第10話 吉岡勝輝と大原典子(1) 勝輝の不安
白い蛍光灯が、冷たい光を放っている。オートウォークに乗る勝輝は、頭上を通り過ぎる蛍光灯を数えながら小さくつぶやく。
「……一体どうして俺はここにいるんだ。」
勝輝は、大原、山田、足立、そして高木とともに大学校外にある地下街に来ていた。ことの発端は一週間前の模擬戦の後、高木が全員の予定を聞いてきたことだった。勝輝は馬鹿正直に「なんの予定も入っていない」と答えたことを後悔した。少し考えればわかることだった。そんなことを言えば、高木は何かしらの予定を立ててくるに違いないということを。
模擬戦からの一週間、勝輝は極力4人と距離を置こうと努めた。が、それを高木が許さなかった。常に一人で座っている勝輝の隣に、必ず高木が座ってくる。そうなると、高木と仲の良くなった大原、山田、足立の三人が、自然と集まってくる。よって勝輝は
勝輝自身は他の4人、特に女性陣と仲がいいわけではないと思っている。足立と大原は自分に対して一歩引いた態度をとっていると彼は感じていたし、山田は山田で仲よくするというよりも、何かを
山田はやたら刀についてしつこく勝輝に尋ねた。本人曰く、剣道部の主将を務めたことがあるから気になるのだと言う。だが、それだけにしては態度が必死すぎた。だから勝輝は、模擬戦の時の自分の行動を後悔した。『複合創造』なんて能力を使うべきではなかったと。ただの木刀でも創造しておけば、彼女はきっとそこまで食いついてくることはなかっただろうと。
勝輝にとって現状は居心地がいいと言える環境ではなかったし、それは彼らも同じはずだと勝輝は思った。それなのに、何故か皆一つのグループとして生活を共にしている。不可解極まりない事態に、勝輝は困惑した。
そして、一番分からなかったのは、一団から離れようと思えば離れられるはずなのに、何故か離れることが出来ない自分自身だった。後になって思えば離れる理由などいくらでも考え付くはずなのに、高木に声を掛けられると、そういう考えがわいてこない。気が付けば、高木を取り巻く輪の中に組み込まれてしまう。
高木という人間が人懐こく、そして人に好かれやすいタイプだということは入学式のあたりから勝輝は認識していた。しかしそうだとしても、何故自分はこの男の話を無視できないのか、ともに過ごしてしまうのか、彼には分からなかった。まるで解けなかった最後の数学問題のように、勝輝の前に立ちふさがっていた。
勝輝はその問題が解けない理由を、強引に“自身の主治医に似ている気がするから”ということにした。そうでもしなければ、他人と関わってしまっているという焦りと不安で押しつぶされそうになる。勝輝の主治医は大学進学を勧めた人物であり、彼にとって唯一“まともな会話ができる人物”だった。だから、その人に似ていると考えておけば、勝輝はいくばくか気が紛れた。
そして今も、勝輝は高木の立案した予定に異を唱えることが出来ず、全くもって不釣り合いな場所へと向かっていた。
「お、ここかぁ~」
円形の地下街を一周する動く床を下り、足立が少し高揚気味に言う。勝輝たちが来た場所は、入り口が電気装飾で彩られた騒々しい空間だった。人が通って自動扉が開くたびに、施設の中から軽快な音楽や電子音が雪崩のように解放される。
「このカラオケの奥に、ゲームセンターもあるぜ。」
「へー、こんなとこにあるんだ。」
山田が騒音の中に足を踏み込んでいく姿を見て、勝輝は小さくため息をついた。
「――こんなところにきて何をするというんだ。」
「ん?そんなの決まってるじゃないか。」
「そうだよ、勝輝君。おっきな人2号君の言う通り、陽子たちの目的はプリクラなのです!」
「え!?プリクラ!?いや、ゲーセンもあるから、奥にあるにはあるが……」
足立の言葉に高木は苦笑いする。それを聞くと、足立は不満そうに頬を膨らませた。彼女の灰色の狐耳が、がっくりと下を向いている。
「ふふ。じゃあ後で女の子同士だけでとりましょうか。」
大原は小さく笑ってそういうと、足立とともに山田を追って中に入っていった。
「やれやれ、プリクラが目的ではなかったんだがなぁ」
高木がわざとらしく肩をすくめる。
勝輝は、高木が何を目的としているのか知りたくなかった。
◇
「はー、歌った歌った。やっぱ穂村ちゃんの曲はサイコーだわ~」
「ああ、今人気だよな、あの人の曲。俺は夏海って曲が好きだな。」
「あら、気が合うわね高木君。私もあの曲は好きだわ。」
「楽しかった~、プリクラもとれたし~」
地上に上がった高木たち4人は、夜の街道でいつにもまして楽しそうに話をする。
そんな4人の数歩後ろを、勝輝は歩く。勝輝にとってこの3時間は人生で一番胃のきりきりする時間だった。勝輝は、他の4人と同様に高木の目的を理解していたが、それを認識することを拒絶した。故に彼は一度も歌うことはなく、結局プリクラにも映らなかった。勝輝の頭の中は、とにかく「帰りたい」の一言でいっぱいだった。
「にしてもよ~、勝輝、お前もなんか歌えばよかったじゃないか。俺一人で『恋するクッキー』を熱唱とか、淋しいじゃねえか。」
「いや、それはあんたの趣味全開だもん。私も分からなかったわ。」
「ええー、いい曲なんだがなぁ」
高木が不服そうに山田に言う。
勝輝は口をつぐんだまま、煉瓦敷きの街道を見つめている。街灯によって長く引き伸ばされた4つの影が、勝輝の足元にまで伸びていた。
(――なぜ、こんなことをしているんだ……)
