第七章 真実の館~ 支配者の呪われし宿命(1)

「おまえは、今日で十五歳の誕生日を迎えた。これは我が王家を守護する、神聖なる天神に守られしシルバーのイヤリングだ」

「え? お父様、これをあたしのくださるの?」

「そうだ。パール王家では先祖代々、王女としての地位を担う齢十五の時、このイヤリングを受け継ぐ仕来たりがあるのだ」

「素敵なイヤリング……。お父様、どうもありがとう」

 シルク=アルファンス・パール――。パール王国の王女として生を享け、十五歳の誕生日に、神聖なる天神の加護を受けたイヤリングを伝承する。

 彼女は生まれし時より秘められていた神秘なる”神通力”を司り、神聖なる天神の力を借りて、究極魔法である雷撃破を操ることができる。


「さぁ、シルク。もう一度、言ってごらんなさい?」

「ん~、お母様ぁ。あたし、もう忘れちゃったよ」

「あらあら、仕様のない子ね。それじゃあ、もう一度だけ教えてあげるわ」

「うん! 今度は絶対に忘れたりしないよ」

 まだ幼き頃、母親である王妃から教えてもらった言葉――。

 その言葉に秘められた意味も知らず、託された理由もわからぬままに、娘シルクは母王妃よりたった一つの言葉を授けられた。

 しかし、その言葉はいつしか、彼女の心の奥に仕舞われたまま、この時まで封印されてしまった。


* ◇ *


(……でも、あたし、どうしてあの言葉をずっと思い出すことができなかったんだろう?)

 シルクは心の中に問いかけていた。

 シルバーのイヤリングに宿っていた女神の導きにより、雷撃破をその手に操ることができたのはいいが、彼女には感触も感覚もおぼろげなままだ。

 イヤリングに囁きかけても、当然ながらあの時の声は聞こえてはこない。もちろん、雷撃破の封印を解く言葉を投げかけても、名剣スウォード・パールが黄色い稲妻を纏うこともなかった。


 狂信の村を離れてからしばらく経過し、シルクにクレオート、そしてワンコーとクックルーの面々は、長い長い一本道を突き進んでいた。

 真実のみ知る者とは、いったいどんな人物なのだろうか?

 どれだけの真実を知っており、どれぐらいの真実を語ってくれるのだろうか?

 さまざまな期待と不安を胸に、その人物が住むという真実の館を目指す彼女たち。ここで盛り上がる話題といったら、やはり、いくつの謎が解き明かされるかについてだ。

「この闇魔界がどうして存在しているのか? どうして、あたしたちはここへ導かれたのか?」

「姫、そんなことより、闇魔界から脱出する方法を聞くのが先決だワン」

「そうだ、そうだ。この世界がある意味なんて、オレには関係ないコケ」

 人間界と闇魔界の境界にあるという鬼門。そこからこの地へ誘い込まれた人間たち。生贄や奴隷にされるでもなく、ただ生かされているだけのこの現実。

 何やらカラクリがあるのでは?と、闇の世界に疑念を抱くシルク。その一方、ワンコーとクックルーはというと、人間界に戻ることで頭がいっぱいなのであった。

 そんな会話が囁かれる中、先頭を歩いていたクレオートがピタッと足を止めてしまった。

 まさか、魔物が――!? 彼女はすぐに一歩退いてから、名剣の柄に右手を据える。

「あ、姫。そうではありません。大変申し上げ難いお話なのですが……」

 クレオートが振り返りざま、丁重に頭を下げるその理由とは何か?

