第六章 狂信の村~ 地獄から蘇る恐るべき神(1)

 火山のような地熱のせいで、蒸し暑い熱気が充満している。

 熱を帯びている大地は焦げ茶色に染まり、それを踏み締めるたびに、熱さが足先を辿ってじわりじわりと体中に伝わってくる。

 歓喜の都を離れてから数十分ほど。シルクたちはそんな薄暗い洞窟を彷徨い歩いていた。

 しばらく洞窟内を歩いているが、目的の地となる狂信の村らしき出口は一向に見えてこない。その不安と焦燥感が、彼女たちの足取りをさらに重くしていた。

「まだ出口に辿り着けないわ。何て広い洞窟なのかしら」

 額にねっとりと滲んでいる嫌な汗。シルクはそれを腕で拭き取り、不快感この上ない困惑顔を浮かべる。

 お供であるスーパーアニマル二匹もすっかりヘトヘトで、口から漏れる言葉は弱音と愚痴ばかりだ。

「う~、足が疲れたワン。こんなことなら、もう少し都で休めばよかったワン」

「そうだコケ! 足が焼けるように熱くて、歩き難いったらありゃしないコケ」

 とはいえ、文句をたらたら吐き続けていても、ゴールが勝手に近づいてくるわけでもない。

 とにかくがんばりましょう! どんな時でも先頭に立つクレオートが、仲間たちの萎える気持ちを奮い起こそうとした。

 赤き鎧を纏った剣士は常に冷静沈着。剣の業も超一流、見劣りすることのないその精神面も、王国に仕官していた時に築き上げた騎士道なのであろうか?

 そんな誇り高い冒険のパートナーのことを、羨望と尊敬の眼差しで見つめているシルク。そこには王女という立場とは違う、一人の少女としての恋心すら覗かせていた。

「クレオートは本当に立派だわ。弱音を吐いたり、愚痴を言ったりしないものね」

「そんなことはありません。わたしも人間として生きる者ですから、時には挫けたりもしますよ。ただ、守るべき人のために、それなりな覚悟で臨む精神だけは養ってきました」

 かつては、ある王国のある城の一兵士として、警備や防衛の任に就いていたというクレオート。

 己を磨き上げるために、大剣を振り回すだけではなく、逃げ出しなくなるような荒行をこなし精神面も鍛えてきた彼にしたら、暑さや寒さなど気に留めるほどのことではない。

 その勇敢なる逞しさ、そして時折見せる優しさ。それを決して鼻にかけることもなく、平身低頭の姿勢を崩さない紳士の姿に、シルクは瞳を輝かせてますます惹かれてしまうのであった。

「クレオートの言う通りだわ。さぁ、あなたたちも、ぐちぐち言ってないで前を向きなさいね」

 まるで、クレオートの背中にくっつくようにして歩いていくシルク。

 それを呆れ顔で見つめるワンコーとクックルーは、不承不承ながらもそれに従うしかなかった。


 それからさらに十分少々の時が経過した。

 先頭を切って歩いていたクレオートがピタリと立ち止まる。それはなぜかというと、彼らの進行を迷わせる思いも寄らぬ事態が待っていたからだ。

 シルクたちの目の前に広がるのは、道案内の看板もない、細くて狭い分かれ道が二つ。

 その二つの分かれ道だが、一方は一際薄暗く、もう一方は一際に明るい道だ。

 どっちに行こうかしら? 彼女が他のメンバーたちの意見を聞いてみると、予想を裏切ることなく、スーパーアニマルたちの返答は明るい道の方だった。

「ねぇ、クレオートはどっちがいいと思う?」

「そうですね。これはあくまでも、わたしの勘ですが、明るい方の道の奥から邪悪なる気配を感じます。安全に行くのなら、薄暗い道の方が無難かと」

 仲間たちの意見も、目の前の分岐路のように真っ二つに分かれた。

 明るい道を勧めるワンコーとクックルー。薄暗い道を勧めるクレオート。果たして、決定権を握るシルクの選択肢はいかに?

