第11話 夢の続きは
幸奈は目を覚ました。
夢を見ていた。またあの夢だ。
今回もはっきりと覚えている。自分はたしかにミヤヅ媛と呼ばれていた。
それにしても、冷たい川の水だったな。夢から覚めても手のひらがジンジンする感覚が残っている。
リアルすぎる夢に、少し戸惑いを覚える。
昨日は唇を奪われたし、下の方も……
昨日の夢を思い出して、胸が高鳴る。
イヤイヤあれば夢だ。私ではないから。
そう思ってはみたが、夢の中のミヤヅ媛はたしかに自分自身なのだ。
取り敢えず、今日の夢もみんなに報告するか……
それにしても、意外とシャイなのか、男が苦手なのか、あのとき馬に乗って現れたのは多分タケル尊だろう。
あのとき感じたドキッ、はどちらのドキッ、だったのだろう。
自分は男子を見てそれほどドキッとしたことはない。やはり、男子に興味がないのかもしれないな。と、幸奈は結論付けたが、ミヤヅ媛とタケル尊の出会いはこれが最初だったのだろうか?
色々考えながら、幸奈はたんたんと朝の支度を済ませて学校へ向かった。
いつものように電車を待っていると、千秋と百合名が声をかけてきた。
「おはよー、幸奈。今朝は夢はみた? 昨日よりは顔色がいいような気がするぞ」
「幸奈、今朝もした? どうだった? 夢でもいけちゃうの?」
長身で少し男っぽい千秋は、性格もサバサバしており、話していても気を使わない。
小柄でいかにも女子っぽい百合名は、ネチネチというかネトネトしっとりした性格で、気をつけないと相手のペースに引き込まれてしまう。
自分はどちらかというと、控えめな性格で、先陣を切って行動するタイプではない。
だから、この二人がいると不思議と安心してしまう。つい、頼ってしまう存在であった。
「うん、夢は見たよ。雰囲気的に昨日よりも過去の夢に思えたなぁ。まだ出会う前、出会ったときの夢になるのかな」
千秋が目を光らせる。どうやら幸奈とミヤヅ媛の転生説をあたかも信じているようである。そして、千秋も調べたのであろう。ミヤヅ媛とタケル尊のことを。
「それは楽しみだね。後でゆっくり聞かせて。それにしても、神社参拝からこんな展開になるなんて思いもよらなかったな。まさに最後は神頼みだよ」
「そうだよね。あの夢は、私に何かを伝えたくって見せてくれたんだと思うけれど。でも、どうなんだろう。タケルさんって歴史上では死んじゃったんでしょ? 夢の中でも死んだみたいだし。これって、何を意味するんだろう」
百合名が肘で突っついてきた。
「何をおっしゃる幸奈さん。下半身の感動を伝えたかったんでしょ? ショジョの幸奈には刺激的だったんじゃない?」
「こら、百合名。朝のこんなところでそんな話をしない。私の求めているのは、あくまでも恋。そっちじゃないんだから」
「結果は同じなんだよ、幸奈くん。恋して、告白して、されて、手を繋いで、キスして、ハグして、エッチして、ほらここに辿りつくでしょ? 恋をするっていうのは、結果的にそこにいきつくんだよ」
「だからぁ、こんなところでそんな話ししないで。私は最初のステップの恋だけでいいんだから」
そんな二人の朝の話題らしからぬ内容に千秋が横槍を入れた。
「そういう百合名は紗央厘と付き合っても、満足のいくエッチはできないと思うが、そもそも百合名、紗央厘とエッチするつもりなのか?」
幸奈はつい百合名と紗央厘が裸で抱き合っている様子を想像してしまった。たしかに、どうやってことをするのか考えてしまうが、首を振った。
「ちょっとぉ、千秋までぇ。朝からそんな話ししないでよ。他の人に聞かれたらどうするのよ」
と、これは、百合名と紗央厘の関係のことだ。
紗央厘いわく、超一級極秘情報、取り扱い最重要とのことだから、ばれてしまったら、さぞかし怒ることだろう。
「そんなの大丈夫だろう。あの紗央厘にそんなイメージはないよ。いくら百合名が言いふらしても誰も信用しないと思うよ」
「私の紗百合姫は完璧だから、誰もそんなこと思わないよね。だからこそ、そこがそそるのよ」
はあ、と幸奈はため息をついた。清純派正統美少女の紗央厘がなんだか自分のせいで、別の世界に引き込まれているような気がして、それも、道を外した世界にだ。
そんなこんなで複雑な思いに馳せていると、紗央厘の乗った電車がやってきた。
中にはいつものように凛とした紗央厘がいた。
「おはよう、みんな。幸奈は今日は元気そうね」
「ヤッホー紗央厘。幸奈ねぇ、また夢を見たんだって。今回は濡れ場はなかったんだけれど、彼との出会いの夢だったんだって」
