第六章 狂信の村~ 地獄から蘇る恐るべき神(3)

 シルクはクレオートと合流した後、真実の館への道が開けたことを報告した上で、今日はこのまま村に留まり、翌日に旅立つことを話し合った。

 旅を続けてから初めてといってもいい長い休息。そのおかげか、彼の顔色もほとんど元通りとなり、起き上がれるほどに体力も回復していた。

 そして、闇魔界という疑似的な空間にも、人間界と変わらない夜のしじまが訪れる。

 騒がしい声もなく、人の足音すらない静けさの中、彼女たちは疲れを癒すように睡眠を取っていた。

(う、う~ん……)

 シルクは敷布の上で暑苦しそうに寝返りを打つ。

 これからの旅路で待っているであろう期待と不安、緊張と興奮。その一つ一つがモンスターとなって具現化し、彼女は今、まぶたの向こうでも勇敢に戦い続けていた。

 とうとう我慢ができなくなったのか、彼女は俯せたまま眠れない苦しさから瞳を開けた。

 そっと目を凝らしてみると、青白いかすかな月明かりが射し込む室内で、すやすやと眠っているワンコーとクックルーの姿が映った。

 あまりの安らかさに、溜め息交じりでクスリと微笑してしまうシルク。しかしその刹那、彼女の心臓がドクッと震えた。ここにいるはずのパートナーの姿がどこにもないからだ。

(クレオートがいない――?)

 ガバッと身を起こすなり、シルクは冷や汗を飛ばしつつ周囲を窺う。

 目を皿のようにして凝視しても、やはり、クレオートの赤き兜も鎧もどこにも見当たらない。

 極度の緊張と不安に囚われる彼女、ワンコーたちを叩き起こして捜索に出ようと思った、そんな矢先。

(あれ、外に誰かいる?)

