第12話 吉岡勝輝と大原典子(3) 覗かれる秘密(上)


お前とは、違う



 大原は、殺意を身に纏う勝輝がそういったように聞こえた。流れ出る血の音ではっきりとは聞こえなかったし、それが何を意味するものかは分からなかった。それでもはっきりとわかったのは、勝輝が自分を助けるために大蛇を倒したわけではないということだった。召喚体への憎悪をぶつけに来ただけだ、と。


(この男は、仲間意識など、持っていない――)


少なくとも今の勝輝は、殺意と憎悪の塊と評するのが最も適確だと彼女は感じた。



「……は?」


 アロハシャツの男は、目の前で起きたことを理解するのに随分と時間がかかった。まず、どうやったのかは分からないが、とにかく自分の召喚体が倒されてしまったということを認識した。次に、彼は命の危険を感じ取った。それが一気に男の恐怖を掻き立てる。全身血だらけの男が、二本の刀をもって立っているのだ。命の危険を感じない方がおかしいだろう。


「お、おい、来るな!う、動くんじゃない!」


男はナイフを勝輝に向ける。その手は大きく震え、刃の先は定まらない。


「くっ!」


男は恐怖のあまり、力の加減が出来なくなっていた。無意識のうちに腕に力が入り、大原の首を締め上げる。故に大原は男の腕の中でもがいた。彼女の腕力では到底男から逃げられない。だが、首を絞めるその力は、ますます強くなっていく。


「おい、このハゲ!典子を離せ!」


 山田が長刀を構える。高木も雀の男を放置し、足立の傍に駆け寄ってきた。



「そのナイフを捨てろ!」

「う、うるさい!くるんじゃねえ!こ、こいつがどうなってもいいのか!?」

「!!」


パニックを起こした男はナイフを大原の頬にあてる。柔らかなその頬に、ナイフが食い込んでいく。


(さすがに、このままでは――)


大原は息苦しい中、男をにらみつける。


「は――さい」

「ああ?なんだ?黙ってろ!」


男は大原に怒鳴りつける。

 この時、完全に乱心状態になっていた男は、何も気づいていなかった。自身の体の周りに、山吹色に輝く光が集まっていることを。


「――離しなさい!」


大原の叫びとともに、蛍のように揺らめく光が一瞬にして男の体の中に吸い込まれた。

そして、それと同時に、男の震えが止まる。

男は何が起きたのか全く分からないというような表情を一瞬みせると、眠るようにその場に崩れ落ちた。


「え――??」


 足立があっけにとられた顔をして大原を見る。大原は男から解放されると、額から大粒の汗を流し、その場に座りこんだ。


「典子!」


山田は刀を投げ捨て、大原に駆け寄った。彼女は大原を抱きかかえると、ひどく心配した様子で尋ねる。


「大丈夫!?」

「ええ、ちょっと能力を使いすぎただけだから、少し休めば――」

「本当に?どこもケガしてない?」

「ええ、大丈夫よ。」

「よかったーー!」


優華は半分涙を浮かべながら、典子に抱き着いた。大原は少し驚きつつも小さく微笑み、抱き返す。


「ええ、本当に大丈夫よ。ありがとう、優華。そして、ちょっと苦しいわ。」


山田は大原から離れ、右手を差し出す。大原は彼女の手を取って立ち上がると、口を開けて立っている2を見る。


「ごめんなさいね。心配を掛けました。」

「い、いや、それは別に構わないんだが――って、そいやあいつらは!?」


 高木が慌てて周囲を見渡したその時、大原の後ろに雀の男が舞い降りた。きめ細やかな雀の羽が、天を覆うように広げられている。


「優華、典子!」


高木が彼女らの元へと駆け寄る。が、雀の男は戦おうとしている訳ではなかった。アロハシャツの男を抱きかかえ、素早く上空へ翼を広げる。そして街灯の上で羽ばたきながら勝輝たちを一瞥すると、ビル街の奥へと飛び去って行った。


「逃げ、たの――?」

「みたい、だな……」

「うん、もう誰もいないみたいだね。少なくとも、半径150m以内に人の足音はしないよ。」


 足立が狐耳をくるりと動かして、皆に安全を伝える。気が付けば、周囲に倒れていたはずの男たちも誰もいない。ただ大蛇の血の海が広がっているだけである。

 山田は飛び去る雀の男を忌々しそうに見つめる。


「なんだったのよ、あいつら……」

「さあ?妙な連中だったのは確かだが……ま、とりあえず一安心だな、しょう――」


 高木は息をのんだ。安堵の息が、一瞬で消える。

勝輝は高木を見ようとしていなかった。依然として殺意を纏う勝輝の視線は、どういう訳か大原に向けられていた。


「……おい。勝輝、もう敵はいないぞ?」

「……」

「勝輝?」

「え――あ、いや、すまん。考え事を、していた。」

「大丈夫……なのか?」


 高木は半信半疑で勝輝の様子をうかがう。勝輝はその視線に気が付くと、持っていた能力を解除して長刀を消す。そうしてから、腕や足に触れる仕草を見せると、彼は不自然な作り笑いを見せた。


