第8話 新入生は能力者(6) 模擬戦(後編)
「いやすげぇな。まさかこんな試し打ちが出来るとは思わなかったぜ」
高木は床に振り下ろした拳に息を吹きかけ、手についた汚れを落とす。そしてまっすぐ勝輝に向き合い、左手を前に、右手を腰に落とした空手のような構えをとる。
「それに、刀が出てくるとは思ったが、まさかそこまで“本物の刀”を再現するとはな。」
勝輝は長刀の刀身に左手を添え、剣先を高木に向ける。その刀身は美しく滑らかな曲線を描き、一切の歪みはない。
「俺の能力は『創造体形成能力』、その中でも“複数の創造体を
勝輝の発言を聞いた足立は首をかしげる。
「こんすとらくた~??」
「『創造体』って一言に言っても色々あってさ。さっきの蝙蝠の羽や陽子の『獣耳』のような生物学的な『創造体』や、今勝輝がやったような物質的な『創造体』があるんだ。でも、どちらも連続している物体しか一度に作れないんだよ。」
「連続……物体?」
山田の説明にさらに首をかしげる足立に、大原がボールペンを取り出して見せる。
「足立さん、これを見てくれる?」
「これは、普通のボールペンだよね?」
「ええ、そうよ。例えば、このボールペンを『創造体』として形成しようとしましょう。ボールペンはものを書く道具としては1つのモノだけど、こうやって分解すると、その中身はインク、本体、バネとさまざまなパーツに分かれるわ。」
「ほんとだ。なんかいっぱいあるね~。」
足立は分解された大原のボールペンを見てうなずく。山田は分解されたボールペンの部品を1つつまみ上げる。
「もし、ボールペンを創り出そうとしたら、このパーツひとつひとつを順番に作って組み合わせなければならないんだよ。『創造体形成能力』は基本、同時に作れるパーツは一度に一つなんだ。複数のパーツを同時に創造する能力又はその
「そして、吉岡君がやった能力はそのさらに上の段階のスキル『
大原は彼の刀を観察しながら言う。
「刃である刀身、木でできた柄、小さめの
「ほんとだ~!」
足立は目を凝らしながら、遠くにある勝輝の持つ刀を注視する。彼女が理解したことを悟ると、大原はさらに加えて言う。
「『複合創造』は『創造体』形成能力者であれば、訓練すれば全員できるようになると言われている、ある種の技(スキル)よ。けれど、難易度が高すぎてそれに到達したダイバーズは、日本では『サイセツ』『アマツマラ』といった特秘能力者を含む7名のみ、世界でも1000名くらいしかいないと言われているわ。」
「そ、そんなにスゴイ能力なんだ。」
世界で1000人しかいない能力など、この時代においてそれは1000万人に1人の確率であった。足立が驚くのも、無理のないことである。
「それにしても、あの長刀――」
山田の低いつぶやきを聞いて、足立は彼女の顔を見る。彼女は目を細め、今までの屈託な笑顔とは裏腹な鋭い眼光を勝輝の長刀に注いでいた。自分が目にしているモノが何なのか、見極めようとしている目だ。
(あれは――)
「優華ちゃん?」
足立の声に山田ははっとした様子で足立を見る。そしてもとの猫のような笑顔を見せて、何でもないよとだけ答えた。
◇
「『複合創造』を使う能力者といえば、全日本高校選手権で一位をとった赤坂ってやつと同じ能力スキルだ。まさか同い年にもう一人存在しているとは驚きだ。」
「俺は能力競技試合には参加していなかったからな。知らないのも無理はない。それに、俺からしてみれば高木君、君こそ驚くべきものだよ。」
勝輝に言われ、高木は眉をひそめる。
「んん?能力自体はそんな珍しい能力じゃないだろ?ああ、俺の戦い方か?ふふん、日々鍛えているからな!それに、日常的にこういうケンカは慣れている!」
「エッ」
彼の言葉に、部屋中の空気が固まった。
