第6話 新入生は能力者(4) ソーサラー・アルケミスト・ウィザード(後編)



 高木の言葉と同時に、矢島は次の人物を呼び始めた。


「じゃあ、次は君と、ああ、そうだな。そこの大きな君だ。」

「ついに来たか、俺の出番だぜ!」


細身の女性とともに呼ばれたのは、高木であった。

軽快に前に進み出る彼を見て、ひとりの男が小さく声を漏らす。



「相変わらず元気なやつだな。」

「あなたはもう少し見習ったらどうかしら」


勝輝のつぶやきを大原は拾い上げる。


「あの人の能力には興味があるわ。自己紹介の時にも行っていたけど、確か『硬質化』の能力なのよね?」

「ああ、確かそんなことを自己紹介の時に言っていたな。」


大原は勝輝がそれほど彼の能力を気に掛けていないのかと思ったが、彼の視線がまっすぐ高木に向けられていたため、そういう訳ではないのだと認識した。

 と、その瞬間である。空気を震わす獣の雄たけびが聞こえてきたのは。大原が部屋の真ん中に視線を移すと、そこには黒曜石のように煌めく両腕をした男が立っていた。


「彼、随分張り切っているのね。」


 両腕が黒くなった高木は、それを見せびらかすように腕を動かしている。


「どうだ?すげーだろ?エーテルを体内に取り込むことで、体の表面が鋼のように固くなる『硬質化』の能力!たとえ包丁で切り付けられたってびくともしないぜ!高校の時はこれで“熊手の勇人”と言われたんだ。」

「ふむ。高木君の能力は見てのとおり、そして彼の言う通り、体の表面を鋼のように固く変化させる『硬質化』だ。そしてもう一人の彼女は、タカの目を持つ『イーグルアイ』だ。少々見ただけでは分かりづらいかもしれないが、1キロメートル先に置かれたゴルフボールを見つけることが出来るそうだ。

このように、≪本来持ちえない性質を持たせたり、性能を変化させるダイバーズ≫を総じて『アルケミスト』とよんでいる。」


 高木の話を半ば無視しながら矢島は説明するが、彼は特に気にする様子も見せず、腕を振り回したり、掌を回したりしている。その様子がおかしいのか学生たちはクスクスと笑い、部屋には芸能人が来たかのような雰囲気が流れていた。


「――えらいのに絡まれてしまったな。」

「だよね~。やっぱり勝輝くんもそう思う?。おっきな人2号は変人さんなのかな~。」

「かもね~」


足立の言葉に、山田は悪戯な笑みを浮かべて同意する。

 彼らは面白がっていたが、勝輝の発言は、意味が違っていた。

なぜなら、高木が普通のダイバーズではないと、彼は気づいたからだ。高木自身があまりに陽気で快活な男だったせいで周りは気にしていなかったが、彼の動きは、明らかに常人のそれを逸脱していた。力の入った動きはプロの空手や柔道を感じさせる。体の重心移動は滑らかで、一切無駄がない。拳を突き出す動作一つ一つが「戦い慣れ」していることを物語っていた。おそらく、この教室にいる学生の中で、最も戦闘能力の高いダイバーズが彼であると、勝輝は確信した。

 それは、勝輝に一抹の不安を抱かせる。


(戦闘能力の高さに加え、能力。

そして何より、俺に話開けてきた、ということは――)


 彼の瞳に、不穏な気配が宿る。

しかし、彼は瞬きとともにそれを潰した。


(――いや、問題ない。

彼の戦闘能力がどんなに高かろうと、)




「では、最後に『ウィザード』なんだが……今年の応用学科には2人しかいないようだね。ええと、新井君、頼めるかな。」


 話を進める矢島は、さらに一人の青年を前に呼び出す。彼は学生たちの前に立つと、手に持っていた筆箱を、皆に見えるように床に置いた。そして彼は掌をその真上にかざす。すると、


