第七章 真実の館~ 支配者の呪われし宿命(2)
小窓を開け放つと、そこには、穏やかな日差しを浴びている草原が広がっていた。
上空には人工的に造られた太陽。野原に生い茂るのも、人工的に生み出された草花。シルクの肌を掠めていく風すらも、闇魔界という空間だけに存在する作為的なもの。
それでも、三百六十度見渡す風景は人間界と何ら変わらない。疑似空間を越えるたびに、自然が織り成すありふれた光景を目にするたびに、彼女は自分自身の立つ異世界に錯覚を起こしてしまう。
視界を遮るほど背丈を伸ばした草原を越えると、シルクたちはついに、神殿のような造りを施した建造物を発見する。
そこはまるで、真実を映すように清らかな純白。地上数メートルほどの高さを誇り、しゃれた感じの欧風建築のその白亜の豪邸は、これまでの町や村では見たこともないほど神秘的で幻想的だ。
彼女は自信を持って確信に至る。ここが紛れもなく”真実の館”なのだ、と。
「とうとう、辿り着いたのね」
シルクは緊張の息を呑み込み、神殿のような館の門を潜り抜ける。
庭先には色鮮やかな花が咲き乱れており、招かれる来客の心を潤し、そして癒してくれるようだ。
とはいえ、試練と困難の長い道のりの果てに辿り着ける、この目に美しい景観を見ることが叶う人間など、果たして何人いるというのだろうか。
魔物との死闘、魔族との交渉、さらに人間同士のいがみ合い。そのすべてを攻略し、解決に導いてきた者だけが、この真実の館に足を踏み入れることができるのだ。
白く透き通った入口のドアを開ける彼女、すると、眼前に飛び込んでくる壮麗な佇まいに、またしても息を呑み込んでしまった。
「わぁ……」
そこは静寂な住空間が広がり、館の内装はまさに神殿そのもの。
床に敷き詰めてある光沢のある御影石。天井を支える柱も清潔感のある大理石。そして、オブジェのごとく飾られた白黒のタイル石。これらのすべてが、闇の世界で唯一無二の存在だと物語っている。
芸術作品とも取れる光景に目を奪われながら、シルクたちはロビーらしき静かな館内を歩いていく。
「姫、あそこに扉があるワン」
ワンコーが指し示した場所には、石の壁にはめ込まれたシャッター風の扉があった。
そこへ近づいてみると、ステンレス製のシャッターが行く手を遮っている。面会すべき真実を知る者がいるとしたら、きっとこの扉の向こうであろう。
押しても引いても動かないそのシャッター。鉄の冷たい感触だけが、シルクの手のひらに伝わってくる。
「おい、これ見てみろ、ボタンみたいなものがあるコケ」
シャッターの脇にいたクックルーが、羽根を広げて何かを指し示していた。
それは壁に埋め込まれている小さいボタン。この立地的構造からみても、それがシャッターを開放するスイッチであることは容易に想像できる。
目線ほどの高さにあるボタンを、シルクは柔らかい感触でそっと押してみた。
すると、異音らしい異音もしないまま、シャッターの扉は滑らかな動作で、銀色の軌跡を描きながら自動的にスライドした。
「いよいよ、この奥に。真実のみ知る者がいるんだね」
シルクは期待と不安から、ドキドキと胸の鼓動が激しく高鳴る。
ワンコーとクックルーも逸る気持ちを押さえつつも、その目はキョロキョロと落ち着きがない。
扉から開け放たれた大広間も優美な印象で、床にはオレンジ色の絨毯が敷き詰めてあり、壁側にある丸窓から優しい陽光が入り込んでいる。
絨毯のはるか先を遠目に眺めてみると、おぼろげながらも浮かんでくる、アンティーク調の肘掛け椅子に腰掛けている人の姿。
シルクたちはオレンジ色の絨毯を踏みしめて、一歩、また一歩と前を向いて進んでいく。真実を知る、ただそれだけのために。
「ようこそ、おいでくださいました。ここへ人が来訪したのは、あなた方が初めてです」
