第12話 招待状
ゴロツキ騒ぎから実に一週間が経っていた。現在剛士達二人は街中にある宿から離れ、住宅街に売りに出されていた豪邸に居を移していた。屋敷はそれ程大きくないと言っても、それは周りにある物と比べての話で、普通の人間では絶対に住む事が出来ないような豪邸だ。
中には剛士達の他数人のメイドとコック、そして執事と護衛である冒険者達が住んでいる。外には監視小屋が設けられており、二十四時間体制で屋敷の周囲を警戒している。それらの維持費用だけでも結構な額になるが、今の剛士にとって端金でしかない。
身なりを整え、まるでやり手のIT企業の社長のような胡散臭さを纏った剛士が机に向かって仕事するフリをしていた時、ドアがノックされて執事が入ってきた。彼の名はセバスチャン。この屋敷を商人ギルドから買い上げたとき、何人か紹介された執事候補の中の一人だ。初老と言って良い年齢で顔や手にはいくつもの皺が目立つ。口元にはちょび髭を生やしている。正直誰を選んでも能力が未知数だったので、名前で選んだだけなのだが。執事=セバスチャン。これは太古の昔から変わらない決まりだ。そんな新人執事は一通の手紙を剛士に差し出す。
「旦那様、お手紙が届いております」
「手紙? 誰から?」
「はい、この街の領主であるロード様からです」
「返事が来たか!」
ひったくるように手紙を受け取り、荒々しく封を破る。中に一枚だけあった手紙を取り出し、目を皿にして食い入るように手紙を読んでいく。やがて全てを読み終わった剛士は、手紙を机の上に放り出してニヤリと笑った。
「旦那様?」
「狙い通り乗ってきたな。領主からの招待状だ」
宝くじビジネスを始めてからの約一ヶ月間で、剛士達が稼いだ金額はそうとうな物になっている。それこそ普通の人間なら一生食うに困らない金額ぐらいは稼いでいるのだが、剛士はそれで満足するような男では無かった。
金はいくらあっても困らない。稼げば稼ぐだけもっと欲しくなる。中途半端に金持ちになってしまった者特有の心理に陥っていたのだ。
今のまま宝くじビジネスを続けていけば、資産がどんどん増えていくのは間違いない。しかし、いつまた闇の宿のような連中がちょっかいをかけてくるのかもわからず、かと言って資産が増え続ければ自分達だけで身を守るのも難しくなっていく。そこで強力な後ろ盾を手に入れると同時に、更に莫大な金儲けの機会を得るため、剛士はこの街の領主に取引を持ちかけたのだ。
――新しい武器を製造して、共に儲けよう――と。
最近になって急に名を上げてはいるものの、剛士とリーフは出自がハッキリしない、言ってしまえば何処の馬の骨ともわからない輩だ。そんな人間が持ちかけた儲け話、普通なら断るだろう。だからダメ元で話を持ちかけるだけ持ちかけてみたのだが、幸運にも領主が乗り気になってくれたのだ。
「これで領主と懇意になれば、安全に大儲けが出来るようになる。二度と闇の宿のような連中に脅される事も無くなるし、場合によっては、合法的に商売敵を潰す事も出来るようになるかも知れない。運が開けてきたな!」
一人で笑う剛士と対照的に、彼の執事であるセバスチャンは表情一つ崩さずに剛士の様子を観察していた。その目はまるで家畜でも眺めるように冷めていたのだが、調子に乗った剛士はまるで気がつかない。
「大変名誉な事ではございませんか。ロード様が誰かを招く事など滅多にございませんよ」
「ふふ、ま、わかる人間には俺の偉大さがわかるんだな。ところでセバスチャン。お前領主の事を知っている口ぶりだが、会った事があるのか?」
剛士の質問に一瞬目を細めたセバスチャンだったが、何事も無いように表情を取り繕う。
彼は一つ咳払いした後、自分の知りうる情報を語り始めた。
「私の知る限り、ロード様は偏屈な人嫌いで有名なお方ですな。……普段の生活でも、余程のことが無い限り執務室から滅多に出てこないそうなのです」
「……なんだそりゃ。そんなんでよく街を治めていけるもんだな」
「配下へは全て指示書で命令を下していると聞いた事があります。なので一部の人間しか彼と直接会った事が無いんだとか。平民では誰も姿を見た事が無いため、巷では『顔無し領主』として有名ですよ」
何者かわからないのに知名度だけはある。まるで関西で言うところのアダ・マウ○のような存在だなと思いつつ、剛士はどうしたものかと首を捻る。
「……大丈夫なのかそれ? なんか急に会うのが嫌になってきたんだが……」
「今更断る事など出来ませんよ。非礼に当たりますし、まして話を持ちかけたのはこちらです。ここで投げ出せば後でどんな報復が待っているか……。彼はこの街の支配者。突然法を変えて、無実の貴方を犯罪者に仕立て上げるぐらい訳はないでしょうな」
言外に、誘いに乗っておけと言わんばかりのセバスチャンの言葉に、剛士は渋々頷いた。セバスチャンは今までいくつもの主に仕えてきたベテランの執事らしい。彼の忠告には従っておいた方が良いですよ――と言う商人の言葉を思い出したためだ。
「断れないなら乗るしか無いな。一応護衛は連れて行くとして……リーフはどうした?」
剛士とリーフがこの屋敷に移り住んでから日中二人が顔を合わせる事は少ない。剛士は執務室で仕事をするフリをしながら、次の金儲けに使える手は無いかとチートマニュアルを熟読している。その間リーフは街から買い上げた様々な商品――主に化粧品や装飾品をあれこれと取っ替え引っ替え身に纏ったり、街で評判の美食を屋敷に届けさせたりと、剛士の稼いだ金を湯水のように使って散財していた。二人は別に恋人同士でも何でも無いので、これが人間の女なら剛士に気兼ねなく男娼でも買いあさるのだろうが、生憎とエルフであるリーフにはそれほど性欲も無い。なので彼女は暇な毎日に刺激を求め、いろいろな物に金を使っていたのだ。
「リーフ様は……いつものようにお屋敷の中でくつろいでおられます」
「物は言いようだな。良い。あいつには俺から直接言おう」
頭を下げるセバスチャンを部屋に残し、剛士はリーフの部屋へと足を向けた。
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