第18話 インテリジェンス・ソード

深夜に登山は自殺行為でしかないが、幸い剛士達が足を踏み入れた山の標高はせいぜい百から二百メートル程度だ。それでも平地を歩くのと違い、進むのには多大な体力と気力を必要としていた。ファングとナディアは冒険者だけあって体力は人並み以上にあるため、多少足下を気にしつつではあるものの、問題なく進めている。人間より遙かに夜目が利き、森の中で生活していたリーフに至っては余裕で進んでいるし、この中で一番足を引っ張っているのは言わずもがなの剛士だった。




「ちょっ……ちょっと、休憩しようぜ……」


「またぁ? さっき休んだとこじゃないの」


「まあまあ、リーフ。いいじゃない。剛士は体を動かすの得意じゃ無いみたいだし、あたし達のペースに合わせるのは辛いはずよ」




頻繁に休憩を訴える剛士に対して、リーフは不機嫌さを隠そうともしない。ナディアが取りなさなければ今頃口げんかになっていたはずだ。




「……街まであとどのぐらいあるんだ?」


「半日も歩けば着くはずだぜ。国境を越えてすぐの所に結構大きな街があるはずだからな。地図で言うと、今俺達が居るのはこの辺りだ」




休憩所に選んだ少し開けた場所の地面に、ファングは拾った小枝で地図を書いていく。彼の地図によると、剛士達が居る地点の真北に関所があり、そこから真っ直ぐ西に向かった所に目的の街があるようだ。剛士達は関所を大きく迂回しているので、一旦国境を越えてから、改めて街道沿いに北上する予定だった。




「多少遅れ気味だけど、今の所順調だと思うわ。魔物の姿も見てないしね」




何気なく漏れたナディアの言葉に彼女以外の面子の肩がピクリと反応するのを見て、彼女は不思議そうに首をかしげる。




「どうしたのみんな?」


「……いや、わかってたけど敢えて言わないようにしてたんだよ」


「……そんな事言うと本当に出てきそうでしょ?」


「死亡フラグって奴だな」




ガサリ――と、遠くない場所から草の揺れる音が聞こえた途端、彼等は一斉に行動を起こした。ファングとナディアは剣を構えて音の下方向を向き、リーフは一人だけ木の上に飛び乗って魔法を使う準備に入り、剛士はチートマニュアルを頭に被ってその場にスライディングした。まるでSWATが突入してきた途端、無抵抗を示す犯罪者のように。




「何だ!?」




彼等が注目する中、草むらから這い出てきたのは一匹の魔物だった。熊に似た体躯のその魔物は、人間はおろか獣人であるファングなど比較にならないほど巨大であり、その丸太のような腕を一度振るえば人間など簡単に肉片に変えるだろう事が容易に想像できた。熊と決定的に違うのは頭に生えた角だ。鹿のような立派な長さを誇る枝分かれした角が、魔物の頭から生えている。




こんな危険な存在と正面から戦って無事に済むとも思えず、本来なら逃げるのが最善の選択なのだろうが、剛士達はその場から動こうとしなかった。なぜなら、這い出てきたその魔物が力尽きたようにその場に崩れ落ちたからだ。




地響きを上げながら倒れ込んだその巨大な魔物の意外な最後を目の当たりにして、剛士達は誰一人声も上げられない。土埃の舞い上がるその場は沈黙に支配されていたが、意外な場所からそれは破られた。




「いやいや、ギリギリ倒せて良かったぜ。もう少し粘られたら危なかったな」




魔物は確かに死んでいる。ピクリとも動かないし、その巨大な体には誰が差したかわからない一本の剣が突き刺さったままだ。なのに声だけは魔物から聞こえてくるではないか。一体誰が喋っているのかと全員でキョロキョロしていると、それに苛ついたように声の主は怒鳴り声を上げる。




