第13話 リーフの日常
「俺だ、入るぞ」
返事も待たずにドアを開けリーフの私室にズカズカと入って行く剛士。途端に彼の顔面目がけて何かが飛んできたので慌てて身を捻りソレを躱す。背後でガラスが砕けたような音と共に、高価な調度品の一つが無残な姿を晒しているのを見て、冷や汗を流した。
「あ、危ないだろ!」
「勝手に入るなって何度も言ってるでしょうが!」
「だからって壺を投げつける奴があるか!」
リーフは以前から剛士に対して遠慮の無い性格だったが、ここ最近は特に酷くなってきている。退屈な村から出てタガが外れたのかどうかは不明だが、剛士ほどでは無いにしろ、彼女もすぐ調子に乗る性格だ。好きなだけ金を使い、召し使いに囲まれる生活を続けている内に、他人に対する配慮や思いやりの心がスッポリと抜け落ちていたのだろう。
「何の用なのよ?」
(まったくこの女は……命の共有なんて呪いさえ無きゃ、さっさと叩き出してやるのに)
苦々しく思いながらも気を取り直し、剛士は知らずに震えていた足に力を込めて自分を叱咤する。この世界に来て何度か危ない目には遭っているが、相変わらず荒事には慣れていないのだ。
(こんな震えてばかりいてどうする! 俺はアイ○ルのチワワや西○カナじゃないんだぞ!)
お前はバイブかと言うぐらいビビって震えまくっている自分を客観視しつつ、剛士は次第に心を落ち着かせていく。今、彼は最近獲得した能力――別の事を考えて気を紛らせる――を実行しているのだ。(注※誰でも出来ます)
気を取り直した剛士は改めてリーフと向き合い、何事も無かったかのように口を開いた。
「ごほん! えーと、実はな。ある人物から俺達に招待状が届いたんだ」
「招待状? 誰からよ?」
「それを今から説明する。これを送ってきたのは――」
§ § §
「なるほどね。拒否したらヤバい事になるのか……。じゃあ行くしか無いわね」
「お、ゴネるかと思ったのに、案外あっさりと納得したな」
「そりゃ本当なら行きたくないわよ。面倒くさいし退屈そうだし。でも無視して今の生活の邪魔されるのはもっと嫌だからね。仕方なくよ。それに、もっと儲けられるかも知れないんでしょ? 私、一度お城に住んでみたかったのよ。こんな小さな屋敷じゃ無くて、最終的にはお城に住んでみたいわね」
「……俺も大概だが、お前の欲深さには負けそうだな……」
人は一度裕福な生活を経験すると生活レベルを落とす事が出来なくなる――とは、○休さんで桔梗屋さんが言っていた名言だ。良い事を言う。流石は中央児童福祉審議会推薦番組だけの事はある。今のオッサン連中が子供の頃、夏休みの度に繰り返し放送されていたのは伊達では無いのだ。
まあそれが理由かどうかはハッキリしないものの、リーフも渋々招待を受ける事に納得した。
§ § §
翌日の夕刻。剛士達の住む屋敷の前には、一台の立派な馬車が到着していた。一般的な馬車と違い二頭立てな上に、馬車自体の作りもかなり金をかけているのが一目でわかる代物だ。ドアに使われている装飾は勿論の事、蝶番やドアノブに至るまでピカピカに磨き上げられている。それはつまり、そんな細かいところまで人を雇って管理させる事が出来るとという意味だ。
「剛士様とリーフ様ですね? お迎えに上がりました。私はロード様の使いのクルストと申します。以後、お見知りおきを」
恭しく頭を下げた男はそう名乗った。年の頃は三十半ばほどだろうか。ピシッとした衣服を身に纏い、頭髪はジェルで固めたように風に揺るぎもせず、どこか機械的な冷たさを感じさせる瞳を持つ人物だ。耳の形からして種族は人間で間違いない。人間の領主が治める地は、エルフやドワーフなどの亜人間が要職に就く事は少ないため、これは別に不自然な事では無かった。
剛士は即座に
(コイツのあだ名はジェルだな)
と、とても失礼な事を考えていた。
「こちらこそよろしくお願いします。剛士です」
「……リーフです」
日本で長く社会人として働いてきた剛士は、たとえコイツは気が合いそうに無いなと思う相手に対しても、表面上友好的に接する事になれている。しかしリーフは違う。彼女はエルフしか居ない村で最年少の未熟者として長年扱われてきた。その分彼女が自覚しないところで周囲のエルフが甘やかしていたために、我慢を知らない我が儘娘が出来上がってしまっていたのだ。なので今回領主の使いと言う、言うなれば取引先の社員に対してもぶっきらぼうな態度を取ってしまっている。
剛士はそんな彼女の態度に内心舌打ちしつつも、それを誤魔化すように彼女の前で笑顔を浮かべる。
普通なら眉をひそめるようなリーフの態度に、クルストは何の反応も示さない。二人に対してまるで関心が無いと言った風だ。
「さ、ロード様がお待ちです。お早く」
言葉遣いこそ丁寧なものの、さっさと馬車の中へ乗り込めとばかりに、スッと手で指し示すクルスト。二人は顔を見合わせると、どちらからともな馬車の中へと足を踏み入れた。
「なんか、緊張するな……」
「場違いな感じがする……」
護衛役の冒険者数名は帯剣こそ許されているが、普段愛用している鎧と違い剛士達と同じような礼服を身に纏っている。誰が見ても護衛なのだが、名目上は秘書なのでクルストもつまみ出すわけにはいかないようだ。
最後に乗ったクルストが馬車の扉をバタリと閉めると、それを待っていたかのように御者が馬に鞭を入れ、馬車はゆっくりと進み始めた。
「…………」
「…………」
馬車の中は無言だ。最初こそ場の雰囲気を和らげようと、剛士がお寒いギャグを飛ばしてみたものの、その場で反応したのは護衛役の冒険者達だけ。しかもあからさまな愛想笑いだ。それでもめげなかった剛士はクルストにロードの事をいくつか質問してみたが、「お会いになればわかります」と言う、つっけんどんな返答が返ってきたのみだった。
当然馬車の中の空気は最悪だ。リーフは不機嫌さを隠そうともしないし、冒険者達は空気に飲まれて視線を泳がせるのみ。剛士に至っては顔面を引きつらせつつ、脂汗を浮かべている有様だった。そんな拷問のような時間が小一時間ほど過ぎた頃、一行を乗せた馬車はようやく目的地であるロードの城へと到着した。
城と言っても大きさはそれ程ではない。街の規模がそこまで大きくないために、領主であるロードの居城も街の格に合わせているのだろうか、広い敷地に平屋建ての屋敷があるのみだ。
(てっきりヨーロッパにある石造りの建物を想像してたんだけど、肩すかしだな)
「さあ、お早く」
真っ先に馬車から降りてこちらを急かすクルストに頷きながら、剛士達はいそいそと屋敷の中へ足を踏み入れた。
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