第11話 吉岡勝輝と大原典子(2) 憎悪

「オラァ!」


 高木の怒号が、静かな夜の街道に響く。素早く相手の懐に潜り込み、相手の体ごと突き上げる強烈な一撃が炸裂する。


「ガッ――」


ハリネズミのような男の棘は、高木の硬質化した腕の前ではただの毛同然。高木の動きを鈍らせることは一切なく、その能力ごと高木は粉砕する。


「このクソガキ、化けもんかよ!!」


吹き飛ばされた仲間を見て、雀の翼をもつ男が上空で叫ぶ。翼をばたつかせ常に高木から距離をとっているだけで、その男は攻撃してこなかった。高木は雀の男に向かって叫ぶ。


「そんな上空で飛んでないでかかってこい!」


 勝輝は、薄青いナイフを持った男と、腕から稲妻を創り出すダイバーズをにらみつけている。彼らはお互い動くこともなく、構えをしたままであった。だが、二人の男は隙を伺ってじっとしているのではなく、勝輝の異様な眼光にすくみ上っていた。野生の狼のような鋭い視線が、白く長い刃に乗せられてまっすぐ伝わってくる。


「く、こ、このっ」


恐怖に耐えかねた男が、ナイフを振りかざす。が、男の見る先に勝輝の姿はない。思考を巡らせる間もなく、男はその場に倒れ伏した。勝輝は男が倒れたことを確認する様子も見せず、稲妻を出す男に向かい合う。


「ヒッ」


男は小さく息をのみ、右手を勝輝に向けた。が、彼もまたナイフの男と同様に意識が途絶える。

 地面に倒れ伏した男たちを見て、勝輝はため息をついた。


「弱い……」


強力な一撃を加えたと言っても、峰打ちなのだから気絶するほどではないのだが、と勝輝は首をかしげる。


(ともあれやることは終わった。あとは、山田や高木が残りのメンバーを撃退していればそれで終わる――)


勝輝は再度ため息をついた後、高木や山田が戦っている方を振り返る。勝輝はそこに何の期待も予感も持っていなかった。何が起こっていたとしても、勝輝の心を動かすような、驚くべきことは何もないだろうと思っていた。だから、飛び込んできた光景に、勝輝は心臓が大きく脈打つのを感じた。


「――あ、れ、は――」



 山田は、木刀を持った男と対峙していた。柄を両手で軽く握り、その刀身が左腰の位置で体と並行になるように保っている。対する男は木刀を体の正面に構え、左脚を少し下げている。剣先は山田ののど元に向けられ、男は山田が少しでも動こうとすれば鋼のように固くなった木刀で一撃を加えようと考えていた。