「あ、浮いた!」


筆記用具はまるで手に吸い込まれるかのように静かに彼の掌へと収まった。


「いわゆる、『念力』みたいなものです。こんな感じで、宙に浮かせたりすることもできます。ただ、半径3m以内に限られる上に、自分の視界に入っているものしか動かせませんが。」


自身の頭上で筆記用具を浮かせるその姿は、まるでマジシャンのようだ。何の糸も支えもなく空中を自由自在に動く筆箱をみて、観客は沸き立った。


「うわぁ、ああいう能力がほしかったんだよなあ。」

「あれぞザ・能力者って感じよね。」

「これが『ウィザード』、か。」

「そう、その通り。」


矢島は学生の言葉に便乗する。


「最も人々がイメージする“能力者”らしい能力をもつ者たち、それが『ウィザード』だ。正確には、『ウィザード』は≪自然界にある物理・生理現象を扱ったり、生物の生命活動に直接影響を与える能力者≫を指す。

 彼の場合、『エーテル』によって対象の物体に移動させている。決して『引力を操る』などとは思ってはいけないよ。彼がこのように筆箱を浮遊させることができるのは、対象の物体に常に全方向から力を加えているからだ。」

「もし全方向に力を加えなかったらどうなるんだ?」


 誰かが矢島の言葉を聞いてふとつぶやいた。その声は矢島の耳に入り、それを聞くと満足げにニヤリと笑う。


「では、やってもらおう。新井君、その筆箱に右側面からのみ力を加えてくれ。」

「わかりました。」


彼はそういうと、浮遊させていた筆箱を掌に載せる。そして彼は筆箱に軽く意識を向けた。すると、その筆箱は何の前触れもなく弾丸のように数メートル先まで飛んでいった。


「わっ。びっくりしたぁ。」


筆箱が壁にぶつかった音に驚いて、足立は身をすくめる。


「なるほど、片側から力を加えるだけだと物理と一緒で、慣性が働いたままになるってことか。」


うなずく高木に補足するように、矢島は説明する。


「このように、動かすだけなら片側から力を加えるだけで可能だが、移動・・となるとその動きを止める力も必要だ。よって、対象の物体を自在に操るには全方向から力を加え、その力の加減を逐一変える必要がある。これにはかなりの訓練が必要だ。それを踏まえれば、彼はかなり熟達したダイバーズということだね。」


矢島はそういうと彼の筆箱を広い、手渡してからさらに続ける。


「このように『ウィザード』の能力は扱いが難しいものが多い。それに、新井君が言っていた通り、一つの能力に数多くの制限がある。その範囲や量も個人差があり、それが『ウィザード』一人一人の能力の特徴として区別されるようになっている。

 そのため『ウィザード』は、『能力の効果範囲』と『適応するモノ』によって名前が付けられる。結果、漠然とした能力名が多く、非常によく似た名前の能力が存在することになった。

 例えば、『水を操る能力』と、『液体を操る能力』。前者は化学でいうところの水、H20そのものを扱うことが出来るため、固体の水である氷も、気体である水蒸気も操ることが出来る。一方後者は水に限らずすべての物質の“液体”を操作することが出来るが、その物質を気化したり、固体にしたり、また状態変化した物質には影響を及ぼせない。」


矢島は少し疲れたのか、持っていたペットボトルの水を一口飲むと話を続ける。


、フィクションに出てくるような大海を操ったり、大地を揺らして地震を引き起こしたりする所謂“天変地異”を引き起こすダイバーズは存在しない。理由は、ダイバーズが『エーテル』に情報を与える範囲が限られているからだ。

 現在確認されているその最大の範囲は、半径およそ3キロメートル。かの有名な中東地方の特秘能力者『エレシュキガル』の能力だけだ。また、彼女の孫にして現『不死鳥』メンバー『ニンキガル』も同程度の範囲をもつとされているが、彼女らの能力をもってしても“天変地異”は引き起こせない。まあ、もともとそういった類の能力ではないようだが、例え『土を操る力』でも『大気を操る力』であったとしても、それ以下の範囲であれば、そもそも“天変地異”となる程の脅威にはならない。

