第8話 男の沽券

剛士がエルフの村に滞在するようになってから一ヶ月が過ぎた。この村の住人は外の世界にある村と同じく、誰も彼もが何らかの労働をして日々を過ごしている。肉食の人が少ないので狩りなどはあまり盛んでは無いようだが、その代わり畑仕事や森に入って果物や野草の収穫が盛んに行われていた。そんな中で剛士のみがニートみたいな生活を許されるはずも無く、彼も村に来た翌日から仕事の手伝いにかり出される事になった。




「どうしてこうなった……」




美少女エルフとキャッキャッウフフして優雅に暮らす――そんな期待を抱いていたというのに、実際には丁稚奉公と大差の無い生活。鉱山で働いていた時より少しはマシな待遇とは言え、剛士のやる気がなくなるのにそれほど時間を必要としなかった。彼の主な仕事はゴツイエルフと同行して、収穫した物を村の倉庫まで運ぶ仕事――所謂運搬係だ。大した技術も才能も無いオッサンにやらせる仕事としては妥当なところだが、そこも剛士には不満だったのだろう。




一応本の知識をいくつか披露してエルフ達の尊敬を集めようとはしたものの、彼等エルフは人間と比較にならないほど長寿のためか、基本的に変化を望まない種族であり、剛士の披露した知識に対しても「へー、凄いね」ぐらいの反応しか無かった。




「いい加減抜け出したいんだけど、俺だけじゃこの村から出られないしな……」




この村にはリエスに連れてきて貰っただけで、剛士自身が望んで来たわけじゃ無い。オマケに魔法か何かで作られた門をくぐって移動したので、元いた場所と地続きかどうかも怪しい。つまり彼がここを出ようと思ったら、誰かの力を借りなければ不可能という事だ。




「と言ってもあいつ等は俺の安全のためだとか言って説得してくるし、反対するのが目に見えてる。手詰まりだな……」


「じゃあ私が手伝ってあげようか?」


「!?」




突然背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはこの村で唯一の美形エルフ、リーフの姿があった。この一ヶ月時々顔を合わせる事はあっても特に会話もなかっただけに、剛士は戸惑うばかりだ。そんな彼の態度に構う事無く、リーフは笑顔を浮かべている。




「この村に住むエルフなら、あなたが居た世界へ繋がる門を開けられるわ。当然私もね。その代わり……条件があるけど」




上目遣いで身を寄せてくるリーフに、思わずゴクリと喉を鳴らした剛士。妖精種だけあって人間のような豊満さこそ無いものの、これだけの美少女に身を寄せられれば大抵の男はあっさりと陥落してしまう。当然欲望に対する防御力が紙にも等しい剛士が耐えられるはずが無い。




「条件……つまり、俺の彼女にして欲しいって事で良いんだな?」


「違うわよ!」


「うぼっ!」




ドスっという音と共に、リーフの振り抜いた拳が剛士の体にめり込んだ。完全な不意打ちに為す術も無く膝をつく剛士は、朝食べた野菜スープが鼻から吹き出そうとするのを必死で堪える。




(膝をついてはならない……! 民主共和主義者が専制君主に膝をついてはならないように、男として女の拳に屈するわけにはいかない!)




どこかの英雄伝説的な妄想を垂れ流しつつ自分を鼓舞する剛士。か弱い女の子の一撃で膝をついた事にショックを受けるも、男の沽券に関わると思い、何とか気合いを入れて立ち上がろうとする。しかしその膝はワナワナと震えていて、まるで生まれたての子鹿かダンシングヒーロー中の荻野目洋子のようだった。




「お……お前……いきなり何を……」


「あんたが馬鹿な事言うからでしょ! あー、もう猫被るの止め止め」




今までの態度が嘘のように態度がガラリと変わったリーフ。そう言えば初対面の時もこんな感じだったなと、今更ながら剛士は思い出す。きっとこの飾らない感じが彼女の素なのだろう。




「私はずっと前からこの村を出たかったの。でも何度直訴しても族長は認めてくれなくて、諦めかけてた時にあんたが来たってわけ。あんたも村を出たいみたいだし、言うなれば私達は同士よ。助け合いするべきじゃ無い?」


「……いや待て、それ変じゃないか? お前、自由に門を作り出せるなら俺の協力なんかいらないだろ。勝手に出て行けばいいじゃないか」




当たり前の指摘に顔を歪めるリーフ。彼女もそれぐらいは突っ込まれると思っていたのか、落ち着いた口調で反論する。




「それが出来ればやってるわよ。あのね、仮に自分だけ村を飛び出したらどうなると思う? 無一文で仕事の当てもなく彷徨う事になるのよ? 他はどうだか知らないけど、少なくともこの村から外に出るエルフは族長の許可を得て、ある程度の援助を貰ってからでないと駄目なのよ。そりゃしばらくひもじい思いをすれば私だって生活の基盤を築く自信はあるわよ? でもそんなの面倒じゃ無い。そこで目をつけたのがあんたってわけ。あんたの持つ本の知識を使えばお金を稼ぐなんて簡単でしょ? つまり私が提案したいのは、あんたを外に出す代わりに一緒にお金儲けをさせて欲しいってことなのよ」


「……つまりは金づるかよ……」




思わず嘆息する剛士。自分自身では無く本の知識を必要としての誘いに落胆するが、そう悪い条件でも無いと思い直す。この村の族長ほど博識なら剛士なしでもある程度本の知識を吸い出せても、リーフのような若いエルフにそれは不可能だ。つまり金を稼ごうと思ったら剛士の協力が不可欠なのだから。




(本だけ奪ってハイさようならって事にはならないか。よし、この生活にも飽き飽きしてたし、いっちょこのエルフに賭けてみるか)




「わかった。そう言う事なら話に乗ろう。これからよろしく頼むぞ、ディード!」


「ディードって誰よ!? 私はリーフよ!」




笑顔で差し出した手を払われて握手こそならなかったが、いびつながらも一応両者の間に同盟関係は築かれた。

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