第6話 思いは軽くなく

一つ年上、男子の先輩は、深いため息をついた。

 この男子は紗央厘の彼氏であり、千秋の憧れの先輩でもある。

 名を竹山小白(たけやまこはく)といい、長身優顔の甘いルックスで、女子からの熱い視線を常に受けている存在であった。

 クールビューティの紗央厘と、爽やかイケメンの竹山は、正に理想のカップルと思えた。

 思えられていた。

 千秋はこのとき改めて確信を持った。紗央厘と彼氏の竹山先輩は、カタチ的には付き合っているが、体の結びつきはもちろんのこと、気持ちの結びつきも無いと。

紗央厘がようやく重そうな口を開いた。本人もどうしてこんな風になってしまったのかわからない風情であった。

「あら、私と千秋の仲に嫉妬した? それは嬉しいわね。さらに、超純情娘とドスケベ娘が一緒になったら、それこそこの女子ワールドはテッペキの要塞だわ」

 聞いていた四人は首をかしげた。こいつは何を言っているのだ。

 とりあえず百合名が付け加えた。

「そうだよね。紗央厘とこの私が、こーんな風に一緒になったら、男子達の下半身はいきり立っちゃうよね」

 そう言って、紗央厘に抱きつくと、唇を奪うような仕草をした。

 とっさに、紗央厘は右手で百合名の顔を押しのけた。

「こら! 誤解の生むようなことは言わない、しない!」

 長身の千秋もそれに賛成するように答えた。

「そうそう、私まで一緒にしないでほしいわ。そういうことは、二人でやってね。私は異性しか興味ないから」

 紗央厘の彼氏、竹山は、仲むつまじい二人を見てぽつりと言った。

「紗央厘が男子にあまり興味を示さないのは、仲のいい友達がいるからなんだね。特に、その子とは特別な関係なのかな。千秋は親友で、その子とは恋仲かな? 妬けてしまうな」

 紗央厘は百合名をようやく引き離すと、反論した。

「違うわよ! そんなこと、あるわけないでしょ! こら百合名、くっつくな!」

「本当に仲が良さそうだね。羨ましい限りだよ。俺もそんな風にべったりしてみたいね」

「えー、竹山先輩って、紗央厘を抱きしめたりとか、キスとかしないんですか?」

 これは千秋だ。半分冗談で聞いてみる。そして、半分は本気だ。真相を確かめるためにカマをかけたのだ

「ナイショ。でも、キスはしたよ」

「先輩、さすがー。紗央厘の牙城を崩すなんて、なかなかの偉業ですよぉ。それで? その後は? したんでしょ?」

 竹山は頭をかいた。しばらく考え込んで、そして口を開いた。

「やっぱりナイショ。ほらほら、紗央厘が睨んでる。言えるわけないだろう。そういう話は女子トークで聞いているんじゃないのかな」

「この潔癖娘が下ネタを言うわけないでしょ。そう言う意味では百合名はいいねぇ。全身からエロが溢れでている。私達まで感染してしまうよ」

「え? 千秋も濡れ濡れなの? もしかして、私と紗央厘のお戯れにコーフンしたのかな?」

「……するわけないでしょ。そういう百合名はすでに濡れ濡れなのか? 紗央厘相手に……」

 紗央厘と百合名は、ふと目が合った。

 百合名は微笑むと、おもむろに紗央厘の手を握った。

「きゃあ! ちょっと触らないでよ。勘違いされるじゃない!」

「いいじゃない。女の子同士なんだし。私の体は正直だし。紗央厘だって、反応しているんじゃないの? 顔だって赤いよ」

「ははは反応って、何がよ。するわけないでしょ? 顔が赤いのは彼が目の前にいるからよ」

 紗央厘は腕をブンと振り払い、百合名の手を振りほどいた。顔を真っ赤にして、肩で荒い息をしている。

 千秋と幸奈は、この紗央厘の反応を見て驚いた。

 クールビューティーな紗央厘だったら、何事もなかったかのように、さらりと受け流すのだが、今日の紗央厘は、一つ一つのことに毎回過剰に反応している。

 これは…… 千秋は思った。紗央厘は百合名に触れられ感じていまい、下半身はきっと百合名同様濡れ濡れで、それが彼氏の目の前だったから、過剰に反応したのだと。日頃から自分でしない紗央厘は、全身が過敏になっているのか、相手が女子だから体が反応したのか? と。

 これは…… 幸奈は思った。紗央厘は私達と紗央厘が仲がいいのを彼氏にアピールしているのだと。これがいつのも自分で、こんな表情もできるのだぞ、と。きっとこれが恋する女子の行動なのだと。恋をすると自分が分からなくなるというのは、こういうことなのか。クールな紗央厘が取り乱すなんて、恋の力はすごい、と。

 そして、彼氏である竹山は思った。……かわいい。この小柄で、華奢なのに胸はしっかりある童顔の女の子。名前は百合名と言っていた。聞けばとてもエロいし、すでに濡れ濡れだという。口説けばもしかしてイケるかも。肉体美の千秋も魅力的だし、もう一人の幸奈も可愛いではないか。紗央厘が落とせなくても、次はこの子達だ、と。