 屋外から聴こえてくる物音、そして細切れな息継ぎ。その感じから、それが男性の発するものだと容易に想像がついた。

 念には念を入れるシルクは、名剣スウォード・パールを握り締めたまま、立てつけの悪い木製の引き戸を少しだけ開けてみた。

 彼女の視界に飛び込んだもの、それは、頑丈な鎧を着衣したままで、苦しそうな息継ぎをしながら腕立て伏せをしている、月光に照らされたクレオートであった。

「ク、クレオート。あなた、こんなところで何しているの?」

 呆然としながらも、そこにいた人物がクレオートだったことに胸を撫で下ろしたシルク。

 さすがに目撃されると思っていなかったようで、彼は気まずそうな顔で姿勢を戻した。それなりに運動をしていたのだろう、彼の顔から月夜に煌めく汗が滴り落ちた。

 たっぷり休憩を取ったおかげで、気力も体力も元通りになった彼は、ストレッチといった基礎運動で体を解していたというわけだ。

「気持ちはわからなくないけど、病み上がりなんだから、無理は禁物よ」

「ええ、心得ております。本当に軽い運動だけですから、どうかご心配なく」

 クレオートは草むらの上に腰を置くと、零れ落ちる汗を手拭いで拭った。

 ふと考え込んだシルク、その数秒後、彼女は家の中へ戻ることなく、彼のすぐ隣にちょこんと腰を下ろした。

 月夜のおぼろげな明かりの下、冒険を通して知り合った二人が肩を並べて寄り添い合う。

「姫は、どうしてここへ?」

「眠れなかったの。疲れているはずなんだけど、なぜか目が冴えちゃって」

 シルクはクスッとはにかんで上空を見上げる。

 そこは、月の輝きと星の瞬きが織り成す幻想的な夜空のステージ。村全体が暗闇に包まれているせいか、夜空の星ははるか遠くまで綺麗に見渡せる。

 闇魔界という戦慄の世界であっても、見渡す風景も、感じる空気もすべてが人間界と一緒。

 生まれ故郷で暮らす人々も、同じ夜空を見上げているのかも知れない。つい感傷に浸ってしまった彼女は、胸の奥がじんと熱くなった。

「あたしがこの地にやってきて、どれぐらいの時が過ぎたのかな。お父様もお母様も、あたしがいなくなって心配してくれてるのかな」

 愛娘を心配しないご両親など、この世には存在しません。虚空へ目を泳がせていたシルクに、クレオートはそんな励ましの言葉を贈った。

 彼女と一緒になって澄み切った星空へ視線を合わせる彼も、似たような境遇だっただけに、故郷の懐かしい情景を思い浮かべていたようだ。

「わたしもこの世界に引きずり込まれ、早数年は経ちました。もしかすると、わたしの暮らしていた王国は、すっかり様変わりしてしまっているかも知れません」

 クレオートが儚げに語るその王国。そこは、シルクの生まれ故郷であるパール王国からはるか遠くにある、地図にも名の乗らない、小さな大陸の小さな国だったとのこと。

 雑草しかなかった荒れ地を開拓して田畑を造り、大陸沿いに広がる海を相手に漁業に勤しむ小国。それが、彼の生まれ育った国のありのままの姿であった。

 シルクは王国王女という立場柄、熱を帯びながら胸が高鳴った。どうやら、彼の仕事や私生活ぶりに興味が沸いてしまったようだ。

「クレオートは王国に仕える兵士だったのよね。どんなお城だったの? どんなお仕事をしていたの?」

 その時、クレオートはなぜか難色を表情に映した。しかし、矢継ぎ早に明るく問うてくるシルクに断りを入れることができず、彼は冷たく淡々とした口調で語り始める。

 権力を我が物にしようと企み、王族同士が骨肉の争いを繰り返した血なまぐさい生存競争。彼の仕官した国は、そんな内乱の絶えない殺伐とした王国だったという。

 王国兵士の任に就く彼の責務とは、王国の運命と未来を託された、まだ年端もいかない王女の護衛であった。

 次第に内乱が拡大していく中でも、王女を守り抜くという使命を見失うことなく、彼は自らの命を惜しまずその激戦をどうにか掻い潜っていった。

 しかし……。たった一つの予期せぬ事件が、一人の兵士の理性と思考回路を崩壊させてしまう。

「わたしが油断している間のことでした。王女が、敵に寝返った王族たちに誘拐されてしまったのです」

 王女が拉致監禁された場所を血眼になって探し出し、彼女を救うべく脇目も振らずに突き進んだクレオート、だが、そこには、最悪な結末だけが待っていた。

 王国の紛争の原因となるなら、いっそこのまま死を――。若い命を自ら絶った少女。その悲哀ともいえる衝撃は、彼のみならず、隣で話を聞いていた同じ身分であるシルクも例外ではなかった。

 それからのクレオートは、荒ぶる心のままに鬼神に成り果てた。

 背徳者と化した王家の一族に牙を剥き、一人残らず蹴散らすという凶行に及んでしまった彼は、もう誰も信用することができず見境が付かなくなっていった。

 一人、また一人と裏切り者を殺めるたびに、王国兵士の鎧が真っ赤な血で染まっていく。いつしかその鎧は、鮮血の赤よりも、人間の怨念のようなどす黒さに上塗られていくのだった。

