第3話 神様も紙しだい
四人で喋りながら歩いていると、時間が過ぎるのは早く、あっという間に目的地の神社へ到着した。
恋の水が湧き出ている高牟神社だ。
四人は早速、手水社で手をバシャバシャ洗い口をゆすいだ。
幸奈は隣で同じことをしている紗央厘の動作に、優雅さを感じた。
それは確かに「禊ぎ」だった。自分たちとはやはり違う。
ハンカチを出して手と口を拭うのも様になっていた。
「さすが紗央厘は、こういうところは得意そうだね。私達と全然違うよ。凛として、なんだか優雅だよ」
「こんなのは日頃からしていれば身につくものなのよ。あとは意識してすることね。どうしたら優雅に見えるかをね」
幸奈は感心して紗央厘を見た。ある意味お嬢様な紗央厘は、家では厳格な親に躾けられていると思うと、身震いする。
紗央厘の家は、厳格で古くからのしきたりに縛られている。自分だったら逃げ出したくなるだろう。
それに比べ、百合名と千秋は普通の女子だ。見ていて安心さえしてしまう。
紗央厘に友達が少ないのも、なんとなく頷けてしまう。
四人はハンカチで手を拭うと、拝殿の前に並んで財布を出した。
幸奈の手には十円玉。
百合名の手には五円玉。
千秋の手には百円玉。
そして、紗央厘の手には玉ではなく紙があった。
「え! 何? 何それ!」
一番驚いたのは百合名だ。幸奈も驚いたが、百合名はそれ以上で、声を張り上げた。
千秋は紗央厘のことをよく知るのか、特に驚いていない。
「何って、千円札よ。本当は一万円でもいいくらいだけれど、さすがにそんなことをしたら、このお金を稼いでくれた親に申し訳ないから」
「え、なに、そういう問題? だってお賽銭だよ。やっぱりご縁のある五円でしょ」
「今から神様にお願いするのよ。雲の上の存在にお願いするのに、そんな何も買えない小銭で神様が喜ぶわけがないでしょ。最低でも、紙でしょ。神だけに」
「何面白いこと言っているの。やっぱり紗央厘らしいね。そんなに真剣にお願いするなんて、マジなのね」
「もちろん真剣よ。だって神様にお願いするのよ。中途半端なことをしたら神様に怒られてしまうもの。そういう百合名は、その五円でお願いする気なの?」
紗央厘の冷ややかなな視線が百合名に注がれる。
「いいのよ。私の願いはきっと叶えられないんだから。五円も千円も同じよ。それこそ。一万円でもきっと無理だからね」
幸奈は、そんな百合名の願いに興味を持った。彼氏がいないのは知っている。特に悩みがあるようには思えない。なのに、真剣にお願いをするようなことがあるなんて意外だ。
しかも、簡単に叶えられない願いときた。一体どんな願いなのだろう。
それに対して千秋は百円玉だ。それなりに気合いが入っているのがわかる。幸奈は聞いてみた。
「千秋は何を願うの? 思ったよりも真剣そうなんだけれど」
「内緒。言えない願いだよ。でも、私は本気だね」
確かに、お賽銭で百円は出せない。その金額は幸奈には痛手だった。そもそも、たまに来るだけなら良いが、頻繁に来る幸奈には十円以上は出せない。
つまり、千秋の本気が見えたわけだ。
それに比べて、自分の本気はどこまでが本気なのか、正直わからなかった。
ここは奮発して百円にすべきなのかもしれない。前回夢であった神様に詫びるためにも、アップする必要性があるというものだ。
柚木菜はプラス101円で、合計111円を投入することに決めた。
それを横目に紗央厘が言ってきた。
「幸奈の本気はその程度なの? ここの神様はタカミムスビとカミムスビが御祭神なのよ、あと、なんとか天皇も祀られていたかな?」
「ぇ? 天皇? 神社なのに天皇が祀られているわけ? どうして?」
「幸奈。ここにどんな神様がいるかも知らないでお参りに来ていたわけ? それじゃ、神様もがっかりだわ。おまけに夢にまで出て来てくれたのに追い払ったんでしょう?」
「だから、今日はこうやって、ちゃんと謝りに来たんじゃない。こないだは、ごめんなさいって」
