第5話 新入生は能力者(3) ソーサラー・アルケミスト・ウィザード(前編)


 勝輝たちが案内された場所は、教室からしばらく歩いた「第3実演室」という札が描かれた部屋だった。机や椅子は全くなく、白い壁に換気口がいくつかつけられただけの殺風景な部屋。バスケットコートを2つ置いたほどの広さで、天井は体育館ほどの高さがある。


「なんか随分と涼しい部屋だな」

「いや、涼しいというか、寒すぎでしょ、これ。めっちゃ換気してるじゃん。」

「まだ4月のはじめだもんねぇ~。さむいくらいだよ~。勇人君は半袖でさむくないの~?」


足立の問いに、半袖の高木は厚い胸を叩いて答える。


「おう、平気だぜ。俺にはこの鍛えた筋肉があるからな!はははは」

「あー、あんたの傍にいると、なんか暑い気がしてきたわー」

「どういう意味だそりゃ!?」


山田は八重歯を見せてニヤリと笑う。

 そんな彼らとは対照的に、大原は自身の腕を抱えるようにしたままじっとしている。人だかりから離れて立っている彼女に、一人の男が声をかけてきた。


「なぜそんなに自信がなさそうなんだ?」

「!?」


大原は驚いて声の主を見る。長身に短めの黒髪、整った顔立ちは好青年そのものだが、その立ち姿には軍人を思わせる静かな威圧感がある。


「――なにかしら、吉岡勝輝君」


大原は勝輝の顔から視線を外す。


「――いや、大原さんほどのダイバーズがなぜそんなに自身がなさそうなのか、気になっただけだ。」

「いってくれるわね。私はただ……能力を、みだりに使ったりしないだけです。別に、自信がないわけでは……」

「――そうか。気分を害したのであれば謝る。すまない。ただ、同じダイバーズとして能力をどう使うのか気になっていただけだ。、というものを見てみたい……とね。」


 大原は眉をひそめ、彼の細い目に視線を移す。まっすぐ自分を見つめるその目は、嘘をついているようには見えなかった。だが、其れとは別に何か明確な目的があって話しかけてきたことも分かった。何かを見極めようとする鋭さと、何かを求める“必死さの影”が見えた。追い求めるが故の、渇望と影を、その黒い瞳に見出した。だから彼女自身も、嘘のない、けれど探りを入れるように、思ったことを口にする。


「あり方?奇妙なことを聞くのね。てっきり他の人と同じように、どんな能力なのかを聞いてくるのかと思ったわ。」

「――気にしないでくれ。こちらの話だ。……まぁ、大原さんの能力はもちろん気にはなるが、それは無理な話というものだろう。特秘能力者に指定されたダイバーズは、親族と自身が認めた相手にしか、自身のを教えることが出来ないからな。」


彼はそういうと部屋の中央に視線を移し、確認するかのように話し始める。


「特秘能力者制度。その国にとって有益な技術、または世界的に希少な能力を有するダイバーズは、その身を犯罪組織などから狙われる危険がある。

そんなダイバーズを保護する名目で作られた登録制度が、この制度だ。

この制度に登録されたダイバーズは、自身の能力を公表することが出来ない。それに加え、能力が希少であるが故に、能力に関する研究に参加させられる。」

「――そうね。ただ、別に怪しげな研究に参加させられている訳ではないわ。それに――」


 彼女は大きく息を吸い込む。


「能力に関する研究は情報公開制度の観点から、透明化しなければならない決まりになっているわ。そのため、私をはじめとした特秘能力者は全員通り名、所謂便宜上のコードネームが割り当てられ、その名前で呼ばれる――」


彼女はそこで、一瞬口をつぐんだ。


「そして――コードネームと能力に関するかなり大雑把な情報だけは世間一般に公開される。」

「世界中に千人近くはいる特秘能力者の中でも、大原さんは稀有なタイプだな。大原さんはコードネームに加え、ダイバーズだ。そうなれば、自己紹介の時にあなたの名前を聞いたら、皆驚くのは当然だ。」


