第10話 街

「どうすんのよ……」


「それはこっちのセリフだ」




緑溢れる森の中から突然放り出されたのは、見渡す限り何もない荒野。人どころか動物の影もない。転々としている僅かばかりの木々のおかげで、雨が全く降らない土地でない事は安心できたが、食料に出来そうな木の実や果物が手に入るようには思えない環境だ。




「お前がこんなくだらない事企むから!」


「あんたも乗り気だったでしょうが!」




絶望のあまりその場で取っ組み合いを始めた剛士とリーフ。二人は地面を転がりながら、お互い全身に引っ掻き傷や噛み痕を残す状況になってようやく不毛な争いと気がつき、盛大にため息をついて歩き始める。とにかくこの場にとどまっても事態は何も改善しない。なら、当てずっぽうでも集落なり水場なりを探さなくては生きていけないのだ。




「…………」


「…………」




お互いに無言なので気まずい事この上もない。本来なら「この中に人殺しがいるかも知れないのに一緒に居られるか! 私は別行動させてもらう!」と、死亡フラグを立てながら喧嘩別れするような状況なのだが、森から追い出される前に族長が口にした呪いと言う言葉が気になり、二人とも離れられないでいるのだ。呪いがハッタリであるなら良いものの、本当だった場合片方に何かあった時が怖い。まさか試しに死んでみる訳にもいかないので、お互いの監視を兼ねて一緒に行動しているのだ。




「……なあ、何か当てはあるのか?」




歩き続けて二時間程が経った頃、行けども行けども代わり映えしない風景に嫌気が差し、疲れも溜まった剛士が口を開く。彼は自分の命の次に大事な本を頭の上に載せ、帽子代わりにしていた。




「無いわよそんなの。でも……こっちの方角に居る精霊達の方が他より元気みたいだから、人が最近行き来した名残だと思う」




対するリーフは上着をローブ代わりに頭から被っている。日差しが強すぎて、熱射病になりそうだったからだ。




「お前の魔法で水とか出せないの?」


「出せるならとっくにやってるわよ。精霊魔法って言うのは精霊達の力を借りて様々な現象を起こす魔法よ? 水の精霊の姿が見えないこんな乾いた土地で、何を呼び出せってのよ……」


「そっか……」




歩き始めてから何時間が経ったろうか? 頭上にあった太陽が、今ではかなり傾いている。二人の影はどんどん伸び、嫌でも時間の経過を思い知らされる。このままでは野宿か――そう思い始めた頃、剛士の視界の先に人工物らしき物が見えてきた。




「おい! あれ街じゃないのか?」


「本当だわ!」




二人は今までの疲れも忘れて走り出す。段々距離が縮まってくると、それが街であるのがわかった。頑丈そうな壁に囲まれた大きな街だ。この世界で初めて街を見た剛士も、都会に憧れていたリーフも、知らずに笑みを浮かべていた。街は大きな門が一つあり、そこから様々な人々が出入りしているようだ。行商人風の男や、護衛を連れた豪華な馬車。馬に乗った親子連れや完全武装した男女数人のグループなど、多種多様と言えた。




そんな人々を眺めながら剛とリーフの二人が街に入ろうとすると、その行く手を塞ぐように突然左右から槍が突き出された。




「な、なに!?」


「お前達。街に入るなら税を払ってからにして貰おうか」




言われて横を通り過ぎていく人に目を向ければ、確かに懐から取り出したいくつかの硬貨を詰め所で払っているではないか。剛士を引っ張って一旦その場を離れたリーフは、ヒソヒソと息がかかりそうな距離で耳打ちする。




「確か族長からいくらか貰ってたわよね? いくらあるの?」


「うひゃひゃ! ちょっと近い! くすぐったいから!」


「良いからさっさと確かめなさいよ!」




女性に強気に出られると、反射的にご褒美だと思ってしまう性癖を持つ剛士は、一瞬緩みかけた顔を引き締め、懐にしまっていた小さな袋を取り出した。固く結ばれた紐を苦労して解き、逆さまにした袋から飛び出してきたのは金貨だ。




「一……二……全部で五枚か……」


「ふーん……思ったより入ってたわね。これだけあるなら税を払っても当分暮らせるわ」




この世界の貨幣は基本的に三種類しかない。銅貨→銀貨→金貨の順で価値が高くなっていく。十枚集めると上の価値の硬貨一枚分となるので、計算が非常に楽だった。他にも硬貨の欠片や鉱石のまま取り引きされる事もあるが、一般的にあまり出回る事はない。鉱山の日当が一日銅貨四枚で、以前剛士が泊まった宿も同じ値段だ。つまり、贅沢さえしなければリーフの言うとおり長期間街に滞在出来る事になる。




「じゃあさっさと払ってきてよ。言っとくけど、それ私達の共有財産だからね。独り占めしたらどうなるかわかってるでしょうね?」


「わかってますよ。じゃあちょっと待ってろ」




しぶしぶと言った態度で兵士達に税を払いに行く剛士。しかし背を向けたリーフからは見えないが、彼は笑みを浮かべていた。なぜなら――




(俺が鉱山で個人的に稼いだ金は出してないもんね! これはいざって時の保険に、大切に保管しておこう!)




こう言う事情だからだ。そうとは知らないリーフは特に怪しむ様子もなく、興味深そうに街に視線を向けていた。払った税は二人で銀貨一枚。一人あたり銅貨五枚が安いかどうかは微妙だが、出入りするだけで金が儲かるならボロい商売だろう。




「さあ、早速宿を見つけましょう!」


「へいへい。言っとくけど、上等な宿は無理だからな」




ワクワクが抑えきれないリーフに引っ張られながら、剛士はこの世界に来て初めての街へと足を踏み入れた。

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