第2話 恋もいいけどやっぱ友達だよね
放課後の部活動も終わり、四人は教室で待ち合わせをした。
幸奈はテニス。紗央厘と千秋は弓道。百合名はバレーボールだ。
なぜか、小柄で身長のない百合名はバレーをしていたが、小学校の頃からやっていたそうで、なかなかの実力者らしい。
弓道の二人はこれまたの凄腕で、全国大会にも出場している。
それに比べて、幸奈はレギュラーであれこそ、優秀な成績を収めたことはなかった。
他の三人に言わせれば、自分には底から湧くような力がないそうだ。
何のことだと聞いてみれば、それが恋する乙女の計り知れないパワーの源なのだそうだ。
当然幸奈には、なんのこっちゃと理解はできなかった。だから、なおさら自分は疎外されているような気になったのだ。
恋とは一体何なのだと、一層興味を抱いたのだった。
ようやく四人揃い、目的地の高牟神社を目指した。駅の近くだから、帰り道に少し寄り道をする程度で行ける。
実は幸奈以外の三人は、その高牟神社に参拝したことがあるそうだ。
目的はもちろん、恋愛成就だ。
幸奈と違うのは、三人はすでに恋というものを知っており、その対象となる相手がいるということだ。
幸奈にはそんな対象など当然いない。それこそ未知の領域だった。
まずはその一歩手前の「恋」をしなければ何も始まらない。
「ねえ、紗央厘の初恋って、いくつのときだったの?」
幸奈はおもむろに聞いた。自分には情報が少なすぎる。
そもそも恋をすると、どういうことが起きるのだ?
「そーねー。小学校の低学年の頃かな? よく覚えていないんだけれどね」
「恋ってその程度のことなの?」
「違う違う。幼い時にする恋と、いまの年代でする恋とは、全然感覚が違うのよ。って言っても、わからないわよね」
「ぅん。ぜんぜんわかんない……」
幸奈がぼやくと、一緒に歩いていた千秋が言葉をかけてきた。四人の中では一番背が高い。横幅も少しでかいが……
「わかりやすく言うと、ある種の中毒だな、恋って。例えばお菓子屋いづみのマカロンは一度食べると病みつきになるだろ? タピオカドリンクはヘンなクセになるね。そーんな感じの延長なのさ」
それに便乗してか、一番小柄な百合名が付け加えてきた。背は確かに低いが、胸だけは結構な大きさだった。
「千秋は食べ物でしか例えないのね…… もっと、こう、違うのよ。もう一度会いたいとか、胸がドキドキしてどうしようもないとか。あそこがすぐに濡れ濡れになるとか。一人でしたくなっちゃうとか……」
三人の視線が百合名に刺さった。
「コラッ。こんな場所で歩きながら話す内容じゃないぞ。それに、恋のドキドキとアレのドキドキは全然違うわよ」
これは紗央厘だ。几帳面というか潔癖症というか、意外とこういうことには手厳しい。
「そうかなぁ…… 私は恋の延長がアレだと思うんだけどな。そりゃあ、一人でもアレはできるけれど、やっぱりドキドキしてするから一緒じゃないのかな?」
こういう話題が好きなのは百合名だ。現在は彼氏はいないそうだが、恋はしている様子だ。
そんな会話についていけない幸奈は、想像と妄想で何とか話題についていこうとした。が、そもそも恋を知らない幸奈には、半分は未知の世界の出来事のように思えた。
「私にはたどり着けない境地だわ…… その濡れ濡れとか、どんな感じなんだろう」
やはり百合名が目を輝かせ提案してきた。
「幸奈には、まず恋のドキドキよりも、身体のドキドキを体験させるべきよ。そうしたらきっと心もドキドキするようになるわよ。私が手ほどきしてあげるから」
「こら。純粋な乙女に、いかがわしいことを吹き込まないで。ヘンな方に目覚めたらどうするのよ。今や貴重な処女なんだし、もっと大事にすべきよ」
「それって、恋をするなってこと?」
「そうとは言っていない。恋はもちろんしてほしい。でも、身体は簡単に許すなってこと。わかるかな?」
紗央厘の言うことは何となく理解したが、あまりピンとこないのも事実である。
話を聞いていると、恋をするとドキドキして、あそこが濡れ濡れになって、したくなると言う。
でも、すぐにはするなと…… やはり恋とは、幸奈の想像を超えた世界のようだった。
そんな三人の会話に千秋が加わった。
「幸奈ってもしかして、一人でしたことないのか? 今さら聞くけど」
三人の視線が幸奈に注がれた。
「ぇっ? だって、そんな…… ないよ」
「マジないの? したこと」
「……ない」
「ぇーっ!」
三人の重なった声が、幸奈の心にぶち当たった。
だから、言いたくなかったんだ。私はそんなに奇妙な存在か? だって、しょうがないじゃん。感じないんだから……