 彼曰く、狂信の村で世話になった家屋に、大事な物を忘れてきてしまったというのだ。そこで、彼はこれから村へとんぼ返りすることを申し出るのだが。

「そう。それなら、みんなで戻りましょうか」

 シルクがそう発言するや否や、一様に不満を口にするワンコーとクックルー。この長い一本道を引き返すことに強い抵抗感を示していた。

 それでも、リーダーの鶴の一声には絶対服従。意地でもクレオートと一緒に戻ろうとする彼女と、それに反抗するお供二匹の一歩も譲らない攻防戦が続く。

 それを見るに見兼ねて、慌てて仲裁に入るクレオート。彼は元より、自分一人だけが村へ帰還するつもりでいたようだ。

「ここまで来て、全員で戻るのはそれこそ徒労というやつです。姫はどうか先へお進みください」

 クレオートと一時的にも離脱することに難色を示し、シルクは困惑めいた表情で首を縦に振ろうとしない。

 この一本道の先には魔物も生息しているとの噂。戦力ダウンを避けたい思いもあるが、その本心は、最愛の男性と離れたくないという恋愛感情だったのだろう。

 自我を押し通そうとする意地っ張りな彼女、しかし最後には、後から合流すると誓いを立てた彼の逞しい熱意に根負けし、憮然としながらも了解するのであった。

「わかったわ。早めに追いついてね」

「かしこまりました。それでは、できる限り急いで戻りますので」

 紳士らしいお辞儀を一つしてから、クレオートは駆け足で狂信の村へと戻っていった。

 通路の薄暗さの中に消えていく真紅の鎧を、シルクは手を振っていつまでも見送っていた。その瞳の奥に、やり切れない寂しさを映しながら。

「姫、くよくよしていても仕方がないワン。先を急ごうワン」

「そうだコケ。クレオートのことだから、すぐに戻ってくるコケ」

「わかってるわよ、もう! そんなに急かさないで」

 駄々っ子っぽく振る舞った気恥ずかしさからか、この時ばかりは女の子らしく赤面してしまうシルク。

 彼女は気持ちを切り替えて、いざ進行方向へと視点を合わせる。そして、ちょっぴり後ろ髪を引かれながらも、ワンコーとクックルーとともに、真実の館を目指して足を速めるのだった。


 クレオートと別れてから、長い一本道をしばらく歩き続けたシルクたち。

 長い道のりの末、彼女たちがようやく辿り着いた先とは、声がこだまとなって遠くまで反響する、円形に区切られた広大な空間であった。

 彼女たちの見つめる先には、この通路の出口なのだろうか、わずかながらも光が漏れる小窓が見える。

 達成感と安堵感にホッと胸を撫で下ろした彼女、ところが、すぐ足元の先に広がる違和感に気付くなり、声を震わせながら愕然としてしまう。

「な、何これ……。道がないじゃない」

 シルクの行く手を阻むのは真っ黒な空間。まるで口をばっくり開けて、彼女のことを飲み込もうとせんばかりの暗闇が広がっていた。

 どうやら、小窓がある向こう岸とは陸続きではないようだ。ジャンプで向こう側へ飛び越えるなんてとても人間業ではなく、彼女はここで立ち往生を余儀なくされてしまった。

 こんな時、クレオートが来てくれたら……。途方の暮れる彼女は、無意識のうちに後方へ振り向く。しかし、そんな願ってもない期待など、当然叶うはずもなかった。

「あ、姫。あそこを見てみるワン!」

 ワンコーが暗黒空間の中で何かを発見したらしい。

 シルクが目を細めて、彼が前足で指し示した方角を見据えてみると、そこには、暗がりのせいではっきりしないが、何やら橋のような物体が見える。

 橋らしきその建造物のそばへ、彼女は足元に注意しながら近寄ってみる。

 闇の中にひっそりと浮かび上がる群青色に塗られた橋。それは紛れもなく、漆黒の暗黒空間の上に架かる石製の橋であったが、彼女にとって一つだけ悩ましい問題があった。

「ねぇ、この橋。ちょっと幅が狭くない?」

 その橋は人が一人通れるぐらいの幅しかなく、しかも、手すり代わりの欄干すら見当たらない。

 橋から転落したら、そこは奈落の底。それこそ、生きて脱出できる保証はないだろう。とはいえ、この橋を渡る以外に向こう岸へ辿り着くこともできない。

 シルクに迷っている暇などなかった。そこがたとえ危険だとわかっていても、乗り越えなければいけない数メートルの細長い橋なのである。

「よ、よし。ゆっくり渡るわよ」

 石でできた橋の上に一歩足を置いたシルク。石橋を叩いて渡るとはよく言ったもので、彼女はグイグイと足場を踏み締めて、橋の耐久度を慎重にチェックした。

 橋が頑丈であることを確認し、彼女はついに両足を足場に乗せる。

 わずか三十センチほどの幅しかない橋の上。眼下には、真っ黒な暗黒空間が渦巻いている。

 緊張を解きほぐそうと、シルクは深呼吸一つして気持ちを落ち着かせた。そして覚悟を決めたかのように、群青色のラインを頼りに橋桁の上を歩き始める。

(下を見ちゃダメ……。下を見ちゃダメ……。下を見ちゃ……)

