第9話 族長の呪い

「じゃあ早速……と言いたいところだけど、先に本を回収しないとな」


「はあ!? あんた、自分の本を手元に置いてないわけ!?」


「仕方ないだろ! 当分使う事もないからと思って、族長に預けたんだよ」


「……最悪……よりによって族長の家なんて……」




すぐに出発できると思っていたリーフは予想外の事態に頭を抱えた。彼女としては誰にも接触しない内に剛士を連れて村を抜け出るつもりだっただけに、予定が大幅に狂った事になる。その上普段から口うるさく、彼女が一番苦手としている族長の家に肝心の本が保管されていると言うのだ。出来るならこのまま一人で逃げたい気分だった。




「仕方ないわね。こうなったら族長の家に忍び込んで本を盗み出すしかないわ。あんたが族長の気を引いて、私が盗むから。それでいいわね?」


「いや、そんな事しなくても返してくれって言えば良いんじゃ?」


「……はぁ~……」




脳天気な剛士の言葉にリーフは心底呆れたと言わんばかりの深いため息を吐く。




「そんなの絶対理由を聞かれるに決まってるじゃない。この村に居る限りあんたの本は使い道がないし、暇つぶしに読むには不自然な内容でしょ? 何も言わないで持ち出すのが一番よ」


「そんなもんかね……?」




二人の泥棒は、そんな無計画な相談をしつつ族長の家の前までやって来た。もう少し知恵があれば綿密に計画を練ったのだろうが、生憎とこの二人はそこまで賢くない。基本行き当たりばったりな性格なのだ。コンコンとドアをノックすると、中から人の気配が近づいてきている。




(いい? 天気の話でも近況報告でも良いから、あんたは話を引き延ばして。後は私がなんとかするわ)


(了解)




ガチャリとドアが開けられると、中からは二人の希望通り族長が姿を現した。彼は読書中だったらしく、手には小さな冊子を持っている。この何もない村で、読書は数少ない娯楽の一つだ。




「リーフに剛士? 珍しい組み合わせだな。私に何か用か?」




族長から見えない位置で、リーフの指が剛士の尻をつねる。




(イッてえなこのアマ! 優しく撫でてくれれば色んな部分でやる気になるってのに、もう少し気を使えないもんかね?)




笑顔のまま心の中で悪態をつきつつ、剛士は当初の予定通り族長の気を引くための作戦を開始する。




「いや~、用ってほどでもないんですけど、前に飲んだお茶の味が忘れられなくて。よかったらまたご馳走になれないかと思って来たんですよ」


「わ、私も。剛士が美味しいって言うからどんなものかと思って」


「……何を言ってるんだ? あんなのどこの家にもあるものだろう。でもまぁ、別に良いか。私も休憩したいと思っていたところだし、中に入ると言い」




不自然さを感じつつも特に警戒する事なく二人を招き入れた族長は、二人に席に着くように言い奥へと引っ込んでしまった。彼等の希望通り、お茶の準備をしに言ったのだろう。




「……今の内ね。私は本を探してくるから、あんたは時間を稼いで。いいわね?」


「時間を稼ぐったって、どうやって?」


「お手洗いに行ったとでも言いなさいよ、そんなのどうでもなるでしょ?」




なるほど――と納得する剛士を残し、リーフは別の部屋へと素早く潜り込む。まるで盗賊のような素早さと決断力に、剛士は舌を巻く思いだった。




「待たせたな。おや? リーフはどうした?」


「ああ、ウンコですウンコ! 腹が痛いとか言い出したんで、今頃トイレででっかいのを生み出してる最中でしょ」




瞬間、凄まじい殺気を感じてキョロキョロと辺りを見回す剛士。「そうか」と言いつつ差し出されたお茶をすすり、頭の中で今の発言の何が問題だったのかを改めて検証してみたが、彼の出した結論は『問題なし』の一言だった。




(昔のアイドルじゃあるまいし、ウンコぐらい誰でもするよな。うん、俺は何も間違ってない)




