第11話 博打

初めての街は様々な人種で溢れていた。ネコミミや尻尾の生えた女の子や、背中に翼を持ったオッサン。直立歩行するトカゲや腕が四本ある女まで、数え上げればキリが無いほど姿形の違う者達がいて、そんな人々が街の往来を闊歩しているのだ。この世界に来て人間とエルフしか見た事のない剛士はもちろん初めて都会に出てきたリーフも、剛士と同じように口をポカンと開けたまま、そんな光景を眺めていた。




「すっごいわね。話には聞いてたけど、これだけの人種が一つの所に集まるなんて感動ものだわ!」


「確かに凄い……俺好みの女の子もいるみたいだし」




知らずに顔がにやける剛士に、リーフは視線を厳しくした。




「……別にあんたが何処でどんな目に遭おうと勝手だけど、私を巻き込むのだけは勘弁してよね。共有の呪い――忘れたわけじゃないんでしょ?」


「……もちろん。一時たりとも忘れてないぞ」


「どうだか」




当然のことながら、街行く女の子を目で追っていた剛士は綺麗さっぱりそのことを忘れ去っていた。




「そんな事より宿を探そうぜ。拠点になる場所を確保しとかないと、金儲けどころじゃないぞ」


「それもそうね。じゃあ行きましょうか」




門をくぐった旅人達の流れに乗り剛士達は大通りを進んでいく。何処に何があるのか解らなくても、外から入ってきた人間の大部分のやる事は大体が宿探しなので、彼等の後ろについて行けば自然と宿屋が見つかるというわけだ。




予想は的中して宿屋の連なる通りに来ると、そこでは各宿の客引きが笑顔を浮かべながら自分達の宿を宣伝していた。




「今なら一泊銀貨一枚! 朝飯付きだよ! 部屋は残り僅かだ!」


「一泊銅貨八枚! たったの八枚払うだけで暖かいベッドで眠れるよ!」


「そこのお兄さん! うちの宿はどうだい!? 可愛い女の子が接待してくれる部屋が一泊銀貨五枚で泊まれるんだ! 寄ってっておくれ!」




右から左から様々な勧誘の文句が飛び交う。中には強引に腕を取って宿に引き込もうとする客引きとトラブルになっている宿もあるようだ。そんな喧噪の中、剛士を先頭に二人はズンズンと歩いていく。夜の街の客引きなど前世で散々経験している剛士にとっては何でもない事だが、流石に人混み自体が初めてのリーフは不安なのだろう、遠慮がちに剛士の服を掴んで離そうとしなかった。




「お二人さん宿は決まってるの? うちなら二人で銀貨一枚と半分だよ」


「高いな。パスだ」


「そこの美男美女のお二人! うちは一泊一人銅貨六枚でいいよ」


「遠慮する」


「ね、ねえ。さっきから全部無視してるけど、話を聞かなくていいの?」


「いいんだよ。適当に無視しとけ。向こうも気にしてないって」




(客引き相手の対処なんかどこの世界でも一緒だ。下手に話を聞こうとしたら、それだけで店の中に引きずり込まれる事がある。無視か素っ気ない態度が一番だ)




世間知らずのリーフならともかく、剛士も伊達に歳を取っていない。客引きのあしらい方など慣れたものだった。そんな調子で先に進んでいると、次第に大通りの喧噪から離れていく。周囲は人がまばらになり、あまりパッとしない店舗がいくつか並ぶだけの寂れた地域に二人は足を踏み入れていた。




「ちょっと! 宿も決めないうちにこんな所に来てどうするのよ!」


「うるせえなぁ。それをこれから決めるんだよ」


「決めるって……ここで?」




一応周囲にも宿屋はある――が、大通りに立ち並ぶ宿屋に比べてかなりみすぼらしく、二つ三つ下のグレードであるのは間違いなかった。




「なんでこんなボロいとこ選ぶのよ! さっきまで良い宿が沢山あったのに!」


「金がないからだよ! あんな宿に泊まってたらすぐに有り金なくなっちまうわ!」




この世界に来てからと言うもの、剛士は主に肉体労働などの厳しい職業で日銭を稼いできた。それだけに金の価値は骨身に染みて理解している。




この世界に来て日は浅いものの、ある程度の相場を理解している剛士は後の事も考えてなるべく安い宿を取ろうとする。一方エルフの村以外の常識を知らないリーフは、初めて街に来た興奮も相まって立派な宿に泊まろうとする。そんな二人の意見は当然衝突し、人が溢れる路上だと言うのに取っ組み合いの喧嘩になった。