「わたしの手には、今でも消えることのない人間の血で染まっています。だから、わたしはもう、戦いという殺戮の舞台から降りることすら許されないのです」

 クレオートは震える両方の手のひらを見つめる。そして、犯してきた過ちを断罪するかのごとく、その両手はいつしか、苦しみで歪んでいく彼の顔を覆い隠していた。

 シルクはただただ唖然とするしかなかった。いつも冷静沈着で、自分のことを勇気づけてくれたあのクレオートが、取り乱したように泣き崩れてしまったのだから。

 忌々しい沈痛なる過去と、咽び泣く彼の悲痛なる思いを、熱さの冷めない胸でしっかり受け止めようとした彼女は、心を痛めるパートナーの鎧越しの肩に優しく手を触れる。

「クレオート、大丈夫よ。それは一時的な感情の起伏だもの。善悪で判断されることじゃないわ。だからもう、自分のことを責めないで」

「し、しかしわたしは、王女を見殺しにしたばかりか、国の栄えある未来すらも、蔑にしてしまった!」

 まるで怯える子供のように、歯をガタガタとぶつけて震え出したクレオート。

 守ることができなかった王女、そして、命を奪った裏切り者たちの怨恨が闇の靄となって、彼の脳裏も視界も真っ黒に覆い尽くしてしまう。

 どうしたらいいの……? 慰めも、励ましも、贈る気持ちのすべてが伝わらず、シルクは悔しさともどかしさに唇を噛んだ。

 それから数秒後、抑えきれない苛立ちが、彼女を突発的な行動に走らせた。

「クレオート、あたしのことを見て!」

 それはあまりにも唐突で、無意識のうちの衝動だった。

 シルクはクレオートの両肩に掴みかかり、そのまま思い切り抱き寄せた。襟足まで伸びた彼の髪の毛が、彼女の頬を痛いぐらいに擦っていた。

 シルクの胸の中へ抱き寄られたクレオートは、何が起きたのかすぐに察知できず硬直してしまった。しかし、人間だけが持つ、ほのかな温もりだけは感じることができた。

「あなたには、あたしがいる! あたしを守ってくれるんでしょう? お願い、あなたが守らなくてはいけない、このあたしのことをちゃんと見て!」

 シルクの頬にも一滴の涙が伝う。どうしてかわからない、でも、なぜか胸の苦しさから涙を抑えることができなかった。

 そっと彼女の胸の中から離れていくクレオート。彼はその時初めて、自分のために泣いてくれた少女の優しさを知った。

「姫……」

「クレオート……」

 二人は涙目のまま見つめ合い、意を決したように押し黙る。

 そこはまさに二人だけの世界。月と星の輝きだけが、彼女たちを静かに見守っている。

 シルクの真っ赤な頬を伝う涙の滴を、クレオートは震える人差し指で拭き取った。

 閉ざされていく彼女の潤んだ瞳。それは、純真な心を持つ一人の少女の、男性を受け入れる女性としての勇気の表れだった。

 虫の声すら届かない静まり返った夜空の下、瞳を瞑った彼女の緊張した唇に、彼の赤らんだ顔がゆっくりと近づいていく……。

(――えっ!?)

