第15話 吉岡勝輝と大原典子(6) 勝輝の力

 勝輝は自分が震えていることに気が付いた。自分の秘密を、『死んだはずのサイセツ』であるということを知られた。しかもそれは、自分の体の秘密に直結するものでもあった。


「い、いや、なにを言っているんだ。『サイセツ』は死んでいるぞ。」

「だから、なんであなたが今私の前に立っているのかを、聞いているのよ。」

「ま、まてまて。」


勝輝は必死で言い訳を考えた。混乱する頭の中で、無我夢中で文章を組み立てる。


「いや、見えていなかっただけで、あの斬撃は――い、一撃じゃないんだ。」


苦しすぎる言い訳だった。大原はそれを聞くと小さくため息をついてから首を振る。


「いいえ。それは違うわ。アレは確かに一撃だった。それにね、あなた、はっきりと言っていたじゃない。」

「なに――を」


彼の脳の中で、警報が鳴り響いている。けれども彼は彼女を見ているだけで、その場から逃げ出すことはできなかった。


「『さっきの一撃で、血という情報も粉砕した』って」

「――」


 勝輝は自分の発言を猛省した。自分から答えを言うなど、何たる失言であることかと。

 だが勝輝にとって、もはや見破られたその理由はどうでもよくなっていた。見破られてしまったが故のをどうするか、彼は混乱する頭の中で自身に問いかける。


(危険だ。)


彼の頭の中で、もう一人の自分がいう。


(サイセツであることを知られた。

 サイセツであることを知られた。

なら、サイセツの誕生、生い立ちを知られるのは時間の問題だ。

だとするならば――)


もう一人の勝輝は語り掛ける。黒く低く暗い声で、それは囁く。



この女はいずれ自分の最大の『秘密』に行き着くぞ――



「やめろ!」


 勝輝は叫ぶ。

その声はあたり一帯の夜の闇にこだました。勝輝は右手で顔を抑え、睨み付けるように大原を見る。


「大原典子、なぜだ。俺がもし、仮に『サイセツ』だったとして、それなら何だと言うのだ!お前に、なんの関係がある!!」

「自分の死を偽装している人間を、信用なんてできるわけないでしょう。」

「はあ!?そ、そんな理由で――」

「しかも、『サイセツ』の死亡届を出したのが、あの第10隊隊長、大島大輔だからよ!」

「――!」


勝輝の顔が、曇る。


「私は、あの男を信用していないわ。あの隊は

 『新硫黄島の戦い』で、同じ最終突撃部隊として前線にいた安藤渚隊長は、敵の施設の中で死亡したとされている。何故、同じ場所にいたはずなのに彼だけが生き残ったの?それに、科学部隊であるあの隊が最前線に出ていること自体も、おかしいと思っているわ。

――つまり私は、吉野友継だけじゃない。あの大島大輔も、裏切り者の可能性があると考えているわ。」


彼女は、勝輝をまっすぐに見つめる。


「『黒箱』は、手段を択ばない非道な犯罪組織。その罪は、人体に爆弾を内蔵させ、テロを起こすだけじゃない。臓器売買に麻薬に密輸。ありとあらゆる法を犯す凶悪な犯罪者たちよ。

 『サイセツ』と大島大輔と何らかのつながりがあることは、死亡届を出している時点で明白。そしてもし、大島大輔が『黒箱』と何らかのつながりがあるのなら、余計に『サイセツ』を信用することはできないわ。特に、“死を偽装している”なんてわかった今は尚更よ。