「幸奈って、本当に純真なのね。それは守り甲斐があるってものだわ。大切にしないといけないよ。その気持ち」
そう言ったのは紗央厘だ。これは本人としてはフォローして言ったつもりだった。
「紗央厘にはわからないよ、この気持ち……」
幸奈から見た紗央厘は、理想の女性像だった。すらっと背が高く、出るところはしっかり出ていて、長く艶やかな黒髪は、知的で清楚さを感じる。
まさに男子の憧れる存在なのだ。
紗央厘自身も、そんなこんなで異性と付き合っていた。ただ、なぜか長続きしないようで、最近も彼氏とはうまくいっていないらしい。
確かにそれなりの悩みがあるのはわかる。でもそれは、幸奈にとっては雲の上の世界の出来事のように思えた。
ぁー…… 私だって恋をすれば紗央厘のような悩みだってできるのに……
表情を暗くした幸奈を気遣ってか、紗央厘が顔を近づけて耳元で何かを囁いてきた。
(こう見えても、実は私、処女だから。私も本気の恋ってやつをしたことないのよね)
「えっ! そうなの?!」
「こらっ、声が大きいっ」
前を歩いていた百合名と千秋が興味深そうに振り返った。
「あら、何をナイショ話をしているのかしら。ヒソヒソ話ってことはエロい話ね。私も混ぜてよ」
これは百合名だ。エロいと聞いて、千秋も耳を傾けた。
「ち、違うわよ。私をあなた達と一緒にしないでほしいわ」
「何をおっしゃる紗央厘姫。エロボディーの持ち主がいうことではなくてよ」
「ナイスバディって言ってほしいわ、ちゃんと毎日磨いているのよ、萌え萌えきゅんの百合名くん」
「はいはい、歩道で歩きながら話さないでくれるかな。私まで同類に見られるよ」
「巨ニューの千秋は、やっぱり余裕があるねぇ。その胸に抱かれたいわ」
「残念。ここは可愛い男子が顔を埋めるためにあるの。女子厳禁よ。百合っ気の百合名よ」
三人の会話を聞いていて、なんだか心が落ち着いていく幸奈だった。
恋ができなくても、自分にはこの友達がいる。なにの不自由もないではないか。それほど気に悩むことではない。
それに紗央厘は言っていたではないか、自分は本気の恋をしたことがないって。それ故に、まだ処女なのだと。
きっと紗央厘は初恋をしたことがあるが、本来の恋を結局しておらず、ただ成り行きで異性と付き合っているのかもしれない。と、柚木菜は思った。
しかも、彼氏がいて未だに処女だと言う。彼氏もすでに何人目になるのか知らないが、これは明らかに紗央厘が原因だと思われる。
なんだ、自分と同じではないか。そう思うと、この男子に受けそうな容姿の紗央厘も同じような視点でものを見ている気がして、途端に親近感が出てきた。
そんな紗央厘に幸奈は聞いてみた。
「ねぇ、紗央厘は神社でなんてお願いするの?」
そうねえと、天を見上げて紗央厘は考えた。そして、顔を寄せて耳元で囁くように言った。
(彼氏の性欲が収まりますようにって、お願いするのよ……)
「えつ?! 性欲っ!」
「だから…… 声が大きい…… 前の二人に丸聞こえじゃない……」
「あらあら紗央厘姫は、なにやらいかがわしいことをお考えのようで。幸奈に何を吹き込んだのかしら? 私にも吹き込んでほしいわ。別に下からでも上からでもいいわよ」
「こらっ、百合名っ。女子として恥ずかしいぞ」
「そうよ、そうなのよ。もう、恥ずかしくって、下は濡れ濡れだわぁ。だから教えなさいよ、そのエロ情報。二人だけで楽しまないでよ。もうお二人さんは濡れ濡れなのかしら? 幸奈が濡れる何かを吹き込んだのでしょ?」
自らエロさを爆発させる百合名であったが、他の三人はとてもついていけない。
紗央厘は大きくため息をついて、前を歩く二人にも告白した。
「……うそ。この歳で処女なんて絶滅危惧種だと思っていたけど、このグループの過半数が処女なんて信じられない。しかも、このエロボディーの持ち主で」
「ちょっと、思ったことを口に出して言わないでよ。恥ずかしいじゃない。ここは外なのよ。丸聞こえじゃないっ」
紗央厘の悲痛な叫びはさらに周囲の関心を集めた。
ただでさえ女子高生は周囲の視線を集める存在だ。わっきゃと声を上げれば、なおのさらだ。
そんな様子を見ていた柚木菜は、恋をしなくても、恋愛とやらをすることはできるのかなと思い始めた。
百合名や千秋も、もしかしたら本当の恋を知らないのかもしれない。
「ねぇ、百合名や千秋は、今恋をしているの? その、燃えるような、心を焦がすような恋のことなんだけれど」
最初に口を開いたのは千秋だった。長身で結構な巨乳の身体は、それこそ人の目に付く存在だ。
性格はドライでサバサバしている。口数は少ないが、実は結構ねちっこいところがあり、内心でブツブツ呟く腹黒さんでもある。