「まあ、いいわ。ここの神様は造化三神の二柱が祀られているんだけれど、恋愛専門ではないような気がする。ムスビって言うけれど、縁結びとは違うような気がするわね。どちらかと言うと、正しい方向に導くとか、苦労を汲んで道を施してくれるとか、私にはそんなイメージだわ」
「あのー、紗央厘さん? 何を言っているのか、よくワカらないんだけど。それって、結局開運に繋がるってことなのかな」
「まあ、そんなところね。幸奈の場合は、深く考えない方がいいかもしれないわよ。単純に、純粋に、いい相手が現れますように、でいいと思うけれど。恋ができますようにでは、少しアバウトすぎるわよ」
「そうなのかなぁ。私にはお相手はもちろんだけど、その前の恋をしないと、全てが始まらないような気がするんだけどな。やっぱ、まずは恋よ」
フゥと紗央厘は鼻で息を漏らした。
「好きにしなさいな。迷いがあってはいけないものね。そこはやっぱり幸奈らしく、ストレートで行きなさいな」
紗央厘の言葉を聞いて、不思議と力と勇気が湧いてきた。
「うんっ。頑張ってお願いするねっ」
「ぁ、ぅん。そんなに気張らなくたってもいいからね。心鎮めて穏やかにね」
二人のやりとりを、まだかまだかとみていた千秋が口を開いた。
「ほら、さっさとお参りするよ。拝殿の前で無駄口を叩かない」
「ぁ。ごめん。そうだね。お賽銭も大事だけれど、それよりも気持ちが大切なんだよね。どれだけ真剣なのか。どれだけ思いが強いのか」
「だから、気を穏やかにして、あんまり熱を入れちゃダメなんだよ。さて、参るわよ」
紗央厘の紙のお賽銭が宙を舞って賽銭箱に入っていった。
他の三人もそれに続いた。
小銭が木箱にあたり弾む音がして、それに続いて手を叩く乾いた音が重なるように響いた。
四人は手を合わせ、目を瞑り、お願いをした。
幸奈は願った。
恋ができますように、と。ついでに、夢で現れた神様、手荒く扱ってごめんなさい。できたら、今度現れるときは、若くてイケメンでお願いします。きっとファンになりますから。と願った。
紗央厘は願った。
彼氏の性欲が止まりますように、自分の性欲も抑えられますように。二十歳まで処女を守れますように、と。
百合名は願った。
紗央厘と友達以上の関係になれますように、自分が一番の存在になれますように、できたら恋人になれますように、と。
千秋は願った。
紗央厘と今の彼氏が別かれますように。今の彼氏が可哀想だ。遅かれ早かれ別れるなら、早いほうがいい。彼氏のためにも早く別れてくれますように。そうしたら、自分が告白して彼のハートを射止めることができますように、と。
四人はそれぞれの想いを、願いを神様にぶつけた。
この神社にはもちろん神様はいて、四人の願いをしっかりと聞いていた。叶えてやるかは別問題だが。
四人の願いは要約するとこうだ。
幸奈はとにかく恋がしたい。
紗央厘は処女を失いたくない。
百合名は紗央厘と親密な仲になりたい。
千秋は気になる異性に堂々と告白したい。
神様はそう捉えた。
この神社の神様は造化三神と言われ、大いなる存在であり、全ての素になる始まりの存在でもあった。
当然人ではないし、人間でもない。それに、全ての存在の頂点に立つ存在だけあって、その力は宇宙のように広大だ。
極端に例えるなら、神を人とし、人を蟻に例えてみよう。
人の足元で餌を求め、あちこちを彷徨う蟻のようなものだ。
人がその蟻をみて気味悪いと踏み潰すか、可愛いくって、働き者だと感心して、餌を与えるか、はたまた興味無しに通り過ぎるか、そのような存在なのだろうか。
この神社の神様は四人の願いを確かに聞いた。そして、その願いは後日、確かに叶えられたのだった。
四人はそれぞれの想いを拝殿の奥の本殿にいるかもしれない神様にぶつけた。
そして、瞑っていた目を開けた。
その時、突如風が吹いた。今日は五月晴れで、少し冷たい風がたまに吹いてはいたが、この風は明らかに別物だった。
四人の髪が上にブワッと広がった。同時に、下のスカートもヒラリと舞上がった。
白い二つの脚は露わになり、その付け根の衣類は、それぞれの色を周囲に晒した。