椅子からゆっくりと腰を持ち上げたその人物。絹のローブで身を包み、茶色い皮製の帽子を目深に被った宣教師のような風貌。目尻を下げて、優しそうな瞳で来客を出迎える三十代ほどの男性であった。
宣教師のような男性と一定の距離を置き、敬意を表して横一列に並ぶシルクたち。張り詰めるほどではないが、緊迫とした空気がその隙間を流れていく。
「あなたが、真実のみ知る者……ですね?」
「そうです。わたしの名前はエルドーヌ。ここを訪れた人に、真実を伝える者です」
真実の館にたった一人住まい、闇魔界に纏わるありとあらゆる歴史と伝説と真実を伝えるため、ここに存在している者。シルクたちはついに、エルドーヌと名乗る、真実のみ知る者に出会うことができたのだ。
巡り会えた安堵感だったのだろうか? それとも、彼の醸し出す物腰の柔らかさなのか? 彼女は高揚していた緊張が、ゆっくりながらも冷めていく感触を覚えた。
彼は嬉しそうに穏やかに微笑んでいる。訪れることがないと思っていた来客を、それだけ心待ちにしていたのだろうか。
「あなた方は、真実を知りたくてここへ来たのでしょう? わたしの知り得る真実をお答えしましょう」
エルドーヌは大らかな包容力で、真実を知りたいと願う来客の要望に応えようとする。
ここまで来たのなら、ありとあらゆる謎のすべてを知りたい。シルクはそう心に思い、その一つ一つを質問していくことにした。
「この闇魔界とは、いったい何のために存在しているんですか? どうして、あたしみたいな、たくさんの人たちが連れ込まれてしまったんですか?」
闇魔界――。地獄とも呼ばれる、混沌と戦慄のみが支配する暗黒の空間。
破滅の洞門、苦悩の街、困惑の村、悲劇の村、歓喜の都、そして、狂信の村。それぞれの切り取られた空間の中で、人々は生と死の葛藤を彷徨い、苦しみ、悲しみに打ちひしがれていた。
シルクが闇魔界へ来てからというもの、絶望の淵で生き長らえるたくさんの人たちと出会ったが、どの街や村でも、魔族に脅かされてはいても、生贄や奴隷として扱われている様子はなかった。
彼女からの質問を聞き入れたエルドーヌは、静かに真実を語る。今からはるか太古の昔、闇魔界は魔族によって作り出された疑似的な異世界である、と。
「あなたのおっしゃる通り、闇魔界には、現在、過去、未来、さまざまな時代を超えて、さまざまな年代の人たちが閉じ込められています。あなたは鬼門をご存知ですね?」
「はい。あたしもそうですけど、この世界にいる人たちはみんな、その鬼門を越えて、ここへ辿り着いてしまったんですよね?」
エルドーヌはその通りだと頷く。
人間界と闇魔界の境界とも言うべき鬼門。それは人間界の特定の場所に固定されたものではなく、魔族の中でも特殊な能力を持つ者だけが、作り出したり、また消したりと自由自在に操れるという。
好き勝手に、気紛れに鬼門を張り巡らし、無作為に人間たちを地獄へ連れ込んでは、それを見て楽しんでいるような、魔族の玩弄とも受け取れるこの現状。ところが、どうやらそれだけではないというのだ。
彼は淀むことなく続ける。高位に位置する魔族の一人が鬼門を使いこなし、高度な戦闘能力や潜在能力を秘めた人間を見つけては、言葉巧みに騙して、この闇魔界に誘い込んでいるのだ、と。
「えっ! そ、それじゃあ、あたしは」
ドクンと心臓が脈打ったシルク。パール城の地下に封印されていた、あの”あかずの間”の残像が、彼女の脳裏にふらっと浮かび上がる。
その直後、熱を帯びた汗の滴が頬に滑り落ちる。彼女は衝撃的な事実を思い出したのだ。
”あかずの間”で神聖なる天神の洗礼を受けるよう命令した人物が、パール国王と王妃、つまり、自分自身の父親と母親だったことを。
(そんな、まさか。お父様とお母様が……?)
