第12話 ファースト コンタクト
週末になり、四人はとある神社の前に来ていた。
それは、愛知県を代表する神社、熱田神宮だった。
「はい。今日は小手調べに、ここを散策するわよ。ついでに参拝も兼ねてね。せっかく来たんだから、しっかりと神様にご挨拶しないとね」
そう言ったのは、今回の計画を企画した紗央厘だった。計画と言っても、幸奈の夢に現れたミヤヅに縁のある場所を散策し、幸奈が何かをそこで感じるか、何かメッセージのようなモノを受け取ることができるかを探る為の散策であった。
「うん、わかった。ところで千秋は良かったの? こんなことに付き合わせちゃって。もしかしたら、無駄な時間を過ごすことになるかもしれないんだよ」
幸奈は自分の為に他の二人も付き合わせてしまった。百合名は密かに紗央厘と付き合っているから、当然着いてくるだろう。でも、千秋は友達ではあるが、そこまで自分の為に時間を割いてもらうのは、何だか悪い気がした。
「何を言っているかな、幸奈。これだけ首を突っ込んだんだ、付き合わない訳がないだろう。それに興味あるんだ。あのミヤヅ媛が夢枕に現れたんだからな。ことの経緯を見届けたくなるのは当然だろう。なあに、気にするな。飽きたら抜けるから」
「うん、ありがとう。せっかく熱田神宮に来たんだから、しっかりお願いして、千秋の願いも叶うといいね」
千秋は目の前にそびえ建つ木製の大きな鳥居を見上げて、ふうとため息を漏らした。
「そうだな。そうなるといいんだけどな。私はそんなに焦っていないからいいよ」
「なーにを言っているかなぁ。千秋だって、待ち焦がれているんでしょう? 憧れのお相手に。だったら、ここの神様にどーんとお願いごとをぶつけなきゃ」
そう言ったのは百合名だが、等の本人は紗央厘とすでにいい関係になっているから、すでに余裕をかましていた。ある意味上から目線だ。
そんな百合名に、紗央厘は言葉を制した。
「百合名はここの神様のこと知っているの? ご神体は剣よ。草薙の御剣。三種の神器の一つになっているわね。つまり、戦勝祈願とか商売繁盛とか、何かの勝利を求めて祈願するイメージが強いから、恋愛成就にはあまり御利益がないかもしれないわよ。戦国武将はここで祈願して勝利を収めたっていうけれど、実際どうなのかしらね」
こういうことに詳しい紗央厘が、どうなのかな? と言われても、他の三人は何も答えようがない。
とりあえず幸奈が聞いてみた。
「どうって? どういうことなの。ご神体は剣だから、戦いの神様ってことなの? それとも、剣だから神ではないってことなの?」
紗央厘が珍しく頭をかしげる。何かを考える仕草なのだが、紗央厘がすると不思議と絵になり様になっていた。
「剣…… そうなの、剣なの。アマテラスの霊体の依り代になっているってことになっているんだけれど、話の流れからしておかしいと思わない?」
そう紗央厘に言われても、幸奈を始め、千秋も百合名も何のことやらさっぱり分からなかった。
そんな三人の表情を読み取ってか、紗央厘が説明を始めた。
「つまりはこういうことなの。草薙の剣は、元々スサノオが持っていたの、それを姉のアマテラスに献上して、子孫のニニギがこの地上に降臨したときに持ってきたとされるの。そのあと、伊勢神宮のヤマト姫がこれを預かり、東征に行くことになったタケル尊がヤマト姫を頼り、その剣を借りて東征に向かったの。そのときに出会ったのがミヤヅ媛で、東征が果たせたら結婚しようと約束し、そして約束どおりに結婚したの。そのあと、しばらくミヤヅ媛の館で暮らしていたんだけれど、伊吹山の荒ぶる神を退治に行くことになって、その地を後にしたんだけれど、なぜか剣は持って行かなかったの。そして、タケル尊は破れ、傷を癒やそうと伊勢に戻ろうとしたけれど、途中力つきて亡くなってしまったの。残されたミヤヅ媛は剣をこの熱田に祀り、この熱田神宮ができたの。ほら、剣が神様なんておかしいでしょ? 剣にアマテラスの霊体が宿っているなんて変な話でしょ? どうしてタケル尊は剣を置いて行ったのか。なぜ伊勢のヤマト姫は剣を返せと言わなかったのか。伊吹山の荒ぶる神は結局何だったのか。この辺は本当に謎だらけなの。幸奈はどう思った? 剣を見たんでしょ? 館で祀っていたんでしょ? 触ったりした? どんな感じだった?」