「キャー!」
悲鳴が四つ上がった。幸奈と百合名はは髪を抑え、紗央厘と千秋はスカートを抑えた。
ミニ台風のような暴風は数秒で止み、また元の五月晴れの日和に戻った。
一体、今の風はなんだったんだ。春一番にしては遅すぎる。幸奈はめくれ上がっていたスカートを慌てて戻した。完全に丸見えだ。
チラッと周囲を見ると。他に参拝者はいない。夕方近くとあって、訪れる人が少なかったのが幸いした。
下着を見られたのは、この三人だけだ。
隣の百合名もスカートが完全にめくれ上がり、淡いピンクの下着が露わになっていた。レースのあしらった可愛い下着は、白い脚によく映え、この状況がなんだかとても様になっていた。
百合名は特に慌てた様子もなく、何事もなかったかのようにスカートを戻した。
四人はそれぞれの顔を見合わせた。
紗央厘と百合名の二人は、顔に乱れた髪が覆いかぶさり、まるで幽霊のように見えて、柚木菜は苦笑した。
他の三人もつられて笑った。
「紗央厘ぃ、こうやってみると本当に幽霊みたい。肌が白いからなおさらだね」
「褒めてもらったのかしら、それともけなされたのかしら…… まあ、いいわ。それにしても今のは神風だったわね。光栄だわ」
幸奈は不思議な単語を聞いた。カミカゼ? 何かがぶつかってくるのか? と思ってしまった。それに光栄ってどういう意味だ?
紗央厘に聞こうと話しかけようとしたら、すでに百合名と紗央厘がじゃれあっていた。
乱れた髪を百合名が整えていた。清純派美少女と、萌え可愛い系の二人が寄り添うと、なんだか絵になる。
幸奈には、そこだけが違う光がさして、二人を照らしているかのように見えた。
笑顔でじゃれる百合名に、少し嫌がる紗央厘は、まるで仲の良い兄弟にも見えた。もしくはそれ以上か……
「お楽しみ中、申し訳ないけれど、紗央厘が言っていた神風って、なんなの?」
紗央厘は不機嫌そうに幸奈の顔を見て言った。
「誰も楽しんでいないし。神風って、特攻隊のことじゃないわよ。さっき吹いたでしょ? ブワッと。明らかに普通じゃなかったでしょ? あれはここの神様が吹かせた風なのよ。だから、カミカゼ」
「へー、あれって、狙ってやったってこと? 神様も意外とエロいんだね。私達が可愛いいからかな?」
「こら、口に出してそういうことを言うな。さっきのはある意味事故よ」
「じこ? 事故を装ってパンツを見たとか? 女子が四人揃えは一人くらいは見れるかもしれないとか」
「だから、声を出して言うなっ。神様に聞こえるでしょう。私まで一緒にされたらどうするの」
「って、別にいいじゃない。ちゃんと私のは見せたんだから、文句の一つぐらい言ったってバチはあたらないよ」
幸奈の意見に、百合名が加勢してきた。
「私もしっかり見せたから、きっとご利益があるわ。お望みとあれば、その下も見せてあげるのに」
そう言って、百合名の手は紗央厘の胸をまさぐった。
「んんっ。こらっ!。はしたないっ! あなた、本当にバチが当たるわよ」
「こんな私達に、バチを与える神様だったら願い下げよ。それに紗央厘だって神前だというのに、感じちゃうなんて、乙女の風上にも置けないよ」
「それを百合名が言うか。はい、もういいから。自分でやるから」
「自分でする? 下の方がうずいてきたのかな? 手伝ってあげるよ」
百合名はそう言って右手の指を、意味ありげに動かした。
「だから、違うって。髪ぐらい自分でやるから」
「え? 神くらい? って、紗央厘だって神様のとこ、その程度にしか思っていなんだ。罰当たりな娘よのう」
「はいはい、何とでも言ってください。私の心は神様にお見通しだから」
そこで紗央厘はふと思った。今の自分は不思議と今の状況を楽しんでいる。百合名と戯れている自分は、なんだか自然体なのに気がついた。
胸を触られたときも、久しぶりなのもあったが、やたらと感じてしまった。
百合名に言われて、下半身も反応しているのに気付いた。
神様はお見通し…… 自分は女子の百合名に気があるのか?