勝輝の発言を聞いて、大原は大きなため息をついた。そして床をにらみつけ、忌々しそうに小言を漏らす。


「本当に、なんて意味のない制度なのかしら。素性が公開されてしまっていては、保護も何も意味がないじゃない。」

「……確かにそうだが、それは仕方がないだろう。何しろ君の祖母は日本史上ナンバー2の実力を持つダイバーズ、『アマテラス』だ。彼女が自身の素性を明かし、ダイバーズと人間の差別撤廃と平和維持活動に努めたことが、今の世界を作っている。彼女は世界的に見ても有名であり、かつ強力なダイバーズだ。その家族が世界中から注目の的になるのは必至だろう。」


大原はまた大きなため息をつく。

 彼女が生まれる前から、彼女の祖母、『アマテラス』は様々なメディアに取り上げられ、その家族構成などもすっかり世間に知れ渡ってしまっていた。彼女が生まれたことを、日本どころか世界が知っている有様であったのだ。


(そのせいで、いったい自分がどんな生活を送ってきたと――)


「……そういえばあなた、随分とよくしゃべるわね。なんだか人とコミュニケーションをとるのが苦手なのかと思っていたわ。」


 大原は話題を変え、今度は勝輝に問いかけた。すると勝輝は大原を一瞥してから答える。


「――ああ、まぁ確かに、そうだな。自分でも驚くほどよくしゃべった方だと思う。ただ――」


勝輝は言葉を選ぶ。


「――ただ、別にコミュニケーションが苦手というわけではない。必要以上にしゃべらないだけだ。」

「……」


勝輝は思う。

『秘密』を守るために人とはなるべく関わりたくはない。だが、能力に関することは別だ、と。

そうでなければ、自分がわざわざ何のためにここに入学したか分からない、と。



「では、始める前に、この部屋について説明しよう。この部屋に入った時に気が付いたかとは思うが、なぜこのように換気がしてあるのか、わかる者はいるかな?」


 部屋の中で学生のいない、開けた空間に進み出た矢島が声を張り上げる。


「ええと、『ダイバーズに関する10原則』の……原則3、ですか?」

「素晴らしい!」


矢島がにこやかに人差し指を立てて、答えた学生にウインクする。


「――ふん、常識、だな。」

「あら、じゃあ、あなたも分かっているのかしら?吉岡君。」


 一人の男の小さな本音を、大原はすばやく拾い上げた。勝輝は一瞬「しまった」とでも言いたげな顔をしたが、すぐさまいつも通りの仏頂面に戻ると、矢島が説明するよりも先に答えを述べた。


「原則3。それは、“ダイバーズは『エーテル』が存在しない場所で能力は行使できない”というものだ。『エーテル』にはエネルギーである『マナ』と、物質である『オド』がある。『マナ』はエネルギーであるため、壁を通過する場合もあるが、『オド』はそうはいかない。俺たちダイバーズは『オド』を通して情報――イメージを『エーテル』に伝達する。つまり、『オド』が一定量空間にないと、能力を行使できなくなる。」

「屋内での能力行使が難しいのは、そういう理由なのよね。――中には、のだけれど……」

「……?」


 勝輝は、彼女の最後の言葉が何を意味しているのか、理解できなかった。ダイバーズが屋内で能力を使いづらい、というのは一般的なモノであったが、別にそこまで使えない、という訳ではない。能力によっては屋内の方が使い勝手がよいものや、対人試合のような場合、屋内の方が有利に働く能力もある。故に、彼女の発言の意図が彼にはよくわからなかった。極端に能力行使が上手い人間でもいるのか、それとも、本当に『オド』がなくても能力を行使できる人物がいるのか。だが、そういったことを言っているのではないと、彼は感じた。