 三人が三人、それぞれのことを思案していた。きっと次の展開では、自分にきっといいことが起こるだろうと。

 一人胸をドキドキさせていた紗央厘は、一抹の不安を覚えた。

 なぜなら、目の前の彼氏である竹山とキスをしたことはあるが、特別にドキドキしなかったのだ。確かに体を触られたこともあるが、いま程ドキドキはしなかったし、体も反応しなかった。濡れなかったのだ。

 自分は女子に触られてコーフンしている。さらには胸はドキドキして、下も濡れているようだ。一体どうなってしまったのだ? 自分の体は。

 今朝見た夢で、どうにかなってしまったようだった。それを知ってか知らぬか、百合名は執拗に自分に触れようとしてくる。

 それ自体は嫌なことではない。むしろ人肌が恋しいのか、体は温もりを求めていた。

 だから、百合名が気安く触ってきても、特に気分を害することは無かったし、もっと触れて欲しいと思っていたりもしていた。

 これはきっと、母を小さなときに亡くした影響なのだと、自分に言い聞かせた。だから母の温もりが恋しいのだと……


 紗央厘の彼氏、竹山はそんな気も知れず、四人とは別の方角へと帰路を向けた。四人の女子をそれぞれ見てから、ふと思い付いたように話した。

「じゃ、また明日。今度五人であそぼうぜ。その方が楽しそうだろう? 紗央厘の素顔も見られそうだしな」

「何をいっているかなぁ。私の素顔はいつも通りよ。今日が異常なだけよ」これは紗央厘だ。 ようやくいつもらしくクールさが戻ってきた。

「いいねぇ。だったら、カラオケかボーリングってところね。予約しちゃうよっ」乗る気満々なのは千秋だ。

「そうだね。紗央厘の素顔を私が引き出してあげるよ。見たことない表情を出させてあげるわ」手をもぞもぞとして言うのは百合名だ。

「え? そうだね。みんなが行くなら、私も行こうかな」と、異性とあまり行動しない幸奈は控えめだ。

「よし決まりだ。じゃあ、またな」

 山竹は一人寂しく帰り路を歩いていった。

 それを見て、念のため千秋は紗央厘に声を掛けた。

「いいの? 一緒に帰らなくって。途中までは一緒でしょ? 私達にそんなに気を使わなくたっていいんだよ」

「ぇ? ぁあ…… ぅん、いいの。別に気を遣っていないし、なんていうのかな。そういうの柄じゃないしね」

 紗央厘の言葉に、千秋は落胆した。自分はあの先輩のことが好きなのに、本当はもっと一緒にいて、もっとお喋りをしたいのに、このクールビューティーさんは、自分達がいることで遠慮している。もしくは本当の自分の気持ちを知ってか、気に病んでいる。

 一応、紗央厘の気を遣い、言葉を選んで話した。

「ガラじゃないって…… 恋する乙女の台詞じゃないなぁ。もっと素直にならないと女子はハッピーになれないぞ」

「いいのよ。今の私は十分ハッピーなんだから。これ以上を望んだら、何だかバチが当たりそうで怖いわ」

「そうだよ、これ以上のハッピーは、この私の手が導いてあげるから安心して」

 そう言って百合名は紗央厘の左手に抱きついた。

「こら、離れろ百合名。校内でイチャつくな。みんなが見てる」

「いいじゃない、これくらい。それにイチャつくって、こういうことじゃないんだよ。校外ならいいのかな? イチャついて、今言ったよね」

「言ってない。そんなこと言ってない。校外でもイチャつくな。そもそも、百合名は恥ずかしくないの?」

「紗央厘は手を組まれると恥ずかしいの? それに女の子同士だよ」

「はいはい、分かりました。恥ずかしくありません。でも、もう少し控えてね」

 紗央厘は、自分より身長が10センチほど小さい、腕に抱きついている女子に微笑んで言った。

「やったー! 紗央厘の許可が出たよ。じゃあ、次のステップは……」

「こら!」

 紗央厘は鼻で深いため息を吐いたが、その表情は柔らかく優しかった。

 幸奈はこんな微笑ましい仲間にいつも癒やされていた。恋を知らない自分だったが、特に寂しい思いをしたことはなかった。

 この友達がいてくれれば、それでいいと。大切な友達が恋をして楽しく笑ったり、ときには泣いたりと、気持ちを共有できればそれでいいかなと思った。

 自分が恋をしなくても、この仲間達は恋をしている。ハッピーな時間を自分にも分けてもらっている。

 だから、自分は特に恋をしなくても、知らなくてもいいのかなと思った。

 楽しければそれでいいではないか。恋は切なく苦しいと言うではないか。好き好んで苦しい想いをしなくたっていいではないか。

 幸奈は、仲良く喧嘩するこの仲間達に感謝した。

 そして、その様子を見ていた千秋も、この仲間に感謝していた。

 百合名はなぜか紗央厘にゾッコンだ。そして、紗央厘も百合名に惹かれ始めている。今日の様子が変なのはそのせいだ。

 紗央厘は百合名に恋をしている。正確には、百合名の熱いタッチに身体はとても過敏に反応しており、どうやら、心まで反応しているようだ。どういう神経をしているのか分からないが、紗央厘は百合名を求めている。表面上は嫌がってはいるが、それはただの照れだ。

