第14話 吉岡勝輝と大原典子(5) 覗かれる秘密(下)

「……なんの用だ。」

「ちょっと話があるのよ。」

「これ以上何を話すというのだ。」


 勝輝は頭上に広がり始めた雲を見て、足早に歩く。勝輝の歩幅が大原のそれより大きいためか、彼の後ろを駆けるように大原が追っていた。


「俺は忙しいんだが。」

「ねぇ、少し待ってくれないかしら。」


勝輝は足の速さを緩めることはしなかった。ここで立ち止まってしまったら、決定的な何かを暴かれてしまう予感があった。だから彼は、彼女から逃げるように歩き続ける。彼女の声など聞こえていないかのように。


「あなたね、ちょっと早すぎるわよ!」

「そうか?普通に歩いているだけだが。」

「少し、止まって!確認しなければならないことがあるのよ。」

「いや、またにしてくれ。俺は忙しいんだ。」


夜の街灯が、後ろからやってくる大原の影を引き伸ばす。


「――雨も降りそうだ。そろそろ帰らないと濡れてしまうぞ。」

「あなた、ちょ――吉岡君、待ちなさい!」


 大原は街灯の下で立ち止まる。オレンジ色の光が、頭上から降り注ぐ。彼女は全く振り向くこともしない勝輝に向かって叫んだ。


「待ちなさい!――6の、複合創造能力者!」


勝輝の歩みが、止まった。


「な――に――?」





 繁華街の奥。数百メートル級の高さのあるビル街から少し離れた場所。宣伝用ドローンが空中で様々なCMを流し、立体映像のファッションショーが行われている駅前を通りすぎて少しのところに、その店はあった。今時珍しい木造建築のラーメン屋。文字が消えかかっている看板は、長年ここで店を構え続けた老舗の歴史を物語っている。


「おやじ、いつもの1つ。」


 店内には男が一人。ほっそりとした体に堀の深い顔。男は店の一番奥のカウンターで、いつも頼んでいる品物を注文する。注文が終わると男は赤い腕時計を確認した。男がそろそろだと思ったとき、店の扉は開いた。

 フードを目深にかぶった長身の男。店の中が暗いからか、痩せた男から顔は良く見えない。だが男は躊躇することなく、その長身の男を手招きする。長身の男は痩せた男の隣にすわり、彼が頼んだものと同じものを注文した。


「やっぱり時間通りだな。」


 痩せ気味の男は腕時計を指で叩く。長身の男はそれに何も答えず、注文した品物が出てくるのを待った。


「へい。おまち。」


 二人の男の前に、注文した品物が置かれる。豚骨ベースの濃厚なスープに太めの麺。深夜の贅沢だな、といって痩せた男は箸を手にする。と、そこで初めて、フードを被った男は言葉を発した。


、食べるつもりですか?」


高い声がフードの中から聞こえてくる。それを聞いて、痩せた男はニヤリと笑い、それもそうか、と言って目をつむる。

 彼は首を軽くひねった。するとどうだろうか。青空が夕焼けに染まるように、男の顔が徐々に変わっていく。瞳の色は黒から茶色に、まつげは短く、眉は濃い。鼻は先ほどより低く、顎は細身の体に似つかわしくないがっしりとしたものに変わった。


「別に、『変装能力』使ったままでも飯は食えるんだがな。」

「本人かどうか確認したかっただけですよ。石倉さん。」


石倉と呼ばれた男は、俺だってば!と一言言ってから箸を進める。


「うーん。やっぱ仕事帰りはこの味だな。」

「そうですね。」


 二人の男は一気に麺を口に運ぶ。湯気と熱気で、額に汗がにじみ出る。


「ああ、うまかった。」

「ええ、とても。」

「――今度は、赤坂隊長と結子とお前と、四人で食べに来たいぜ。」


 石倉はしんみりとしながらつぶやく。その言葉を皮切りに、フードの男は誰もいるわけでもないのに声を一段と小さくする。


「それで、どうでした?」

「――吉岡勝輝、あいつは8番目の複合創造能力者じゃない。6のダイバーズだ。」


石倉は目を細め、隣に座る男に目線をやる。そして、こう付け加えた。


「そう、お前の言う通りだったよ――宗次。」





 街灯の下で、一人の男が顔を強張らせて立っている。


「な、なにを、言っているんだ――?」


勝輝は心臓の鼓動が早まるのを感じる。


(まずい。

今すぐここから立ち去らねば、“秘密”をこの女に知られてしまう。)