「ところで剛士。最近調子はどうだ? 村の生活には慣れたのか?」


「ええ、まあ。空気も良いしご飯は美味しいし、言う事なしですよ」




もちろんそんな事は無い。退屈して嫌気がさしているからこそ、こうやって逃げようとしているのだ。現代日本で生まれ育った彼にとって、食う寝る仕事するの繰り返ししかない生活は、大げさではなく拷問と言えるだろう。




「後は彼女でも出来れば最高なんですけどね~」


「それは自分自身の努力でなんとかするんだな。しかしこの村では――」


「きゃああー!」




剛士が族長との会話で時間を稼いでいたその時、リーフの消えた奥の部屋から悲鳴が聞こえてきた。一瞬顔を見合わせた族長と剛士が慌てて足を運ぶと、そこには本を手にしたまま床に倒れているリーフの姿があった。




「か、体が痺れて……まさか罠が仕掛けてあったなんて……!」


「リーフ!」


「お前は何をして――ん? その手に持っているのは、剛士の本か?」




本を目にした途端、族長の目が鋭く細められる。彼の事だ。剛士達の企みを一瞬で看破したに違いない。




「なるほど、そう言う事か。普段顔を合わせる事も少ない二人が尋ねてきたのが妙だと思ったが、まさかその本を奪いに来たとはな」




ギロリと睨み付けられて、咄嗟に視線を逸らす剛士とリーフ。




「お前達は本当に愚か者だな。私は何も意地悪でその本を手元に置いていた訳ではないのだぞ。剛士、お前には俗世の争いから離れて穏やかな暮らしを送って欲しいと思っていたし、リーフ、お前はまだまだ精神的に未熟だ。人族のように欲望のまま行動するなど、エルフの風上にも置けない行為だ。外に出るならちゃんと分別のつく大人になってからと何度も説明したはず。なぜそれがわからん?」


「……気持ちはありがたいんだけど、ここの生活は退屈すぎるんだよ。俺には耐えられない」


「私もよ。枯れた生活をするには私には早すぎる! 外に出て、色んな事を体験したいのよ!」


「お前達……」




救いがたいとでも言うように、族長は頭を振る。そして何を思ったのか、彼は一度別の部屋に引っ込み、何か小さな袋を持って戻ってきた。そしてそれを剛士に押しつけ、剛士に理解できない言語で何やらブツブツとつぶやき始める。




「精霊魔法!? 族長、何をする気!?」




未だしびれの残る体で若干の焦りを見せるリーフと、何が起こっているかついていけない剛士に対し、族長は力強く手をかざした。すると次の瞬間、まばゆい光が二人の体を包み、辺りを静寂が満たす。




「……お前達の希望はわかった。ならお望み通り、外に出してやる。ただし、お前達が離れる事は許さん。馬鹿共が助け合い成長できるように、お前達には呪いをかけた。しばらく生活できるだけの金も与えた。後は何処へなりと行くが良い」


「の、呪い?」


「何よそれ……何の呪いよ?」




青ざめる二人に、族長は冷たい笑みを浮かべながらこう言い放つ。




「命の共有だ。どちらか片方が死ねば、残る一人も命を落とす。どんなに離れていようが、どんな環境にいようが関係なくだ。寿命も共有するので剛士が老衰で死ぬ事はあるまい」


「な! 何よそれ! 冗談じゃないわ!」


「え、つまりリーフが死んだら俺も死ぬの? そんなのアリ!? 酷すぎるだろ! 横暴だ! 独裁だ! ファシズム反対!」




ギャアギャア喚く二人を無視し、族長は粛々と村から外へ繋がる門を作り、二人を揃って蹴り出した。




「やかましい! お前達は外の世界で苦労して、精神を鍛え直してこい! それまでこの村に戻る事は許さん! 呪いを解くのは当分先だ! 良いな!」


「ちょっ! ちょっと待って――」


「おいふざけんな――」




抗議の声を上げる二人の目の前で、エルフの村と繋がっていた門は無情にもその姿を消した。残されたのは、一冊の本と少しばかりの金を持った二人の男女のみ。呆然とする二人はだだっ広い荒野の真ん中で、声も上げずに固まっていたのだった。

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