これは百合名だ。朝一から下の話を紗央厘にぶつけてきた。
「こら百合名。純情なる女子が少なくとも二人いることを忘れないで。あなた達と私達は違うのよ」
「えー、だって幸奈は夢の中で経験済みだし。紗央厘だって、そのうち私の手ほどきできっと昇天しちゃうよ」
「こらっ、……まだしてないし、きっとしない。ってそんなことここで言わないでっ。誰か聞いていたらどうするのよ」
「大丈夫だよ。紗央厘がそっちに興味があるなんて、誰も思わないから」
これは千秋だ。幼い頃からの付き合いがある千秋に、そう言われると説得力があるというものだ。
少しためいきをついて、紗央厘は話題を戻した。
「幸奈はどう思っているの? タケル尊のこと。タイプだった? 結構なイケメンなんでしょ?」
「あー、うーん。そうだね。たしかにカッコいい人だったよ。夢の中の私はドキドキしていたと思うよ。でもそれは私じゃくって、ミヤヅさんがそうだったんだと思うな。確かにね、余韻みたいなのはあったんだぁ。でも、私自信がそのタケル尊さんを好きだったかはよくわからないよ」
「恋を知らない女子は、恋の味を知らないか……」
「恋を知っている乙女の言葉は重いね…… でもね、凄いドキドキして、胸が締め付けられるような想いだったよ。これって、恋の症状なんだよね」
三人の視線が幸奈に注がれる。
最初に口を開いたのは紗央厘だ。
「幸奈? 今はどんな心境なのかな? 例えば、やっぱり胸が締め付けられるとか、ドキドキするとか、食欲がないとか……」
「ぇ? あぁ、今は全然。なんともないの。でも、本当に苦しかったな。息ができないくらいだったよ。恋って命懸けなんだね」
「それはそれは、いい思いをしたわね。あのタケル尊と恋をした人とシンクロしたんですからね。命がけは当然だと思うわよ。あの時代は、それこそ、食うか食われるかの時代なんだからね」
「私って改めて、とんでもないことを体験してしまったんだね。ある意味、歴史的瞬間に立ち合った重要人物になるんだね」
「そういうこと。だから、一級極秘情報なのよ。歴史は常にねつ造されているから、下手なことを言うと、世界に叩かれるわよ」
「へー、怖いんだね。闇の歴史を、もしかしたら私が知ることになるわけだ」
「って、幸奈、そもそもその頃の時代について分かっている? タケル尊ってどんな人か知ってるのかしら?」
幸奈は首を傾げた。どんなと言っても……
「えっとねぇ…… 背が高くって、髪は黒くて…… あれ? 凄いイケメンだったけれど、あれは日本人離れしていたな…… 好みとか聞かれても私には……」
「そんなことは聞いていない。どんな人ってそう言う意味じゃない。どんな存在か、ってことよ。意味分かる?」
「どんなって、ミヤヅさんには特別な存在だったけれど、私に聞かれてもねぇ」
「あぁ、幸奈ぁ。私の聞き方が悪かったみいたね…… つまりこういうことよ。タケル尊は景行天皇の息子ってことよ。つまり皇太子。わかる? 天皇の息子なのよ。つまり、とてつもない偉い人のなの。わかった?」
幸奈はぼんやりと考え込んだ。普通の人には天皇と言われても、会ったことはもちろん無いし、遠い世界の存在の人だったから、特に驚かなかったし、そもそもどういう人達なのかを理解していなかった。
「偉くても、偉くなくても、別に私には関係ないような気がするな。だって、私はミヤズさんじゃないし」
「あぁ、幸奈ぁ。あなたは分かっていない。ことの重要さを。日本の歴史を左右する一大事を、幸奈は関わっていたのよ」
「だからぁ、私じゃなくって、ミヤヅさんがでしょ?」
紗央厘は諦めたような表情をして、ため息をついた。
「まあ、いいわ。幸奈はこれから私の実験台になってもらうから」
「実験台って、私はモルモットなの?」
「そうよ。私の可愛いモルモットちゃん。痛いことはしないから、おとなしく私の言うことを聞いてね」
紗央厘の言葉に、百合名が割って入ってきた。
「あーいいなー。私も実験されたい。紗央厘には私という存在がありながら、そっちのことは幸奈を求めるんだね」
「そっちって、何もやましいことはしないわよ。百合名の相手はちゃんとしてあげるから、妬かないで」
「べーつにぃ。妬いてないけどぉ。紗央厘が幸奈に急接近するから、なんか気分悪いなぁ」
「ははは…… 私はそっちには興味ないから安心して。とりあえず私が恋の対象にしているのは男子だからね」
「本当かなぁ。間違っても紗央厘に手をでさないでよ」
「大丈夫だよ。間違いは起こしようがないから。それより、実験って一体何するの?」