「収入が無い状態で贅沢出来るわけ無いだろうが!」


「そんなのあんたが何とかしなさいよ!」


「ふざけんなこのアマ! 俺だって贅沢したいのを我慢してるんだよ!」




わめき散らしている内容が内容だけに周囲はドン引きである。もちろん異世界だけあって、誰も彼もが現代日本のように生暖かく見守り、我関せずと言う態度を取ったりはしない。中には仲裁を申し出たり二人を引き離そうとした人も何人か居たようだったが、二人とも興奮のあまりまるで聞こえていなかった。金で揉めると人間関係がこじれるのは何処だろうと一緒なのだ。




やがて騒ぎを聞いて駆けつけた衛兵に取り押さえられた二人は、仲良く今夜の宿である冷たい牢獄の中へと入れられてしまった。これが他人に対する盗みや喧嘩なら裁判の後に懲役と言った流れだが、幸か不幸か二人は顔見知りな上に異性同士でもあるため、単なる痴話喧嘩として処理されたのだ。




翌日「もう騒ぎを起こすなよ」と言うため息交じりの言葉と共に追い出された二人は、揃って深呼吸しながら真上にある太陽を仰ぎ見る。




「……今度から意見が衝突したときは、落ち着いて話し合おうじゃ無いか」


「……奇遇ね。私も同じ事を考えていたわ」




腹の中で何を企んでいるのかはともかく、二匹の動物は話し合い、妥協すると言う人間としての第一歩を踏み出す事が出来た。結局二人が拠点に選んだのは、ランクで言えば下の上と言った安宿だ。粗末な食事と粗末な寝床。しかし部屋は一つだがベッドは二つあり、周囲の治安はそれほど悪くない。味はともかく食事も一日一食は出てくるので、我慢すれば飢え死にする事も無いだろう。




とりあえずの拠点を作った二人は、早速金になる知識が無いかを調べるため、チートマニュアルを読み始めた。この世界でしばらく生活していただけあって、剛士は一般的な生活レベルというのをある程度把握している。いまだに釣瓶を利用して水をくみ上げている井戸などには手押しポンプが使えるだろうし、武器の類いも弩弓などを提案すれば一財産稼げるはずだ。しかし現在の彼等には、それに手を出す事の出来ない事情があった。




「言うまでもなく、俺達には金が無い」




改めて宣言するような剛士の言葉にリーフはゲンナリとする。




「……言われなくてもわかってるわよそんな事。そこからどうするのかって話でしょ?」


「ああ、その通りだ。しかし、ある方法を使えば元手が無くても儲ける事が出来る」




自信満々に言い切る剛士を胡散臭そうに見るリーフ。口にこそ出していないものの、その表情からは「何を言ってるんだこの馬鹿は」と言うセリフが聞こえてきそうだった。




「まあ聞け。実はな――」




顔を近づかせる剛士から寄せてくるだけ距離を取り、リーフは耳だけ彼に向けた。そして内容を聞いた後、目を見開いて彼を見つめる。




「……本当に可能なのそんな事? 簡単にお客が集まるかしら?」


「大丈夫だ、問題ない」




どこかで聞いたような事をつぶやきながら、剛士は自信満々に胸を反らしながらこう言い切った。




「賭け事にハマるやつはどこの世界にもいるからだ」




§ § §




「うはははは! 笑いが止まらんな! おいリーフ君、クジの売れ行きはどうかね?」


「……順調よ。それより私にまで偉そうな態度を取らないでよね。ぶん殴られたいの?」




剛士の発案を実行に移してから二ヶ月ほど。彼等は現在当初泊まっていた安宿から移り住み、この町一番の高級な宿に居を構えていた。わずか一室だけとは言え、広さで言えば数倍もあり、部屋を飾る調度品の数々は目も眩むような輝きを放っている。しかしそれ以上に目を見張るのは部屋の片隅を占拠している金貨の山だ。一般の人間では到底稼げないような大金の山に背を預けてふんぞり返る剛士の姿は、まるで三流雑誌に載っている札束片手に女を侍らす胡散臭い男そのものだった。