 さらに言うのであれば、エーテルへの情報伝達の観点から見ても、空想世界の能力というのは“あり得ない”と言われているからね……」


彼は何かを思い出したように少しの間沈黙したが、すぐに話を再開した。


「さて、あともう一人は、いるにはいるのだが……」


 その一言で、一斉に学生の視線がある人物に向けられる。


「――」


 大原は黙って全員の視線を受けた。彼女はその白くて細い手を握り、ワンピースにしわを寄せる。そして一人ひとりその栗色の瞳で見つめ返してから、最後に矢島に鋭い視線を向けた。


「確かに、私は『ウィザード』ですが、能力をお教えすることはできないと、自己紹介でも申し上げました。情報公開制度に乗っ取り、『精神干渉系能力』であるということまではお教えできますが、それ以上は申しあげられません。

――それと、何名か勘違いされているかもしれませんが、私は姉『ツクヨミ』や祖母『アマテラス』のような『光に関する能力』は持っておりません。特秘能力者として記載されているモノのみです。」


彼女の透き通る声は、そのままナイフのように全員の耳に刺さっていく。皆は申し訳ないというように苦笑しながら頭を描いているが、視線を向けられた矢島本人はこうなることを予期していたかのように、彼女の視線に微笑みを返した。


「これは失礼を。特秘能力者制度にやはりひっかかってしまいますね。」

「……」

「では、気を取り直して説明を続けましょう。『ウィザード』は生命活動にかかわる能力をも持っています。その能力の1つに精神系能力があげられ、代表的なものは催眠効果や洗脳能力などです。これらの能力は脳に直接干渉するためその効果は絶大です。仕組みは未だに解明されていませんが、有力なものは脳に直接『オド』を埋め込んでいる、または脳にある『オド』に影響を及ぼしているというものですね。」


 彼はそういうと名簿の入った手帳を閉じる。乾いた音が静かな部屋に反響する。



「さて、ここでみんなに重要な質問をしよう。今まで見てきた能力は様々だが、『ソーサラー』は『エーテル』を使って何かを創りだしていたわけだが、では、“『エーテル』によって創られたもの”は一体なんと呼ばれるのだろうか。」

「『能力体』です!」


誰かが勢いよく答える。矢島はそれにうなずき、説明を加える。


「そうだ。『エーテル』を使用して生成・変化させた物体を総称して『能力体』という。そして能力体には大別すると2つ種類がある。

 まずは、『オド』の“塊”として存在する『エーテル体』。イメージとしては空気中の『オド』を凝縮した『エーテル』の個体だと思ってもらえばいい。例えば、『ソーサラー』である彼が創りだしていた“黄色の球体”は、『エーテル体』だ。『エーテル体』は簡単に作れ、扱いがしやすいのが特徴だ。

 そして、もう1つが『創造体』。これは科学的に非常に興味深いモノだ。エネルギーである『マナ』を、実際の質量をもった『物質』に転換してしまい、その物質によって構成された『能力体』のことを指す。『創造体』は『エーテル体』に比べ、個人が創れる物体の種類・形状は少ない。しかし、物体を維持できる時間が『エーテル体』より長く、創り出した物質の性質を使えるという点が大きなメリットだ。

 さらに、高木君が見せていた『硬質化』のような“生物の細胞に影響を及ぼす力”は、『創造体』と同じ原理を用いているのではないかと言われている。」


「ははーん。じゃあ、俺と陽子の能力は、『アルケミスト』と『ウィザード』と別れちゃいるが、能力の原理としてはだいたい似ているってことか。」

「そういうことなんじゃないかなあ。『創造体』って言うからね。」


 高木と足立の会話が終わるころ、矢島の話は再開する。


「そして、これら2つの『能力体』を維持する時間が、原則9で述べられている『保存時間』に当たる。その時間を過ぎると『能力体』は消滅し、元の大気中に存在する『オド』やエネルギーである『マナ』に戻る。もちろん、その『保存時間』を待たずして能力を解除することもできる。