紗央厘はその言葉を待っていましたと、鼻息を荒らげた。
「降霊よ。幸奈を依り代にするのよ」
それを聞いた三人の顔がこわばった。千秋の視線は、こいつマジかよ、といった視線だった。
「こーれい? ミヤヅさんがきてくれるの?」
幸奈は少し嬉しそうに声を上げたが、自分を依り代にするとか聞いたような気がして、身を震わした。
「一回やってみたかったのよねぇ。私はイタコじゃないから、できるか分からないけれど、条件がそろえば何だかいけそうな気がするの。失敗しても、問題なさそうだしね」
「……いや、紗央厘、失敗は困るよ。やっぱり私は実験台なんだ。紗央厘、何だか楽しそうだね……」
「そりゃあ、こんな機会、滅多にないからね。楽しませてもらうわよ」
「はは…… 私の恋問題は、そっちのけだね」
「何を言いうかな。きっと幸奈が恋ができないのは、きっとミヤヅ媛が何か鍵を持っているんだよ。それこそ時空を超えた思いが、今の幸奈に継承されているとしか思えないもの」
「継承? 思い? タケル尊以外の人とは恋をしないってことなのかな」
「たぶんそんなところよ。だから、幸奈には直接話してもらいたいのよ。いい? わかった?」
「うん。分かったけれど、本当に降りてきてくれるのかな。って、どこでやるつもりなの?」
幸奈の疑問は、他の二人も同じだった。千秋も百合名も紗央厘に注目する。
「ミヤヅ媛のいそうな場所に決まっているじゃない。当然、祀られているんだから、神社よ」
「神社? ミヤヅさんって確かに巫女さんだったような気がしたけれど、どこの神社かなんてわからないよ」
「何言っているかな。ミヤヅ媛は今では神様なんだよ。知らないの? 熱田神宮にいるじゃない」
「はあー? 熱田神宮? ミヤヅさんってそんなに偉い人なの? ただの地方のお媛様だと思っていたよ。千秋と百合名は知ってた?」
「知らない。熱田神宮は三種の神器の一つ、草薙の剣を祀るのは知っていたけど、ミヤヅ媛が神様だなんて知らなかった」
「私も知らない。そもそも、神様ってアマテラスさんじゃないの? それ以外は知らないよ」
紗央厘は大きくため息をついた。
「あなた達、本当に日本人なの? 名古屋の人間なの? 信じられない」
「いやいや、紗央厘。現代人は神様の存在をあまり重要視していないんだ。文明のりきってヤツなのかな。確かに神頼みをしたりもするけれど、マジ本気でしてるヤツなんてごく少数だと思うぞ。だから、熱田神宮の神様が誰かなんて当然知らないよ。伊勢神宮の内宮じゃあるまいし」
千秋は普通の女子高生だ。普通の人は神様の為に身を捧げるようなことはしない。本気でお願いをする人はごくわずかだ。だから、神様の事を知る人もほとんどいない訳だ。
「そうだよね。花の女子高生が、実体のないような存在に、マジでお願いするなんて、少しキモいのかもしれないね」
これは百合名だ。
そもそも神社など、年に数回しか行かないだろう。それも、御利益重視の自分だけのためのお祈りだ。それ以外に、神社に行く理由などはない。
当然、そこにいる神の名前など知る由も無いだろう。
紗央厘はため息をついた。これが現代日本の神社事情だ。
そもそも、神社は何でも屋でも無いし、サービス業でも無い。
その土地に住む人と土地を守る存在なのだ。それをわかっている人は、本当にどれくらいいることなのやら……
「まあ、いいわ…… 今回は幸奈のためにも、私が一肌脱いであげるから」
「え? 脱ぐ? ここで? いいよ。私の紗央厘姫」
「違うわよ…… 百合名はもうちょっとエロさを控えて。人前ではとくによ」
「はーい。紗央厘姫と二人きりだったら、エロさ爆発させてもいいわけね。よっし」
「だからぁ…… まあいいわ。えっと何だったかな。そうだ、依り代さん。よろしくね」
「はは…… やっぱり私は実験台か。お手柔らかにお願いね、紗央厘」
「大丈夫よ。失敗しても今よりはマシになるから」
「失敗を前提にやるんだね…… とりあえずよろしくね」
「失礼ね、失敗を前提でやるわけないでしょ。万が一失敗しても、良いようにことを運ぼうと最大の努力はするわ。だから安心して」
紗央厘は、自信にあふれるように力強く言った。この自信と根拠には嘘はなさそうだ。
「うん。お願いね、紗央厘。頼りにしているから」
こうして、幸奈の夢に現れたミヤズとコンタクトする計画は動き始めたのだった。
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