れや迷いなく道を進んでいく。彼女の足取りはそこで後ろめたいことが行われているかもしれないと思っていないようなものだった。実際、彼女の進んだ道の先には人はいなかった。まだ夕方にすらなっていないのに、その場所は建物に囲まれていて光がほとんど届いていなかった。夜だと錯覚するほど暗い場所。その場所に何かが立っていた。人型に見えるそれは周りと同じ色をしているのに、輪郭が見えた。子供のような大きさで、それ以外は黒くて何がどうなっているのかわからない。彼女はそれが何なのかわからなかった。少なくとも人でないことは理解できていた。彼女はそれを怖いとは思わなかった。
「あら、こんなところまで来て、どうしたのかしら」
大きさは子供のようであったが、その話し声、話し方や発音は大人のようである。また、全身が黒く見えているので、どの方向を向いているのかもわからない。
「あなたこそ、そんなところで何をしているの」
そんな影におびえることなく、質問を返した。
「私にそんなことを訊いても意味がないわ」
その影の言葉には意地悪で言っているような意味は入っていないように感じた。それは事実をそのまま述べたような言い方だった。
「そう。私はここが気になっただけ。誰かいるとは思っていなかったけど」
「ふむ。そういうことね。それじゃ」
そういうと影はそれの周りの影に溶け込むようにして、瞬きする前にその場から消えた。
「でも、あなたとはきっとまた会うでしょうね」
その影の姿は見えなかったが、その声がその場に響いた。
彼女は声に出さなかったが、なるほどと自分でも何に納得したのかわからないがそう思った。そして、その路地を出た後、その影が自分の追っている噂の夜の神様なのではないのかと思った。
来た道をそのまま引き返して、路地裏を抜けた。彼女は特に達成感というか、ようやく噂の夜の神様に会えた、というような思いは全くなかった。むしろ、影だけしか見れなかったことは、彼女のもやもやを増加させただけであった。彼女は頭を手の甲で押さえるようにして、ため息を吐いた。
その後、彼女は自分の家へと戻った。彼女は居候で、とある事情で叔母の家に住んでいる。彼女は叔母の家の一室を借りていた。彼女の部屋には私物はあまりなく、もし友人が入ってきても、おしゃれだとは思わないだろう。その部屋にはテレビはなく、部屋の壁に沿って設置された机にモニターを二つ用意されたデスクトップパソコンが置いてあるだけだった。彼女は毎日、これを使って情報を集めている。
「さて」
彼女は明日の予定を頭の中で立て始めた。
これが噂の人物である。また、一部の噂しか知らない生徒は彼女をストレンジ・デイズと呼んでいた。その意図は誰かがはっきり把握しているわけではないが、噂ばかりを追いかけて、一般人には理解できない生活をしているかもと言ったところからきているらしい。この名は案外と彼女に合っているのかもしれない。
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