「それじゃあ 薄暗い方の道へ進みましょう」

「ワ、ワン!?」

「コケケ!?」

 シルクの決断は即決で単純明快であった。当然ながら、それに納得のいかないワンコーとクックルー。

「姫、それはどういうことだワン! オイラたちの意見は何だったんだワン?」

「おかしいだろ! 多数決だったら、オレたちの方が優先されるべきだコケ!」

 それはもう涼しい表情で、薄暗い道を躊躇いなく指差しているシルク。有無を言わさないその強引さは、まさに一国王女の振る舞いそのものと言えなくもない。

 ご主人様のご命令とあれば、それに背くことが許されないワンコーだが、もう一方のクックルーはというと、身勝手な傲慢さにどうにも我慢ができなかったようだ。

「ケッ! シルクよ、おまえ、クレオートの言うことばかり聞くじゃねーか。さては、このクールな貴公子に惚れちまったってヤツかコケ?」

「は、はぁぁ!?」

 シルクは燃えさかる太陽のごとく、愛らしい顔を真っ赤に染め上げた。

 何を口走っているのよ! 彼女は素っ頓狂な声を張り上げて、頭上から蒸気を噴き上げながら憤怒する。

「ムキになるってことは、どうやら間違いないようだコケ~」

「う、うるさいわね! あなた、お尻を引っぱたくわよ!」

 お仕置きだと言わんばかりに、右手を高々と振り上げるシルク。

 お尻ぺんぺんはご免だと言わんばかりに、明るい道の方へ逃げ出したクックルー。

 気まずそうな表情のクレオートを置いてけぼりにしたまま、シルクとクックルーの子供じみた追いかけっこが始まってしまった。

「あ、結局、姫は明るい方の道へ行ってしまったワン」

「仕方がないですね。わたしたちも追いかけるとしますか」

 クレオートとワンコーも溜め息交じりで、シルクたちが消えていった明るい方の道へ駆け出していった。


「やーい、やーい、悔しかったら捕まえてみろコケ」

「言ったわねぇ、捕まえたらお尻叩きじゃ済まないわよ!」

 シルクとクックルーが飛び込んだ先は、自然発光する苔のような植物がこびりつく細長い通路であった。

 鬼ごっこが繰り広げられるその狭苦しい通路の中で、すばしっこいニワトリと、それを追いかけるお姫様の小喧しい叫び声が鳴り響いていた。

 しばらく続いた逃走劇の果て。シルクの伸ばした右手が、あと一歩のところでクックルーの首根っこを掴む瞬間だった。

 クックルーは背後に気を取られていたせいか、進行方向にある得たいに知れない何かと衝突してしまった。

 ぶつかった衝撃で跳ね返された彼は、彼女をも巻き込んで熱を帯びた地面へと転がってしまう。

「いった~い、もう、どうしたのよ、クックルー」

「な、なな、何だコケ~!?」

 尻餅を付いたクックルーは、前方を指し示しつつ驚愕の声を上げた。

 シルクがその声に気付いた時、すでにそこには、彼女たちの影すら飲み込んでしまうほどの、図体の大きい生きた物体が佇んでいた。

 その物体の正体こそ、裂けた口角から尖った牙を剥き出している、神話に登場するオルトロスのような風貌の双頭の魔物だった。

『グルルル』

 予期せぬ魔物の脅威に慄き、瞬時に全身が硬直したシルクとクックルー。

 焦点の定まらない黒目で睨みつけるオルトロスは、すぐにも襲い掛かってきそうな様相を呈し、二つの口から不気味な唸り声を上げていた。

「お、おいシルク、どうするんだコケ?」

「ど、どうするって聞かれても……。どうしようか?」

 戦闘態勢を敷くことができず、座り込んだまま右往左往してしまうシルクたち。その油断とも言える隙を、温情など持たぬ魔物が見逃すはずもなかった。

 オルトロスは大きく息を吸い込んだかと思いきや、それを疾風のごとく吐き出した。それは空気を切り裂く風殺魔法の一つであった。

 魔物が解き放った疾風は鋭利な刃となり、素早く動けない彼女たちのことを容赦なく切りつけた。

「キャア!」

 通路の中に轟く、痛々しい少女の悲鳴――。

 ピンク色の武闘着が切り裂かれて一部が赤く滲み、地べたの上に蹲ってしまうシルク。一方のクックルーも風力に吹き飛ばされて、苔むしった光る内壁へと打ち付けられてしまった。