 だから、私はあなたを見過ごせない。優華を、親友を守るために、あなたが何者なのか、知る必要があるわ!」

「あんなのテロ組織と俺を一緒にするな!」


 勝輝はその言葉を聞いて激怒する。強く噛みしめる歯をむき出しにし、大原を睨み付けた。


「あの組織は、俺にとっても仇だ。そんな根拠もない憶測で、この俺の『秘密』に踏み込んでくるな!何が、“親友を守るため”、だ。くだらない!自分勝手も甚だしい!!」

「――!」


大原は息をのむ。しかし、それでも彼女はまっすぐ勝輝の瞳から視線を離さない。


「確かに、自分勝手よね。それは重々承知しているわ。でも、それでも、私はあなたに言う。私と優華の目的をあなたが知った今、どうしても確認しなければならない。あなたが、敵なのか、味方なのか、見極めるために。

――あなたは、何者なの?」


勝輝は答えない。


「私は友達を守りたい!その思いは、決してくだらないものなんかじゃないわ!友達を守りたいと思うのは、自然なことだわ。彼女は両親を失い、そして兄をも失った。そんな彼女を支えられるのは、しかいないじゃない!」

「――!」


勝輝の脳裏に、あの夢の言葉がよぎる。



――お前みたいな化け物、友達なんかじゃない――



――そうだよ。

笑わせるなよ。『友達』?

そんなもの、幻想だ。

そんなもの、偽物だ。

――そんな、あるわけがない!!


「ふざけるなよ。『友達』だと――?そんな、俺の『秘密』に踏み込むというのか――」

「答えて!あなたは、何故ここに生きているの?あなたは、一体何者なの!?」


勝輝の言葉は、彼女の耳に聞こえていない。

勝輝の顔が悲痛にゆがむ。決して認めることが出来ないというように。何かに抗うように。



俺は、――人間だ。



 彼は、大原の瞳を睨み付ける。


「俺がだれか知りたいだと?ああ、1つ教えてやる!確かに、俺はかつて『サイセツ』と呼ばれたダイバーズだ。だがな、俺は『黒箱』の仲間なんかじゃない!俺は、あいつとは、違う!」

「あいつ――?」

「いいか、これ以上、俺の過去を、俺の秘密に、関わるな!

――これ以上俺に関わると言うのなら、俺と戦うがいい。」

「!!」


勝輝の左手から、赤い稲妻がほとばしる。


「俺はお前を認めない。特秘能力者、『ククリヒメ』。いとも簡単に自分の『秘密』である能力を晒すお前を、『友達』のためになんて幻想を口走るお前を、俺は特秘能力者――いや、認めない!

だから、見せてやる。

――本当の特秘能力者の能力を。」


それを見て大原も両腕に意識を集中させる。

蛍のような光が、その両腕に集まっていく。


「言ってくれるじゃない。けれど、私だって戦闘訓練くらいしてきたわ。戦う術を、知らないわけじゃない!何もできないわけじゃないわ!」


勝輝は彼女の台詞を一蹴する。黒く低い声が、夜に嗤う。


「いいや、何もできない。俺の前では、どんな能力も無に還る。行くぞ、『ククリヒメ』。」



能力破壊――情報抹消リセット





「――以上が今回、俺たち特殊部隊第9隊の一部のメンバーで決行した、吉岡勝輝と他4名への接触作戦の結果だ。まぁ、我ながらとんだ茶番劇だとは思ったが、現状あいつと接触し、能力を確かめる方法がこれしか思いつかなくてな。」

「構いません。石倉さん。諜報部隊である第9隊は、特殊部隊の中でもその行動がかなり厳しく監視される隊です。普通に行っている捜査方法では必ず他の隊に気付かれてしまう。現状、新設された5、6、7、8隊を含めた他の9つの隊に、このことを知られるのは危険すぎますから。」


 長身の男が、コップを握り閉めたまま言う。石倉は自身の行った行動をその男に伝え終わると、胸ポケットから煙草を取り出し、火をつける。外では雨が降りはじめ、古いラーメン屋の中は次第に気温が下がっていく。


