第9話 新入生は能力者(7) 召喚能力
「『召喚能力』か。
「わたしも~。すごいね、優華ちゃんって!それにしても、猫かわいい~。」
足立が目を輝かせながら山田の抱く猫を遠巻きから見る。ほとんどの学生は高木か足立と同じ反応を見せるが、勝輝だけは違っていた。
「召喚――能力――」
心臓が大きく脈打つ。視界が歪み、記憶の中にある景色がちらつく。
彼女の腕に抱かれた赤毛の猫は、4本の足を動かし、主である山田にしがみつこうとしている。だが、勝輝にその姿は映っていない。猫の顔が、猫の体が、墨で塗りつぶされた黒い塊に見えてしまう。
脳の中で、何かが叫んでいる。
記憶の中に巣食う黒い染みが、勝輝の心に広がっていく。
――おまえみたいな――
「お、おい、大丈夫か?汗だくだぞ」
「――!」
高木の声で勝輝は我に返る。勝輝の額には模擬戦の時にはなかった汗が湧き出ていた。
「今頃俺の打撃が効いたか?」
高木は冗談をいって彼の肩をたたく。
「いや――すまない。なんでもない。」
「そうは見えないけれど、あなた大丈夫なの?」
大原も勝輝の顔色を窺う。だが、その目は心配というより何かの探りを入れてくる目である。勝輝はそれに気づき、落ち着きを取り戻すために大きく深呼吸する。
「ああ、もう大丈夫だ。すこし、以前、召喚能力者との間で――その、トラブルがあってね。」
「ふぅん。そうなのか。」
高木は彼の様子をみてそれ以上は聞くまいと決めたのか、学生たちの前にいる山田の方を向いて言う。
「しかし、『召喚能力』とはずいぶんと魔法に近い現象だよな。この世界はいつからおとぎの世界に迷い込んだんだ?」
「『召喚能力』は他の能力と比べてかなり特異な能力よね。けど、原理はあなたの『身体変化』と一緒よ。私達ダイバーズは原則2にあるように、思い描くイメージを情報としてエーテルに付与して、そのイメージを具現化させることで能力を発動しているわ。
優華の能力もそれと同じ。自分の思い描いた“猫”という情報を、エーテルに付与して『創造体』として具現化させているのよ。」
「ふーん。『創造体』なんだ~。ってことはわたしと同じ『オドの細胞化』?」
大原の言葉に足立が疑問を投げかける。その問いに、彼女は小さくうなずいて答えた。
「ええ、そうよ。陽子のように自分の体の拡張としてつくられる『創造体』と一緒で、オドを細胞化させて『創造体』を形成する能力よ。さっき先生も言っていたように、詳しくは解明されていないけれど、マナが実際の物質に転換されて、それをオドが
「オドはまるで細菌やウイルスみたいだな……」
高木の苦笑いを見た大原が理解を示す。
「まぁ、分からなくもないわ。オドの形状は神経細胞のような、ええと、棘を持った形をしているから。」
「まじかよ。神経細胞のような働きを持つことを考えれば、オドはほんとに細菌かなにかなんじゃ――」
「それはない。」
高木の言葉を遮って、これまで以上にはっきりとした声で勝輝は否定する。どこか怒りを覚えているかのような一段と低い声は、少なからずその場にいた三人を驚かせるものだった。
「……勝輝?」
「生命の原則のうちの1つ、『生殖』を『オド』は持たない。つまり、『オド』は自己増殖を行わないんだ。『オド』が『オド』を増やすということは確認されていない。だから、オドは――細菌じゃない」
勝輝はそういうと、多くの学生に取り囲まれている山田が抱く猫を、憎悪の目で睨み付ける。大原はその様子をみて多少怪訝な表情を浮かべつつ、話を進める。
「……話を戻しましょう。優華の召喚能力は、一つの個として、オドを細胞化させる能力よ。それによってできた創造体を『召喚体』と呼んでいるわ。」
「うーん、ということは、本物の猫と同じってことなの?