 『保存時間』に関しては『ソーサラー』に限らず、『アルケミスト』も『ウィザード』も同じだ。一度能力を行使すれば、その能力を“解除”するまで。その時間は個人によって異なるが、具体的にいうのであれば、先ほど高木君が見せてくれた『硬質化』は一度能力を使えばだ。」

「『保存時間』が10分なら、一度能力を使ったら10分の間、ずっと『硬質化』している、という訳ですか?」

「そうだ。我々ダイバーズは、その『保存時間』を修練することで自由に設定したり、それまでの限界を超えて伸ばすことが出来るようになる。ある程度の限界はあるらしいが、君達にはその限界を超えるような努力を期待しているよ。」


 彼はふっと笑顔を作ると、学生に向かって言った。


「さて、何か質問はあるかな?」

「矢島先生、エネルギーを物質に転換って、どういうことですか?」


1人の女性が手をあげて質問する。


「いい質問だね。物理学者アインシュタインは特殊相対性理論の帰結として、質量とエネルギーの等価性を、光速度と質量の関係式を用いて説明した。質量の消失はエネルギーの発生を、エネルギーの消失は質量の発生を意味するんだ。

 だが、『マナ』の質量化、つまり『創造体形成』はまだ分からないことが多い。物理学に当てはめようとすると、質量とエネルギーが等価だけではんだ。

 そして、創造体形成は無機物的な物体だけでなく、蝙蝠の羽を作った彼のように、生物の体、つまり細胞を創り出すことも可能だ。彼の羽は、物質化された『マナ』を『オド』が取り込んで一つの細胞として存在する『創造体』であり、自身の身体の拡張だ。これの原理も詳しくは解析されてはいない。」


それを聞いた高木がつぶやく。


「ふむ。ということは、とりあえず『オド』の塊が『エーテル体』、物質になった塊が『創造体』ってことを覚えときゃいいのか。」

「それでいいんじゃない?ま、こうやって聞くと、まるで『エーテル』は物語に出てくる“魔力”みたいに聞こえるけどね。」


 高木と山田が簡潔にまとめていると、矢島が手を一度パン、と景気よく叩く。


「さて!ここまで『ソーサラー』、『アルケミスト』、『ウィザード』の3つのタイプの能力を説明してきました。長い時間がかったが、さらにこの世界の能力者――ダイバーズについて知るために、ここで1つ、模擬戦をしてみようと思う。」

「模擬戦?」


 矢島の声に、思わずつぶやいたのは勝輝であった。静かな部屋でのそのつぶやきは、たとえどんなに小さかったとしても、矢島に届くのには十分な大きさだった。


「そう。ダイバーズ同士の試合のことです、吉岡君。君は試合の経験はありますか?」


 矢島の言葉に、彼はしばらく黙っていた。人と関わりたくない勝輝にとって、注目を浴びるような真似は避けたかった。だから、彼は試合をすることは本来避けるべきだと考えていた。もしここで「ある」と答えてしまえば、試合をさせられるのは目に見えている。


(だが、もしここで「ない」と言ってしまったら――)


彼は、自身の左腕を掴む。


(腕は――。)


 彼の脳裏で、ある言葉が再生される。

それはあの夢に出てくる言葉ではない。

だが、あの夢と同じほどの力を、その言葉は持っていた。その言葉に追い立てられるように、勝輝は矢島の問いに答えた。


「――ええ。。」


その言葉を聞いた矢島は一瞬ニヤリと笑い、もとの穏やかな顔に戻る。


「では、君と高木君で一度模擬戦をやってみてください。」

「お?まじか、俺と?いいじゃないか、勝輝。勝負しようじゃないか!」


 突然名前を呼ばれた高木は驚いた様子だったが、すぐに丸太のような腕をたたいて闘志を見せる。


「君はそういうと思っていました。」

「先生、なかなかいい判断だぜ。」

「いや、多分利用されているだけなんじゃないかな。」


山田がボソッと突っ込んだが、それは高木の耳には届いておらず、彼は足早に歩み出る。


「さあ、お前の能力、見せてもらうぜ!」



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