「最初お前が持ってきた情報を見た時は目を疑ったよ。まあ、お前が俺の前に去年現れた時は、夢かと思ったがな。」


 石倉はチラリと長身の男を見る。そこには、右目に泣き黒子を持つ、まぎれもない元第7隊長山田宗次の顔があった。

 彼は石倉の視線をまっすぐ受け止めると、低く言った。


「まだ、僕が別人だと?」

「いや。そうは思ってねぇよ。お前は紛れもなく俺の知る山田宗次だ。赤坂隊長の元で同じ釜の飯を食った仲間だ。だけど、突拍子もなくて信じきれないという思いがあるのさ。」

「――」

「いや、いいってことよ。そっちにも事情があるんだろ?俺とお前の仲だ。多少話せないことがあるってのは、察するものさ。」

「すみません。石倉さん。」


宗次は小さく頭を下げた。それを見て石倉は小さく微笑んで話を戻す。


「それで、だ。破壊系能力をもつ特秘能力者『サイセツ』が、吉岡勝輝と同一人物であるということが、今回はっきりした。一応、そこにある資料がこれまでで分かったあいつの現状の身元だ。どう考えても偽物フェイクだろうが、一応確認してくれ。」


 石倉は勢いよく口から煙を吐き出す。白い煙が、長身の男の眼前でゆらゆらと揺れている。


「それにしても、吉岡勝輝と言えば、7年前の爆破事件で両親を失った小学生だ。なんとか一命をとりとめた少年が、その後まさか特秘能力者になっていたとは。しかもあの大島大輔となんらかの関わりがあるときた。

 あの狸ジジイは俺も好かん。裏でなにかヤバい研究しているって噂も流れているし、何より――」


石倉が煙草を握りつぶす。


「7年前のあの爆破事件で、赤坂隊長を辞任に追い込んだ奴だ。本当なら俺じゃなく、今もあの人が第9隊の隊長になっているはずだった。

俺はあの男を許さねぇ。

仕事に人生掛けてたあの人の生き様を、しょうもない言い訳でぶち壊しやがったあのクソジジィを。」


カウンターに金を置き、石倉は立ち上がる。


「俺はあの事件以来、大島大輔という男を調べている。あの男は怪しすぎる。これまで『黒箱』に関わる重要な事件の全てに関わっている。戦闘のある任務に毎度科学部隊が出しゃばってくるなんておかしな話だ。だからお前のいう、『新硫黄島の戦い』で裏切り者が吉野だけではないかもしれないという話を、俺は信じた。

 今回、彼が『破壊能力』を行使したことで、吉岡勝輝が『サイセツ』であることがはっきりした。これは大きな一歩だ。一年前の京都襲撃事件以来、『サイセツ』と大島大輔の関係を調べていたが、特秘能力者の情報は固すぎて破れない。だが、吉岡勝輝という一般人なら話は別だ。吉岡勝輝と大島大輔の関係を、俺は洗い出す!そうすれば、きっとあいつの化けの皮が破れるだろう。」


彼は再度コップに入った水を飲み干し、長身の男に尋ねた。


「お前はこれからどうする?」


間があった。本当にわずかな一秒ほどの間。そののちに、宗次は答えた。


「僕も、別ルートで探るつもりです。何故1年前のあの事件で『サイセツ』が死んだことにされたのかが気にはなりますが、それを探るにはとにかく7年前の事件の真相を暴かないと始まらない。