いや、ないない。人肌が恋しいだけだ。彼氏がいても、本気になってはいけないから、自然とそうなってしまうだけだ。
こんな恋って、寂しいな……
遠い目になった紗央厘に、幸奈は声をかけた。紗央厘がこんな表情をするのは珍しい。
「紗央厘って、やっぱり彼氏との関係のことを願ったの? 二十歳まで潔癖でいられますようにって」
紗央厘は、幸奈に声をかけられて、我に返った。
「……ぇ? な。何? 何か言った?」
「ぼーっとするなんて、紗央厘にしては珍しいね。神様のお告げでもあったのかな?」
そこに百合名が、冗談を言ってきた。
「私のタッチに感じすぎて、我を忘れたのかな? どうせ、お久だったんでしょう?」
「……ちがう。違うわ。絶対違う!」
紗央厘は小さく、呟くように声を出した。
異変を感じた百合名は、自分の冗談が原因で紗央厘が気分を害したと思い、詫びの言葉を掛けた。
「紗央厘ぃ、ごめん。本当にごめん。紗央厘にとって、神社って特別な場所なんだよね。悪ふざけし過ぎだのは謝るから、許して……」
「違うの…… 百合名は悪くない…… ことはないけれど、ぅうん。やっぱり、百合名が悪いわ。そうよ、百合名が悪い」
「だからごめんって、誤っているじゃない。じゃあ、今度、カフェド・ジゲンのちーずけーきをおごるからさぁ、機嫌なおしてよぉ」
この様子を見ていた千秋は、ここまで機嫌を損ねた紗央厘を見たのは、久しぶりだと思った。
クールで知的な紗央厘は、滅多なことでは怒らない。怒ったとしても、すぐに気を静め、何事も無かったように振る舞うのである。
その紗央厘がここまで感情を露わにしているのは、相当怒っている証拠か。
しかし、 気まずい空気は、すぐに吹き飛んだ。
「じゃあ。許す。絶対よっ。約束破ったら、タダじゃおかないからね」
紗央厘が怒った顔から、笑顔に豹変した。これには千秋と幸奈もびっくりだ。
この変わりようは一体何なのだ。
そう思ったのは、実は本人の紗央厘もその一人だった。
自分はどうしてしまったのだ。
百合名に対して、どうしてそんなにムキになっているのか、どうして、こんなに鼓動が激しく弾むのか、自分でもよくわかっていなかった。
ただ、百合名にケーキをおごってあげると言われて、心底嬉しかったのは事実だ。
それに、百合名に胸を揉まれて心底感じてしまったのも、下が反応して濡れてしまったのも事実だった。
今日の自分はきっとおかしいのだ、紗央厘はそう思いたかった。
百合名は百合名で、怒っていた紗央厘が機嫌を戻したのと、ケーキを一緒に食べに行く約束ができたことに心底喜んだ。
それを知ってかしらぬか、幸奈と千秋は、何だか自分は取り残されたような気分に陥った。
何だか、自分はここの神様に注目されていないと思えてしまった。
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