紗央厘にあれこれと言及されて、幸奈は戸惑った。夢のことでも、記憶は比較的に鮮明に残ってはいたのだが、感覚まではよく覚えていなかった。
剣は光っていた。剣は鳴いていた。そして、霊体のタケル尊が現れ、自分の御霊を剣に残すと言っていた。だから、自分はここにいるから、寂しがらなくてもよいと言っていた。
「私の記憶では、タケル尊の御霊は剣に宿っていると言っていたよ。だから、アマテラスの御霊も宿っているのかもしれない。夢の中では確かに剣に触れたけれど、そんな感覚は無かったな。もしかしたら、夢には続きがあって、タケル尊の御霊が剣からミヤヅさんに語りかけていたのかもしれない」
「そう、やっぱり魂は宿っているんだ。でも、アマテラスの魂というよりは、スサノオとニニギとタケル尊の魂なのかもしれないわね。それだと、確かに戦国武将もその武勇にすがりたくもなるわね」
「ねえ、立ち話も何だから、とりあえず鳥居をくぐらない?」
幸奈と紗央厘の話を聞いていたのだが、ついていけなくなった千秋と百合名は、二人の足を進めさせた。とにかく境内入り、話を進展させたい。
「そうね、ここで憶測を膨らましても始まらないものね。行きましょうか」
四人は鳥居の前で一礼をして、鳥居をくぐった。
一応、ここに来る前に紗央厘のレクチャーを受けていた。最低限の礼儀を守らなければ神様だって、対応してくれないというものだ。
しばらく参道を歩き、左側の手水舎で手と口を禊ぎ、ハンカチで拭っていると、奥に貫禄のある巨木を見つけた。ここ、熱田神宮の御神木の楠だ。
樹齢1200年ほどの巨木は、その姿はもちろん大きく太く、なんとも迫力のある姿だったが、その巨体を覆うように生えている苔がさらにこの御神木の貫禄を深いものにしていた。
明らかにこの巨木からは、ただならぬ物を感じる。凄いの一言なのだが、それだけでは表現できない何かの凄みを感じた。
四人はさらに近づき、見とれるようにこの巨木に魅入った。
「いつ見ても、この御神木は凄みを感じるわ。歴史を感じると言うより、この土地の経緯を感じるわ」
これは紗央厘だ。自身は特に霊感があるわけではないと言っていたが、確かにこの巨木から何かを感じていた。そういった意味では、こうした特別な気が満ちている場所では、敏感に何かを感じているのかもしれない。
「そうだね。なにか…… なんていうのかな、懐かしさを感じるよね」
幸奈の言葉に、三人は怪訝な顔をした。懐かしい? 威厳を感じるとか、迫力があるとかじゃないんだ、と。
紗央厘が聞いてきた。
「幸奈、懐かしいって、どんな風に懐かしいの? 昔こんな御神木を見たとか、ここに久しぶりに来たとか、そんな感覚なのかしら?」
「え? 紗央厘はどう感じたの? 私はただ、懐かしいと思ったんだけれど、なんて言うのかな、こんな木がもっといっぱいあったような気がしたんだけれどな。今ではこの一本だけなのかな」
「大楠は境内に五本あるらしいわ。でも、実際に見られるのはせいぜい二本かしらね。その楠は、空海が植えたっていう伝記があるのよ。本当かどうかは知らないけどね。ところで幸奈は、ここに来るのは何回目なのかしら」
「えっとねぇ、もしかしたら初めてかもしれない」
「は? 幸奈は本当に名古屋の人間なの? 初詣とかどこに行ってたわけ?」
「私は近くの白山神社ってところだよ。紗央厘の家の近くだよ」
すると、千秋が何を思ったか、紗央厘の背中をバンッと叩いた。
「だってさ、紗央厘。よかったねぇ」
紗央厘は戸惑いと、驚きの表情を混ぜ合わせて千秋をにらんだ。
「う、うちの近くの白山神社は本当にいいところよ。幸奈はいい目を持っているわ。少し見直したわよ」
「そうだよね。あそこってなんだか落ち着くんだよね。今度四人でいけたらいいなぁ。初詣とかも行きたいね」
「そ、そうね。四人でいけたらいいわね。考えておくわ……」
