第八章 魔神の神殿~ 永遠の命と裏切りの末路(2)

 魔神の神殿の敷地内へやってくると、空は明るいはずなのに、なぜか視界は夜のように暗い。

 城門を通り抜けて、神殿の入口らしき扉の前へ到着したシルクたち。

 ひっそりと暗がりに浮かび上がるその扉だが、シルクよりもはるかに背丈が高く、硬質で頑丈そうな威圧感を誇っていた。

 クレオートと協力し合い、彼女は重量感たっぷりの扉をゆっくりと開けてみる。すると、館内から漏れる生温い空気が彼女たちの肌を掠めていった。

「入ってみましょう」

 警戒しながら神殿内部に顔を覗き入れたシルク。視界にぼんやりと映る景色、それは。

 真っ直ぐに長く伸びる通路、その壁沿いには燭台が等間隔で飾られており、ロウソクの優しい光が、進行方向を薄っすらながらも明るく照らしている。

 しかし、その通路は決して広いとは言い難く、奥に進めば進むほど、息詰まるほどの閉塞感を抱かせる様相を呈していた。

 煉瓦造りのブロック床に片足を置いてみた彼女。踵が煉瓦を打ち付ける音が、通路の奥まで高らかに響いていった。

「みんな、あたしに付いてきて」

 シルクが先頭に立ち、クレオートとワンコー、そしてクックルーもそれに続いた。

 縦一列になって進軍していく彼女たち。絡みつくような妖気を感じるたびに、ありとあらゆる神経が逆立ちゾクッと悪寒が走る。

 ここを住処とするのは、地獄を彷徨う魔物の亡霊か? 無念に嘆く声がおぞましい妖気となって、彼女たちの全身に纏わりつくかのようだ。

「凄まじい殺気ですね。通路そのものが、魔物の死体でできているようだ」

「やめて、クレオート。そんな気味の悪い想像はよしましょう」

 おどろおどろしい戦慄に身震いしてしまうシルク。ワンコーとクックルーの二匹も、この気味悪さのせいか寄り添いながら歩いている。

 不審なことも特に起こらず、どうにか狭苦しい通路の奥まで辿り着くと、今度は、真四角に区切られた広い空間が待っていた。

 真正面を見据えてみると、薄暗さの中に映し出される三つの大きな扉。

 三つという数字、どこか物々しくて不穏な雰囲気。その条件からして、この扉の先にあるものこそが、魔神と会うために必要な三つの試練なのであろう。

「ねぇ、みんな。一つ提案なんだけど」

 シルクからの提案とは以下のようなものだ。

 この先で待ち構えている三つの試練、その一つ一つをメンバー全員で攻略したのでは効率が悪い。それならばいっそ三組に分かれて、それぞれの試練を攻略したらどうか?と。

 その効率化を図る提案、クレオートは異論なく賛成した。ワンコーとクックルーは若干戸惑いはあったものの、彼女からの半ば強引な説得により、勇気を振り絞って賛同することにした。

