第7話 新入生は能力者(5) 模擬戦(前編)


「ルールは簡単です。二人に配られた特殊防具には、ダメージを受けるとその衝撃の度合いを測定する機械が埋め込まれています。その衝撃に応じてある一定のポイントが減点されます。大きなダメージを与えればそれだけ大きな点数が減点されます。持ち点は二人とも15です。

この『ライフポイント』が0になるか、戦闘不能になると敗北となり、試合終了です。

ここでいう戦闘不能とは、

『相手の動きを完全に封じた状態』

『相手が意識を失った状態』

『相手が降参した場合』

そして『能力の使用がそれ以上試合で一切出来ないと判断された場合』です。

すべての判断は私が行います。また、私が『止め』といったら即座に戦闘をやめてください。いいですね」

「おう!」

「構いません」

 

 矢島の説明に、二人は返事をする。

 二人は専用の防具を胴体と肩、そして頭部に装着し、互いに5メートルほど離れて向かい合っている。高木は両手を固く握り、ボクサーのような構えでまっすぐ勝輝を見ている。その眼光は野生の熊そのもの。沸き立つその猛々しい闘争心は、見る者の手に汗を握らせる。

 対して勝輝は左脚を後ろに引き、少し前かがみになっている。彼の表情は全く変わらないが、その鋭い眼光は高木の闘争心の奥底を貫かんとしているようだ。


「なんか、二人ともやばくないか?」

「あの吉岡君ってどんな能力なの?」


 教室が二人の様子をみてざわつく。だが、そのざわつきは数秒で収まった。部屋に、今までなかった静かな闘気が満ちている。大原やあの足立でさえも、緊張を隠せないでいた。


「勇人君、チャラチャラしてるかと思ったけど、割と真剣だね。」


足立が山田に耳打ちする。山田はそうだねと言って二人の構えを静かに見つめる。


「ねえ、典子は勝輝の能力何か知っているの?」

「いや、詳しくは知らないわ。たしか、あなたと同じソーサラーで、『創造体形成能力』だと自己紹介の時に言っていた気がするのだけれど。」

「形成能力って一言で言ってもスゴイ幅あるからなー。どんなものが飛び出すのか、楽しみだね。」


 山田は向かい合う男二人を眺めながらそう呟く。ただ、そのセリフとは裏腹に、その口調はとても静かで張りつめていた。

そして山田の言葉が終わると同時に、試合開始の合図が部屋に響いた。


「よーい、はじめ!」



 勇人はその合図の直前、勝輝の構えがことに気が付いた。右手が流れるように左腰上部に延びる。


(これは――抜刀!)


野生の感が稲妻のように全身に走り、その軌道を推測する。その足、重心の位置とその距離からからして、“一歩”で勝負を決める一撃が放たれるのは間違いないなかった。


(――ならばその手から作られるは長刀。長さと重さを頼りにした顔右側面への一撃。)


彼は右腕の位置を顔の横へと押し上げる。

 そして、試合開始の合図がかかった。


 一瞬の硬質化。瞬きの間もなく形成されるその黒き腕は、勝輝が刀を作り終わっていたときにはすでに完成していた。この一撃は防がれる。だが、勝輝はそれを想定していた。故に彼は次の動作を素早く推測する。


(重心の全てが刀に乗った強烈な一撃。これを防がれると、俺の体は彼の正面に残る。この一撃を読んだ高木が次にすること、それは――)


左腕による槍のごとき一撃。


体制の低くなった勝輝の頭部をめがけ、槍のようにまっすぐな一撃がやってくる。


(――ならば、そのまま流れるように重心を移動させ、彼より素早く動くほかない。)


 稲妻のような叫びとともに、鈍い金属音が部屋に響く。続いて部屋全体を揺るがす大きな揺れが起きると、白い噴煙とともにに何かが焦げる臭いが立ち上る。そして観戦していた学生達が二人を認識した時には、高木と勝輝の位置は入れ替わり、勝輝は5尺もありそうな長刀を構えて悠然と立っていた。


「え、何が起きた!?」


 学生たちは刀を構える勝輝と床に拳をたたきつけた高木を交互に見る。高木のライフポイントが3点減点されていたが、試合が始まってまだ3秒もたっていないこのわずかな間に、何が行われたのかほとんどの学生は理解できていなかった。


「いや、ちょっと……嘘でしょ?」


 山田は目を見開きながら二人を見る。同様に驚く大原は、小さく震えるような声でつぶやいた。


「創造体形成って、まさかあれは『複合形成』なの!?そんなの、SSランク以上の域じゃない――」


彼女らの間に立っていた足立は二人を交互に見てから尋ねる。


「え、何?なんの能力なの?というより、今の、分かったの?何が起きたのか。」

「え?ええ、まあ、少しだけだけど。」


大原はそういうと足立に説明し始める。


「吉岡君は先生の合図と同時に刀を創造体として作り上げ、それを体の重心移動とともに高木君の頭部めがけて斬りかかったのよ」

「勇人の方は先生の合図の直前、勝輝の構えが変わったことに気付いたみたいだね。それで何が形成されるのかを先読みして防御態勢を整えたってとこかな。それで、勝輝の一撃を右腕で受けとめて、左腕を勝輝の懐に殴りこませにいった。」

「けど、吉岡君は体を回転させて左に移動し、高木君の一撃を交わしているわ。さらにその勢いを利用して高木君の右わき腹に一撃をいれ、そのままの勢いで高木君の右側を通り抜けている。一方の高木君も、更なる一撃を喰らうことを避けて前方に逃れたみたいね。」

「ええ!?そんな事したら死んじゃうよ!?」

「いや、あの付けてる防具はがつけてる防弾チョッキとおんなじだから、例え切りつけられても簡単には切れないよ。まぁ、こすれてちょっと焦げ付いてるけど。」

「い、いや、そうじゃなくて。全体的に!まず顔狙っちゃだめだよ!死んじゃうって。それに、勇人君のあの一撃、床にひび入ってるって!」


慌てふためく足立に大原が冷静に答える。


「あのふたり、多分最初の構えの段階で相手がどこまで分かっているのよ。それを見越して動きを予測して、お互いに承知の上でそれをやっているわ」

「うーん、どういうこと?」

「つまり、今おきたこの2秒間は、お互いの了解の上で起きたパフォーマンスってことだよ。」

「ええええ?ちょ、だってあの二人昨日会ったばっかりだよね?言っちゃあれだけど、勝輝君そこまで勇人君を信頼してるようには見えないよ!?」


山田の言葉に今まで以上に驚きを見せる足立だったが、大原がまっすぐ二人を見ながら答える。


「信頼している訳じゃなくてもできてしまう人がいるのよ。試合の最初、お互いの力を見極め、お互いにその力を確認するために行われる『観芸』と呼ばれる試しの打ち合い。ダイバーズの戦闘のプロのみがやる試合のやり方よ」

「つまりね、陽子。あの二人は、とんでもなく戦い慣れしているダイバーズってことだよ。」


相手を監察し、その能力を見抜き、その動きを予測して動く――


「これが――ダイバーズ同士の、戦い」

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