「ああ、どこにもケガ等もしていない。大丈夫だ」

「そう、か……」


 ケガについても心配したことは確かだったが、高木が一番気にしたのはそれではない。勝輝の異常なまでの憎悪と殺意。それに飲み込まれ、我を忘れているかのような状態を、彼は危惧した。召喚体を見る勝輝の憎悪がただの憎悪ではないことを、彼は一目見た時からわかっていた。そして勝輝がその理由を話したがらないことも察していた。だから、高木は勝輝が話そうと思う時まで、何も聞かないようにしようと決めていた。


(だが、この状況は危険すぎる。)


 彼は、やはり何があったのか聞くべきではないかと迷う。勝輝の召喚体への憎悪は、明らかに人を嫌煙させる。それは、きっとだと、高木は考えていた。


「そ、それにしても、その血大丈夫なの?」


 異様な静けさに耐えきれなくなった足立が、話題を勝輝に振る。勝輝は体についた血を見てから足立に言った。


「ああ、召喚体の保存時間が切れればこの血も消える。所詮、エーテル。偽物の血だ。さっきの一撃で、血という情報も粉砕したからな。あと5分もすれば消えるだろう。だから問題ない。」

「そ、そうなんだ……」


 再び、沈黙が訪れる。

何もかもが、普通と違う。気になることが多すぎる。だが、どれから触れていいのか、そもそも触れていいものなのか、皆判断がつかなかった。

 だが、一人の男が、その状況にあえて踏み込んだ。


「……さっきの大原さんの能力は、『ネツァク』なのか?」

「――」


 夜より濃い闇が、大原の栗色の瞳を見つめている。そして大原もその闇に対抗するように、彼を見つめ返している。


「ネ……なんだって?」


高木が大原と勝輝を交互に見ながら聞く。


「さっきの能力を見て俺は大原さんの能力が、『ネツァク』と呼ばれる能力だと思ったんだが、違うのか?」

「まって。」


勝輝の言葉を山田が遮る。その瞳は細く、勝輝を睨みつけている。


「典子は特秘能力者。特秘能力者の能力は、本人とその親族、そして本人が認めた人にしか話すことが出来ない決まりになっている。勝輝、あんたが例え典子の能力が何か分かったとしても、それを話すことは許されないよ。特秘能力者は、その能力目当てに命を狙われることだってある。だから――典子の能力をペラペラしゃべるようなら――私はあんたを許さない。」

「――つまり、君はやはり能力を知っているという訳か。」

「だったら、何よ。」

「いや、別に。ただ、確認しただけだ。それに、たとえ大原さんの能力が何か分かったところで、それを無許可でしゃべるつもりはない。俺だって、のは好きじゃないからな」


 勝輝は、山田を睨み返す。「これ以上、自分について探りに来るな」という意志を彼は全力でその視線に乗せる。それに反論するように、山田も睨み返している。獲物を捕らえて逃さない、猛禽類のような瞳だ。


「――構わないわよ。吉岡君。私の能力を教えてあげても。」


 大原のその言葉に、山田が驚いた顔を見せる。そして、山田は大原だけに聞こえる声で言う。


「でも典子、あいつはもしかすると――」

「たしかに、危険かもしれないわね。彼は、私達に仲間意識を持っていない。であるかもまだ分からない。」

「……うん。」

「けれど、私達ののためには、どうしても彼のもつ刀について知らなければならないわ。そのためならば、私の能力の秘密なんて安いモノでしょう?まぁ、戦略というより一つの賭けではあるのだけれど。」

「……分かった」


山田は少し迷っていたが、大原のまっすぐな栗色の瞳を見て彼女の意見に同意した。


「――いいのか?そんなにも簡単に……自分の秘密を教えてしまえるものなのか?」


 勝輝が怪訝な顔をする。特秘能力者の能力は能力研究における極秘事項にあたる代物である。それを、そうやすやすと教えるということに抵抗感を彼は覚えた。というのも、さっきの彼の発言は、何も彼女の能力が本当に知りたいわけではなかった。もちろん、気になるものではあったが、それ以上に自分について探りを入れる彼女らに、釘を刺すのが目的だった。だが、彼女は自分の能力を、秘密を教えると言ってきたのだ。釘を刺すどころか藪をつついて蛇を出してしまったと、勝輝は思った。


「ええ、構わないわ。既に能力を見せてしまっているのだもの。この際だから教えるわ。後でとやかく聞かれても大変でしょう?其れとは言ってはなんだけれど、私達も、あなたについて聞きたいことがあるわ。」


 嫌な予感がした。



(何を、聞きたいというのだ――)



心臓の鼓動が早まる。彼女の能力が知りたいわけではない。彼女たちが、自分について何か知ってしまっているのではないか。その真相を確かめるために、彼は口を開く。図らずも、それが承諾の意志の表れになってしまったとしても。



「――何を、聞きたいんだ。」

「あなたの、刀についてよ。」

「刀――だと?」


勝輝の不安は警戒へと引き上げられる。


「そうよ。

2年前、『新硫黄島の戦い』で殉職した優華の兄、山田宗次。

彼が持っていた長刀『長山の大太刀』を、何故あなたが作れるのかを――」

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