「考えないと、行けないところなの? それは神社との相性みたいなものなのかな?」
千秋は紗央厘の固まる表情を見て、ニヤニヤ笑っていた。
「紗央厘はあの神社とは、因縁のある場所なんだよな。四人で行くには、少し難しいかもな」
「へー、そうなんだ。紗央厘でも苦手な神社とかあるんだ。少し興味深いな。あんなにいい神社なのに。不思議だね」
「ははは、そうなのよ。苦手というか、行きづらいっていうのかな、一人なら問題ないんだけどね」
「ん? 一人なら問題無いの? 何かきっとあるんだね。その、深い因縁というか、確執みたいなのが……」
「そーなのよ。なんていうのかな、みんなを巻き込みたくないのよ。私がそこに行くとそれこそ、そこの神がざわつくのよ」
「紗央厘って、やっぱり凄いんだね。今日はここの神様がどんな反応をしてくれるのか楽しみになってきた」
幸奈は紗央厘の未知なる能力に期待を膨らました。
等の紗央厘は、話がようやくそれて、少し安堵の表情をした。
「そういうことよ。私には大した能力は無いけれど、幸奈の魂が、ここの神様と共感してくれたら本当に嬉しいわね。問題は、こっちに本人がいるかどうかなんだけれどね」
紗央厘の疑問に、三人はどういうことか思考を巡らせた。
「ミヤヅさんって、ここの神社にいるんじゃないの?」
「いるかもしれし、いないかもしれない。だから、とりあえず一通りいそうな場所を巡るのよ」
幸奈の質問に紗央厘は答えたが、幸奈にはその、いそうな場所とやらがわからない。
「神社だから、奥の本殿にいるんじゃないの?」
幸奈の問いは、他の二人も同じ思いだ。
「熱田神宮って、広いのよ。わかる? この意味」
幸奈は首を傾げた。確かにここは広い。なんとかドームの10個分だったか、都心にしてはとても広い境地を持っている。でも、それはこの森の話であって、社殿の広さではない。
四人は、巨大な御神木を後にして、話しながら歩いていた。
もう一つ鳥居をくぐって、参道を歩いていたのだが、確かにここの境内は広かった。
そして、もうしばらく参道を歩いていると、建物が見えてきて、その中で巫女さんがお札やら御守りを扱っていた。
その奥にようやく、参拝ができる拝殿が姿を現したのであった。
「うわっ! 凄いねこの屋根。なんでこんなに厚いの?」
最初に感嘆な声をあげたのは幸奈だった。他の三人は過去にこの熱田神宮を参拝しているから、それほどの感動はなかったようである。
「この屋根は、本来は茅葺きなんだけど、ここではそれを模して、板金で作っているのよ。これはこれで悪くはないと思うわ。それじゃ参りましょうか。ここは熱田の神が祭神なんだけれど、それは剣を依り代に宿る天照大御神なわけであって、実際どうなのかなって思ってしまうわね。おっと、神の御前で失礼な発言だった。お許しを」
「それで、ミヤヅさんはここにはいないのかな?」
紗央厘は頭をかいた。
「えっとねぇ、一応、熱田の大神、ミヤヅヒメ、タケル尊、イナダネ、スサノオ等の神々が祀られてはいるんだけれどね、実際はどうなのか私にもわからないの。だから、幸奈は呼びかけをしてみて。もしかしたら頭に何かが届くかも知れないし、何かメッセージを残してくれるかもしれない」
紗央厘の言葉に、幸奈は深く頷いた。
「うん、わかった。ミヤヅさんに呼びかけてみるね」
四人は、賽銭を木箱に入れて、ニ拝ニ拍手をし、祈った。願った。呼びかけた。
紗央厘はここの神様にご挨拶と今回の経緯を、千秋は前回同様、自分の想う人に告白して彼氏を手にすることを願い、百合名は紗央厘との御縁がますます深まるようにと願った。
そして幸奈はミヤヅ媛が祀られているこの熱田神宮で、本人に呼びかけをした。
苦しく悲しく、そして淡くて熱い想いを幸奈は知っている。共感している。
どうして自分にその記憶を見せたのか、どうして自分なのか、それを確かめるために、幸奈は呼びかけた。
(初めまして。私、沢井幸奈といいます。初めてではないかもしれませんね……)
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