 オルトロスはトドメを刺すつもりか、一歩、また一歩と彼女のもとへ近づいてくる。無論、邪悪の心を持つ魔族は、慈悲深い親心など当然持ち合わせてはいない。

 体が思うように動かず、シルクは苦しそうに大地を這いつくばる。彼女だけではなく、全身を強打したクックルーも、すぐに応戦できる体勢を整えることができなかった。

『ガァァァ』

 よだれが滴り落ちる二つの口を、ガバッと開け放つ双頭の魔物。

 周囲の空気をどんどん口の中へ吸い込んで、先ほどよりも強力な魔法を繰り出さんばかりの勢いだ。

 万事休すか! 身動きが取れないシルクに向けて魔法が放たれる、まさにその瞬間、青白い閃光が空気を真っ直ぐに切り裂いた。

『グワァァァ!?』

 超音速なる一閃が、オルトロスの二つの口を切りつけ、風殺魔法すらも封じていた。

 シルクが恐る恐る瞳を開くと、そこには、大剣ストーム・ブレードを握り締めたクレオートが凛々しい顔つきで立っていた。

 冒険のパートナーである姫君を守るため、誇り高き赤き鎧の剣士が今まさに、立ちはだかる魔族オルトロスと激しく睨み合う。

「ク、クレオート! 来てくれたのね」

「姫、ご無事でよかった。ここはわたくしに任せてください」

 クレオートが敵と対峙している隙に、ワンコーから治癒魔法を掛けてもらったシルクとクックルー。

 ワンコーの懸命なる治療のおかげで、彼女たちはみるみる傷口が治っていき、痛みまでもどこかへ消えていってしまった。

「ありがとう、ワンコー。どうにか体が動けるまで回復できたみたい」

「姫、あの魔物が放った魔法は、風殺魔法の中でも中級クラスの斬鉄破だワン。あまり舐めてかかると痛い目に遭うワン」

「もう痛い目に遭っちゃったわよ。……あ、それよりクレオートは!?」

 怒りでいきり立つ双頭の魔物を相手に、果敢に戦いを挑むクレオート。その抜群な攻撃センスで魔物を翻弄し、シルクの心配などまったく不要と言えなくもなかった。

 しかし、このオルトロスのような魔族もかなり強靭で、これまでの敵とは一味違う。じわりじわり追い込まれながらも、クレオートの攻撃の嵐に恐れることなく牙を剥く。

 これならどうだ! クレオートの渾身の一筋が振り下ろされようとしたその直後、オルトロスの血だらけの口から真っ赤な炎が吐き出された。

「クッ、おのれ!」

 炎玉の直撃から身を守るため、攻撃体勢を解除するしかなかったクレオートは、素早く全身を縮めて頑丈な鎧でそれを受け止めた。

 燃えさかる炎を浴びたせいで、彼の真紅の鎧は煤けてゆらゆらと湯気が立ち上る。

 緊急回避の甲斐もあってか、致命傷にまで至ることのなかった彼、数歩後退しながらも、膝を地べたに落としてどうにか踏み止まった。

「あぶない、クレオート!」

 シルクの割れんばかりの警告がこだました。しかし、片膝を付いているクレオートはそれに気付いても、目の前に迫りくる危機まで察知することはできなかった。

 このわずか一瞬の隙を突き、邪気に満ちた爪で襲い掛かるオルトロス。

 それを防御することができず、赤い鎧に激しい打撃を受けたクレオートは、通路の壁の方へと突き飛ばされてしまった。

「クレオートを助けなくちゃ!」

 それは、焦りからくる咄嗟の判断だった。戦闘不能に陥ったクレオートを救うべく、シルクは名剣を抜いて勢いよく駆け出した。

 これでも食らいなさい! 高々とジャンプしたその体勢こそ、冴え渡る彼女の必殺技のポーズであった。

 無論、敏感な感覚を持つ魔物がそれに気付かないはずはない。オルトロスは不気味な眼光を放ち、頭上へ舞い上がる彼女のことを凝視した。

 シルクの邪魔をさせてなるものか!と、クックルーが怒鳴り声を上げながら羽根をばたつかせる。その体勢こそ、彼ご自慢の火殺魔法のポーズであった。

「俺の火の玉よ、飛んでいけぇ~!」

 クックルーは燃え上がる羽根を翻し、渾身の火の玉を解き放った。

 揺らめく炎を纏った弾丸が宙を彷徨い、オルトロスの二つの頭に焦点を定めて、今まさに衝突する……と思いきや。

「コケケッ!?」

 クックルーはびっくりするあまり、クチバシを開いて驚嘆の声を上げた。

 オルトロスは二つの口から疾風を繰り出し、彼の放った火の玉をいとも容易くかき消してしまったのだ。