 いきなり耳に飛び込んだ物音で、ハッと瞳を見開いたシルク。一方のクレオートも、その物音にびっくりしてすぐさま顔を遠ざけてしまった。

 二人の世界に割り込んできたものとは、家屋の扉を開け放ち、眠たい目をごしごしと前足で擦っているワンコーであった。

「ワ、ワンコー、ど、どうしたの、いったい!?」

 大きなあくびをしている寝ぼけ眼のワンコーにしたら、草むらで肩を寄せ合っているシルクたちの方が、いったいどうしたのか?と訝しく思うところだろう。

「トイレだワン」

「あ。……そう」

 もう一度大きなあくびをしつつ、ワンコーは家屋の隅っこの方へと消えていった。

 冷や汗をどっぷり背中に滲ませるシルクとクレオート。気まずさと恥ずかしさが混じり合い、お互いの顔を見ることができない。

 火が出るほど真っ赤な顔を俯かせる彼女は、この雰囲気に居たたまれなくなり、ボソボソと消え入りそうなか細い声を漏らす。

「そ、そろそろ、休みましょうか」

「そ、そうですね。明日の出発にも影響が出てしまいますからね」

 シルクとクレオートは伏し目がちのまま苦笑し、そそくさと家屋の中へと戻っていくのだった。

 そんなたどたどしい男女二人の甘酸っぱいロマンス。闇魔界の上空で優しい光を照らし続ける、銀色に輝くお星様とお月様だけがそれを見届けていた。



 狂信の村にさらなる深い闇夜が訪れる。

 物静かなこの村のある一角に、数人の怪しい人影が集結していた。

 誰もが冷め切った表情をしており、何かのサインなのか、口合わせするかのように頷き合っている。

 手の中には鋭利な刃物。そして、月の明かりに映し出されたクロスのペンダント。ゲルドラの僕と化した教徒たちが、一つの家屋の前で立ち尽くしていた。

 入口の扉に耳をそばだてる教徒の一人。他の仲間たちに無言の合図を送り、ゆっくりとその扉を開ける。

 抜き足、差し足、忍び足――。教徒たちの辿り着いた先、真っ暗な室内の敷布の上で横たわるその姿は、紛れもなく、旅の疲れを癒しているはずのシルクたちだ。

「…………」

 教徒たちの無言の合図が続く。

 手の中にある刃物を忍ばせて、教徒の一人がそっと床に膝を落とす。

 ぐっすり眠っているのだろうか、シルクやクレオート、さらに、ワンコーもクックルーも目覚めることはなかった。

 ゆっくりと、刃物を頭上に振り上げる教徒。月明かりが壁の隙間から差し込み、ギラリと光る刃物の切っ先と、殺意にみなぎる血走った目を映し出した。

「死ねぇっ!」

 渾身の力で振り下ろされた刃物は、皮膚に食い込みながら肉体を貫通し、一人の人間を死に追いやった……と思いきや。

 室内の暗闇の中で愕然とするその教徒、それはなぜか? 彼が振り下ろした刃物は、人間の皮膚も肉体にも触れることなく、誰もいない敷布の上に突き刺さっていたからだ。

 教徒たち全員、予期せぬ事態に騒然としてしまう。暗さに慣れてきた彼らの視界にも、いつの間にか、シルクたち人間の姿がどこにも見当たらなかった。

「あいにくだったわね。あたしたちはここにいるわよ」

 勝ち誇ったように腰に手を宛がい、凛々しい声でそう言い放ったシルク。彼女のそばには、警戒感を強めるクレオート、そしてスーパーアニマル二匹の姿もあった。

 ターゲットを始末し損ねてしまった――! 動揺を隠し切れない教徒たちだったが、そこは失敗が許されないのか、みんながみんな刃物を突き立てて、さらなる敵意を剥き出してきた。

 その異臭を放つほどの攻撃性は、魔物に引けを取らないといっても過言ではない。これほどまでに殺気立っていたら、彼女たちがそれに気付かないはずはないだろう。

 教徒たちの侵入を察知した彼女、そして他のメンバーたちは小声でサインを送り、いざ、襲い掛かってくるその時まで息を殺して待ち伏せていたというわけだ。

「ゲルドラ教の教徒が、どうしてあたしたちを狙うの?」

 シルクは信仰者であることを示そうと、銀色の十字架のペンダントを差し出した。

 先ほどは笑顔で反応した教徒たちだが、それが虚言だと言わんばかりに、狂気に満ちた目つきを緩めようとはしなかった。

「キサマたちはゲルドラ様を侮辱した!」

「ゲルドラ様の教えに背くものは、この村から消し去るだけだ!」

「そうだ! つまり、おまえたちは邪教徒。我らの手で葬り去ってくれる!」

 背徳者は死をもって償うのみと、教徒たちは一斉に奇声を張り上げた。

 この時の合唱のような喚き声が、あの大教会での祈りの叫びとだぶる。これが、生きる希望を見失い、邪神に頼るしかない人間の悲しき末路だった。

 教徒たちは獣のような息遣いで、じわりじわりとシルクたちとの間合いを詰めてくる。渇き切った目が据わり、気味悪げに笑うその形相は、人を殺めることへの抵抗など微塵にも感じさせない。