「私はしていないよ。そんな身を焦がす恋なんかしたら、本当に身がもたないから」
「あら、意味ありげな発言ね。経験者が言うと、重さを感じるわ」
これはおしゃべり大好きな百合名だ。小柄ながら胸は大きく、童顔ということもあって、男子からは結構モテていた。それでも現在は彼氏がいないという。
「恋って確かにいいものなんだけど、本当に辛いんだよね。忘れたくてもそれができないからなおさらだよ」
千秋の発言で紗央厘はハッとした。
紗央厘は容姿端麗、才色兼備で男子の憧れの存在だった。
そんな紗央厘の悩みは、別の次元にあった。
「私の家系は厳格なのよ。本来なら結婚してからじゃないとダメなんだけれど、時代が時代だけに、二十歳になるまでは貞操を守らないといけないのよ。だから、私の願いは、彼の性欲がなくなりますように、なのよ。わかる? 私の苦しみが」
四人の空気が固まった。順調満帆な花道を歩んでいるかと思われた紗央厘だが、思った以上に堅苦しい鎖に繋がれているようだった。
千秋が重い口を開いた。
「美しい純愛なれど、男子には受けないわね。なるほど、紗央厘の悩みは深刻だわ……」
次いで百合名が口を開いた。
「ぅわ…… それって相手の男子は半分地獄のようなものだよ。こんなエロボディーを目の前にして、あと三年待って、なんてありえないよ。でも、いくら処女の紗央厘でも、性欲はあるんでしょ? 一人でするの? それとも二人でするのかな?」
「しないしない。そんなことしない」
「何を恥ずかしがっているのよ。同じ女子じゃない。照れない照れない。で、本当のことろは?」
「だから、二人ではしない、一人ではたまにする……」
「よろしいっ、それでこそ我が紗央厘姫だわ。我らのエロスの代表……」
「こらっ、人をエロそーに見るなっ。だいたい同じ女子ではないわよ。少なくとも処女なんだから一緒にしないでくれる」
「おー、出た出た姫ならではの清楚ぶりっ子。真似したくてもできない上品ぷりっ」
「はいはい、おほめのお言葉ありがとうございます。嬉しくないけれどね。百合名のそういうところ、本当に羨ましいわ」
「ぇ? 紗央厘が私のどこを羨ましがるのかしらね。ぁ。わかった、私の感度の……」
「わかったっ、もういいから、それ以上は言わないでよ」
「ぇー、誘導尋問的に紗央厘の期待に応えてあげようとしたのに残念ね」
「私はそんなことを期待なんかしないわよ。なんであんたはそんなにエロいのよ。信じられない」
二人のやりとりを見ていた幸奈がようやく口を挟んだ。
「二人って仲が良いのか悪いのかわからないね。なんとかは仲が良いっていうから、きっと良いんだろうけれど。それにしても、何だか対極の関係だよね、百合名と紗央厘って」
そこに千秋も参加してきた。
「クールなモデルさんと、萌え萌えのアイドルみたいだね。ついでに言えば、潔癖症さんとエロエロさんかな」
ふふっと幸奈が笑った。そして、楽しいなと心底思った。
自分は恋をしたことないが、その時がまだ来ていないだけで、別に焦る必要はないなと思った。
この友達といる時間がとても好きだった。このかけがいのない時間を大切にしたかった。
もしも私が誰かに恋をしてしまったら、この関係は少しずつ崩れていくのかもしれない。そう思うと、何だか胸が苦しくなるのだった。
ばんっと、千秋が背中を叩いた。大柄な千秋に叩かれると、体が少し浮いてしまう。
「大丈夫、幸奈もちゃんと恋はできるよ。幸奈は可愛いから時間の問題だね」
「ぅ、うん。ありがとう、千秋。でも少し怖いんだ。恋をしてしまったら、この関係が崩れるんじゃないかと思って……」
「そんな心配は無用だよ。私達の関係はそんな脆いわけないだろう。それより心配なのは、もし幸奈が恋をしたとする。その苦しみに幸奈は耐えられるかなんだよな」
「ぇ? 恋ってそんなに苦しいものなの? 千秋がしていた恋って苦しいものだったの?」
「ああ、苦しかったさ…… 今でも苦しんでいるよ。だから私は新しい恋ができるようにお願いをするのさ」
「千秋は本当の恋をしているんだね…… 甘くて切ない、身が千切れそうな恋を……」
「そういうことさ。だから幸奈も覚悟をしておくんだな。後悔するなよ。恋なんかするんじゃなかった、なんてな」
千秋の話を、紗央厘は遠くで聞いていた。
その表情を、百合名はじっと見ていた。
その三人の間にあった空気が、いつもと違っているのに幸奈は気付き、不安を感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます