第13話 吉岡勝輝と大原典子(4) 覗かれる秘密(中)

 夜の公園。街灯に照らされた噴水が、暗闇に冷たい音を響かせている。

その噴水から少し離れた芝生の上に、彼らは立っていた。


「それで、典子の能力って何なんだ?」


 高木の言葉に、大原は大きく深呼吸する。そして元の姿に戻った勝輝を一瞥し、つづいて高木をまっすぐ見ながら答えた。


「私の能力は精神干渉系の能力の一種、『感情を操る能力』よ。」

「感情を……操る?」

「ってどうゆうこと~?」


高木と足立が数学の難問を解くような顔をしているのを見て、大原は小声で答える。


「じゃあ、実際に使ってみるわね。勇人君、協力してくれるかしら。」

「おう、いいぜ。どうすればいい?」

「そこに立っていてくれればいいわ。」

「こうか?」

「ええ、そう。そこなら安全よ。」

「え?安全って?」


 突然の不穏な言葉に、高木は身の危険を感じて顔色を変えた。そんなことはお構いなしというように大原は続ける。


「ちょっと痛いけど、我慢してね。」

「え?ちょっ、まてまてまて、なにをす――」


彼の言葉が言い終わる前に、強烈な回し蹴りが高木の顔面に繰り込まれた。高木はその勢いのまま盛大にひっくり返り、芝生の上に大の字に倒れる。


「よし、一丁上がり!」


つま先を地面に数回たたき、足の調子を整える山田。痛みに悶える男。そしてその横で足立はあっけにっとられ、口をパクパクと開けたり閉じたりしている。


「おい!いきなり何するんだ!」


 高木は怒り心頭である。顔を真っ赤にした彼は立ち上がり、当然の抗議を申し出る――が、彼は急にその動きを止めた。燃え盛る火にバケツの水を吹っ掛けた時のような、急速な意欲の低下。急激に興奮が冷め、彼の顔は悟りを開いたかのような、無の表情を浮かべている。心臓の鼓動は次第に小さくなり、彼はまるで冬の森の中に佇んでいるような静けさを感じていた。


「こんな、感じ、かしらね。」


気が付けば、高木の左腕に大原の右手があった。彼女はしっかりと高木の丸太のような腕をその細い手でつかみ、額に汗をにじませている。


「え?ん?なにがどうなった?」


高木が狐につままれたような顔をしているのを見て、大原は手を放した。すると高木は自分の鼓動がまた少し上がるのを感じる。


「これが、私の、能力よ。」


大原は少しよろめき、近くにあったベンチに腰を下ろす。


「大丈夫、典子ちゃん?」


足立が心配そうな顔をして尋ねると、大原は額を抑えながら大丈夫だと答えた。そして彼女に変わって山田が答える。


「典子の能力は、感情の起伏の鎮静化。喜怒哀楽どんな感情であろうと、触れるだけでそれを鎮静化し、平常心に戻せるのよ。」

「ただし、陽子さんと一緒で、すごく体に負担がかかる能力で、一度使うだけでこんな感じになってしまうのだけれどね。」


彼女は背もたれに背を預けて言う。彼女はハンカチで額の汗をぬぐい、高木に微笑んで見せる。


「ごめんなさいね。たぶんこれが一番手っ取り早いと思って。」

「お、おう。構わないが、それならそうと言ってくれればよかったのによ。いきなり回し蹴り喰らわされたからつい怒っちまった。」

「いや、怒らせるためにやってるんだもん。事前に言ってたら意味ないでしょ。」

「鬼かよ……、てかなんで俺なんだ?優華。勝輝だっているじゃないか!」

「いや、勇人ならいいかなって思って。テヘ☆」

「勝輝、これは俺、怒っていいよな。いいよな?」


 面白がっている山田にギリギリと拳を握る高木だったが、1つ大きなため息をついて、大原に言う。


「なるほど。確かに変わった能力だな。一瞬で、なんで優華に怒鳴っているのか分からなくなったぜ。一応怒ったんだという認識はあったんだが、それが“あるだけ”で、力が伴わなかった。落ち着きすぎて、本当に怒っているのかどうかすら分からなくて――すごい違和感だった。」


彼は自分の拳を見ながら首をかしげる。


「へぇ、ということは、はほんとに感情だけなんだ~。思考することはできるんだね~」


足立がいつになく神妙な顔つきで尋ねる。


「ええ。そうよ。精神干渉系のダイバーズは、そのほとんどがに介入するものばかりだけれど、私の能力は思考事態には直接影響を与えないわ。そして、感情に干渉する能力は私を含めて、これまで世界に4人しか確認されていないの。」

「4人しかいないのか!?」

「それは特秘能力者に指定されるわけだね~」


 高木と足立が驚愕する中、勝輝だけは冷静だった。そして顎を撫でるように彼は何かを考えていたが、大原の疲労した様子を見て彼は言った。


「それが、世界10大能力の1つ、『勝利のネツァク』か。」

「10大能力……って何?」

「俺達ダイバーズが持ちえる能力の中には、『世界10大能力』と呼ばれる強力な10種類の能力があると言われている。


王冠のケテル

知恵のコクマー

理解のビナー

慈悲のケセド

峻厳のゲブラー

美のティファレト

勝利のネツァク

栄光のホド

基礎のイェソド

王国のマルクト


この10種類だ。」

「なんだ、その呪文みたいな能力は。」


高木の質問に、勝輝は淡々と答える。


「これらは、実際に全て確認されている、という訳じゃない。あのエーテルを管理していた『不死鳥』の“伝承”なんだそうだ。彼等は“能力のリスト”を持っていたそうだが、さっき言った10の能力はその中で『最も強力な能力』として記述があったものだ。

 だが資料の保存状態が悪く、その詳細は現在に至るまで不明のまま。しかしそんな中、研究が進み、実際に存在すると確認された能力がこれまでに5つある。」

「あったのか!」

「ああ。確認されたのは、『ゲブラー』、『ティファレト』、『ホド』、『イェソド』、そして、『ネツァク』だ。」

「へえ、じゃあ、典子ちゃんの能力は、世界10大能力の1つなの!?」

「……ええ、そうよ。」


目をパチパチさせて驚く足立に、大原は小さくうなずいた。高木には、大原が何か思いつめる顔をしていることに気が付いたが、何か強力な能力を持つが故の悩みがあるのだろうと、あえて口にはしなかった。

 と、その代りに、彼は素朴な疑問を口にする。


「しかし……なーんで、『感情を支配すること』が世界10本の指に入るほど、“強力な能力”なんだ?」

「うーん、使ったら、人類みな朴念仁にできちゃう、とか?」

「しょうもなさすぎないか、それ……」

「……」


 典子は答えなかった。彼女はある程度それについて知っていたが、まだ知り合って1週間程の人にそれを教えるの憚られたのだ。


「――さてと、それじゃ、こっちの質問にも答えてほしいな。勝輝クン。なんで、兄の刀を作れるのか、その理由をね。」


 大原の心中を察したのか、山田が声を低くして話題を変える。その顔からは、先ほどまでの笑みが消えている。


「……あのさ、優華ちゃんのお兄ちゃんて、どんな人なの?」


 足立が、聞きにくそうに尋ねる。その質問には、山田の代わりに大原が答えた。


「名前は山田宗次。わずか21歳の若さで日本軍能力者特殊部隊第7隊隊長に任命されたエリート軍人よ。身体強化『俊足』の能力をもつダイバーズで、長刀と短刀の二刀流剣術家。私の姉である大原結子とは竹馬の友というべき仲だったわ。温厚でひょうひょうとした、けれどもいざというときには頼りになる仲間思いのいい人よ。」

「――兄は2年前、2089年の6月に起きた新硫黄島でのテロ組織『黒箱』討伐作戦、通称『新硫黄島の戦い』に参加していた。」

「新硫黄島って――特殊部隊のうち3隊が全滅したあの戦いか!?」


高木が目をむいて驚く。山田は小さくうなずき、話を続ける。


「そうよ。あの戦いは最初、いえ、最後の最終突撃作戦までは特殊部隊優勢で進んでいた。けれど――けれど、最後のその戦いで、第8隊隊長の吉野友継が裏切った。海上にいた吉野は、他の5隊のいる地上に向かって砲撃を開始した。第5隊隊長安藤渚、第6隊隊長長嶋王司、そして、あたしの兄――第7隊隊長山田宗次は殉職した。」

「生き残った隊長は2人だけ。第10隊隊長である大島大輔は右脚を失い、将軍の第3隊隊長草薙敦は顔にひどいやけどを負ったそうよ。それでも、この二名は吉野と戦い、これを撃退。吉野は逃走し、現在も国際指名手配になっているわ。」

「……」

「それで、問題はここからよ。」


山田が勝輝を睨み付ける。


「あたしの家は元々二刀流の剣術家の家系でさ。警察官だった両親が殉職するまでは結構名の知れた名門だったんだ。そして、代々家長が継ぐ『長山の大太刀』と呼ばれる長刀があった。赤黒い鞘に、白い鍔が特徴的な刀。刀身は白銀、美しく整った波紋。本当に大事な時にしか使われない歴史ある刀。

 兄は任務でも長刀を使っていたけれど、『長山の大太刀』は使わなかった。ただ、あの戦いの直前に別の任務で刀を折られてしまってさ。仕方なく、山田家しか見たことがない長山の大太刀を、兄は新硫黄島の戦いに持っていった。」

「――それで?」


勝輝が、睨み返すように冷たく言う。


「殉職した3名の隊長と、その隊員たちは、その残っていない。だから当然、兄の持っていた『長山の大太刀』も失われたわ。これによって長山の大太刀を知る者は、山田家の最後の1人であるあたしと、小学校の頃から家族ぐるみの付き合いのあった大原家、即ち典子、結子さん、そして『アマテラス』こと大原茜さんだけになったわ。」


山田は、まっすぐに勝輝を見つめ続ける。


「だから、おかしいのよ。なんで、あんたが作る刀が、長山の大太刀にそっくりなの?

 創造体形成能力は、イメージを具現化させる能力よ。だから、創造体で作られたものには、大体原型、モデルとなった実在の物体が存在する。あたしの召喚体、アンだってかつて家で飼っていた猫よ。モデルなくして一からイメージを具現化させるなんてことは、ほとんど不可能。

 つまり、この世で4人しか知る者がいないはずの『長山の大太刀』をあなたが作っていることは不可解なのよ。

 それを創造体として創り出せるのなら、『長山の大太刀』を見るしかない。そして、それを見る機会――そんなもの、1つしか思いつかない。4人しか知らないはずの刀を見る機会は一度だけ。そう、、その時だけよ。」


彼女は大きく息を吸い込み、勝輝を見据えて言う。


「つまり、『黒箱』の構成員、敵しかいないはずなのよ。」


山田は勝輝の前に立つ。


「私は、兄の仇をとりたい。だから、ずっと兄を殺した、『黒箱』を典子と一緒に追っているのよ。

 だから、もう一度聞くわ。吉岡勝輝。

 あんたは、何故、兄の持っていた刀を創り出せるの!?」


 勝輝は答えなかった。じっと山田を見つめ返すだけで、なにも言わなかった。他の3人も固唾を飲んでその状況を見守っている。

 数分の間その状況が続いたあと、勝輝は大きなため息をついた。


「はぁ。なるほど。そういう訳だったのか。」

「――どういう、訳よ。」

「いや、すまない。俺はてっきり、山田さんの方こそ『黒箱』の構成員なのではないかと思っていたのだ。」

「なんでよ」


明らかに不快そうな表情を、山田は見せる。


「俺は、君の兄、山田宗次という男を知らない。俺のこの刀のモデルとなった刀は、1年と3か月ほど前、『黒箱』のメンバーの1人が持っていた刀をモデルにしたものだからだ。」

「なんですって!?」


勝輝の言葉に、山田と大原が声をそろえて驚く。


「それ、どういうことなのかしら?」

「1年と3か月前、京都市にある能力者研究施設を『黒箱』が襲った事件を覚えているか?」

「あ!それ覚えてるよ!わたし京都住んでたから!あれはすさまじい戦いだったのを覚えてる。」


 足立が記憶を引っ張り出しながら言う。


「ええと、確か『黒箱』と特殊部隊の第1隊から第3隊、そして第10隊の計4隊が争った戦いで、研究職員・隊員合わせて100人近い被害が出たんだよね。確か、たまたま研究所に来ていた特秘能力者『サイセツ』もその時亡くなったって事件。」

「そうだ。その襲撃事件だ。おれは――その時京都にいてな。その戦いに巻き込まれたんだ。」

「おいおい、まじかよ。」

「……まぁ、それで、だ。その時、『黒箱』の1人がやたら長い刀を持っているのを見たんだ。それが――随分と印象的でな。俺は、その時見た刀をこうやって創り出しているんだ。」