だが、勝輝はその場から動けない。何を大原が話そうとしているのか、いや、何を分かってしまったのか、それを確かめずにその場を離れることの方が、もっと恐ろしいことになる気がするからだ。


「――やっと振り向いたわね。」


 大原は乱れた呼吸を整えながら言う。


「あなた、歩くスピード早すぎよ。疲れてしまったわ。」

「――それより、俺は6番目じゃない。6番目のダイバーズは既に。――俺は、赤坂選手に続く8番目の複合創造能力者だ。」

「いいえ。あなたは6番目よ。」

「なぜだ。」


勝輝はおびえるような目で大原を見る。


「あなたは、あの蛇の召喚体を、バラバラにしたわ。」

「――それがどうしたんだ。」

「粉々に粉砕したのよ。あんなので、できるわけがないでしょう。」

「――」

「あれは物質を変化させるアルケミストの力でも、ましてやソーサラーのような『ないものを作りだす能力』とは全くの別物の能力――」


勝輝の心臓が、大きく打つ。


「ウィザードの能力、『破壊能力』よ。」





「あの男は、植田の召喚体『オロチ』を一撃で『破壊』してしまった。」


 石倉はコップに入った水を飲み干す。


「あんな2トントラック並の巨体を破壊してバラバラにしようとすれば、物理的に“一撃”では不可能だ。つまり、あいつは『物体の状態を維持できなくさせる“破壊系能力”』を使ったことになる。そしてさらに問題なのは、あいつの破壊のだ。あいつは召喚体を。雪崩のように、な。

 つまりあいつは、召喚体をんだ。」





「『ダイバーズに関する10原則』の原則8。“一度情報が付与されたエーテルに第三者が干渉することは基本的にできない”。実際の物質になったとはいえ、召喚体はわ。これによって、召喚体自体に別の能力を行使することは不可能なのよ。だから、外部から力を加えて分割したりする『破壊』は可能だとしても、『内側から破壊する』ことは不可能よ。」

「それは――」


勝輝は否定する言葉を発しようとするが、その言葉が見つからない。


(失敗した。

あの時、理性を失い、激情に任せて行動したのは、明らかなミスだ。、また、ミスを犯してしまった。

しかも、自分の“本当の能力”を、出し惜しみなく使ってしまった。それを、特秘能力者である彼女が見逃すはずがない。)


 大原は青ざめていく勝輝の顔を、まっすぐ見据える。


「召喚体を内側から破壊する――それは、エーテルに入力された『蛇』という形状の情報を抹消するものだわ。これは原則8の例外中の例外。そんな能力、私は聞いたことがない。。」



やめろ――



勝輝が、小さく震える声で言う。だが、その声は大原には届かない。


「そして、私は知っているわ。『複合創造』と『破壊に関する能力』を持った特秘能力者の存在を。」





「現在登録されている特秘能力者は、この制度ができてから全14名。そして、吉岡勝輝という男の年齢を考えると、ここ18年の間に新たに登録されたダイバーズに限られる。」


石塚は爪楊枝を3本引き抜き、手元に置く。


「それは全部で3人。しかもそのうち2人は素性が知れ渡っている。

『光に関する能力』をもつ『ツクヨミ』。これは大原茜の孫娘にしてお前の同期、大原結子だ。

もう一人は『精神干渉系能力』をもつ『ククリヒメ』。こちらも大原茜の孫娘の1人である大原典子だ。そして――」


残った一本の爪楊枝を、石倉は折る。





「1年と少し前、『黒箱』による京都襲撃事件で死亡した『サイセツ』よ。」

「やめろ――」

「そして、『サイセツ』は日本で6に『複合創造能力』を手にしたダイバーズよね。」


勝輝は、顔から血の気が引いていくのを感じた。


(知られてはならない、絶対に踏み込まれてはならない領域に、この目の前の女は足を踏み込んでいる――)


「だから、あなたに話があるのよ。どうして、死んだはずの人間が、今ここにいるのかしら。

特秘能力者『サイセツ』さん?」

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