第14話 裏切り者

城――いや、屋敷の中に案内された剛士一行は、そのまま案内役を務めたクルストに連れられて、大きな部屋へと案内された。部屋の中央には一つの大きなテーブルがある。テーブルは楕円形をしており、片側だけでも十人は腰掛ける事が出来そうな大きさだ。そのテーブルの片側には、二つだけテーブルナプキンが用意してあるのが見える。恐らく剛士とリーフの分だろう。護衛役の冒険者は招待されていないため、食事が終わるまで後ろで控えている事になる。




「どうぞこちらへ」




控えていたメイドが席を引き、剛士とリーフに腰掛けるように促してくる。黙ってソレに従った時、一人の人物が部屋の中へと入ってきた。




「お待たせしたようで申し訳ない。私がこの街の領主、ロードだ。今日は招待に応じてくれてありがとう」




そう言いながら席に着いた男。その風体は異様の一言だった。身につけている衣服は普通なのに、首から上だけが異常なのだ。驚くべき事にロードは顔面全てを覆うような鉄仮面を装備していた。外からでは目と口の一部ぐらいしか見える事の無いような、装飾を一切排除した無骨な鉄仮面を被った人物を目にした剛士は、脳裏にある人物を連想した。




(凄いな。こんなのつけてる奴は初めて見た。まるで二代目スケ○ン刑事だ)




人知れず戦慄する剛士を余所に、部屋の中にはメイド達が続々と料理を運び込んできている。流石に領主が招待しただけあって、テーブルの上に載せられた料理は全て一級品だ。最近美食に飽き飽きしてきている剛士達ですら見た事が無いような料理まである。普段それほど食に興味を示さないリーフまでがゴクリと喉を鳴らしているほどだ。




「さあ、まずは腹ごしらえからしようじゃないか。遠慮せずに食べてくれ」


「ではありがたく、いただきます」




そう言って食事を始めた剛士とリーフ。最初こそ食べた事も無い美食に興奮し、次々と口に運んでいたのだが、次第にそのペースも落ちてくる。何故かというと、ここに二人を招待した本人であるロードが、一つも食事に手をつけないからだ。




「…………」


「…………」




静かな部屋に、小さな咀嚼音と食器の鳴る音だけが響く。無言で食べる二人を、これまた無言で凝視するロード。当然の事ながら二人の食べるペースは亀の歩みのように遅くなっていく。




(なんの拷問だよこれは。赤ん坊が母親に見られながら食事の練習してるみたいじゃねえか! 赤ちゃんプレイは専門外だぞ!)


(何なの? 地位のある人間って、他人が食べるところを見るのが常識だったりするの?)




もはや自分達が食べている料理の味もよくわからない。出されたものを失礼の無いように努力して口の中に放り込む作業を繰り返し、ようやく二人は全ての料理を平らげる事に成功した。




『ぷは~っ!』




注がれたワインを一気に飲み干し、思わず二人同時に息を吐く。まるで「来週も、サービスサービスゥ!」とか言っているどこかの現場指揮官のように。




「……満足いただけたかな?」


「え、ええ。ここまで美味しい食事は初めてです。流石は領主様ですね」




今まで黙っていたロードが突然喋り出した事に驚きつつも、咄嗟に相手を立てる事を忘れない。社畜の鑑のような剛士であった。




「そうか。それは何よりだ。ところで、君から話のあった兵器の件なんだが……どんな物を作るのか決めてあるのかい?」


「もちろんです。おい」




剛士が合図すると、後ろに控えていた冒険者の一人が背負っていた包みを差し出してきた。ソレを受け取りいそいそと中身を取り出すと、中からは大きな弩が姿を現した。




――弩。地球では古代から近世にかけて使われた遠距離攻撃用の武器だ。普通の弓に比べて飛距離、威力共に上回るが、その分弦を張るのに時間がかかるために速射性は劣った。この世界では未だに登場していない武器だ。




「これは弩と言って、新しい形の弓です。均一に加工された矢を使う事によって、従来の弓を大きく上回る威力を発揮できます」


「ほう……」




そう言って剛士は弩をロードに差し出す。それを手に取ったロードは興味深げに眺め回し、弦を引っ張ったり引き金を引いたりといじり回していた。




「近距離なら騎士の鎧すら貫通できる威力がありますよ。何より両手で目線と同じ高さに固定して照準を合わせ事が出来るので、戦いの素人ですらこれを持てば熟練の弓兵以上の射手になります。これを量産すれば戦いの様相を一変させる事も可能でしょう」




自信満々に言い切る剛士。頭の弱い人間ならそれだけで乗っかってきそうな胡散臭い笑みだったが、しかしそこは仮にも領主。そう簡単に話は運ばなかった。




「実に興味深い武器だな。しかしこの武器、この構造では連射が利かないのでは無いのか? それに均一の矢を用意すると言う事は、戦場で拾った矢を使って再利用する事も出来ないように思える。使うとするなら防衛戦用だな」


「そ、そうですね。そう言う面があるかも知れません」




一瞬にして弩の弱点を看破され剛士は焦りを隠せない。彼の頭の中ではロードがすぐ話に飛びついてきて、北の将軍よろしく歓喜の万歳をしながら迎えてくれると思っていたのだ。




「だが、発想は面白い。局地的な使い方になるとは言え、十分普及する余地はあるだろう。君の話に乗ってみるのも良いかもしれない」


「ほ、本当ですか!?」




(やった! これで身の安全と更に金を稼ぐ事が出来る!)