 そして、強力な攻撃を持つオルトロスの次なる標的は、空中で名剣を振り下ろさんばかりのシルクだ。

「ひ、姫が危ないワン!」

 ワンコーの叫び声も虚しく、宙を舞うシルクにはどうすることもできない。それでも彼女は身構えたりせず、眼下の敵の脳天目掛けて名剣をかざしていた。

 オルトロスの眼が鈍色に光った途端、強靭な尻尾がまるで鞭のようにしなり、必殺技を繰り出そうとする彼女を襲撃した。

 光輝く名剣と邪悪なる尻尾の対決。軍配が上がったのは、名剣を尻尾で弾き飛ばした魔物の方であった。

「キャッ!」

 空中でバランスを失ってしまったシルクは、その手から武器を失い、無防備のまま地面に落下するしかない。それはまさに、オルトロスの脅威から逃れる術がないことを物語っていた。

 彼女は最後の望みを賭けて、耳にぶら下がるシルバーのイヤリングに語りかける。しかし、ここでもやはり、起死回生の奇跡が起きることはなかった。

 大声を張り上げるワンコーとクックルー。助けに行こうにも足が竦んでしまった彼らは、ただ呆然と、彼女の無事を祈ることしかできなかった。

 その時だった――! もの凄いスピードで軌跡を描いた一つの閃光。

 それを例えるなら、澄んだ夜空を駆け抜ける流れ星のようでもあった。

『グオォォ!』

 おぞましい呻き声を漏らして、激痛に屈している魔族の悶える姿。その震える足元には、切断されたと思われる鞭のような尻尾が落ちていた。

 いったい何が起きたのいうの!? シルクは呆気に取られつつも、自分自身の無傷に安堵し、体勢を整えながら無事に着地した。

 シルクのもとに駆け付けるスーパーアニマルたち。そんな彼女たちの視界の中にあるものとは、悶え苦しむオルトロスのそばで、肩で息をしている真紅の剣士の背中だ。

「ま、まさか、クレオートだったの……?」

 クレオートの赤き鎧は傷つき、炎に包まれたせいで黒く煤けている。しかし、その鎧に守られているおかげか、彼は息を切らせながらも闘志だけは失ってはいなかった。

 驚いているシルクの方へ振り返った彼は、汗だくの表情で必死に訴える。魔物が悶絶している、この絶好の機会を逃してはいけない、と。

「さぁ、姫! 今こそ、魔物にトドメを……!」

「わ、わかったわ、クレオート!」

 シルクは床に落ちたスウォード・パールを拾うなり、打倒すべくオルトロス目指して突き進んでいく。

 魔族といえども生物であることに変わりはない。尻尾の切り傷がかなり痛むのだろう、オルトロスは口からよだれを零しながらガクガクと体を震わせている。

 ハイスピードの身のこなしで、あっという間に一撃必殺の間合いに入ったシルク。

 苦痛にあえぐ魔物にはもう周りが見えておらず、もちろん、目の前に迫ってきた彼女の存在にも気付いてはいなかった。

「これでおしまいよ!」

 シルクの渾身の力を込めた一撃は、オルトロスの大きな胴体を切り裂いた。

 悲鳴のような野太い雄叫びが、熱気に包まれた明るい通路の中を駆け巡る。そして、魔物は黒みかかった鮮血を流しながら絶命という結末を辿った。

「はぁ、はぁ。やったわ……」

 緊張の糸が切れてしまったのか、シルクは萎んでいくようにその場に両膝を付いた。

 そこへ慌ててやってくるワンコーとクックルーの二匹。彼らは喜びの一声を上げるも、憂慮な顔色を浮かべる彼女を気遣った。

「姫、お怪我はないかワン?」

「ええ、あたしは大丈夫。それよりも、クレオートを早く治療してあげて」

 一歩も動くことができないクレオートは、瀕死の状態といっても過言ではなかった。

 負傷の具合が相当な深手だったのだろう、ワンコーのフルパワーの治癒を持ってしても、失われてしまった体力を完全回復させることはできなかった。

 そんなクレオートの容体を案じてか、シルクが血相を変えて駆けつけてくる。

「大丈夫、クレオート!?」

「はい……。姫、どうかご心配なさらずに。わたしも人並みの人間だったということですね」

「もう、どうしてあんな無茶をしたの? 相手はかなりの強敵だったのよ!」

 バカ、バカ、バカ! 自分の命を顧みないその無鉄砲さを、シルクは涙目になって糾弾した。彼女はつい勢い余ってしまい、クレオートの傷だらけの鎧を無意識のうちに叩いてしまった。