それじゃあ、召喚能力は命を生み出す能力ってこと?」
「それは――」
「――違う。」
大原が答えようとするのを遮り、再び勝輝がはっきりという。勝輝は視線を質問した足立に移すことなく、山田が腕に抱く『猫』を睨み続けている。
「召喚体の細胞は、
あくまで“細胞によく似た物質”だ。
増殖を行わず、召喚体の体を動かすエネルギー生成だけを行う存在だ。生存本能を持たず、そして生殖能力も持たないものは生物学的に生き物ではない。加えて召喚体は普通の生物とは違って召喚者の意志で自由に操れる場合もある。
それに、
「“情報を付与された『エーテル』は、一定時間たつと情報を有していない『エーテル』に戻る”ってやつか」
「そうだ。いま高木君が言ったように、『エーテル』には情報を保存できる時間が限られている。保存時間はダイバーズや能力によって変化するが、
それは『創造体』である『召喚体』も同じだ。召喚されたすべての『召喚体』は、時間が経てば霧散し、元の『エーテル』にもどる。」
勝輝は声を荒げてなおも続ける。
「そのため、学習能力も記憶能力もなく、召喚するたびに“新しい個”として誕生する。
故に、召喚体は生物科学的に“生命”とは認められていない。
アレは、“猫”という形を維持しているだけの『創造体』。だから『召喚体』は『機械』と変わらない。」
「その考え方は気に食わないわ。」
大原が勝輝の前に立ち、彼の顔をまっすぐに見据えて言う。
「確かに生物学的に生物としては認められないものだけれど、それでもそこに個として存在しているのよ。それを、他の
「いや、あれが物でなくてなんだというんだ。そういった話は随分長い間議論されてきたが、
ああ、そうだ。はっきり言っておくが、俺は命を物のように考えている訳じゃない。
ただ、アレは命ではない、物は命じゃない。そう思っているだけだ。」
彼女の凛とした栗色の瞳が、声を荒げる勝輝を見つめている。その瞳は、勝輝の目を見て離さない。勝輝も彼女の瞳を見つめ返すが、勝輝はその視線を外したとたん、この栗色の瞳に心の奥底を覗かれてしまう気がした。その視線は脳の奥を突き刺すようにまっすぐで、太陽光のように強い。その光は、最後には勝輝自身すらも飲み込んでしまうだろうと、彼は予感した。だからこそ、勝輝は彼女の視線から目をそらすことが出来なかった。
その栗色の拘束を解いたのは足立だった。二人の間に割り込み、手を頭の上で振りながら自分を主張し、彼女は無理に口角をあげる。
「ま、まあ、まあ。勝輝君も典子ちゃんもそんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかな~。今は召喚能力者も多くて割と身近な存在になっているらしいし~、ほら、何よりあんなにかわいいんだからさ~」
彼女は山田の腕にいる猫を指さす。すると、山田がその視線に気が付いたらしく、八重歯を見せながら4人のもとに戻ってきた。
「どうよ~、かわいいでしょ~。」
「さ、触りたい!」
「いいよ~。ほら、腕出して~」
山田は足立の腕に猫を預ける。赤毛の猫はいやがるそぶりも見せず、足立の腕に抱かれるとその前足をだして足立の頬に触れようとしている。足立は赤毛の猫を抱きかかえると狐耳を出して、今にも寝そうな緩みきった表情をして見せる。
「か、かわい~い。見てみて、肉球だよ、肉球!ぷにぷにしてるよ~」
足立は大原にその肉球を見せる。大原は表情を少しやわらげ、その肉球に触れながら猫に話しかけた。
「いつ見てもアンはかわいいわね~」
「アンっていうのこの子?」
足立の新しいものをみつけた子供のような声に、山田が満足げに言う。
「そうだよ。『召喚体』に名前を付けると召喚しやすくなるんだよね。イメージを強く持てる、みたいなね。そうじゃないと首だけとか足だけとかしかできなかったり、召喚した後で手足が落ちたりするんだ。」
「そ、それは、怖いね……」
「まぁ、そりゃ最初は大変だったね。能力使う度に吐いてたし。アンがちゃんとした猫として召喚できるようになるまで2年くらいかかったなぁ。今じゃもう感覚的に能力を行使できるけどね。」
「へぇ~そうなんだ~。そうしてできたのがアンなんだね!かわいいね~、アン。ほら、勝輝君も触ってみた――」
「俺はいい。」
低く、鋭い声で勝輝は足立に言い放つ。汚物を見るような視線を向ける勝輝を見て足立は、彼は召喚体をひどく嫌っている様子だと感じた。足立は一言小さく「そう」と答えると、赤子をあやすように猫を抱きなおす。
山田は勝輝の態度を見て大原に何かあったのかと耳打ちしたが、大原は静かに首を振るだけで何も話さなかった。高木も肩をすくめるだけで、山田には何が起きているのか分からなかった。
乾いた空気に、矢島の声が響く。
「いやはや、今年の1年生は素晴らしいダイバーズが多いね。私も教え甲斐があるというものだ。さて、これでおおよその能力の基本的な紹介は終了した。もちろん、他にも重要な特徴はごまんとあるのだが、それらはまた今度話すこととしよう。
この部屋は講義終了時刻までこのまま開けておくから、みんなそれぞれ能力を自由に使ってくれ。くれぐれも、けがはしないでくれよ。それでは、今日の授業はここまでとしよう。」
彼の言葉で学生たちは口々に能力について語りだす。自身の能力についてや、模擬戦の様子など、その内容は様々だった。
だが、勝輝たちの中には、落ち着かない静けさが残っていた。
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