「それじゃあ、決まりね。一つはあたし、一つはクレオート、最後の一つがワンコーとクックルーで行きましょう」

 広い空間を真っ直ぐに歩き、悠然と構える三つの扉の前で立ち止まる勇者たち。

 真ん中の扉の前にはシルク、右側の扉の前にはクレオート、そして、左側の扉の前にはワンコーとクックルーがそれぞれ配置に付いた。

 一斉に入りましょう。シルクが仲間たちと声を掛け合い、冷たい触感の扉へそっと手を置く。

「みんな、試練を乗り越えてまた会いましょう。武運を!」

 真ん中の扉を開け放ち、シルクは勇ましく中央の間へ突入した。


 部屋の中は真っ暗闇だった。何者の声も姿もない無人とも言える静かな空間だ。

 シルクは手探りの状態で足を踏み出した。瞳を閉じて、耳を澄まし、類稀なる五感を研ぎ澄まそうとする。

 数歩ほど歩いた辺りで、彼女は何やら不穏な気配を感じて足を止めた。

「そこにいるのは誰?」

 そっと瞳を開けてみたシルク。その目線の先で実体化していく薄ぼけた人影。

 白っぽいマントに身を包んでいるその人影は、まるで幽体のように宙に浮いていて、来客である彼女のことを見ながら不気味に微笑んでいた。

「魔神の神殿に、ようこそおいでくださいました」

 丁重な挨拶をしてきた怪しい人影は、見た目から紛れもなく人間ではない。

 魔族の登場に危機感をあらわにし、シルクは腰元にぶら下がる名剣の柄に手を宛がった。

「ご心配なく。わたくしは、あなたと争うつもりはございません」

 白い影は自らのことを”精神の魔メンテラル”と名乗った。

 魔神の神殿の三つの試練の一角を担う彼は、真意かどうかは定かではないが、この真っ暗な部屋の中で、訪れるであろう勇敢なる者を待ち望んでいたのだという。

 無論その主旨こそ、魔神という支配者と接見できるかどうかを見極めること。つまりは、シルクがそれだけの実力があるのか試そうというわけだ。

 メンテラルはそこまで説明し終えると、意味もなく不敵に笑った。

「それにしても驚きました。まさかここへやってきた方が、あなたのような、かわいらしい乙女だったとは」

 シルクの頬が瞬時に赤みを帯びた。何よりも子供扱いされることを嫌う彼女、苛立ちをぶつけるような怒鳴り声で捲し立てる。

「女の子だからって甘く見ないで! この神殿まで来れたってことは、あたしの実力、あなたにも当然理解できるでしょう?」

 嘲笑されたことが余程腹立たしかったのだろう。戦意を見せない敵を前にしても、シルクは無意識のうちに名剣を抜き取っていた。

 失礼を詫びるメンテラルだが、その表情は吐き気がするほどに卑しく醜い。剣を突き付けられても動じない物腰が、大胆不敵な彼の性格を克明に表現している。

「勝ち気なお嬢さんですね。フフフ、そんな物騒な物は仕舞ってもらって結構です。先ほども言いましたが、わたくしは、あなたに危害を加えるつもりはありません」

 そうは言っても、目の前にいる人物が魔族の一味であることに変わりはない。しかも、漂わせる強い邪気からも、それ相応の地位にある魔族であることが窺える。

 油断大敵という言葉もある。シルクは警戒心を解くことができず、名剣の剣先をそっと下ろすも、鞘の中に収めるまでには至らなかった。

「よろしい。それでは、三つの試練について簡単にお教えしましょう」

 シルクたちがそれぞれ乗り越えなければならない三つの試練、それは、各自が持ち合わせている”心”、”力”、”知恵”を試すものなのだという。

 戦いにおける、不屈の闘志を呼び起こす”心”。

 戦いにおける、強大な敵をねじ伏せる”力”。

 そして、戦いにおける、有利な戦術を発案する”知恵”。

 闘将とも言うべき闇の支配者と対峙するには、その三つの才能が人並み以上でなければならない。それほどまでに、魔神アシュラは神格化された偉大な存在なのである。

「わかったわ。それで、あなたからの試練というのは何?」

 ゴクッと緊張の息を呑み込んだシルク。彼女に課せられる試練とは、果たして三つのうちどれか!?

「わたくし、メンテラルは、あなたの”心”を試します」

「――“心”!」



 その頃、右側の部屋へ突入したクレオートも、一つの試練を課せられるべく、一人の魔族と出会っていた。

 赤っぽいマントを着衣し、暗黒の中で佇んでいるその魔族、彼は自らのことを”力量の魔パワラル”と名乗った。その名でも推測できるが、彼から課せられる試練は”力”である。

 具体的な経緯を一通り聞き入れて、クレオートは握り拳を作って気合いを込める。数々の魔物を力で撃破してきた彼にとって、それは願ってもない試練と言えよう。

「それでは、力の試練とやらの内容を教えてくれ」

「これはまた随分自信があるようだな。よかろう、しかと聞くがよい」

 パワラルは幽霊のごとく、ゆらゆらと天井へと浮遊していく。すると、彼のいた足元から突如、巨大な岩がせり上がってきた。

 高さも幅もクレオート以上であり、暗闇の室内で怪しい光沢を放つその岩石。無機質で頑丈そうな質感が、彼に推し量れないほどの圧迫感を植え付ける。

「この岩を少しでも動かすことができたら合格とみなそう。さぁ、おまえの力量を見せてみろ」

 空中から岩石を見下ろし、いとも容易くそう言い放ったパワラル。

 クレオートは硬直しながら絶句した。さすがに剛健な彼でも、これほどの巨大な岩石を軽々と動かすことなどできるはずがない。

 ゴクリと息を呑み込んで、巨大な岩石にそっと手を触れてみるクレオート。その触感は思いのほか滑らかだが、手のひらに伝わる冷たさが、それが硬い岩石であることを鮮明に物語っていた。

 万が一ということもある。彼は両足で踏ん張り、両手に力を込めて目一杯岩石を押してみた。案の定というか当然ながら、岩石は一ミリたりとも動かなかった。

「どうした、力に自信があるのだろう? おまえの力量とはそんなものか?」

 これしきのことで諦めることができないクレオートは、無駄な足掻きとわかっていても、支柱のごとく地に据わった岩石を必死に動かそうとする。

 しかし動いてしまうのは、ずるずると後方へ滑る両足ばかりだ。悔しさと苛立たしさが交錯し、彼の顔は吹き出す汗でびっしょりだ。

(わたし一人の力ではびくともしない。いったい、どうすれば?)

 自問自答してしまうクレオートの戸惑う声が、心の中に虚しく鳴り響いた。



 時を同じくして、左側の部屋に突入したワンコーとクックルーも、一つの試練を課せられるべく、一人の魔族と出会っていた。

 青っぽいマントを着こなし、闇の中を彷徨っているその魔族、彼は自らのことを”知識の魔インテラル”と名乗った。その名でも推測できるが、彼から課せられる試練は”知恵”である。

 事細かく説明を受けたワンコーとクックルーは、ふふんと余裕綽々に鼻で笑った。魔法使いとも言うべき彼らにとって、知恵比べはお手の物というわけだ。

「よし、オイラの魔法をたっぷり見せてやるワン!」

「おお、オレの火殺魔法もたっぷりお披露目してやるコケ!」

 意気揚々と魔法の準備を整えようとするスーパーアニマルたち。だが、それをさらりとした一言で制止してしまうインテラル。

「残念ながら、この部屋の中では魔法は通用しないよ。キミたちには、魔法とは違う知恵を試させてもらうからね」

 魔法とは違う知恵とはいったい何か? ワンコーとクックルーは気合溜めを止めるなり、キョトンとした顔を突き合わせる。

 霊体のように宙を揺らめくインテラルは、ニヤニヤと子供っぽい笑みを零して、知恵の試練の詳細について触れる。

「簡単に言えば、ちょっとしたクイズみたいなもんさ」

 そのクイズという名の試練、それは、これから四体の魔物が登場し、それぞれがヒントを呟くので、それをすべて聞き終えてから、四体の中でどの魔物が一番強いのかを言い当てる、というものだ。

 記憶力と洞察力、そして判断力も試されるというそのクイズ。ヒントはたったの一回きり、見事正解できれば試練合格となるわけだが。

 ワンコーとクックルーは困惑めいた顔をしていた。いくらスーパーアニマルといえど、人間のような計算高い器用さを持たない動物に、言葉を使ったややこしいルールは極力避けてほしいところだ。

「うーん、オイラはそういうの苦手なんだワン」

「オレだって、面倒くさいのはダメだコケ」

 とはいえ、弱音を吐いている場合ではない。試練をクリアしないまま合流なんてしたら、それこそ、ご主人様からどの面下げて帰ってきたのかと、雷を落とされかねない。

 クイズだろうが何だろうが、成果を上げて帰還することが、ワンコーとクックルーにとって避けては通れない重大な使命なのであった。

 彼らが動揺している間にも、インテラルは一人マイペースで、答えがわかり次第知らせるよう伝え終えると、闇の中へ忽然と姿を消してしまった。

 その数秒後、彼が説明していた通り、四体の魔物が闇の中からぼんやりと浮上してきた。

「お、おい、クックルー、どうするワン?」

「どうするも何も、コイツらのヒントを聞くしかないコケ!」

 四体の魔物は列を崩して、ワンコーとクックルーの周りを菱形の陣形で取り囲んだ。

 クイズというだけあって、魔物たちの首にはネームプレートがぶら下がっている。彼らはそれぞれ、”ギロ”、”ブルワー”、”ガメル”、そして”イゴール”という名前のようだ。

