第16話 街の外へ

取るものも取りあえず、剛士達四人は人目を避けつつ外壁を目指して走った。この街の領主に追われている状況で、馬鹿正直に門から出ようとするのは自殺行為だ。なので外壁を乗り越えて街を脱出するのが一番安全な方法となる。




この街は頑強な外壁に囲まれ猫の子一匹抜け出す隙間も無い――はずもなく、普通に乗り越えるのは難しくても、魔法の助けを借りれば十分脱出できる箇所がある。当然その情報は新たに仲間になった二人の冒険者からもたらされたものだ。




「あんた達を見捨てたところで、俺達の顔もロードに覚えられてるだろうからな」


「仮面を被ってまで隠したかった秘密を目にしたんだから、いくらギルドの依頼で護衛していたって弁解したところで、殺される危険もあるでしょ?」




道すがら二人が言っていた事だ。単純に金だけで無く、自分達も命の危険にさらされている――言わば一蓮托生の状況だったため、一発逆転できる力を持った剛士達に協力する事を決めのだ。




「ところで、自己紹介がまだだったな」




獣人の男はファングと名乗った。名字はなく、生まれも違う国だそうだ。腕一本で生きていくと故郷を飛び出して早十年。現在は二十五になる。色々と苦労しつつも何とか冒険者として生きてきた強者だ。彼の武器は本来大剣だが、今持っているのは予備の物だ。領主の屋敷を訪れるのに気を遣って見た目を優先した武器を選んだら、愛用の武器を屋敷に置き去りにする羽目になったのだった。




「また儲けたら真っ先に俺の武器を新調してくれよな」




多少顔が引きつりながらも剣への未練を断ち切る様は、流石に切り替えの速い冒険者と言ったところか。武器に固執して命を失う訳にはいかないのだろう。




「私はナディアよ。よろしくね」


(不思議の海の……?)




と、一瞬浮かんだ考えを、頭を振って剛士は追い出す。ナディアと名乗る女は異色の経歴だった。彼女はもともと孤児であり、慈善事業をしているとある金持ちの家に貰われていった。腹一杯食べられる毎日の食事に温かい寝床、何不自由の無い暮らしが続くバラ色の未来だ。そこで終わっておけば美談で済んだのだが、彼女を引き取った金持ちというのがまともな人間では無く、実は盗賊ギルドの一員だったのだ。




彼等の目的はただ一つ。身寄りの無い沢山の子供を引き取り、幼い頃から盗賊の技術を叩き込むことだった。一口に盗賊ギルドと言っても仕事は様々だ。純粋にスリの腕を見込まれて他人の懐から財布を抜き取る者。家に押し込んで力尽くで奪う者。巧みな話術で金品を巻き上げる者など、各分野にふさわしい教育を受ける事になる。ナディアのような女の子の場合、どの才能も無ければ売春婦として働かされる場合もあるのだが、幸い彼女は他の子供に比べて身体能力が高かった。




彼女の受けた訓練――それはシーフとして冒険者パーティーに同行し、お宝をギルドに持ち帰る事だった。ナディアはよく働いた。生来の器用さやすばしっこさ、そして訓練で培ってきた注意深さも相まって、瞬く間に生まれた街を代表する冒険者へと成長した……までは良かったのだが、ある日盗賊ギルドと揉めた事で彼女の人生は一変する。




毎回お宝を持ち帰ってもピンハネされる日々に我慢の限界が来たナディアは、ギルドを抜けたいと申し出た。しかしギルドがそんな事を許可するはずも無く、当然拒否され制裁されそうになったところ、彼女は間一髪で逃げ出して、今は遠く離れたこの国で暮らしている。流石の盗賊ギルドも、他国のギルドの縄張りにまで手は出せないので、今の所平穏な毎日を過ごせていたのだった。




「だから腕には自信があるのよ。罠の発見とかモンスターの生態とか、冒険に関わる事なら任せてよ」




自信満々に笑みを浮かべるナディアに、剛士とリーフは力強いものを感じていた。




「さて、着いたぜ」




町外れにある人気のあまり無い地区に四人は立っている。街の中心部から遠く離れているため、明かりと言えば夜空に輝く月と星ぐらいしか無い場所だ。この地区に住む住民達は皆貧しく、蝋燭を買う金も無いために日没と共に寝入るのが普通なのだ。




剛士達の前にはところどころ朽ちてはいるものの、それでも尚侵入も脱出も許さないとばかりに強固な外壁がそびえ立っている。




「とても乗り越えられそうに無いけど、どうする――」


「剛士は引っ込んでて。私に任せなさい」




そう言って一人前に出たリーフ。地面に手をついて動かない彼女に声をかけようとした剛士を、ファングとナディアの二人が止める。口に人差し指を当て、喋るなと言うポーズ付きだ。やがて準備が整ったのか、リーフは小さく呟いた。




「……土の精霊よ。私に力を貸してちょうだい」




彼女がそう呟いた途端、剛士達の立っている地面が凄い勢いで隆起し始めた。




「うわ!?」




思わず声を上げる剛士を乗せて、四人が立っていた大地はちょうど外壁と同じ高さにまで隆起した。いきなりの事で呆気にとられた剛士が思わず下を覗くと、さっきまで居た地面が十メートルは下にある。




「な、なんだこれ。凄いな……」


「ふふん! ざっとこんなもんよ! 見直した?」


「大したものね。ここまで精霊魔法を使える人は滅多に居ないわ」


「同感。あんた、冒険者としても十分やっていけるぜ」




口々に褒め称えるファングとナディアの賞賛に、リーフは今にもひっくり返りそうなぐらい薄い胸を反らしてふんぞり返っている。




(貧乳が何をやってるんだか……)




そう思っても口に出さない程度の理性は剛士にもある。リーフを怒らせると色々と面倒なのは、骨身に染みているからだ。




「おい、それよりここからどうするんだ? 飛び降りるのか?」


「当たり前でしょ? 屋敷を抜け出す時だって私の魔法が無きゃ足が折れてたわよ」


「……そう言えばそうだったっけ?」




無我夢中だったために、さっきの事を剛士はあまり覚えていない。




「ま、まあいいや。それより速く逃げよう。グズグズしてると追っ手が来るぞ」


「それもそうだな。じゃあリーフ、頼めるか?」


「わかったわ」




再びリーフの使う魔法の助けを得て、剛士達四人は外壁の外へと勢いよく身を投げた。

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