 シルクは心の中で暗示をかける。そうでもしないと、闇という名の魔の手に摘まれて、暗黒空間へ引きずり込まれそうな衝動に陥るのだ。

 襲い掛かってくる眩暈と格闘しながらも、彼女は一歩、また一歩と、バランスを取りながらゆっくりと歩を進めていく。しかし、ゴールとなる向こう岸まではまだ遠い道のりだ。

「姫。もう少し早く歩いてほしいワン」

「おいシルク。後ろが詰まってるコケ」

 先頭に立つシルクを急かすワンコーとクックルー。小さい体格の彼らにしたら、これぐらいの細い足場など、さほど造作なことでもないのだろう。

 その一方、子供とはいえ、人並みの体格である彼女はそうはいかない。一歩一歩足を動かすたびに、崩れそうなバランスを整えなければいけないのだ。

「ちょっと、あなたたち、少し黙ってなさいよ。気が散っちゃうじゃないの!」

 その時だった!

 シルクの弱々しい声を遮る、どこからともなく現れた風を切る刃。

「キャッ!?」

 いきなり襲い掛かってきた刃によって、シルクはバランスを崩し、橋桁から転落しそうになってしまう。

 わわわわわ――!! 言葉にならない叫び声を上げて、彼女はじたばたと両腕を振り回した。

 両腕と両足でバランスを取ったことが幸いし、足場の上に膝を落とす姿勢で、どうにか踏み止まることに成功した彼女。顔中をびっしょりと汗で濡らし、この上ない安堵の息を吐きまくった。

「はぁ、はぁ。い、いったい、何が起きたというの!?」

 シルクは四方八方を見渡し、不穏な何かを突きとめようと警戒を強める。

 ワンコーとクックルーもクルクルと顔を動かして、動物ならではの勘を働かせる。

 おぞましい暗黒空間を跨ぐ橋のど真ん中で、身動きが取れなくなってしまった彼女たち。

 水を打ったような静穏に包まれるこの空間に、突如流れてくる奇怪な笑い声。橋の袂に目を凝らしてみると、そこには、長く尖った爪を剥き出している、イタチのような風貌をした魔物が佇んでいた。

 獲物を逃すまいと、暗闇の中で眼を怪しく光らせているその魔物。凶器の爪を舌でペロペロと舐める姿は、獰猛というよりずる賢い陰湿さを感じさせる。

「イヒヒ。驚いたね~。まさかここへ人間がやってくるなんて」

 イタチの魔物は巧みに言葉を操れるようだ。それを彼から言わせるなら、魔族の中でも高い地位にいる証しということらしい。

 思わぬタイミングで魔族と遭遇してしまったシルクたち。この足場が悪い危機的状況下では、戦闘準備に入ることもままならない。

 ところが、イタチの方はというと、狭い幅など物ともせずに機敏な動きで走り出した。尖った長い爪を引っ提げながら。

 こうなったら戦うしかない――! 彼女は意を決したように、名剣スウォード・パールを鞘から引き抜いた。

「イヒヒ! 俺の爪で切り刻んでやるぜ~!」

「そうはいかないわよ!」

 疾風のごとく襲い掛かるイタチの鋭い爪と、シルクが構えた名剣が金属音を響かせて激突する。

 力の加減はほぼ互角、だが、この幅の狭い石橋を自分のフィールドとするイタチの方が、戦術的には一枚上手だった。

 身軽さを駆使して見境なく爪攻撃を繰り出す魔物。彼女はじりじり後退するしかなく、それを名剣で受け流すことに追われて攻撃に転じることができない。

「あっ!」

 イタチの怒涛の攻撃に踏ん張り切れず、シルクはついに橋桁から片足を踏み外してしまった。

「姫ーっ!」

「シルク!」

 ワンコーとクックルーの声が遠吠えのように轟いた。

 真っ暗な暗闇の中で、一瞬、宙に浮いたシルク。翼を持たない彼女は、暗黒空間の渦の中へ引きずり込まれてしまうのだろうか!?