おそらく、吉岡勝輝と大島大輔の最初の接点はあの事件でしょうしね。

そして、僕はもう一人、草薙敦についても調べます。」

「草薙隊長か……あんな立派な人が裏切るとは思えないが――?」

「一応、です。あの新硫黄島で帰還したのは、草薙敦と大島大輔だけ。となると、片方または両方が裏切り者である可能性は捨てきれない。ああ、それと。」


宗次は懐からマッチを取り出して石倉に渡す。


「僕はこれまで『黒箱』が関わった大きな『6つの事件』について調べました。これは、現状の調です。一応、お渡ししておきます。」

「ああ。ありがとう。こっちも何か分かったら連絡する。連絡手段は、いつものでいいな?」

「ええ。お願いします。」

「よし。それじゃぁ、またな。――ああ、そうだ。」


石倉は店の戸を明け、奥に座る男に向かっていった。


「もう、死ぬなよ――宗次。」


 彼が去ってから、宗次は手元に置かれた資料を見る。資料の中の青年がまっすぐこちらを見ている。宗次は彼から視線を外さず、一気に水を飲み干した。


「もし、もしも僕の推測が正しいとするならば――」


そして、彼は言った。



吉岡勝輝――お前は、人間じゃない。






 雨が、降っている。大粒の雨が頬を濡らし、濡れ羽色の黒髪を一層際立たせる。


「――どうして……」


大原はつかまれた腕を見る。

彼女の光が、一瞬にしてはじけ飛んだ。勝輝の腕につかまれた瞬間に。


「どうしても何も、さっきお前が自分で言っていただろう『俺が召喚体の情報を破壊した』と。俺の本当の能力は、エーテルに入力された情報を無に帰す、即ち『リセット』する能力だ。いかにお前が10大能力『ネツァク』を持っていようと――戦闘スタイルである『感情破壊』や『鎮静昏睡』を使おうとしても無駄だ。俺はその能力のことごとくを破壊する。

俺に能力は、絶対に効かない。」

「あなた、それをどこで知って――!?」


勝輝は乱暴に彼女の細い腕を突き放す。雨の中に倒れる彼女を、彼は見下げる。


「それにな、お前、やっぱり能力を使いこなせていないな。」

「――!?」

「そんなに驚いた顔をしなくてもいいだろう。見てれば分かる。今だって能力の発動に大分無駄がある。お前は身体型のウィザードだ。相手に直接触れて能力を行使するタイプのダイバーズ。それならば、能力を行使する自身の体の部位は手の平だけでいいはずだ。だが、お前は腕全体で能力を行使している。余計なところに力が入りすぎている証拠だ。

 それに、高木に対して行使した能力も、妙だと思ったよ。高木がお前に触れられてから、彼の興奮が冷めていくのはみていて分かったが、『冷めすぎ』だ。あれは感情の抑制ではなく、感情欠如の一歩手前。凍死寸前の顔だった。あれ以上やれば、彼は感情を失った木偶人形になってしまう。それのどこが平常心なんだ?

 お前は能力を使いこなせていない。お前が模擬戦のあの授業で自信なさげだったのもそのせいだろ?」


 大原は小さく息をのみ、勝輝を見つめる。その視線に、勝輝は憐れむような視線を返した。


「図星、だな。

――俺には理解できないが、お前がいう『友達』を守りたいって考え自体は、きっと輝かしいモノなのだろう。だがな、何もできない奴が口先ばかりで言っているのであれば、それは『偽善者』というものだ。偽善者は、今のように自分の身すら守れない。

 “能力者”は力が全てだが、ダイバーズたるもの力に溺れてはならない。

その能力の特徴を見極め、どう使うかを判断しなくては戦いなどできない。お前は、強引に戦闘に合わせようとしているだけで、能力の有り様を理解していない。決定的に能力の使い方を間違えている。」


 街灯の影になった勝輝の顔が、雨にぬれて不気味さを増している。勝輝は小さくため息をついてから大原に背を向け、歩みだす。


「もう、俺に関わるな。大原典子。お前と山田が仇をとりたいと言っているのはわかる。だが、やめておけ。」

「それは……」

「彼女はまだ戦えるようだが、それでもだめだ。お前たちじゃ、あの蜘蛛柄の女には勝てない。それに――」


勝輝は振り向くこともせず、夜の街中へと消えていく。彼は自分にしか聞こえない小さな声で、だが明確な殺意と憎しみを込めて言った。




あれは、俺が倒すべき――だ。


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