しかし浮かれる剛士と対照的に、ロードの被るその分厚い仮面の奥に光る目は、ギョロギョロとして何を考えているのか判別がつかない。




「ところで……一つ質問なんだが、一体どうやってこんな武器を思いついたんだ? 例の博打の件と言い、その全てが今までにない斬新な発想だ。それらは全て君が考えたのか? それとも誰かに教えて貰ったのかな?」


「え? ええと……ですね……」


「答えたくない? それとも答えられないのか? これから一緒に商売をやろうと言うんだ。相手の手の内を知っておきたいと思うのは自然な事じゃないのかな?」




話すのが当然だろうと言わんばかりのロードの言葉に困惑する。当然だろう。自分の儲け話の秘訣をベラベラと喋る奴など居ない。下手にチートマニュアルの事を喋ったりすれば、本を取り上げられる可能性だってあるのだ。返事に窮した剛士が横のリーフを盗み見ると、彼女は涼しい顔でワインを口にしながら、テーブルの下で剛士の足に蹴りを入れる。「絶対喋るな」と言う意思表示だろう。そんな痛みに眉を顰めつつ、剛士はなるべく失礼に当たらないよう、やんわりとした口調を心がけて口を開いた。




「えっと、その……大変申し訳ないんですが、それをお教えする事は出来かねます。その情報は我々の生命線とも言えるものなので、おいそれと口にするわけにはいかないのです。せっかくこんなご馳走まで用意していただいたのに、申し訳ありません」




ペコペコと頭を下げる剛士の言葉を聞いているのかいないのか、ロードは黙って見ているだけだ。




「……ふむ。やはりそんな簡単に口は割らんか」




そう言って、彼は一つ手を叩く。すると部屋の奥にある扉が開き、一人の見慣れた人物が入室してきた。予想外の人物の登場に、剛士とリーフは驚愕する。




「セ、セバスチャン!?」


「なんであんたがここに居るのよ! 招待されたのは私達だけのはずでしょ!?」




ロードの前だというのに、思わず立ち上がって大声を上げる二人。しかし当のセバスチャンは何処吹く風だ。




「何でも何も、私はもともとロード様に仕える身。あなた方の屋敷での仕事はパートタイムに過ぎません」




しれっと答えたセバスチャンはロードの横に静かに立ち、恭しく一冊の本を差し出した。それこそ剛士達の命綱でもあるチートマニュアルだったのだ。




「ちょっとソレ! なんであんたが持ってるのよ! 剛士! ちゃんと大事に保管しとけって言ったでしょうが! どう言う事よ!?」


「え、いや……しまっておいたはずなんだけど……おかしいな? 金庫に入れたような気がするんだけど」




鬼の形相で責め立てるリーフから視線を逸らしつつ、剛士は一筋の汗を垂らす。




「私は別に金庫破りなどしていませんよ? ただ机の上に放置してあったのを持ってきただけです」




セバスチャンが答えた瞬間、剛士は首がもげるのではないかと言うぐらい物凄い勢いでリーフの反対側を向き、リーフは視線だけで人が殺せそうなぐらいの殺気を込めて剛士を睨み付けた。自分達の命綱とも言えるチートマニュアルがそこらの広告と同じような扱いを受けているなんて、夢にも思わなかったのだ。そんな彼等に構う事無く、チートマニュアルを手にしたロードはパラパラとページを捲っていく。




「ふむ……奇妙な装丁だな。使われている紙の質も見た事が無い。書いてある字は読めないが、色々と見た事の無い道具の絵が描かれている。察するに、今の武器や最近街を賑わせている新しい博打のアイデアも、この本のおかげと言ったところか。剛士君……だったかな。君はこの本を一体何処で手に入れたのだ?」




口調こそ穏やかなものの、ロードの言葉からは嘘を言ったらただでは済まさないと言わんばかりのプレッシャーが感じられた。それは当然部屋の中に居る全ての者達にも感じられ、自然と剛士の護衛役である冒険者達も緊張に身を固くする。




下手な返答は命を縮める。ハッタリで無く、生きてこの屋敷から出られるかどうかは剛士の答えにかかっていた。


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