 それは偶然とも言える出来事だった。彼女が反射的に伸ばした左手が、運よく橋桁をガッチリと掴んでいた。

 右手に名剣を握り締めて、左手一本だけで命を繋いだ彼女。宙ぶらりんのまま、左手の指先に伝わる痛みと痺れに表情を歪める。

「姫! オイラの手に掴まるワン!」

 ワンコーは後ろ足を橋の縁に引っ掛けると、全身を目一杯に伸ばして、ぶら下がっているシルクの方へ前足を差し出した。

 ご主人様を必死に救出しようとする愛犬の勇敢な姿。ところが、それを容赦なく邪魔しようとするイタチの魔物。魔族に身を置く彼には、慈愛や温情といった感情など持ち合わせてはいないのだ。

 突き落としてくれるわ! 魔族は躊躇もなく邪悪な爪を突き立てて、シルクとワンコーにトドメを刺そうとする。

「おまえの好き勝手にさせるかコケー!」

 仲間のピンチを救うべく、クックルーの真っ赤な羽根から火殺魔法の火の玉が放たれた。

 闇を突き破りながら、敵を確実に捉えて飛んでいく火の玉だったが、それをすぐに感知したイタチの跳躍によって、あと一歩のところでかわされてしまった。

 空中へと舞い上がり、柔軟な全身を軽やかに捻る彼は、体勢を整えて橋上に難なく着地する。

 クックルーの魔法は残念にも失敗に終わった。とはいえ、魔法攻撃が生み出したわずかな隙のおかげで、シルクはワンコーの手助けにより、どうにか橋の上に戻ることができた。

「イヒヒ、これはおもしろくなってきたぜ。さーて、いつまで俺の爪攻撃に耐えられるかな?」

 余裕の笑みを浮かべて、橋の上で弾むようにジャンプしているイタチの魔物。

 一方のシルクは余裕などまるでなく、すばしっこい敵とどう対戦するか戦術を練る羽目となってしまった。

 この幅の狭いリングの上では、彼女が得意とする地上戦には適さない。かといって、クックルーの魔法に頼る空中攻撃も、あの瞬発力と身のこなしでは通用しないだろう。

 彼女が現状を冷静に判断し、悩みに悩んで出した結論、それは。

「ワンコー、クックルー。あなたたちは橋の向こうまで下がって。ここは、あたし一人で何とかするわ」

 この状況下では、縦一列に並んで戦うしかなく、自慢のチームワークを生かすことができない。それならば、スーパーアニマルたちを避難させて、爪攻撃に対抗できる自分が戦うしかない。それが、追い詰められたシルクの悲壮なる決断であった。

 この決定事項にはワンコーもクックルーも困惑したが、活路を見出せない以上、ここは彼女の勇気に任せるしかないのが現状だった。

 ワンコーたちが橋の上から後退したことを確かめるなり、彼女は名剣スウォード・パールを強く握り締めて毅然と立ち向かう。

「さぁ、いらっしゃい!」

 ここからが勝負とばかりに、目の前に立ちはだかる脅威に挑戦状を叩き付けるシルク。だが、その本心を覗いてみると……。

(かっこいいこと言っちゃったけど、とても勝てる自信がないわ。どうしよう?)