シルクは手塩にかけて育ててくれた両親を疑うことはできない。それに、両親二人が魔族の一味であることなど当然現実味もなく、その疑念は結局、有耶無耶のまま答えが出ることはなかった。
「でも、どうして、高い能力を持った人間を連れ込んだりするんでしょうか?」
「残念ながら、このわたしでも、そこまでは知り得ないのです。ただ、何かしら狙いがあってのことなのは間違いないようですが」
ここに来て、エルドーヌは不思議そうに首を捻る。
高度な戦闘能力と潜在能力を持つ人材を求めていた魔族が、なぜ、目の前にいるこんな成人にも満たない少女を誘い込んだのだろうか? 彼の頭の中に、そんな疑問が浮かんだようだ。
その辺りの真相について尋ねられたシルクは、パール城の地下で起きた出来事を告白し、そして、神聖なる天神の力を司る神通力についても触れる。
「この世界に来るまで実感がなかったんですけど、あたしには、神通力という生まれ持っての不思議な力があるんです。女神の声が聴こえると、雷撃の魔法を解き放つことができるんです」
自分一人だけではない、一緒に旅をしてきたワンコーもクックルーも、生まれ持って魔法を司る、何万年に一匹しか誕生しないというスーパーアニマルなのだと、シルクはすべての事実を打ち明けた。
神通力とスーパーアニマル。人間界の中でも馴染みのない不思議な言葉に、エルドーヌの眉がピクッと動いた。
彼女の耳元で瞬くシルバーのイヤリング。女神が微笑むような美しい輝きを見て、彼の穏やかな瞳が、何かを悟ったのかそっとまぶたで塞がれる。
「そうでしたか。あなた方が試練と困難を乗り越えて、はるばるこの館まで辿り着けたのも頷けました」
「エルドーヌさん、真実を教えてください。あたしたちのこの力は、いったいどういうことなんですか?」
シルクは真顔で迫り、しがみ付くように懇願する。
ワンコーもクックルーも、彼女と一緒になって頭を頷かせる。
エルドーヌは真実のみを伝える者。少しばかり遠回しになるがと前置きし、彼はその秘められた潜在能力の真実に触れていく。
「はるか遠い昔のことです。闇魔界に連れ込まれた人間たちは、地獄という異空間の中を、いつ訪れるともわからない死を恐れながら、ただ彷徨い続ける運命でした」
それでも、生きる道を失くし挫折した人間たちの中にも、リーダーシップに秀逸で、特殊な能力さえも携えた者が少なからずおり、その勇者たちは未来と希望を取り戻そうと東奔西走したのだという。
落胆する人たちを勇気付けて、お互いに手を取り合い、緑や大地に恵まれた村や町を形成していく。その甲斐もあり、この闇魔界にある一つ一つの空間は、どうにか人並みの住環境を構築することができたのだ。
時には魔族との激戦を制し、また時には人々の道しるべとなった勇者たち。希望の光となり、救世主のごとく神格化された彼らは、いつしか、指導者と呼ばれるようになった。
エルドーヌが口にした”指導者”というフレーズ。シルクはそれを聞くなり、かつて訪れた都で崇められていた、あの指導者のイメージが頭の片隅に浮かんできた。
「それは、歓喜に都を創設したと言われる、カザームさんのことですか?」
「はい、彼もその一人です。彼は人の支えとなり、命果てるまで尽力を注いだ、とても立派な方でした」
指導者カザームのことを称賛し、心から敬意を払うエルドーヌだが、その遠くを見つめる瞳には、薄っすらと儚げな空虚感が映っていた。
その背景にただならぬ雰囲気を感じたシルクは、彼の表情に一点集中し、語られる真実の続きに耳を傾ける。
「指導者の中には、カザーム氏のように生まれ持っての人徳により、人々から敬愛される者もいれば、神の力を振りかざして数々の魔族たちを撃破し、この闇魔界で特異な存在として崇拝される者もいました」
攻める力と守る力は互いに相反するが、平穏平和にはどちらも不可欠なもの。それは、戦いに身を投じるシルクにも理解できる節理だろう。
とはいえ、人間として生まれた以上、攻守における思考や主張は必ずしも協調とはいかず相違する。理想と現実が不一致する中、神の力を持つ一人の指導者が、人として生きる道を捨てて、信じ難い道に進んでしまったのだという。
「その指導者は、恐怖と戦慄に苛まれたのです。人間であるがため、いずれ訪れてしまう老い、そして死。彼はそれを恐れるあまり、魔族と永遠の命を保証されるべく、契りを交わしてしまったのです」
その真実は、一人の人間であるシルクを震撼させた。
さらに彼女は、この次に述べられる知られざる真実を耳にし、心音と呼吸が止まるほどの衝撃を受ける。
