空っぽの箱の中

汐崎晴人

 目の前にはただ真っ白いだけの壁、だいたい8畳ぐらいの広さだろうか。殺風景な部屋の割には床に様々なものが散らかっている。僕はそんな部屋に1人でいた。

 といってもここは僕の部屋じゃないし、なんでここにいるのかも分からない。

 窓もないし、唯一の出入り口である扉も鍵がかかっているようなので、僕はここに閉じ込められていると考えて間違えないだろう。

 天井の方には監視カメラが隅に1つずつあり、その下には直径が5cm程度の黒い筒が着いている。何か出て来るのだろうか。


 とりあえず部屋を観察しているとどこからかアナウンスが聞こえていた。

「えーテステス、マイクテスト 聞こえてますかー」

 低い男の人の声だ。機械などで加工もされていない。声ぐらい聞かれてもいいと思っているのか?それとも生きて返す気がないか…

「えーっと、聞こえていたら返事をして下さい」

「…はいはい、聞こえていますよー」

 特にマイクらしきものは無かったので一応カメラに向かって手も振ってみた。

「声も拾えているので安心して下さい」

 そうですか、と僕は吐き捨てるように言った。男の声は事務的な感じでロボットに命令しているように静かなので内心少し怖くなっていく。


「今から貴方には実験をさせていただきます」

「ふーん…それで僕はこんな部屋に閉じ込められているのだな」

 実験と聞いて心の中にあった恐怖はどんどん下の方から溜まっていく。それを隠すように僕は知らないうちに強がってしまっている。

「今からその部屋には毒ガスが噴出されます」

 え?

「およそ15分程で部屋に充満し、貴方は死に至るでしょう」

「はあ?嘘だろ?」

 まだ毒ガスが出ている訳では無いはずなのに、自分の顔がどんどん蒼ざめて行くのが分かる。いきなり死をちらつかされて気分が悪くならない方が異常だ。


「安心してください、そこにある箱を見てください」

 そう言われて下の方を探してみると確かに赤と青の箱があった。

「その箱の中の1つにはガスマスクが入っています、但し1つの箱を開けるともう1つの箱はロックされて開かなくなります。

 そのガスマスクは完全に毒ガスを遮断されるので着けている間は安全です。

 1時間後、部屋の鍵は自動的に開く仕組みになっているのでそこからご自由に退出していただいて結構です。無論、生きていたらの話ですが」

 嫌な仕組みだ。外れの方を開けたら絶望して毒ガスが身体に回るのを待てということか…

「2分の1かよ…」

「いえ、部屋にはいくつかヒントが隠されているので、色々観察してみるといいでしょう。

 それでは毒ガスを噴出させていただきます。ご幸運をお祈りしております」

 相変わらず静かな低い声で男は一方的に話を打ち切った。と同時に黒い筒からガスが放出する音が聞こえてきた。


 僕は怯え、心臓が高鳴っていることを感じた。

 毒ガスをあまり吸い込まないようにしなければないのを思い出し、息を整えようとしているが中々収まってくれない。

 出来るだけ心を落ち着かせて頭を冷静にする。

 あの声の男はヒントが部屋に隠されていると言っていた。ならばこの散らかっているものを色々見てみるか…

 最初に目に付いたのはA4サイズの紙だった。紙には色んな数字が書かれている。

『25.15.21』

『19.8.15.21.12.4』

『16.9.3.11』

『1』

『2.12.21.5』

『2.15.24』

 1〜25までの数字が適当に並んでいて、段落に分かれている。暗号化されているようだが、最後には26=Zと書かれている。

 僕は考えを巡らせたがすぐに答えが分かった。

 アルファベットは全部で26種類あり、Zが26となるのであれば1から順にアルファベットを当てはめていけば良いだけの話である。

『You should pick a blue box』

 あなたは青い箱を選ぶべきだという意味だ。

 僕は急いで青い箱を開けようとした。しかし、ある不安が頭の中でよぎる。

 もし、暗号が罠だったらどうしようか、『選ぶべきだ』という言葉には僕がガスマスクを手に入れることができずに絶望に面するのを望んでいるからという可能性もある。

 そうだ、部屋にはまだいくつか物がある。これ1つだけで決めていいものだろうか…

 まだ時間はあるはずなので他の物にも注目してみた。


 すると、真っ白だったはずの壁に薄っすらと文字が浮かんできた。

『gas mask』

 なんのひねりもなくガスマスクと書かれている。

 彼らは僕を舐めているのか…流石にこれぐらい読める。

 問題は赤い液体で書かれていることだ。

 最初はこの部屋に僕より前に入った人がいて、自らの血で書きなぐったものではないかと思い吐き気がしてきた。

 しかし、よく考えてみると血の匂いなどは無く赤黒く変色している訳ではない。単にインクで書かれていると予想した。

 ではこれは赤い箱の方を暗示しているではないか?