「それどんなやつ!?男、女?若かった?年老いてた?」


何かを考えるようにして言う勝輝に、山田は追い立てるように質問する。


「え、ああ、いや、女だったよ。」

「女?」

「ああ。紫の蜘蛛の巣の絵柄が付いた着物を着た、長髪の若い女だった。」

「蜘蛛の巣の――」

「――着物?」


山田と大原が顔を見合わせる。


「それ、どんなやつなの?」

「いや、俺もそこまで詳しくは分からないが、とにかくすさまじい剣術使いだった。戦っていた相手はおそらく第1隊隊長、特秘能力者『カナヤマヒコ』だ。ほら、あの人は……仮面被っていることで有名だから。たぶんそうだと俺は思っている。」

「あの『カナヤマヒコ』と互角に戦えるの!?」


大原が愕然とする。


「『カナヤマヒコ』。確か、現特殊部隊第1隊隊長で、日本史上No3の実力をもつダイバーズじゃなかったか?しかも第1隊といえば、特殊部隊の中でも精鋭中の精鋭が集う部隊だろ。そのトップと互角に戦うやつが、『黒箱』にはいるのか……」

「それだけじゃないわ。特殊部隊第1隊初代隊長にして日本史上最強のダイバーズ、特秘能力者『ラセツ』その人が、『不死鳥』の幹部に匹敵すると称した戦士が『カナヤマヒコ』なのよ。あの人のレベルは日本国内だけではなく、もはや世界ランキングに載る程の実力者。それと、互角だなんて――」


高木と大原が冷汗を流しながら言うと、勝輝は話を元に戻した。


「まぁ、だから何だ。山田さんがやたらこの刀のことを聞いてくるから、俺は、てっきり、この刀のモデルになった『黒箱』の仲間なんじゃないかと思っていたんだ。」


 勝輝は肩を竦める。

それは本当だった。勝輝が刀のことを執拗に聞いてくる山田を警戒していたのは、『黒箱』の仲間ではないかと疑ったからだった。だが、彼の言葉にはいくつか真実を纏った嘘があった。彼は、蜘蛛の巣の着物の女がやたら印象に残っていると言ったが、それは剣術がすごかったからではない。

だった。

そして、山田宗次という男を、知らないわけでもなかった。


「そう――だったんだ。じゃあ、勝輝は、『黒箱』の仲間ではないんだよね?」

「ああ。当然だ。それに、俺だって『黒箱』は嫌いだ。許せないと思っているよ。俺は――7年前の『黒箱』による爆破テロ事件で、両親を失ったからな。」

「――!」


 勝輝の重々しく憎しみのこもった言葉に、皆が言葉を失った。いや、山田だけは薄々感じていた。おそらく、彼の両親は死んでいるのだと。初日の授業で山田が彼に家族がダイバーズなのかどうか聞いたとき、彼が「両親ともダイバーズだったはずだ」と答えた時から、その疑念はあった。

 一方の勝輝は、本心を言っては見たものの、それをすぐに後悔した。自分の“秘密”につながる大きなヒントを、彼女らに言ってしまったと。


「――そういえば、もうこんな時間か。そろそろ、お開きにした方がよいんじゃないか。」


勝輝は腕時計を確認し慌ててみせる。だがその様は大根役者そのものだ。その顔には苦々しい表情が露わとなり、その場にいる誰一人とも視線を合わせようとしていない。


「――ああ、そうだな。」


 高木が、同意するように言った。だが彼は彼で、言葉にならないもやもやしたものを心のうちに感じていた。

 高木は別に、今日の集まりを企画したことに他意はなかった。ごくごく普通の学生の思考からくる、『仲良くしたい』と思っているだけだった。大原や山田のように、何か特別な目的があって勝輝に関わろうという訳ではない。のは確かであったが、それが原因ではない。だから、勝輝が何かを隠していることが分かっていても、こちらから不用意に入り込まないようにしていた。心の問題、とでもいうべき、人を避ける態度。それはそう簡単に踏み込んでよいものではないと、彼は思っていた。

 だが勝輝の発言を聞いて彼は、勝輝が人を避ける原因は、何か『黒箱』と関係があるのではないかと考え始めた。勝輝の隠し事は、後々大原や山田の仇討ちに関係してくる気がしてならなかった。


(――もしそうであれば、自分が出来ることは、一体何なのだろうか。)