「あ、ごめんなさい、痛かったでしょう!?」

 反射的に握り拳を離したシルクだったが、その直後、自らの拳の裏に血のような赤みが付着していたことに気付き、衝撃のあまりブルッと身の毛がよだった。

 血の滑り気を感じて背筋が凍りつく彼女。動揺に両手を震わせる姫君を落ち着かせようと、従属なる剣士が揺らめく口調で呟く。

「姫、ご安心ください。この程度の傷なら何てことはありません」

 傷を負った真紅の鎧に手を置き、兜の下にある顔を少しばかり綻ばせるクレオート。

 これは無謀なことではなく、己の使命なのです……。色が褪せた唇が小さく揺れて、熱意のこもった言葉が紡がれていく。

「わたしは、姫を守るためにご一緒しているんです。どんな苦痛が待っていても、どんな困難であろうとも、それがわたしの、たった一つの使命なのです」

「クレオート……」

 それは、屈強の精神の中から垣間見せる誠実さ、そして優しさ。

 命知らずの剣士が誇らしく明言したその一言は、小さい頃から文武両道ばかりの人生だった少女の心を大きく揺れ動かした。

 ドクン、ドクンと心音が高鳴る――。シルクはこの時、離れたくない男性の存在に気付き、その高ぶる感情が恋なのだと生まれて初めて知った。

「姫、どうするワン?」

「えっ!?」

 すっかり呆けていたシルクは、ワンコーの呼びかけでハッと我に返った。

 彼女は慌てふためき、火照った頬を両手で覆い隠していた。誇り高い王国王女の一人として、はしたない容姿を覗かれたくはなかったのだろう。

 そんな平静を装う彼女に、周囲を警戒しながら判断を委ねるワンコー。このままじっとしていたら、さっきのような強力な魔物に襲われてしまうかも知れない、と。

「そんなのまっぴら御免だわ。とにかく先を急ぎましょう」

 シルクはワンコーたちの力を借りて、まだ自力で立ち上がれないクレオートを抱え起こした。

 魔物の気配に神経を尖らせながら、ゆっくりとした足つきで前へ進んでいく彼女たち。幸い、光る植物に囲まれているおかげで、この先、道に迷う心配はなかった。

 クレオートに肩を貸したまま歩くシルクは、いくら無事だったとはいえ、このような事態を招いてしまったこと、さらに、年甲斐もなく鬼ごっこしてしまったことを後悔していた。

「ごめんなさい、クレオート。あたしがつい、クックルーと口喧嘩したばかりに、間違った通路を進んでしまって……」

「姫。そんなことはありませんよ。前方をご覧になってください」

 シルクは唖然としながらクレオートから目を逸らし、彼の言うがままに前方へ目を凝らしてみた。

 するとそこには、薄明かりの中にぼんやりと浮かび上がる、次なる新境地へ辿り着けるであろう石製の階段がひっそりと構えていたのだ。

「おい、やったぞ、あそこに階段があるコケ!」

「やっと着いたワン、あそこが出口なんだワン!」

 スーパーアニマルたちは喜び余って歓喜の声を上げた。この蒸し暑くて、不快感たっぷりの洞窟を越える瞬間が近づいていたのだ。

「これは姫たちのご選択も、まんざら間違いではなかったみたいですね」

「ありがとう、クレオート」

 苦笑気味ながらも、照れくさい微笑みを向け合うシルクとクレオート。二人三脚でおぼつかない歩調ではあったが、彼女たちはどうにか、未来への道のりが途絶えずに済んだようだ。

 階段の下から天を見上げると、そこには小さな光源が見える。地上らしき光の道を辿り、彼女たちは疲労の両足に鞭を打ちながら、ゆっくりと、しっかりと階段を踏みしめていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る