第六章 狂信の村~ 地獄から蘇る恐るべき神(6)

 狂信の村に朝日が昇る。それは人工的であっても、眩しく輝く清々しい朝焼けだ。

 大教会の付近には、破壊神のために祈りを捧げる村人たちの姿があった。彼らは皆、シルクたちのことを邪教者と思い込み敵意を剥き出していた。

 大教会で救世主の再来を嘯いた司祭の正体、そして、救世主こそ偽りであった事の真相をすべて洗いざらい公表した彼女。

 そんなバカなことが――! 村人の誰もが絶望し、落胆の色に染まっていく。狂信していただけに、そのショックは計り知れなかったであろう。

「皆さん、まだ諦めないでください」

 打ちひしがれる人々の前で、シルクは希望と未来は切り開けると説く。

 さらなる先を目指し、この闇魔界から一人でも多くの人間たちを救出する。それこそが使命であり、自分たちの進むべき理由なのだ、と。

 くすんでしまった銀色のクロスを投げ捨てる村人たち。そんな彼らの目に映る神々しい少女の姿、それは、十字架などに頼ったりしない正真正銘の救世主だったのかも知れない。


 シルクたちはもう一日、狂信の村で休息を取った。それは、改心した村の人々からの懇意に応えるものだった。

 その翌朝、いよいよ村を出発することになった彼女たちは、もう二度と怪しい歌声が聞こえてくることのない、主を失った大教会までやってきた。

 大教会の前で群がる村人たち、その誰もが木槌や石のような鈍器を持ち、はつらつとした声を上げて活動を開始していた。

「みんな、見て。村の人たち、教会を壊しているわ」

 崩れ落ちた大きな十字架、いくつもの破片に散らばったステンドガラス窓、そして、粉々に破壊された妖しい女神像。あの厳格なるゲルドラ教の聖地など、もうそこには存在しなかった。

 汗水流して働いている人間たちの顔はどれも爽やかだ。藁にもすがる思いで熱狂していた闇から解放されて、どの表情にも明るい希望という光が差していた。

「昨日一日、みんなで話し合って決めたんだ。もう神とか、そういう見えないものにしがみ付かないで、自分たちの力だけでこの村を守っていこうってね」

 シルクが何気に問いかけてみると、村人の男性からそんな前向きな姿勢が返ってきた。

 邪悪な神を復活させるだけの道具にされて、挙句の果てに、破滅の道を辿るところだったこの村の人々、それを救ってくれた彼女に、彼は心から感謝の気持ちを声に乗せていた。

「そういえば、あなたたちは真実の館へ行くつもりなんだよな? こっちの方へ来てくれるか」

 男性から誘われるがまま辿り着いた場所とは、何体もの女神像が設置されていたあの小路。

 すでに女神像は一つ残らず撤去されているが、置き場だった一箇所に、何やら四角で区切られた穴のようなものが見える。

 そのひっそりと佇んでいる穴こそが、真実の館へと繋がる通路の入口なのだという。

「実はさ、この通路へ入ることを司祭から禁じられていたんだ。ほら、村のみんなは、司祭の言うことがすべて正しいと信じ込まされていたから」

 真実の館へ向かう者には天罰が下る。そこは、闇魔界の憎悪を生み出す諸悪の根源である。村人たちは皆、司祭からそう戒められて、そこが禁断の地なのだと教え込まれていたそうだ。

 狂魔導士であった司祭がそう禁忌した背景には、自らが魔族だということを暴かれるのを恐れて、破壊神復活計画の失敗を防ごうとしてのものだったのかも知れない。

 こうして、シルクたちに開かれた未来への道のりだが、この先には試練や困難が待ち構えているという。とはいえ、村人にとっても未踏の地であるが故に、それはあくまでも噂の範疇ではあったが。

「あなたたちなら心配ないと思うけど、通路の奥には魔物が棲みついているらしい。これからの道中、気を付けて」

「どうもありがとうございます。大変お世話になりました」

 村の人々から暖かい声援を受けながら、胸を張って出発するシルクたち。

 この穴の中の暗がりのさらなる奥、誰もその姿を目にしたことがない真実の館。そこには、”真実のみ知る者”が住んでいるという。

 彼女の気持ちはいつになく急いていた。その謎めいた人物に、たくさん聞いてみたいことがある。

 闇魔界からの脱出方法とは――。

 闇魔界を支配している魔神の存在とは――。

 さらに願わくば、神聖なる天神に守護されし、秘められた神通力についても知りたい。

 ありとあらゆる謎がうごめく、混沌と戦慄のみが支配する世界。果たしてシルクは、この暗闇の世界でどんな真実を知ることになるのだろうか? 

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