「しっかし……こんな簡単にお金を稼ぐ方法があるなんてね」


「これが才能の違いってやつだよリーフ君! うはははは!」




一人で高笑いする剛士を呆れた表情でリーフは見ていた。二人が――いや、剛士が考え出した金策方法、それはこの世界に存在しなかった、新たな博打の開発だ。




まず作り始めたのは5×5、合計25マスの紙の上でランダムに選ばれた数字を五つ揃えるゲーム、つまりビンゴだ。今までにない遊びと、誰にでもわかりやすいルール、その上商品までもらえるとなって、公開した途端爆発的にヒットした。もっとも、この世界の製紙技術はそこそこ発達してはいるが流石に紙は高級品扱いのために、抽選では羊皮紙で代用したが。




最初の景品はこの街に住む人間が使う日用品に限定した。券の値段も子供の小遣い程度に抑え、まずは知名度を上げて集客力を上げようとしたのだ。そしてある程度街にビンゴが浸透した後、本命である宝くじを登場させる。




現代のように銀行なども無いし、領主や商館といった者達と違い根無し草である剛士達の信用はほぼゼロに近いため、券を買ってから当選の発表までは日を置くような事はしなかった。その日のうちに当選発表を行わなければ金を持ち逃げすると思われるからだ。




抽選方式はビンゴと同様、数字の書かれた玉を鉄製の網籠に入れ、衆人環視の中で転がり出てきた玉の数字を読み上げると言う方法だった。




当初は遠巻きに見ていた街の住人達も剛士の雇ったサクラに影響されてか、一人二人と参加人数を増やしていき、最終的には街の広場を借り切って抽選を行うほどの大イベントへと成長していった。当然そうなれば胴元である剛士達の懐には大金が転がり込み、左団扇ならぬ金貨の海で泳げるまでになっていたのだ。




金が儲かり始めた当初こそ剛士と一緒になって浮かれていたリーフだったが、ある事が切っ掛けで最近は落ち着きを取り戻していた。




金を稼ぐのは良い事だ。好きなものを買い、好きなものを食べ、好きな宿に泊まれる。人によってはそれ以外のもの……例えば娼館通いとか自分の興味ある品の蒐集など、様々な事が出来るだろう。金を払って貰った側も儲かって、同じように豊かな生活を送れるようになるかも知れない。しかし、全ての人間がWIN――WINの関係になるわけでは当然無く、そこに関与しない人間は剛士達の現状を面白く思わなかった。




二人が住むこの街は決して大きな街では無い。だが、それでも一定数悪事を働く人間はいるし、それらをまとめ上げている組織もある。自分達の住む街で、余所から来た謎の二人組が今まで見た事も無い方法で大金を稼いでいる。それが気に入らないのと金が欲しいのも手伝って、先日彼等の使いが剛士達の元に押しかけてきていたのだ。




§ § §




「おうコラ、タココラ! 誰の島で好き勝手やってんだ!」


「家の親父に挨拶も無しとは良い度胸だなコラ!」




などと、最近のV○ネマでも聞かなそうなセリフを口にしたかどうかは不明だが、とにかくガラの悪く不健康そうな見た目の連中の登場に、剛士とリーフは震え上がった。




「ちょっと剛士、どうするのよ……!?」


「任せておけ。俺にかかればこんな連中あっという間にけちょんけちょんよ!」




顔をつきあわせて密談する二人。普段の剛士なら間違いなく逃亡していただろうが、最近予想外に儲かりすぎて気が大きくなっていたために、柄にも無く強気になっていたのだ。




「おう! 何をゴソゴソ喋ってんだコラ! こっち来いコラ!」




コ○助の「ナリ」のように、語尾が「コラ」に固定でもされているのかと言うぐらいコラを連呼するゴロツキに、剛士は気合いを入れて歩み寄って行く。




「剛士……!」




自分からゆっくりと離れて行く頼もしくも大きな背中に、リーフはときめいていた。男の背中は無言で語る。そう、まるで「別に、このまま倒してしまってもかまわんのだろう?」とでも言わんばかりだったからだ。やがて男達の前に足を止めた剛士は、キッと鋭い視線を彼等に向ける。




