第17話 逃避行

「星の位置から考えて、この方向で間違いないわね。急ぎましょう」




闇夜の中を、リーフを先頭に剛士一行はひたすら西へと進んでいる。数時間前脱出した街は最早影も形も見えず、逃避行は順調なように思えた。しかし時折街道を急いで駆けていく騎士が何騎か姿を現すので、その度に剛士達は近くに身を潜め、彼等の目を避けねばならない。通り過ぎては戻ってくる馬上の騎士を見送りながら、剛士はウンザリしたように深いため息を吐き出した。




「しっかし、しつこい奴等だな……俺が協力を蹴ったのがそんなに気にくわなかったのか?」


「いや、その事もあるだろうけど、今ロードが一番重視しているのは別のところだと思うぜ」




剛士の愚痴にファングが答える。どう言う事かと目線だけで問いかける剛士に、彼は肩をすくめながら答えた。




「あの男、奇妙な仮面を被ってまで顔を見られるのを嫌がっていただろ? それに火傷だかなんだかで爛れた顔にあの怒りよう。どうやらロードにとっちゃ、顔を見られるのが何よりも赦せない事みたいだからな。故意では無いと言っても、それをやってしまった俺達の存在を見逃すつもりは無いんだろう」


「……つまり、奴の目的は本よりも俺達の命だと?」


「そう考えるのが妥当じゃ無いか? 本の事だけであそこまで怒るとは思えないし」




言われて剛士は屋敷での出来事を振り返ってみる。二つに割れた仮面の中から現れた醜い顔。一瞬だけとは言え、凄まじい殺気の籠もったロードの目を思い返し、思わず身震いしてしまう。




「しかしあの顔は何だったんだ? ただの火傷なら魔法で何とかなるんじゃないのか?」




この世界に転生して以来、実際に剛士が目にした魔法はエルフ関連だけだ。それも攻撃魔法や治癒魔法などのわかりやすい効果ではなく、門を開けたり落下速度を軽減したりと、補助的な役割を果たす地味な魔法ばかりだった。その為に、見た事も無い治癒魔法がどの程度まで効果があるのか、想像の域を出ないでいる。そんな無知とも言える剛士の態度に呆れる事無く、今度はナディアが答えてくれる。




「治癒魔法はそこまで便利じゃ無いわよ。まず、病気は治せないし古傷も消せない。治せるのは治療を必要としている、まだ塞がりきっていない怪我だけなのよ。もっとも、それは一般的な魔法使いのレベルの話で、人によってはどんな傷でも綺麗に消し去れる事もあるんだって」


「ふーん……別に万能ってわけじゃないのか……」




魔法と言うだけあって何でもありなのかと思っていたのだが、実はそうでも無いと知って剛士は少しガッカリしていた。




「ロードぐらい地位と権力を持ってる人間でも顔があのままって事は……たぶんアレは後天的なものじゃなく、生まれつきなんじゃない?」


「なるほどね。確かにそれなら説明つくかも。生まれつきあの顔なら、いくら魔法をかけても治るはずが無い。なぜなら、あの状態が正常なんだから」


「そう言う事」




魔法の知識があるらしいナディアとリーフは合点がいったとばかりに納得している。




「魔法の事はよくわからんが、ロードが俺達を殺したがっているのはわかった。で……だ。仮にこのまま国境を過ぎたとして、奴は諦めると思うか?」




現在彼等が西に向かっているのは、この国から脱出して他国に逃げるためだ。たとえ他の領主の治世下にある他の街に拠点を移したところで、同じ国内ではどのような形でロードの影響を受けるか知れたものではない。その為の安全策として、彼等の手が届かない他国に逃げようとしていたのだ。




「流石に他国に逃げた俺達をどうこうするって可能性は低いと思うが……この執念深さだとわからんな」


「暗殺者ぐらいは雇ってもおかしくないよね」


「むしろ一番可能性があるのは、国境での待ち伏せだと思うぜ」




国境――言わずと知れた国と国との境目だ。当然そこには関所が設けられていて、出入国が厳しく管理されている――はずなのだが、主要な街道以外は案外ザルな管理らしい。現代日本でも空と海はレーダー等で常時監視されているはずなのに、某国の工作員が好きに出入りしていた過去もあるので、あまり馬鹿に出来たものではない。




警備がザルと言っても、この闇夜の中で山中を踏破するのは困難の一言だ。ハッキリと見えない中で凹凸のある地面を歩くのは登山の熟練者でも難しいし、野生動物と遭遇する危険もある。何よりこの世界にはモンスターの存在があるため、それらへの警戒も怠れない。ほぼ確実に待ち伏せされている関所に向かうか、危険を承知で山中を突っ切るか、思案のしどころだった。




「そろそろ国境が近いわけだが、どっちに向かうのか方針を決めておかないとな」




更に数時間が経過し、そろそろ日付が変わったであろう時間になった頃、唐突に口を開いたファングがそう言った。ナディアとリーフがどうするんだとばかりに剛士に目線を送る。歩き疲れて口数の減っていた剛士は、突然決断を迫られた事に戸惑うばかりだ。




「え、俺が決めるの?」


「そりゃあね。私達の命綱でもあるその本を読めるのは剛士だけだし、剛士が決めるのが筋なんじゃ無いの?」


「何でも良いからさっさと決めてよね。私は速く次の街に移ってお風呂に入りたいんだから」


「一応剛士は俺達のリーダーって認識なんだが……」




リーフはともかくとして、ナディアとファングは剛士の意見に従う方針らしい。戦闘力の無さや気の弱さなど、人間としての脆弱さを無視しても人を立てる――世間の荒波に揉まれてきた彼等冒険者の処世術の一つだった。




ここに来ていつまでもウダウダと考えている余裕は無いと判断した剛士は




「よし、それじゃあ山の中を突っ切ろう。ロードの戦力が待ち構えている関所よりはマシだろうからな」




と、あっさり方針を決定した。当然剛士の事だから深く考えての決断では無い。ただの勘だ。




街道から外れ次第に山へと入って行く四人。彼等が進む山からは、不気味な雰囲気が漂っていた。

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