「魔族と同化した彼は、望み通りに永遠の命を手に入れました。そして、神をも恐れぬ肉体と精神までも手にして、魔族の作り出したこの闇魔界の支配者として生まれ変わったのです」
「えっ! まさか、その支配者というのは――?」
「あなたもきっと、ここへ来る途中、どこかで耳にしていたでしょう。この真実の館からもかすかに見える神殿に住まう、魔神その人なのです」
闇魔界の支配者として君臨する魔神――。明かされた正体が、自分と同じ人間であったことにシルクはショックを隠し切れない。
人間として生まれながら、人間として生きることを放棄する。それはただの現実逃避、臆病な弱虫にしか思いつかないずさんな選択肢でしかなかった。
彼女は憤慨しながら声を荒げてしまう。いくら死を恐れたとしても、魔族に魂を売り渡すといった裏切り行為を、生来の正義感が断じて許すはずはなかった。
ところが、エルドーヌの方は至って冷静にそれを受け止めていた。あたかも、それが必然的だったと言わんばかりに。
「あなたが憤るのも無理はありませんが、彼は生まれし宿命のままに、進むべき道を選んだまでなのです」
複雑な事情をはらんでいそうな、どこか思わせぶりなエルドーヌの一言。
シルクは必死になって真意を求めようとする。その指導者がなぜ、人間でありながら、闇魔界の支配者となることが宿命だったのか、と。
重々しくなる雰囲気の中で、彼は一呼吸間を置いた。
心して聴いてください。穏やかながらも語気の強い口調で、彼は言い聞かせるように語り始める。
「わたしたちが生きてきた人間界では、古き時代より次のような伝説が語り継がれています」
――この世に存在しうる、ありとあらゆる大地、海、そして、そこに住まう民を支配できる者。生まれし時より神通なる力を授かり、その神とも言える魔力を振りかざす者。それを支配者(ルーラー)と呼び、この世の民は、いにしえよりそれを崇めてきた――
うる覚えの中にあったその言い伝えに、シルクは訝しい顔つきで頭を傾げた。
そんな彼女のために、エルドーヌは補足を付け加える。現在、過去、未来、どの時代においても、名誉と地位を手中に収め、世界中の民から崇拝された人物はすべて支配者であること。
すなわち、生まれた時から神が与えし能力を持っていたという、魔神として生まれ変わった彼も、支配者の一人に過ぎないということも。
「つまり、魔神は支配者となるべきして生を享けて、そして、宿命に赴くままに闇の支配者となっただけのこと。彼と同じく、神の力を携えたあなたになら、その真意がわかるはずです」
「ちょ、ちょっと待ってください。そ、それじゃあ、あたしも……」
この瞬間、シルクはこれまでの人生で一番の緊張を感じた。
心臓が激しく鼓動を打つ。
両足が小刻みに震える。
背中に嫌な汗が滲む。
知りたい。でも、知るのが怖い――。語られる真実を前にして、彼女の全身が拒絶反応を起こしている。しかし、もう彼女の意思でそれを止めることはできなかった。
「そうです。あなたは、世界を支配するために生まれてきた、つまり支配者(ルーラー)なのです」
呆然と立ち尽くしたまま押し黙っているシルク。
それとなくわかっていたのだろう、その衝撃的な事実が鼓膜を通り過ぎて、ありとあらゆる神経を駆け巡った後も、彼女は取り乱すこともなく不思議と冷静でいられた。
まるで草原を撫でる微風を受けて、汗がスーッと引いていくような、そんな清々しさすら感じるほどに。
(支配者、このあたしが――)
夢の中を彷徨っている気分のシルクをよそに、エルドーヌはさらに驚くべき事実を伝える。いつしか彼の目線が、彼女のそばにいるスーパーアニマルたちへと向けられる。
「何万年に一匹しか誕生しないというあなたたちも、それぞれの動物の社会における、支配者(ルーラー)なのです」
こちらは想定外だったらしく、ワンコーとクックルーは呆気に取られてびっくり顔だ。
「オ、オイラも支配者かワン!?」
「す、すっげぇ! このオレが支配者かコケ」
支配者という運命を背負った者たちの思いはさまざまだ。
スーパーアニマル二匹は興奮のあまり胸を躍らせていた。一匹の犬として、また一匹のニワトリとして、その種族を支配できるという宿命に色めき立っていた。
一方のシルクはというと、真実をどう受け止めてよいのかわからず、喜びや悲しみといった感情を表現することができない。
「これから、あなたが進むべき道はただ一つ。闇魔界の支配者である魔神を撃破し、あなた自身がその支配者に君臨することに他ならないのです」
エルドーヌから言い渡されたたった一つの末路に、シルクは戸惑い逡巡としてしまう。