 紗央厘の家系はとても厳しいらしく、二十歳までは純潔を守らないといけないらしい。名家のお嬢様とは大変なのだと同情してしまう。

 ゆえに、無意識に男性を遠ざけてしまっているのだろう。付き合っている相手の男性もたまったものではない。校内一の美少女を目の前にして、あと三年間も我慢ができるわけがない。

 一方女子の紗央厘も、体は正直のようで、成長した体はとてもピュアで全てが新鮮だ。少しの刺激も過敏に反応しているようだし、相手が女子なら処女を失うことはない。この安心感があって、初めて体は悦びを感じ、さらに上の刺激を求めているようにみえた。

 千秋はこの状況を作った幸奈に感謝した。恋愛成就の祈願のきっかけを作ったのは幸奈だ。

 このままことが進めば、自分の思い通りになるように思えた。

 あの竹山先輩とお付き合いできるかもしれない。

 きっと、欲求不満な先輩は、この私の体を求めてくるに違いない……

 千秋は無意識に笑っていた。笑みがいつの間にか表情にこぼれていた。

 それを横目で、紗央厘が言ってきた。

「千秋、何だか不気味よ…… 何を思い出し笑いしているの?」

「え? 私、笑ってた? そう? そうかぁ、笑ってたかぁ。そうだよねぇ」

 千秋はそっぽを向いて紗央厘の視線をそらした。そして、下半身がいつの間にか熱くなってるのに気が付いた。

 この妄想は、きっと現実のことになる。千秋はそう思った。

 四人は校庭を出て駅に向かった。時間が合えば四人で帰るのが習慣になっていた。

 この時間が幸奈はとても好きだった。

 一日の出来事の笑い話や失敗談、あの先生は陰険だとか、数学の先生はめがねを取ると結構イケメンだったとか、常に話題が止まらない、この家までの帰路が、幸奈に取って宝物だった。

 恋はいつでもいいから、この大切な時間がいつまでも続きますようにと、今度神社に行ったらそう願おう。幸奈はそう思った。

 聞き役の多い幸奈が、微笑んでいるのに気が付き、千秋が聞いてきた。

「幸奈ぁ。何考えているの? 何だか楽しそうだよ。恋愛相手とよからぬ妄想かなぁ?」

「ぅんん。なんだかなぁ、恋するのが面倒くさくなってきたかなぁって。私は今のままでいいかなって思えちゃってね。だって、今だって楽しいし、寂しくないし、異性が苦手なわけでもないし」

「何を言うかなぁ、女子高生よ。この時間は後二年もないんだよ。わかるかな? 女子高生って長い人生のうちの三年間しかないんだよ。その貴重な時間に異性と関われるって、とても大事なことなんだよ。きっと、後悔するよ。私の女子高校生活は、色も恋もない寂しい時間しかなかったてね」

 それを聞いた紗央厘は少しばかり反論してきた。

「千秋は意外と男に飢えているのね。でも、実りの無い恋って、やっぱり辛いわよ。私の場合は少し環境が違うけれどね。それこそ、自由に恋愛ができる人って確かに羨ましいわ」

 意中の人を射止めたあなたが羨ましい…… と、千秋は思ったが、もちろん口には出さなかった。言うつもりは無かったが、つい別のことを言ってしまった。

「紗央厘が辛い恋をしているなら、いっそうのこと別れてしまえば、どうなの? 竹山先輩だって男だよ。口では言ってこないけど、きっと紗央厘の体が欲しくってたまらないと思うよ」

「そうなのよね。男の人って、どうしてあんなに体を求めてくるのかしら。だからこないだ神社で参拝したんだけどね、さすがに相手の気持ちを変えるような願いは叶えてくれないか……」

「じゃあ、もう一回お参りに行こうか。何回も行った方が御利益があるんでしょ? 同じ神社の方がいいのかな? それとも、別の神社探す?」

 紗央厘の手を繋いでいた百合名は、嬉しそうに提案した。百合名は今こうやって紗央厘と手が繋げるようになったのは、先日神社でお参りをしたからだ、と思っていた。

 さらなる展開を求めるなら、また参拝をして願いを成就させたい。そのためだったら、それこそ毎日でも行きたいくらいだ。

 百合名の提案に、三人は妄想を膨らました。その妄想は、神社でなにを願おうかということではなく。今後の自分がどうなっているかだった。

 千秋は、竹山先輩との深い関係。

 百合名は、紗央厘との深い関係。

 紗央厘は、彼氏の竹山先輩との浅い関係。

 幸奈は、これからも四人で仲良く楽しくいられる関係。できたら、恋も。

 四人は声をそろえて言った。

「行こう。神社に!」

 こうして四人の女子高生は、日が沈む前に参拝しようと、足早に学校を後にした。


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