 安直な発想だが、他にこれに対する見解が浮かばない。

 とすると、さっきの紙に書かれた暗号と矛盾することになる。


 僕は頭の中がゴチャゴチャしてきた。物事が複雑化してきて、頭痛がしてくる。

 残念ながら箱は床に固定されていて振って中身を確認することはできない。

 とにかく他の物も見てみなくちゃ…と思って周りを見渡すともっと訳が分からなくなってきた。

 クマのぬいぐるみには青いマスクが装着してある。

 机に引き出しには赤い本が入っている。

 その机の上には赤色のカーネーションが水不足で枯れており、矢印とyouという文字が刻んである。青い髪の人形が床に無造作に設置されており、ナイフで喉を突き刺されている。

 他にも色んなヒントが隠されていたが、どちらかの暗示に偏っている訳ではなかった。

 結局、僕はどっちを選べばいいんだ?

 頭の中で考えを加速させると頭痛が酷くなってきた。

 どうやら毒が身体に回ってきたようだ。心の中で恐怖心が渦巻く。


 数分後、僕はある1つの推測にたどり着いた。そして、1つのカメラの方を見た。

「おい、本当にこの箱の中にガスマスクが入っているのか?」

 そう、僕は赤い箱と青い箱のどちらにもガスマスクが入っていないのではないかと、考え浮んだのだ。

 僕が箱を開けて自暴自棄になるのを楽しみにしているんじゃないか?

 それとも絶望に明け暮れて、怯え苦しむのを望んでいるのか?

「いえ、お伝えした通り1つの箱には必ずガスマスクが入っています」

 氷のように静かで冷たい声に僕は全く信用できなかった。

 どっちの箱にも入ってなかったとして、もう片方の箱は開かない訳だから、そっちの箱には入っていたと言えばいいだけの話である。


 僕は死にたくない、まだ生きていたい。まだ楽しいことだってしたいし、未来への希望だってある。

 でも、どうせ死んでしまうのなら、死ぬしかないのだったら、


「僕はお前らのシナリオ通りには死なない。」

 僕は人形に刺さっていたナイフを手にし、喉に当てた。

「まさか、自殺する気ですか⁉︎」

 終始冷酷だった男の声に始めて動揺がみえた。

 僕は強がりではなく抵抗するように鼻で笑い、男に見せつけるように顎を出した。


 ブスッ





「まさか本当にこうなるとは思いませんでした。」

 男はモニターに映った少年の死体をを見ながら呟いた。

「フッ 俺の予想が当たっただろ?」

 少し後ろから見ていた別の男がドヤ顔をしながら、近づいてきた。

「それにしても愚かですね、ダメ元で開けてみれば良かったのに…どうせ両方の箱にガスマスクは入っているのですから」

「だから言ったじゃないか、思春期の子供は人の思い通りにはなりたくないのさ」

 後ろの男が続ける。

「彼らの感情について調べている訳だが、その頃が俺たちにもあったんだから、実験しなくても分かるっつーのにな」

「仕方ないですよ、ちゃんとした事実がなければ上の方は相手にしないのですから」

 悲しそうな表情を見せながらモニター前の男は告げる。


「それでも皮肉ですね…自殺の原因を探すために未来ある少年を殺すのは」

「いや、俺たちは何も直接手を下してないじゃないか」

「確かに彼が勝手に自殺した訳だし、ガスも麻酔程度にしか効果がないですけど…」

「まあ、いいじゃないか 彼ははろくに学校も行ってない非行少年なんだよ

 本来社会では荷物でしかないその命を、未来の子供の育成のために有効活用しているんだ」

 男は嘲笑し、別の男は静かに目を落とした。

「それじゃあ次の子を呼ぼうか、今度は不登校の少女か…」

「そうですね では始めましょうか」


「私たちの未来のために」

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空っぽの箱の中 汐崎晴人 @thekey3

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