囚われの人間たちの未来と希望を背負ったきた彼女にとって、それはあまりにも残酷で、非人道的な汚らわしい運命と言えなくもなかった。
支配者(ルーラー)として誕生したとはいえ、彼女はまだ、この闇の世界の表裏も知らない十五歳の少女。いきなり支配者になれと告げられても、素直に受け入れることなど当然ながらできるはずもない。
「あたしは、そんなことを望んでいません」
シルクは瞳に涙を溜めながら訴える。彼女の震えながらも力強いその声は、正義感を貫き通そうとする負けん気の表れだったのだろうか。
人間界へ帰還する術を見つけ出し、この地で苦しむ人たちを一人でも多く助けたい。それこそが、神聖なる天神に守られし自らの使命なのだと、彼女は熱意を込めてそう断言した。
ここにいる一人の少女は、年齢こそ子供でも支配者(ルーラー)であることに違いはない。あどけなくも雄々しい情熱を宿した瞳を見て、エルドーヌは頬を緩めてクスリと微笑を浮かべた。
「あなたはやはり、正真正銘の生きる伝説ですね。人のために教えを説き、人のために命を惜しまない、幼少の頃から育まれたその類稀な才知こそ、人の上に立つ支配者の名に相応しい」
「あたしは、支配者なんかじゃありません。パール王国王女、シルク=アルファンス・パールです!」
誇り高き王国王女のシルクは、イメージを汚されたくない一心で苛立ちをあらわにした。
決して嘲笑ではないと、姫君に対する非礼を丁重に詫びるエルドーヌ。それでも彼は表情を険しくして、彼女へ悲痛なる現実を突き付けるのだった。
「闇の世界の支配者を望むのか、はたまた、闇の世界の救世主を望むのか、どちらを選ぶのもあなたの自由です。ただし、どんな道を進もうとも、あなたは支配者の宿命を背負い、やがて、魔神という障壁を乗り越えなければいけない。それだけは忘れないでください」
エルドーヌはそんな助言を最後に、伝えるべく真実の語りを結んだ。
受け止めたくない現実だが、それが真実ならば受け入れるしかない。それを承知するように、シルクはコクッと頭を小さく垂らした。
「シルクさん、でしたね。他にお聞きになりたいことはございますか?」
「それなら、わがままついでに、教えてほしいことがあります」
シルクが控え目ながら尋ねたこと、それは、人間界で暮らしているはずの国王と王妃、つまり両親や、お城の従者たちの安否、そして、お友達だったレッド王国王女のコットンの消息についてだ。
両親とは最近まで一緒だったわけだが、異国で暮らすコットンに至っては、手紙を綴っていざ送ってはみたものの、ここへやってくるその日まで返事が来なかったのだという。
暫時、顔を合わせることのなかった親愛なる者たちに思いを馳せる彼女、しかし、エルドーヌの回答は残念なものに終わった。
「申し訳ございませんが、現存している人間界のことは存じません。わたしの知り得る真実は、この闇魔界で見えるものだけなのです」
そうですか……。シルクは溜め息交じりに肩を落とす。ショックの連続だった彼女の心理からしたら、両親やお友達の安否を知ることで、少しでも心を救いたい思いがあったのだろう。
激しい運動をしたわけでもないのに、浮かない彼女の顔色には疲労感が溢れていた。疲労というよりは、神経を擦り減らした心労の方が強かったのかも知れない。
この時ばかりはワンコーとクックルーも口を噤んでいた。それだけ彼女の表情が優れなかったのだろう、彼らは励ましの言葉も、心遣いの一言すらも思いつかなかったようだ。
しばらく沈黙の時が過ぎていったが、静かに口火を切ったのは、シルクの憔悴し切ったか細い声だった。
「エルドーヌさん。少しばかり、こちらで休憩させていただけませんでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。ロビーの左手側に別室があります。毛布もありますから、そこでゆっくりお休みください」
エルドーヌは穏やかながらも、シルクに試練のメッセージをそこへ付け加える。
真実の館から曲がりくねった道を突き進めば、魔神が鎮座している神殿へと辿り着ける。小休止でも、一晩でも疲れを癒したら、いつでも好きな時に旅立ってもらって構わない、と。
ありがとうございますと、深々とお辞儀をしてご厄介になることにしたシルク。彼女はワンコーとクックルーを連れ立って、真実のみ知る者に背中を向けてロビーの方へと歩き始める。
今まさに、支配者という刻印を胸に刻んだ一人の少女が、この混沌と戦慄の闇魔界で、伝説を紡ぐ歯車とともにゆっくりと動き出す――。
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