「うん?なんか変なこと言ったか?」
「いや、あの、高木君、それは普通の人間にはあまりなじみがないものなのではないかなぁ」
矢島が頬を指でこすりながら指摘する。口角を不器用に上げた完全な苦笑いだ。
「そ、そうだったのか!?俺の家の周り、ことあるごとに文句を吹っ掛けてくるヤツが多いから、よくケンカになったりするんだよ。つい、これが普通なのかと……」
「どんだけ治安悪いのよ、あいつの家の周り。」
山田が苦笑しながらつぶやくと、大原も足立も無言でうなずいた。
「いや、俺が言いたかったのはそうじゃなかったんだが……まあ、いいか。試合を再開しよう。」
勝輝はそういうと構えを一段階次へと進める。それを見た高木は再び集中力を高めて構えをとる。
「こい!」
高木の叫びとともに、勝輝が大きく踏み込む。白い剣先が、一切の迷いなく高木の胸元へ飛んでいく。
「フンッ」
高木は一歩前に進み出、硬質化させた左手でその突きを受け止める。
「ほう、硬質化しているはいえあの突きを素手でつかむか。」
矢島が感心しながらつぶやく。
勝輝の長刀は剣先をつかまれ、容易には動かすことが出来なくなっていた。
「オラァ!」
動きが止まった勝輝の腹部に、高木の右腕がねじりこんでくる。それを見た勝輝は、すばやく刀を手放し、大きく後ろに跳び退いた。
「刀を捨てるのはいい手とは言えないぞ!」
高木は抑え込んでいた刀を投げ捨て、両腕で交互に殴りかかる。
数度の金属音が部屋に響く。
勝輝の手には新たな長刀が握られ、その長刀を駆使して高木の連打を流水のごとき動きで受け流す。
(そう簡単には、いかねーか)
連打をした後の一瞬の隙。これを勝輝は見逃さなかった。防備が疎かになった高木の懐めがけ、勝輝は燕のごとき速さで長刀を振り下ろす。
今度は高木が大きく後ろに飛び退いてその一撃を交わし、防御の構えをとった。しかし、勝輝もそれに合わせて間合いを詰める。
「はやい!」
勝輝による数度の斬撃。高木は硬質化した腕で右に左にと繰り出される勝輝の斬撃を受け止める。
「さすがに硬いな、その腕。」
勝輝は攻撃が防がれたことを確認し、再び高木から離れる。彼の手に握られた刀は、高木の防御によって大きく欠けていた。すると勝輝はその刀を手放し、さらに新しい長刀を作り出す。
「全く、創造系のダイバーズってのは、次から次へと新しい武器を創り出すな。」
高木が勝輝の新たな長刀を見て口角をあげる。その額には汗がにじみ、彼の息は荒くなっていた。どれだけ防御を強固にして刀の切れ味を落としたところで、再び新たな刀を作られたのでは意味がない。勝輝に決定的な打撃を与えねば、勝気はみえない。
「――だが、まだだ!」
彼は汗に濡れる額をぬぐうと突進し、再び勝輝に殴りかかった。
◇
「疲労してきたわね。」
大原がその様子を見ながらつぶやく。それに相槌を打ちながら、足立は言う。
「うーん、あれだけ強固な『硬質化』をしていれば当然と言えば当然だよね~、もう能力を使ってから5分は経過しているし。」
「『ダイバーズに関する10原則』、『疲労』が限界に達すると能力が使えなくなる。これは戦闘不能を意味するわ。そして、個人差はあるものの、身体に影響を及ぼす――いわゆる身体型能力を持つダイバーズほど、限界に達するのは早いと言われているわね。だから、高木君は短時間で決着をつけるつもりのはずだったのだろうけど――」
◇
勝輝が刀で打撃を受け流す姿を見ながら、高木は考えていた。
(こいつ、やっぱり強いな。想像以上に長刀の扱いに長けている。俺の拳が届かないギリギリのところで力を受け流して、懐にいれないようにしている。しかも――)
長刀の剣先がふっと目の前をかすめていく。
(受け流しと同時に斬りかかってくる!)