 ここで落ち度があってなるものかと、ワンコーとクックルーは冷静に振る舞い小声で相談し合う。四つのヒントを聞き漏らさないよう、二体ずつ手分けして覚えることにしよう、と。

 静けさに包まれるこの室内、まず最初にギロが口火を切った。いよいよ一つ目のヒントである。

「この中で一番強いのは、何を隠そう俺の向かい側にいるヤツだ。それともう一つ、俺の右手側にいるヤツは信用できないぜ!」

 次に口を開くのは、ギロの左手側にいるブルワーだった。これが二つ目のヒントである。

「俺の左手側にいるヤツは嘘つきだからな! この中で一番強いのは、俺の向かい側にいるヤツに決まってるじゃないか」

 次に大声を張り上げるのは、ブルワーの左手側にいるガメルだった。これが三つ目のヒントである。

「俺の向かい側にいるヤツは、正しいことを言っているはず! 言っておくが、この中で一番強いのは、俺の右手側にいるヤツさ」

 そして最後に申し出るのは、ガメルの左手側にいるイゴールだ。これが四つ目のヒントである。

「この中で一番強いのは、俺の左手側にいるヤツだ。その代わり、左手側にいるヤツの言葉は、明らかに嘘をついているだろう」

 こうして、すべてのヒントが出揃った。

 ワンコーとクックルーは互いに顔を向き合わせる。その表情は真剣そのものだった。

 四体の中で一番強い者は誰か? それぞれが強い者を伝えていたが、嘘をついている者がいることも話していた。つまり、この中で誰が正直者なのかを特定する必要があるだろう。

 ヒントの一つ一つを紐解き、一言一句を正確に思い起こし、その中から正解を導き出そうとする彼らは、そこらへんにいるありふれた犬とニワトリなどではなく、才知に長けた優秀なスーパーアニマルなのである。

「ギロはイゴールのことを信用できないと言っていた、その反対に、イゴールもギロが嘘をついていると言っていたワン。ということは、この二体の言うことは嘘だということだワン」

 ギロとイゴールの台詞を記憶していたワンコーがそう答えると、ブルワーとガメルの台詞を覚えていたクックルーがそこへ推理を付け足していく。

「でも、ガメルはギロが正しいと言っていた、しかし、ブルワーがガメルを嘘つき呼ばわりしていたコケ。つまり、四体の中で嘘をついていないのは、ブルワーだけってことになるコケ」

 ということは――。ワンコーとクックルーは正解である結論に行き着いたようだ。

 知識の魔インテラルのことを呼び寄せる彼ら二匹。その表情は先ほどまでとは違い、自信と余裕に満ち溢れていた。

 闇の中からふらっと姿を現したインテラルだが、思いのほか早く呼び出されて、ちょっぴり不服そうな顔をしていた。遊び心満点の性格なのだろう、もう少し意地悪して遊んでみたかったのかも知れない。

「もうわかったのかい? さてさて、正解を聞かせてもらおうかな」

 ワンコーとクックルーは声を揃えて正解を宣言した。ただ一体だけ嘘付いていない”ブルワー”が一番強いと言っていた者、そう”イゴール”である、と。

 無論、当てずっぽうの可能性もあるため、その正解を導き出した真意を問うたインテラル。しかし、記憶力と洞察力、そして判断力を如何なく発揮した動物たちの知恵に、彼も渋々ながら認めざるを得なかった。

「お見事だね。一匹じゃなく、二匹で手分けしたからこそ、迷うことなく答えまで辿り着けたんだろうな。よし、知恵の試練は合格にしよう」

 嬉しさのあまり飛び上がってしまうワンコーとクックルー。これで、安心してご主人様のところへ帰れるというものだ。

 彼らは二匹で一人前と思われがちだが、もちろんそうではない。二匹いるからこそ、知恵も才能も二倍以上になるのだ。この試練を乗り越えた実績が、それを証明しているといっても過言ではなかった。

「魔神殿に会う知能はあるみたいだな。では、さらばだ」

 試練を試す役目を終えたインテラルが闇の黒色へ同化すると、勝利した者が通りゆくであろう、この部屋の扉の封印も解かれた。

 ワンコーとクックルーはウイニングランとばかりに、誇らしげな顔をしたまま扉の先を越えていく。試練を乗り越えてくれるはずの、シルクとクレオートと合流するために。

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