 その言葉を発した彼女の瞳は揺らぎ、視線は自身の影へと落とされていた。薄紅色の唇は儚げに開き、“手が届かない”と、呟いているようだった。



「よし、それでは、実演してもらいながら解説するとしよう。」


 矢島は一通り説明を終えると、そこから誰かを探すように指を動かし、最終的に二人の人物を指名した。


「さて、今みんなの前にいる二人は『ソーサラー』と呼ばれるタイプのダイバーズだ。それぞれ能力自体は全く異なるものだが、割と分かり易い能力だ。では、向かって左にいる君から能力を使ってくれ。」


促された眼鏡をかけた青年は大きく息を吸い込むと、その体を回転させる。と、同時に紫色の火の粉が彼の体から現れ、彼の周りで渦となる。そしてその渦がはじけた時、彼の背中には、全長3メートルはありそうな“蝙蝠の形をした羽”が現れる。


「うぉ、すげぇ」


 高木は感嘆の声を漏らす。周囲からもその羽の妖艶さに驚きの声が上がる。


「彼の能力は身体型能力『身体変化』の1つ、『翼形成ウィング』と呼ばれるものだ。

彼は『エーテル』を自分の背中に集めて本物の翼を構成している。君のその羽は空を飛べるのかい?」

「はい。短期間ですが小回りの利く飛行が可能ですね。」


それを聞いて部屋にどよめきが走る。


「なるほどいい能力ね。ウィングスーツのような機械なしで飛行ができるというのは、人類の夢ね。」


大原は彼の翼を見ながら少しうらやましげに言う。


「では、君の能力を見せてくれないか?」


 今度はひょろりとしたスキンヘッドの青年である。彼は右腕を出し、なんの前触れもなく能力を発動させる。先ほどの眼鏡の青年のような派手さはないが、それは静かで穏やかな、心安らぐ能力であった。まるで灯篭のように淡い輝きを持つ、黄色い球体が3つ、その手の平で浮いている。3つの球はどれもこぶしより一回り小さく、彼はそれを空中に投げてジャグリングを始めた。


「なるほど、あれは『オド』を単純に固形化する能力の一種みたいね。随分と形成するスピードが速い。」

「へえ。きれいだねえ。」


山田と足立が感心しながらその光の玉に魅入る。ジャグリングするその光の玉の軌跡は、土星の輪のように美しく、周囲の学生を魅了していた。

 矢島はぼうっとする学生に山田と同様の言葉を述べてから、彼らに能力の解除を求めた。彼らは矢島の指示に従い、創り出した羽やボールに意識を集中させる。すると彼らの作り出したそれらの物体は、お湯に入れた氷のように小さくなって消えていった。


「さて、ここで見た通り、

『ソーサラー』は“それまでそこになかったものを形成する能力を持つダイバーズ”だ。

例えそれが体の一部とつながっていようとなかろうと、“見た目何かが形成されている”ならば、基本全て『ソーサラー』に分類される。」


「ん?“見た目で”ってことは、じゃあ、陽子も『ソーサラー』なの?」

「そうだよ~。能力の効果の種類としては『ソーサラー』っぽくないけど、もともと体になかったものがくっついているからね。このお耳は。」

「ほー、そういうものなのか。」

「勇人くんの……その、『孫の手』?も『ソーサラー』なの?」

「いや、なんだその能力。どうしてそんな名前になった!?『熊手』だ、く、ま、で!」


 両手を広げて抗議する高木に、足立が笑いながら答える。


「いやあ、ごめんごめん。でも、ほら、似てるじゃん。孫の手って、のちっちゃいバージョンみたいなものでしょ?」

「いや、似てな――くもないかもしれないが、そういうじゃあ、ないぜ、俺の能力は。」

「フフフ、へえ、じゃあどんな能力なのよ。ククッ。」


おなかをよじらせている山田に、高木は苦笑しながら答えた。


「ああ、俺はな、『アルケミスト』だよ。」


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