「何処を見てるんだよ! ここだここ! お前らの目の前に居るだろうが!」


「……まさか……」


「そう! そのまさかだ! お前らの目の前にある剣。それが俺だ!」




驚くべき事に、さっきから喋っていたのは魔物の背中に突き立った一本の剣だった。




「こいつは驚いた。インテリジェンス・ソードってやつか……初めて見たぜ……」


「私も。聞いた事はあるけど見た事無かったよ。本当にあるんだね」




ファングとナディアは驚きつつも受け入れているが、この場で事態について行けない者が二人ばかり居た。言うまでもなく剛士とリーフだ。




「ねぇ、ちょっと。インテリジェンス・ソードって何? その喋る剣は何なのよ?」


「ああ、それは――」


「それは俺から説明するぜエルフの嬢ちゃん。インテリジェンス・ソードってのはな――」




説明しかけたファングを遮り、剣は自分で語り出す。インテリジェンス・ソード――意志を持った剣の事だ。勝手に跳び回って戦ったり、複数の魔法を使ったりと色々便利な武器でもある。北欧神話や古いテーブルトークRPGで有名だったが、最近だと某使い魔的なラノベに出てきた剣の影響で知名度が上がっているのかも知れない。




「つまり俺は選ばれた剣ってわけだ。運が良いなお前ら。俺を使わせてやっても良いぜ」




「「…………」」




体があれば胸を反らしているような言い草に、剛士達は無言で顔を見合わせる。そして彼等は一つ頷くと、無言でその場から立ち去り始めた。




「お、おいお前ら! どこに行く気だ! 俺を使わせてやろうって言ってるのがわからないのか!?」


「あ、いえ、結構です。間に合ってるんで」




まるでN○Kが家に訪ねてきた時のようにあっさりと剣を無視する剛士達。いくら欲深い剛士やリーフであっても、正体不明な喋る剣を持ち歩こうとは思わないのだ。




「ちょっと、ちょっと待ってって! お願いだから! 話を聞いてください! 見捨てないで!」


「……なんだようるせえなあ……」




あまりにしつこいので思わず足を止めると、ここぞとばかりに剣は話始めた。彼――と言って良いのかどうか判断がつかないが、彼の説明によるとこうだ。彼は今まで一人の冒険者と共に冒険を繰り返していたのだが、ある時些細な事が切っ掛けで仲違いをしたのだった。冒険の方針や今後の人生設計、音楽性の違いなど理由は色々あったのだろうが、とにかく剣とその持ち主はこの山中で喧嘩別れをした。




分かれた当初こそ鬱陶しい奴とオサラバ出来てせいせいしたと思っていた剣だったが、次第に焦りを強くする。何故なら、彼は基本的に誰かに運んで貰わねば動く事も出来ず、放っておいたら錆び付いて朽ち果てるしかなくなるからだ。




とは言ってもこの山中だ。剛士達のような国境越えを目的とする者達を除けば、後は剣の持ち主であった冒険者のような物好きしかこんな場所までやってこない。ほぼ人通りが皆無な場所で為す術もなく朽ちるのを良しとせず、彼は最後の賭に出た。誰かに拾って貰うために、とりあえず移動するために。




彼の持ついくつかの能力の中に、溜めたエネルギーを使って、ほんの数メートルを飛行する力がある。たまたま通りかかった魔物を見つけた剣は一か八か、力を振り絞って魔物の背中に向けて特攻した。いくら強力な魔物でも、人の気配もしないところから不意打ちされては防ぐ手段などなく、剣は魔物の背中に深々と突き立てられる事になった。苦しんだ魔物は絶命するまであちこちで暴れ回り、最後の最後に剛士達の前で力尽きたと言うわけだ。