 高木がそんなことを考えていると、勝輝が山田に尋ねた。


「山田さん。俺が『黒箱』の仲間ではない、ということを、信じてもらえただろうか。」

「――」


 勝輝は、これ以上自分について深くかかわってほしくなかった。だから、もし彼女が自分を『黒箱』の仲間だと思って詮索してきているのなら、その疑念が晴れればもう深く探ろうとはしないだろうと思っていた。

自身の秘密にまで、たどり着くことはないだろうと。


「――それは、まだ、分からない。あんたの言っていることが本当だと分かるまでは、きっとあたしはあんたを疑うと思う。けど、あんたが『黒箱』を憎んでいるなら、同情はするわ。」

「――そうか。では、俺は敵ではないことを君に証明するために、君が仇討ちを遂げられるよう、協力しよう。」

「ちょっとまてよ。」


 高木が勝輝の言葉に、異を唱える。


「――優華は、それでいいのか?」

「え?」


 高木は顔をしかめて山田に言った。彼は山田が兄の仇をとると言っていることを、「良し」とは思っていなかった。高校を卒業したばかりの女性が仇討ちという、修羅の道を歩もうとしていることを、彼は気持ちいいとは思えなかったのである。


「――あたしは、それでいいよ。あたしの本当の家族は、お兄ちゃんだけだから。」

「――そうか。家族を失うことは――つらいこと、だからな……」


高木は、小さく肩を落とす。自分は、一体彼女に、なんの話をすればよいのかと。彼らの中を、夜の風が駆け抜ける。

 その風が収まるまでの小さな沈黙の後、勝輝が声を上げる。


「それじゃあ、また――来週。」


勝輝は彼らの返事も待たず、足早にその場を去る。

ようやく家に帰れると思いながら。そして、何故『また来週』などと言っているのかと思いながら。


 足早に走り去る勝輝の背中を見て、大原が言う。


「優華、先に帰っててくれるかしら。」

「え?どうしたの、典子?」

「1つ、どうしても確認したいことがあるの。彼に。」

「勝輝に?だったらあたしも――」


山田は、大原の瞳を見て黙る。

いつも以上に、真剣な眼差しだった。その目は、山田に「信じて待ってほしい」というメッセージが込められていた。


「わかった。先に帰ってるよ。」

「ありがとう。優華。すぐに帰るわ。」

「ん~?優華ちゃんと典子ちゃんて一緒に住んでるの?ルームシェア?」


 彼女らの会話を聞いて足立が尋ねる。その質問に、元の陽気な口調で山田は答えた。


「うん。そうだよ。ええと、あたしの両親が死んだあと、身寄りのないあたしを仲が良かった大原茜さんが引き取ったんだ。だから、典子とは家族同然なんだよね。今も下宿先でルームシェアしてるし。」

「そうなんだ~。いいなぁ。今度泊まりに行ってもいい?女子会しよーよー。」

「あはは。いいね!やろっか。」

「やったね!」


 足立の笑顔に、3人は微笑んだ。きっと彼女はわざとそう言ったのだろうと、彼らは思う。花のように色鮮やかで、少し無理に上げた頬。その笑顔は自然に出たものではなく、この暗い空気を吹き飛ばそうとして創った物だと。



 大原は皆に別れの言葉を述べてから、勝輝の消えていった方向に走っていった。それを見送ってから、足立は口を開く。


「さて、じゃあ帰りましょうか~。おっきな人2号君は家どこなの?」

「……」

「どうかしたの、勇人?」

「いや……その……」


 高木が何かを考え込むようにしているのを見て、山田が声をかける。高木は山田をチラリと見てから、勝輝と大原が消えていった暗闇を見る。


「なあ、勝輝のやつ、さっき京都襲撃事件の時たまたま京都にいたと言ってたよな。」

「?そうね。それがどうかしたの?勇人」

「京都襲撃事件で襲撃されたのって、能力者研究機構の研究所だけだよな?」

「そうだったはずだけど。」

「――じゃあ、なんで、勝輝は『カナヤマヒコ』と蜘蛛柄女の戦いを、見ているんだ?」

「――」


3人の間に、冷たい風が吹き抜ける。


「無理だろ。能力者研究施設に入れるのは軍関係者か特秘能力者だけだ。なのにどうして一般人であるあいつが、研究施設の中で起こっていたはずの戦いを、見ているんだ?」

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