 虚勢を張ってみたものの、奇策も秘策もなく怯える心。

 視界に広がる奈落の底に恐怖し、ガタガタと震えてしまう両足。

 シルクはゆっくり瞳を閉じて、静かに耳を澄ます。そう、シルバーのイヤリングから、女神の導かれし声が届くことを信じて。

 やはり時期尚早なのか、それとも神の悪戯なのか。彼女の耳に伝わるのは、暗闇の中に流れてくる敵のせせら笑う声だけだ。

 当然ながら、挑発された側のイタチは俄然やる気満々だ。ギラリと眼を光らせて、尖った爪の一本一本を丁寧に舐め回している。

「イヒヒ! 行くぜ、俺の爪の恐ろしさを思い知らせてやる!」

 イタチは右手を振りかぶると、まるでボールを投げるような姿勢で、その右手を思い切り振り下ろした。

 それを例えるなら鎖鎌というやつか。右手から剥がれた爪が鉄の鎖に繋がれたまま、シルクに向かって襲い掛かってきたのだ。

 それにすぐさま名剣で応戦しようとした彼女、ところが、その爪は意思を持つかのように動き、彼女の名剣に巻き付き雁字搦めに縛り上げてしまった。

「イヒヒ、綱引きでも始めようぜ」

 一本の長い石橋の上で、一本の鎖で繋がれたイタチとシルク。

 キリキリと錆びた音を立てて、互いに引っ張り合う綱引きという攻防戦が始まった。

「ほれ、ほれ!」

「うっ、くっ……!」

 ここでも有利に戦いを進めるのは、狭い足場でも物怖じしない魔物の方だった。時が経つにつれて、シルクはじわりじわりと引き寄せられていく。

 一瞬でも気を抜いたら、それこそ足を踏み外して地獄へ直行。もしくは、敵の攻撃の間合いに入ってしまい、魔物の左手の爪の餌食となってしまうだろう。

 頭の中がパニックに陥り、彼女の両足はほとんど無抵抗のまま、どんどん間合いの中へと引きずられてしまうのだった。

「姫、負けちゃダメだワン! しっかりするんだワン!」

「シルク! こんなところでくたばるんじゃないコケ!」

 シルクの鼓膜に、仲間たちの激励メッセージが届いた。

 そうだ、諦めてはいけない! 打開策はきっとある! 彼女は萎えてしまった気持ちを今一度奮い起こす。

 しかし、ブレーキを掛けたくても、ずるずると引き寄せられる足が止まらない。敵の脅威はもう目の前まで迫ってきていた。

(あ、この声は――!)

 その時、シルクの耳元にかすかな反応があった。

 リングの形をしたシルバーのイヤリングが煌めく。そして、彼女はたった一つの助言を授かった。

 魔物の爪が振り下ろされる寸前、彼女はアドバイスに従うがままに、鎖が巻き付いた名剣スウォード・パールを手放した。

 名剣だけが引き寄せられるおかげで、爪攻撃の恐怖から逃れられた彼女だが、その代償として、大切な名剣をイタチの魔物に奪われてしまった。

「イヒヒ、戦闘離脱というヤツか? キサマにもう武器はない。これで俺の勝利が確定したな」

 イタチは名剣を握り締めたまま不敵に笑う。相手を丸腰にしてしまえばこちらの思う壺、彼が勝ち誇るのも無理はない。

 しかし、そんな彼以上に不敵な笑みを零したのは、何を隠そう、武器をその手から失ってしまったはずのシルクであった。

「おあいにくさま。あたしが剣を手放したのはね、あなたに剣を握らせるためだったのよ」

「何? それはどういう意味だ?」

 その疑問を解き明かしてあげると、シルクは意味ありげに右手の人差し指を突き出した。

 そして、イタチが手にしている名剣スウォード・パールを見つめて、彼女は神聖なる天神の封印を解き放つ。

「出でよ、雷撃!」

 突如、名剣が稲妻を纏い、イタチの手の中で黄色く輝き出した。あまりの眩しさに慄いた彼は、名剣をすぐに手から離してしまった。

 鎖に繋がれてしまっているため、名剣は橋の上にも暗黒の下にも落ちることなく、魔物の右手にぶら下がる格好で揺れている。しかも、まだ黄金色に光る雷のパワーを秘めたままで。

 覚悟しなさい! シルクはついに発動する。神聖なる天神が司る電撃の本当の力を!

「放て、電撃!」

 名剣に纏いし稲光が急激な光を放ち、次の瞬間、稲妻の粒子が鉄の鎖を走っていく。

 まさに光の速度で駆け上ってくる雷の輝きに、イタチはこれまでに経験したことのない戦慄を覚えた。

「な、何だ、この光はーっ!?」

 その凄まじい威力は、瞬殺と呼んでもおかしくなかった。

 雷撃破は鎖を経由してイタチの体内を駆け巡り、彼の全身を一瞬のうちに感電させてしまった。

 暗闇を突き破らんばかりの悲鳴を上げた彼、その声が途絶えた頃には、名剣を縛り付ける鉄の鎖も焼け落ちて、真っ黒焦げになった亡骸だけがそこに立ち尽くしていた。

 天罰の裁きにより炭の塊と化した魔物は、命果てた者が土に還るように、暗黒が渦巻く海の底へと落下していった。

 橋の上に横たわる名剣スウォード・パールを拾い上げるシルク。肉体的にも、さらに精神的にも苦しかった戦いに勝利し、重たい吐息を一つ零してその場に両膝を付いた。

「姫、ご苦労さまでしたワン」

「シルク、お見事だったコケ」

 ワンコーとクックルーはシルクのもとへ駆け付けるなり、激戦を終えた彼女を労い、激励した。

 彼女も口元を小さく緩めてそれに応える。頼れる仲間たちの声援、そして、神聖なる天神の力に助けられたことに、感謝の気持ちをその表情に映していた。

「さぁ、先へ進みましょうか。あの小窓がきっと出口よ」

 シルクはスーパーアニマル二匹を従えて、険しい道のりだった石橋を慎重に越えていった。

 小窓から差し込むわずかな光。その先にあるものこそ、彼女たちの出生も、この世界の仕組みすらも解き明かされる真実なのであろうか?

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