「お前か、ここの責任者は?」


「…………」


「誰に断って商売してんだ? あぁ!? 何とか言えやコラ! ここが俺達『闇の宿』の縄張りだってのを、知らねえとは言わさねえぞ!」




いきなり胸ぐらを捕まれてつま先立ちにされてしまう。間近まで来て改めて気がついたが、男達は皆剛士より一回りは大きい。全員まるでレスラーかと言いたくなるような体格の持ち主ばかりだ。最初こそ威勢良かった剛士だったが、そのあまりの迫力に声も出せないでいた。




「剛士……」




リーフがそんな彼の背を、呆れた表情で見つめている。そう、男の背中は無言で語っていた。「別に、このまま倒されてしまってもかまわんのだろう?」……と。




「そこで何をしている!」




今にも剛士が殴られそうになったその時、騒ぎを聞いて駆けつけてきた兵士の一団がこちらに向かって来ている最中だった。




「やべえ! ずらかるぞ!」


「これで終わりじゃねえからな! 次は覚悟しとけよ!」




テンプレな捨て台詞を吐きながら、ゴロツキ達は蜘蛛の子を散らしたように広場から逃げていった。後に残されたのは腰を抜かして地面にへたり込む剛士と、売り上げを抱えて逃げようとしていたリーフだけだった。




震えながらも事情聴取を済ませ、解放された剛士達は全力で走り出した。二人が向かったのは自分達の宿では無く、この街に唯一存在する冒険者ギルドだ。ゴロツキに負けず劣らず柄の悪い連中がたむろするギルドに飛び込んだ剛士は勢いを殺さずカウンターに突撃し、笑顔を浮かべていた受付嬢に齧り付くように顔を近づけると、震える声でこう言った。




「護衛を雇いたい……! 腕の立つ奴を出来るだけ多く……!」




ご多分に漏れず、この世界にも冒険者や冒険者ギルドは存在する。剛士はまだ見た事がないが、モンスターも存在するらしい。彼等冒険者はそれを狩り、回収した素材を金に換えたり、街で雑務を引き受けたりして日々生活している。そんな中には当然護衛の仕事もあるので、剛士は金にものを言わせて片っ端から腕の立つ冒険者を雇い入れた。今もこの部屋の外や宿の周りでは彼等が二十四時間交代で見張りを続けているので、街のゴロツキ程度が彼等を突破して剛士達の元に辿り着くのは困難のはずだ。所詮、喧嘩や闇討ちしか出来ない連中と、戦いを生業にしている冒険者とでは勝負にならない。




流石に不利を悟ったのか、広場での一件以来、ゴロツキ達が二人の前に姿を現す事は無くなっていた。




§ § §




そこまでやってようやく平穏な日常を手に入れた二人は、こうして宿で豪遊の毎日を続けていると言うわけだ。




「まったく、自分の才能が怖いぜ。こんな短期間に遊んで暮らせる大金を稼ぐなんてな」


「調子に乗りすぎじゃ無いの? まだあの連中が諦めてないかも知れないのに……」


「ああ、例の何とかと言うゴロツキ集団の事か? 心配すんな。こっちはその為に護衛を雇ってるんだから」


「連中、確か闇の宿って名前だったかしら?」


「名前なんかどうでもいい。ゴロツキで十分だ」




不安がるリーフと違い脳天気に返事をする剛士。強面に凄まれたときはビビりまくっていた彼だったが、喉元過ぎれば熱さを忘れるのは誰よりも早い。




「すでにクジも専門の人間を雇って任せているし、そいつらを守るための護衛も手配してある。俺達は寝てても金が入ってくる状況なんだぞ。何を不安がる必要があるんだ?」


「そうなんだけどさ、なんか上手くいきすぎてて怖いって言うか……」


「考えすぎ考えすぎ! それより今夜もパアっとやろうぜリーフ!」


「……ええ、そうね。ちょっと慣れない環境で戸惑ってたみたい。気晴らしに騒ぎましょう」




高級宿の一室を借り切って夜通し大騒ぎする二人。しかし彼等を狙う何者かの手は、すぐそこまで迫っていた。

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