山田が、深く息を吸う。

冷たい空気が肺に満たされ、そして長く、息を吐き出す。

そして、息を出し尽くし、集中力が最も高まったその瞬間、山田は大きく左下から右上へと長刀を振り上げた。

その動きは、男に木刀を振り上げる暇も与えない。

男が木刀を振り上げたときには、その木刀は真ん中から真っ二つに折れていた。

一瞬の出来事に、男は何も反応できなかった。

凹凸のない鮮やかな切り口を見て驚くこともできなかった。否、そもそも振り上げた木刀の断面を見ること自体できなかった。

山田は木刀を二つに斬ったのち、体を大きく一回転させて男の懐に潜り込んだ。そして長刀の柄頭を男の腹部に喰らわせる。


「カハッ……」


腹部を抑えて倒れ伏す男に、山田はさらに背中に柄頭で一撃を加える。男はなすすべなくそのまま倒れこみ、そのまま腹と背中の痛みに悶えていた。


「ま、こんなもんよ。」


山田は長刀を肩にあててウインクして見せる。


「わー、スゴイ!優華ちゃん!勝輝君よりも鮮やかだったよ~!」

「いぇーい、ありがとう。」


 目を輝かせながら近づいてくる足立に向かって、山田は空いている左手をピースして見せる。そんな山田を見て、大原は遠くから微笑む。


「優華は小学校のころから剣道をやっていたのよ。武術で私は一度も優華に勝ったことはないわ。」

「へぇ、そうなんだ~。昔から運動得意なの?」

「うん、まぁね。でも、武術で一度も勝ったことないってのは嘘でしょ~、弓道部元主将さん。」

「そうなの?典子ちゃん。」

「え、ええ。まぁ……一時だけの話だけれど、一応弓道部の部長を経験したことはあるわ。」

「すごーい。私も何かそういうことやっておけばよかったかなぁ。」


 恐喝にあったことなどすっかり忘れているような会話を彼女たちは続けていたが、高木の怒号で彼女たちの意識は雀の男と戦う高木へと向けられた。


「うーん、あの雀男、さっさと逃げないかな~。もうあたしらの勝ちでいいでしょ。」

「いや、勝ち負けではなくて……警察に通報しましょう。」

「勝輝君の方はまだ睨み合ってるね。結構相手強いのかな?」

「――いや、アレはたぶんすぐに決着がつくと思うわ。」


足立の疑問に大原は澄んだ声で言う。

 大原は、まっすぐ勝輝を見つめていた。重心の移動、太刀筋に相手を見据えるその視線。どれをとってもただものではない。一体どれほどの訓練を積めばあのような動きをすることが出来るのだろうか。彼女には想像もつかなかった。そして彼女は、それ以上に気になっていることが1つあった。あの『複合創造』を、どうやってモノにしたのか、という点である。だが何度彼が能力を使うところを見ても、その動きに特徴を見いだせない。どうやってその能力レベルの域に到達したのか、想像できなかった。


(もし、その方法を知ることが出来たなら――)


「典子!」


 山田の声に、大原は我に返る。目の前に、一人の男が立っている。最初に高木がねじ伏せた、アロハシャツの男だ。


「ったくさっきはえらい目にあわされたが、お前を人質にすりゃあいつらも大人しくなるんだろ?お前、戦闘向きじゃなさそうだしなぁ!!」

「!!」


一瞬で男は左腕で彼女の首を絞め、右手に本物のナイフを握る。

大原は抵抗する余裕もなく囚われの身となってしまった。


「おい、動くんじゃねぇぞ。そこの赤毛女!この女がどうなってもいいのか?」


 随分と典型的な展開だと山田は思ったが、それだけにどう動けばよいのか分からなかった。ドラマやアニメなどでこういったシーンはよく見るが、実際に遭遇すると友人が傷つけられるという恐怖心が体の動きを麻痺させる。


「そうだ、そのままじっとしていろよ。……こい、『コブラ』!」


山田と足立が動かなくなったことを確認すると、男は高らかに叫ぶ。紫色の淡い光が、山田と足立の前に集まっていく。そして、光が凝縮しきった時、そこには山田たちの身長をゆうに超す、巨大な大蛇が鎌首を上げていた。


「こいつ、あたしとおんなじ召喚能力者か!」


山田が長刀の剣先を大蛇の口に向けて構えをとる。


「ははは、どうだ!この2トントラックですらゆうに飲み込めるほどの大きさを持つ、俺の召喚体!この『コブラ』を前に、どーやってテメーら戦うんだ?ああ?」


 男が高笑いをしながら大蛇に命じる。


「さぁ、コブラ、こいつらを締め上げろ!そうしたら残っているガキ二人も降参するしかなくなる!」


大蛇は大きく体をうねらせ、血のように赤い口を開く。

 山田は刀を構えるだけで、どうすればよいのか見当がつかなかった。『ダイバーズに関する10原則』の原則9によれば、『保存時間』の間はダイバーズの能力は残り続ける。すなわち、たとえ召喚体を斬りつけてばらばらにしたとしても、情報が保存されている間はその場に残る。もし蛇として完璧に創られた召喚体であるならば、たとえ頭を切り落としても、そのまま頭や体が動く可能性がある。それでは斬りつけても攻撃・・を避けることが出来ない。この召喚体を無効化できる方法が、山田には分からなかったのだ。

 大蛇の口が、山田に迫る。


(一か八か――)


 山田が刀を振りかざした、その瞬間だった。

何かが、頭上から降ってきた。

それは蛇の顔をかすめ、雷霆のように猛々しく地上に降り立った。その余りの勢いに地面はえぐれ、轟音とともに土煙が立つ。

そしてその土煙の中には、二本の長刀を構え持つ男がいた。


「しょ、勝輝……?」


余りの衝撃音に、思わず高木も雀の羽をもつ男も、音がした方を見る。



失せろ



 殺意。明確な殺意のこもった声が、夜の闇に広がった。氷よりも冷たい、憎悪の言葉。全身に悪寒が走り、体温が急激に下がっていくのを彼等は感じた。

そして、彼らは見た。

彼の言葉が闇へと染みこんだその瞬間、巨大な蛇の体が、雪崩のように崩壊するその様を。

おびただしい量の血が、滝のように勝輝に降り注ぐ。

だが、その血を浴びてなお、勝輝は微動だにしなかった。


 大蛇はもはやその原型をとどめていない。

爛々と輝く彼の黒い瞳が、ばらばらになった蛇の亡骸をさげすんでいる。



――お前とは、違う



血を浴びた勝輝の手にある刀が、ひときわ不気味に白い輝きを放っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る