「……つまり、お前は俺達に新たな持ち主になって欲しいと?」


「そう言う事。剣ってのは使われてなんぼだろ。なあ、ここで会ったのも何かの縁だ。連れてってくれよ」




懇願するような声色に、剛士達はどうしたものかと顔を見合わせた。インテリジェンス・ソードは確かに便利な武器だ。持ち主に使えない能力を行使したり、勝手に戦ってくれたりと色々便利な面がある。それだけに、普通はそんな物を手放そうとは思わない。つまり、思わず手放したくなるような問題が、この剣に隠されている事を意味していた。




「お前、何が出来るんだ?」


「色々出来るぜ。今話したように一瞬だけ空を飛んだり、二種類だけだが魔法を使う事も出来る。炎と光だ。後は、握ってさえいてくれれば持ち主が気絶した後も戦い続ける事が出来るんだ。お得だろ?」


「で? デメリットは?」


「……俺は定期的に硬貨を栄養として取り込む必要があるんだ。銅貨なら数日、銀貨なら一、二週間。金貨なら一ヶ月ぐらい……」


「なんだそりゃ!? 金食い虫も良いところじゃないか!?」




思わず素っ頓狂な声を上げる剛士。彼が驚くのも無理はない。持ち主の魔力や生命力ならわかるが、金を動力源にする剣など聞いた事が無い。まるで百円玉を投入すると数分動く子供向けの乗り物のような、ファンタジーとかけ離れた剣だ。




「なるほどな。それなら本来貴重なはずのインテリジェンス・ソードを手放すのもわかる気がするぜ。金がいくらあっても足りない上に性能も微妙、おまけに口が悪いとなりゃ捨てられても仕方ないな」


「…………」




ファングの言葉に反論する様子がないところを見ると図星なのだろう。本来曲がるはずのない頑丈な剣が、まるで頭を下げているようにしおれているのだ。そんな様子を見て流石に哀れに思ったのか、ナディアが割って入る。




「ま、まあまあ! そこまで言わなくても良いんじゃない? 彼も反省してるみたいだし。それに剛士、これって君にとって良い機会だと思うんだよね」


「どういう事だ?」


「だって君、戦いは全然駄目なんでしょ? 彼の力を借りれば、一応身を守る事ぐらいは出来るようになると思うわよ。君の特技はお金儲け。彼はお金を食べて君を守る。良い関係を築けると思うんだけど?」




言われて初めて、剛士はインテリジェンス・ソードの有効性に気がついた。ナディアの言うように、この剣を持っていればゴロツキに絡まれようが魔物に襲われようが、文字通り切り抜ける事が出来るのだ。




「なるほど。それもそうか。よし、お前! 喜ぶが良い! 近いうちに大金持ちになる予定のこの俺が、お前を使ってやろうじゃないか!」


「……お前が? なんか凄く弱そうで嫌だな……。出来ればそっちの姉ちゃん達のどっちかに使って貰いたい」


「贅沢抜かすな! 文句言うならこのまま放置するぞ!」


「わかったわかった。じゃあもうオッサンで良いよ。その代わりすぐに硬貨を食べさせてくれ。そろそろ腹が減って限界だからな」




魔物の背中に突き立ったままの剣を手に取り、剛士は一気に引き抜いた。血の滴る刀身は黒く、鞘の装飾は見事だが色がグレーと、全体的に暗い印象を与える剣だ。口や目に該当する部分がないので何処から回りを観察して声を出しているのか全く不明なのだが、物事を深く考えない剛士はそんな事を気にしない。




「ところでお前の名前はなんて言うんだ?」


「名前か……。前の持ち主が使ってたものならあるけど、縁起が悪いから新しい名前をオッサンがつけてくれ。カッコイイやつを頼むぞ」


「そうだな……じゃあ、フラガにしよう。敵の意思に反応して自動で戦う剣にフラガラッハってのがある。中途半端なお前の性能なら、名前も中途半端にしておこう」


「なんか気になる言い方だな……でもまあ良いか。フラガ。良い名だ」




新たな名前が気に入ったのか、フラガはまるで喜びを表すように刀身を震わせた。こうして、剛士は護身用の武器を手に入れたのだった。


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