「姫、わたしたちが信仰者ではないと知られているということは、もしや?」

「ええ。この人たちはきっと、大教会にいたあの司祭から命令されたんでしょうね」

 シルクとクレオートが推測するのも当然で、彼女たちがただの冒険者であることをこの村で唯一知る人物、それは、ゲルドラ教の司祭以外に他ならないからである。

 司祭に洗脳されて殺人者と成り果てた教徒たちは、刃を向けたまま躊躇いもなく歩み寄ってくる。その気迫にたじろぎ、家屋の隅へと追い込まれてしまう彼女たち。

 いくら悪魔のような狡猾さを醸し出していても、相手は生身の人間。無闇に剣を振り抜くことなど、シルクやクレオートにできるはずがない。

「どうします? わたしの打撃技で応戦できなくもないですが、この狭い室内では、相手に致命傷を与えかねません」

「どうしますも何も、戦うしかないわ。いい? 絶対に死なせてはダメだからね」

 シルクはスウォード・パールを鞘に仕舞ったまま、軽やかな剣捌きで教徒たちを翻弄する。

 さすがは王国兵士と毎日稽古をしていた彼女、薄暗い視界の中でも、鍛え抜かれた巧みな身のこなしで、格闘経験のない教徒たちを次々と気絶させていく。

 クレオートもクレオートで、剣を一切引き抜くことなく、握り拳や大剣の柄を駆使して、迫りくる敵をことごとくねじ伏せていった。

 床の上に崩れ落ち、呻き声を漏らしながら悶える殺人者たち。どうやら彼女たちの活躍により、教徒全員が一網打尽に粉砕されたようだ。

「さぁ、急いで大教会へ行きましょう。あたしたちを抹殺しようとした理由が、あそこにあるはずよ!」

 シルクはクレオートやお供を引き連れて、どっぷりと夜闇に包まれた屋外へと飛び出していった。

 司祭はいったい何を企んでいるのだろうか? そんな不安を胸に抱きつつ、彼女たちが息を切らせて向かう先とは、ゲルドラ教の総本山とも言える大教会だ。


 青白い月光を頼りに、雑草の生い茂る小路を駆け抜けていくシルクたち。

 大教会の屋根の十字架が見えてくるにつれて、揺らめく炎を纏った女神像がぼんやりと浮かび上がってきた。

 夜魔を彷彿とさせる、おぞましく笑う女神像を照らすその炎こそ、松明を握り締めて襲い掛かってくる、殺気立った狂信者たちの迎撃の狼煙であった。

「殺せぇ~、殺せぇ~!」

「邪教徒を皆殺しにするのだぁぁ~!」

 ここに集いし教徒たちはそれこそ老若男女。

 血迷ったように飛びかかってくる男性の姿、十字架を固く握り、邪教を唱え続ける女性の姿。

 地獄という闇の世界に閉じ込められた人々は、司祭のまやかしの教え一つで、ここまで理性を狂わさせられてしまうものなのか。

 シルクは儚さに目を瞑るも、大教会への障壁は排除せねばならない。彼女は一人、また一人と、男性の教徒を手当たり次第になぎ倒していく。

 跪いた女性教徒の、呪いのような神経を狂わせる歌がこだまする中、シルクたちはついに大教会の入口の扉まで辿り着いた。

「みんな、用心してね。さぁ、突入するわよ!」

 キリっと表情を引き締めて、シルクは入口の観音扉をこじ開ける。

 照明が落とされて暗闇に支配される教会内。それでも、邪神のように不気味に佇むゲルドラの銅像だけは、その存在感をくっきりと鮮明に示していた。

 邪神の銅像の傍ら、祭壇に飾られたロウソクの灯りに映し出される、白と黒が交わった影のような祭服。そう、その正体こそ、狂信者たちを殺人者に仕立て上げた司祭の妖しき姿だ。

 声までは聞こえないものの、彼のせせら笑う憎らしい顔つきが、十メートル以上遠くからでもはっきりわかった。

「司祭、どうしてあたしたちを始末しようとしたの? いったい何を企んでいるの?」

 矢継ぎ早に質問してくるシルクのことを、司祭は不敵な笑みで出迎えた。

「よくここまで来れたな。どうやら、おまえたちのことを見くびっていたようだ」

 だが、これも計算のうち。司祭は動揺した素振りも見せず、薄気味悪い笑みを浮かべるだけだった。

 彼のことを追い詰めるように、シルクにクレオート、そして、ワンコーとクックルーが祭壇の周囲を取り囲んでいた。

 それでも焦りすら表情に出さない司祭。その落ち着き払った佇まいは、常人の人間のなせる業ではなかった。

「さぁ、あなたの陰謀もここまでよ! もうここから逃げられないと思いなさい」

「おや、それはどうかな?」

 機が熟してはおらぬが、まあ仕方があるまい。司祭の口から囁かれた意味不明な言葉は、彼の大きな高笑いの二の句でかき消されてしまった。

「はっはっは! これからゲルドラ様の復活の儀式を執り行うから、いつまでもおまえたちと遊んでいる暇などないのでね。失礼させてもらうよ」

 その刹那、司祭の立っている祭壇の下から真っ白な光が放たれた。

 教会の天井まで昇るその光源、あまりの眩しさに、思わず目を覆ってしまうシルクたち。

 それから数秒後、薄っすらと目を開けてみると、祭壇にいたはずの司祭の姿はもうなかった。

「しまった、逃げられてしまったわ!」

「ここはオイラに任せるワン!」

 ここからが出番とばかりに、鼻をくんくんと利かして歩き回るワンコー。彼はすぐさま、祭壇の真下にある穴の存在を発見した。

 わずかに光を覗かせるその穴には蓋が締まっていた。それをクレオートが大剣を振るって叩き壊すと、そこには、湿った空気が垂れ込める通路のようなものが待っていた。

「司祭はこの中へ逃げ込んだのね。よし、彼を追いかけるわよ」

 シルクは血気盛んにその穴の中へと飛び込んでいった。

 クレオートも、スーパーアニマルたちも、彼女の後に続いて穴の中へと突入していく。

 ゲルドラの復活と謳う司祭のもとまで、彼女たちは無事に辿り着くことができるのであろうか?

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