高木は勝輝の剣戟をよけ、うしろに飛びのくと膝をついた。額からは滝のような汗が流れ、顎を伝って床に滴り落ちる
「まったく、とんでもねぇ強さだな。顔色ひとつ変わってない。」
高木は笑いながら勝輝の顔を見る。勝輝は一通り打ち合った刀を捨て、また新たな刀を創り出す。一筋の汗も流さず刀を構えるその姿は、強者の余裕というべき悠然たるものだった。
「いや、君こそとてつもない強さだ。これは既に7本目の刀だ。これほど切りつけてもなお、その硬質化は一切衰えていない上に、一度として破ることが出来なかった。ここまで強力な『硬質化』をするダイバーズは初めて見た。感服するほかないよ。」
「ははは。そいつは光栄だな。何しろ日本人8人目の『
高木は豪快に笑う。そして汗をぬぐうと勝輝に言った。
「だがついに俺の能力行使による『疲労』が限界に達したらしい。男ってのは、引き際も重要だろ?降参するぜ。」
高木は腰を下ろし、疲れた様子で両腕をあげて見せた。彼の黒い腕は次第にもとの褐色肌の腕に戻っていく。
「試合終了!」
それをみた矢島は合図をし、勝輝は刀を下ろす。彼の手に持っていたその刀は、青い光とともに霧散して消えていった。
「ふむ、二人ともありがとう。皆さん、彼らに拍手を。」
◇
「ふたりとも、お疲れ~。すごかったねぇ。」
足立がニコニコしながら二人に声をかける。ひまわりのような笑顔が場を一気に明るくする。
「おう、疲れた疲れた!いい汗かいたぜ。」
「おつー。そりゃあれだけ本気でやればね。『歓芸』なんてよくできたわよねぇ。」
「吉岡君の複合創造には驚かされたけど、高木君もすごいわね。あれだけの剣戟に耐える硬質化なんて、いったい何をどうすればできるのかしら。」
「んん?うーん、よく分かんねぇなぁ。とりあえず強くなりたいって思いでただひたすら練習してただけだしよ。」
「なるほど、脳筋バカか。」
「いってくれるじゃないか、優華。」
高木たちのそんなやりとりから視線を落とし、勝輝は一人壁に依りかかる。
(これで自分が『複合創造』のダイバーズだと
「それで、勝輝、お前どうやって鍛えたんだ?能力競技には参加していなかったんだろ?」
突然の高木の質問によって再び彼らに視線を戻した勝輝は、少し間をおいてから答えた。
「――ああ、能力は、高木君と同じで自分でただひたすら練習しただけだ。」
「でも、剣術は違うでしょ」
突然、山田が口を挟む。その声は鋭く突き刺すような強い響きを持っていた。
「え?」
「剣術は――誰かに教わらないとできないでしょ?」
「……ああ、知り合いに教わったんだが、それがどうかしたのか?」
「どんな人だった?」
「どんなと言われても。それは……」
「男の人?女の人?背の高さは?」
言葉に詰まる勝輝に、山田は矢継ぎ早に質問を繰り返した。彼女は次第に勝輝ににじり寄ってくる。勝輝はこれ以上下がれない壁に後頭部をつけ、明らかにたじろいだ表情を見せる。
「優華」
山田は大原の静かな声で我に返り、ごめんと一言勝輝に謝ると足立の隣に戻った。
「優華ちゃん、さっき勝輝君が作った長い刀を見た時も変だったけど、何か気になるの?」
「え?あ、いやぁ、あたし、実は剣道っていうか、
足立の質問に山田は笑って答えたが、その目はどこか哀愁を感じさせる眼差しだった。
勝輝はそれを見て眉間にしわを寄せる。
(――もし自分の作った刀を見て何かを感じ取ったというのであれば、山田は刀のモデルである「アレ」を知っている可能性が高いということだ。
ならば、彼女は……!
だとすると、これは好ましくない状況だな。)
「ええと、あ、おい、なんか先生が言ってるぞ。」
急に重々しい表情を見せる彼らに、高木が話題を逸らそうと矢島を指さす。
矢島はいくつかダイバーズの『疲労』について説明をし終え、予定していた授業内容が終わったことに安堵していた。そして左腕にはめた銀色の腕時計を見ると、学生にむかって再び声を発する。
「まだ余裕があるな。では、最後に、ダイバーズの中でも極めて特殊な能力を1つ紹介して終わるとしよう。えーと、山田君、前に出てきてくれるかな?」
名前を呼ばれた山田は不意を突かれて驚いたが、周囲を見渡してからいつもの晴れやかな表情に戻ると、横に立っている高木に
「ちゃんと見てなさいよ~、驚かしてあげるわ。」
といって前に歩いていった。
「ほほう。楽しみにしておこうじゃないか。」
高木は彼女の表情を見て、少し胸をなでおろしていた。
◇
「さて、最後に紹介する能力は、これまでの“能力者”のイメージを覆すような能力だ。まぁ、そもそも『創造体』や『エーテル体』を作っている時点で、我々ダイバーズはまるで魔法使いのような扱いを受けるが、その中でも、彼女の持つ能力はまさに
矢島の言葉に、勝輝が目を見開く
まさか――
「じゃあ、いくよ!」
山田はそういうと目を閉じ、何かを抱くように両手を前に出す。
すると、その彼女の腕の中に、赤く淡い光が集まっていく。
見る者すべてを温かく包み込むような、穏やかな光。
そしてその光が一点に収縮しきった時、彼女は言う。
「おいで、アン」
穏やかな光は消え、彼女の両腕にはそれまでなかった、いや、いなかったモノが収まっている。
「あれは――」
高木も勝輝も、同様に目を見開く。特に勝輝は一歩体を前に身を乗り出していた。
――よりにもよって、あの能力を持つダイバーズがいるのか――
矢島が彼女の腕に抱かれるモノを見ながら、その能力の名前を言う。
「これが、『召喚能力』だ。」
彼女と同じ赤毛の猫が、小さく鳴いた。
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