後悔と同時に、胸の奥から何かが込みあがってくる。一緒にいることで“秘密”が知られてしまうのではないかという不安。
だが、それだけではない何かがあることを、勝輝は自覚した。心臓から嗚咽をするかのように、心の奥底からソレは湧き上がってくる。それが何なのか、彼には分からなかった。生暖かい不気味な感情を必死で押さえつけ、勝輝は奥歯を噛みしめる。
(人と関わらないようにしようとしていたはずなのに、なぜこんなにも
これ以上、彼らとともにいることは、自分にとって良くない。
このまま一緒にいては、彼らに、秘密を知られてしまうかもしれない。
けれど……何故こんなにも苦しいのか――)
「おい、テメェどこ見てやがる。」
明らかに物騒な言葉が勝輝の耳に入る。ふと彼が顔を上げると、前を行く4人の歩みが止まっていた。
「こいつは、骨折れてますね~、慰謝料、おいていってもらおうか」
いつの時代の恐喝なんだ、とわざとぶつかってきた男の集団を見て高木は思う。派手な格好をした若者が7人、高木たちの行く手を阻むように立っている。
(変な集団だな。)
勝輝は恐喝をしてきた男たちを見て首をかしげる。どう見ても誰一人高木より強そうに見えない。中には筋肉質な男もいたが、高木よりその筋肉量は劣っている。それなのに、熊のような高木にわざわざ恐喝をしてくるなど、相当状況判断のできない奴らなのかと勝輝は思う。
「笑っちまうほどベタなセリフだな。」
「ああん、やんのかコラぁ!」
高木の発言に、アロハシャツの男が彼の胸倉をつかもうと手を伸ばす。が、手が高木に触れる前に、その男は地面にねじ伏せられた。
「ガハッ」
男は強烈な関節技を決められ、半分意識が飛びそうになっている。その男を抑え込みながら、高木は集団をにらみつけた。
「……まだやるのか?」
「――ふん、それはこちらの台詞だ。おい、お前ら。」
リーダー格の細身の男が命令する。すると、周りの男たちは勝輝を含む5人を取り囲むように広がり、各々能力を発動させた。腕の毛が逆立ち、ハリネズミのような針を構築する者、背中から雀のような翼を生やす者、水色のナイフを創り出す者、木刀を構える者、掌からバチバチと稲妻を走らせる者もいる。
大原と足立は大きくため息をつく。
「面倒なひとたちね。」
「ホントだね~。おっきな人達、あとは任せました~」
「いや、任せたって……ま、いいけどよ。」
足立はあくびをしながら敬礼をする仕草を見せる。高木は「任されたよ」と言うと口角を上げ、相手の能力が何であるのかを確認する。
「体毛を硬質化させるやつに、木刀を構えているあんたは……ああ、物質の強度を上げるアルケミスト『強化能力』か。そこのバチバチ言ってるあんたは、何かはよくわからんが、電流系統のウィザードだな。もう一人は、エーテル体形成能力者か。……勝輝、俺はこのハリネズミと雀を相手にする。あと、頼めるか?」
高木は相手を見据えたまま、数歩離れたところにいる勝輝に声をかけた。一人ひとりはそこまで強そうには見えなかったが、さすがにダイバーズ5人を同時に相手取るのは無理があると彼は判断したからだ。
だが、勝輝からではなく、予想外のところから返事が返ってきた。
「いいわよ~、あたしも手伝うわ。」
「は?え?いや、優華、ちょっと待て。」
突然の山田の発言に、高木が驚く。山田はその様子を見ると、明らかに不満そうな顔をみせた。
「なんでよ、勇人。なんであたしを頭数に入れないのよ。」
「ええ!?お前召喚能力だろ?召喚できるの猫だろ?さすがに戦いには向かないんじゃ。」
高木の発言にため息をつくと、山田は赤い髪を掻きながら高木の横に並ぶ。
「あたし、剣道やってるって言ったでしょ?」
「いや、今なんも得物もってないだろ?」
山田はニヤリと笑うと、高木とは反対方向にいる勝輝に声をかける。
「ねえねえ、勝輝、刀作ってくれない?あの長刀を。」
彼女は笑みを浮かべているが、それは口だけだった。目が、一切笑っていない。
勝輝は少しためらった。あまり彼女に刀を見られるのは気分がよいものではなかったからだ。刀を見る彼女の目は、大学生デビューしたような艶やかな女性のそれではない。真実を見つけ出そうとする警察や探偵を連想させる。彼女に刀を渡すことは、彼女が自分の秘密に近づいてしまうのではないかという不安を、勝輝に抱かせた。
が、それ以上に今の状況は『面倒くさかった』。
自分の心の安寧のために、とにかく一刻も早くこの4人から離れたい。
こんな茶番じみた恐喝に付き合っている余裕などない。そう感じた勝輝は、山田の要望を仕方なく受け入れた。
長い白刃が街灯に照らされ、冷たく輝く。
「やっぱり、いい刀よね……」
「……優華、殺すなよ?」
「ばっ、しないわよ!」
受け取った刀を愛おしそうに見つめる山田を見て、高木は苦笑する。
「準備は済んだのか、ガキども……」
「おうよ。なんだかしらんが、待っててくれて感謝するぜ。陽子、典子、ちょっとそこで待っててくれ。すぐに終わらせる。やっちまおうぜ、勝輝、優華!」
「……」
高木の言葉に、勝輝は何も返さなかった。
(ひどく、面倒くさい。)
勝輝は自分用の長刀を創り出し、その剣先を右腕から白い火花を出す男に向ける。
(一瞬で、終わらせる――)
「やっちまえ!」
リーダー格の男の吐き出すベタなセリフで、戦いが始まった。
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